【単独インタビュー】『ハイパーボリア人』レオン&コシーニャ監督が追求する未完成の美しさと驚き
- Atsuko Tatsuta
『オオカミの家』の監督デュオ《レオン&コシーニャ》の最新作で、第77回カンヌ国際映画祭監督週間にされた『ハイパーボリア人』が2月8日(土)より全国順次公開されます。
チリの女優で臨床心理学者であるアントーニア・ギーセンは、謎の幻聴に悩まされている自分の患者の話を友人の映画監督レオンとコシーニャにすると、その幻聴は、実在したチリの文化人でありヒトラーの信奉者ミゲル・セラーノの言葉であることに気づく。二人はこれをもとに、アントーニア主演の自主映画を撮ろうと提案するが──。
初の長編アニメーション『オオカミの家』のヒットでカルト的人気を誇り、アリ・アスター監督の『ボーはおそれている』内のアニメーションパートの制作に携わるなど、映画界でその独特な活動が注目されているチリ出身の気鋭アーティストのクリストバル・レオンとホアキン・コシーニャ。
新作『ハイパーボリア人』は、実在した親ナチ文化人ミゲル・セラーノやチリの政治家ハイメ・グスマンを登場させ、チリの現代史やナチスドイツをモチーフにする一方、主演俳優のアントーニア・ギーセンや、監督であるレオン&コシーニャ自身が実名で登場することで、現実と虚構、過去と現在の境界を巧妙に溶かした異色の実写作品です。第77回カンヌ国際映画祭の監督週間でワールドプレミアされ、その後、第57回シッチェス・カタロニア国際映画祭や第41回ミュンヘン国際映画祭など国際映画祭でも注目を集めました。
日本公開に際し、Fan’s Voiceの単独オンラインインタビューに応じてくれました。

クリストバル・レオン(手前)、ホアキン・コシーニャ
──前作『オオカミの家』はストップアニメーションというスタイルでしたが、本作は似たようなスタイルを一部採用しながらも、俳優のアントーニア・ギーセンが物語を牽引していくという展開です。このアイディアはどこからきたのでしょうか?
レオン 僕たちが映画を作る場合、その理由やきっかけを説明するのが、非常に難しい。制作までたどり着くこと自体が迷宮みたいになっているし、プロセスがたくさんありすぎて。けれど、ひとつ確実に言えることは、俳優を使った作品を作ってみたかったということが大きかったと思います。この映画はパンデミックの間に脚本を書きました。長い時間をかけました。その脚本を二つにして、そのうちの一つが『ハイパーボリア人』になりました。
(前作のような)アニメーションをやめて、今回は人間の俳優を使って作ることが、特に目的だったわけではありません。これまで自分たちがやってきたことに新しいことをミックスして、どんなことが起こるか試した、というが今回の映画です。ですので、新しいことへの橋渡しみたいなイメージなのかなと思います。
──アントーニアは、脚本完成後にキャスティングされたのですね?
コシーニャ そうですね。先に今のクリストバルの回答に付け加えたいのですが、今回の脚本に関して、通常、主役がその映画が内包する感情をずっとリードすることによって、観客と同化したりして共感を生む。それが映画や物語です。要は、映画に囚われていくというか、映画の中に人の感情が囚われていく。ちょっと言い方は変かもしれませんが、その“被害者”、つまり、そうした物語に囚われてしまうのがアントーニアの役柄です。
この映画を撮る前、脚本の半分くらいの内容が出来ていた頃に、アントーニアと一緒にオンラインでライブチャットをやりました。ディベートとかではなく、架空の会話をしました。「ミゲル・セラーノとかハイメ・グスマンが出てくる映画を作ったけれど、その映画が盗まれてしまった」というストーリーを話した。で、「この会話を脚本に入れたら面白いよね」みたいな感じになって、そこから脚本をコンパクトにして作ったものが今回の作品になります。なのでキャスティングというより、彼女ありきで撮影が始まりました。
──そのライブチャットというのはパフォーマンスとして、つまり作品として行われたものですね?
レオン そうですね。作品としてオンラインチャットでやったので。決まりごとがあったわけではない会話が作品になった。でも、元々そういう風にしようと思って始めたチャットです。
コシーニャ 最初は会話的に始まったのですが、途中で見ていた若い方が笑い出したり、のめり込んだりして、最終的にはオンライン劇みたいになっていきました。コメディみたいな作品になりました。
──前作の『オオカミの家』も作品を作るプロセスそのものを映画に取り込むスタイルをとっていましたね。お二人の仕事の進め方にとても興味があるのですが、どのように話し合い、進めていくのでしょうか?
レオン 作品を重ねるごとに、チームが大きくなってきています。今は共同脚本家もいますし、ディレクションのアシスタントもいれば、ビジュアルのディレクターもいます。少しづつグループが大きくなってきています。ただ、僕たち二人に関していえば、仕事をする際にはとにかく創造的な会話を重ねます。何をやるにしても「これはあなたの仕事」「これは僕の役」ということはなく、すべて一緒に進めていく。「これがやりたい」「あれをやりたい」「じゃあそれがいいよね」というように、とにかくたくさん話すことによって、徐々にまとまっていきます。
正直、実際に撮影する段階になると、「本当にこれをやりたかったわけではないかも」という方向に進んでいくこともあります。二人とも絵を描いたり彫刻を作りますが、もちろん、それぞれに得意分野はありますし、それぞれ違ったものを作ることもありますが、基本的には、とにかく話し合ってお互いのやりたいことを出し合って、それを一つの作品にしていくのが、僕たちのスタイルになります。
コシーニャ ただし、“デカローグ(十戒)”として10の規則を決めています。だんだんとグループが大きくなってきたので、別な方向に行ってバラバラにならないように、この10の規則だけは基本にしようと決めました。『ハイパーボリア人』の場合の「十戒」のうち2つだけ紹介すると、「全ての技術的なことはオープンにして、どのポジションに関わっている人たちも見ることができること」と「アントーニアだけが実際の人間として登場する」ということ。みんなが共通して持っている考えを規則化する。子どもたちがみんなで一つの遊びをしようねと言ったときに、これだけは約束しようねと言って、あとは自由に遊ぶというようなイメージです。
──ラース・フォン・トリアーなどデンマークの映画人たちが中心になって行っていた映画運動「ドグマ95」を彷彿とさせますね。彼らからの影響はあるのでしょうか?
レオン はい、影響はあります。中でも『ドッグヴィル』(03年)は『ハイパーボリア人』に大きな影響を与えています。
──前作『オオカミの家』も今回の作品も、スタジオの裏手にある大道具置き場、あるいは劇場の大道具置き場のような場所で撮影されているようですが、あれは一体どこなのでしょうか?
コシーニャ 今回はサンティアゴ・デ・チリにある文化センターの大きなスペースを使って撮影しました。『オオカミの家』の時と同様に、セットを作ってそこで撮影で使う作品を展示する、つまりサンプルのように置いておくという形で、そこを通れば自由に触ったりもできる。もちろん、撮影の前に予めそういったセットを作ります。ワークショップを開催して、参加した一般の方や学生と一緒にセットを作りました。
──なるほど。プロだけではなく一般の方々も参加して、撮影に使われたお面や人形なども作ったのですね。
レオン すべてではありませんが、映画に登場する多くの作品は、ワークショップに参加した人たちの手によって作られています。例えば、“メタルヘッド”を作った方はアーティストで、背景の絵も彼が描いていることが多い。巨大な頭部や人形などは、ワークショップに参加した方が作っている場合が多いです。
──一般の方々に参加してもらう狙いは何でしょうか?
コシーニャ 作品を作るときは通常、なるべく完璧なものに近づけようとすると思いますが、僕たち、特にクリストバルの場合は、完全ではないエッセンスというものに美を見出すことが大好きです。
先ほど言ったように、集まった方々に、ある一定の規則を与えて、それを基に自分の創造性で作品を一人ひとりが作っていく。規則性はあるけども、非常に自由性が高い中で、何が生まれるのか、というのがとても楽しみです。それが未完の美しさを象徴すると考えています。また、すべてを僕たち二人で作り上げるよりも、いろいろな人たちの創造性だったり、そこから生まれる驚きみたいなものが美しいし、面白いと考えています。
レオン ストップモーションアニメを制作する時、僕たちがいつもやっていることで特徴的なのは、リアルスケールで撮ること。通常のストップモーションは小さいミニチュアの状態で撮ることが多いですが、僕たちの場合は実物大の本物の家具を使ったり、そこにある壁など使います。なぜそうするかというと、家にある家具や物は他人が作ったもので、既にアートの息吹が吹き込まれているから。それらは僕たちだけで考えて作り上げたアートや美ではなく、僕達以外から出てきたものです。そういう、既に生が与えられているものと共存し、また新しいものを作っていくというような作業が僕たちはとても好きだし、楽しく美しいものができると考えています。なので先ほどのワークショップでも、まったく自分たちが思ってもいないものが出来上がったり、想像していなかったものが出来てきて、それが美しかったりする。そういったものが生まれることを期待して、このような手法を使っています。
──ラース・フォン・トリアーにインタビューした際、「ドグマ95」を始めた理由を、「全てが手に入る時代に映画学校を出て映画作りをしていく中で、自由過ぎることにストレスを感じ、“十戒”で足枷をつけることで、さらにクリエイティビティを追求したかった」と言っていました。あなた方の規則もそのような側面があるのでしょうか?
コシーニャ そういう部分もあるかもしれないですね。でも僕たちは多分、学んだ環境が違っている。物が十分にあってどうしようというような状態でもなく、むしろ物がない不自由な環境で制作してきましたから。でも、例えばスポーツは、自由に楽しくプレイするために規則がありますよね。なので、一部は共通することはあるかもしれません。僕たちはそこまで突き詰めて考えていたわけではありませんがね。
ヨーロッパやアメリカでは、(作品にかけられる)予算が、チリと比べてケタ違いに大きいですしね。僕たちの場合は、予算が限られている中で、いかに「予算がないからこうなったのだろう」という感じに見せないかというテクニックに知恵を絞ります。なので、ベースのところが違う。ただ、確かに規律があることで自由を楽しめることはあると思います。
──前作ではコロニア・ディグニダを引用しました。今回はミゲル・セラーノやハイメ・グスマンを登場させています。ある意味、母国チリの歴史の暗部を作品に投影させているわけですが、どういう意味があるのでしょうか?
コシーニャ 今年撮影している映画のテーマは「愛」なので、常にそうしているわけでもないありません。チリのアート事情から言いますと、政治とアートの関わり合いというのは非常に深く、政治を題材にしないアートは存在しないともいえるでしょう。そんな国事情もあります。例えば僕の場合は、子どもの頃、警察が来て人を連れ去っていくということが頻繁にありました。つまり、ホラーといえば独裁政治の時代がまず頭に浮かぶのです。他の人はどうかわかりませんが、そういった幼少期の経験がチリの暗い歴史に繋がっていることも理由なのかもしれません。
──最後にお聞きしたいのですが、アリ・アスターの『ボーはおそれている』のアニメーションパートに参加されましたね。アリ・アスターとはアーティストとして共通点を感じますか?
レオン アリ・アスターとはとても良い関係です。『ボーはおそれている』に参加させていただいたことで、さらに友人関係が深まったと思います。僕たちの作ったパートは、多くの人が集まって作る映画の一部でした。僕たちは、チームとして映画を作るとはこういうことだと、今回の協業で学ぶことが出来ました。非常に複雑な作業でした。
僕たちは初めから自分たちで作品を作ってきました。アーティストであり、その作品が映画になっているのです。そういうこともあり、多くの人と一緒に仕事をしなければならない現場は非常に難しかった。100%やりたいことをやりきれたかというと、そうではなかったのが事実です。ただ、映画を作るプロセスとして、こういうやり方があるという新しい世界を学ぶことが出来た、良い経験だったと思います。
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『ハイパーボリア人』(原題:Los hiperbóreos)
女優で臨床心理学者でもあるアントーニア(アント)・ギーセンは、謎の幻聴に悩まされるゲーム好きの患者の訪問を受ける。彼の話を友人の映画監督レオン&コシーニャにすると、二人はその幻聴は実在したチリの外交官にして詩人、そしてヒトラーの信奉者でもあったミゲル・セラーノの言葉であることに気づき、これを元にアントの主演映画を撮ろうと提案する。二人に言われるがまま、セラーノの人生を振り返る映画の撮影を始めるアントだったが、いつしか謎の階層に迷い込み、チリの政治家ハイメ・グスマンから、国を揺るがすほどの脅威が記録された映画フィルムを探す指令を受ける。カギとなる名前は“メタルヘッド”。探索を始めるアントだったが、やがて絶対の危機が彼女を待ち受ける……!
監督:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
脚本:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ、アレハンドラ・モファット
出演:アントーニア・ギーセン
2024年/チリ/スペイン語・ドイツ語/71分/カラー/1.85:1/5.1ch/字幕翻訳:草刈かおり
同時上映『名前のノート』(原題:Cuaderno de Nombres)
ピノチェト軍事政権下で行方不明になった未成年者たちを追悼する重厚な「描き」アニメーション。映像、音響(合唱)ともに、こちらも若者たちとのワークショップによって生み出された。
監督:クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ
脚本:アレハンドラ・モファット、クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
2023年/チリ/スペイン語/8分/カラー/1.85:1/字幕翻訳:草刈かおり
日本公開:2025年2月8日(土) より、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!
提供:ザジフィルムズ、WOWOWプラス
配給:ザジフィルムズ
字幕協力:ひろしまアニメーションシーズン
公式サイト
© Leon & Cociña Films, Globo Rojo Films