【単独インタビュー】『Brotherブラザー 富都のふたり』ジャック・タンが疑似家族の物語を通して伝えたい愛の力
- Atsuko Tatsuta
第97回アカデミー賞国際長編映画賞のマレーシア代表に選出された『Brotherブラザー 富都のふたり』が1月31日(金)より日本公開されました。
マレーシアの首都クアラルンプールの富都(プドゥ)地区にあるスラム街では、様々な国籍・背景を持つ貧困層の人々が多く暮らしている。不法滞在者2世のアバンとアディは、ID(身分証明書)もなく、この地区で兄弟として成長してきた。耳の不自由な兄アバンは市場の日雇いで堅実に生計を立てる一方、弟アディは簡単に現金が手に入る裏社会と繋がり、その行動は常に危険を孕んでいる。そんなある日、アディの実父の所在が判明し、ID発行の可能性が出てくるが、ある事件が二人の未来に重く暗い影をもたらす──。
マレーシアの首都クアラルンプールの富都(プドゥ)地区で兄弟のように育ったアバン(ウー・カンレン)とアディ(ジャック・タン)。二人はID(身分証明書)が無いため真っ当な職に就けず、耳の不自由な兄アバンは市場の日雇いで堅実に生計を立てる一方、弟アディは簡単に現金が手に入る裏社会と繋がり、その行動は常に危険を孕んでいる。そんなある日、アディの実父の所在が判明し、ID発行の可能性が出てくるが、ある事件が二人の未来に暗い影をもたらす──。
脚本・監督を手掛けたのは、『分貝人生 Shuttle Life』(17年)や『ミス・アンディ』(20年)など社会派作品のプロデューサーとして国際的な評価を得てきたジン・オング。イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭でマレーシア映画として初の最高賞含む3部門を受賞、アカデミー賞マレーシア代表に選出されるなど高い評価を獲得し、マレーシアと台湾では動員100万人を記録する大ヒットとなりました。
台湾のスターであるウー・カンレン演じる兄アバンと絆を深めながらも、無鉄砲な性格ゆえに人生を狂わせていく弟アディ役を演じたのは、マレーシアの人気俳優ジャック・タン。
クアラルンプール出身のジャック・タンは、TVドラマ出演を経てスクリーンデビュー。2017年には主演に抜擢された『分貝人生 Shuttle Life』で上海国際映画祭アジアンニュータレント部門男優賞を受賞。本作ではマレーシア・ゴールデングローバル賞助演男優賞を受賞し、台湾の金馬賞助演男優賞にノミネートされるなど、多くの映画賞で注目されました。
日本公開初日に合わせてジン・オング監督とともに来日したジャック・タンが、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──日本にいらっしゃるのは初めてですか?
プライベートの旅行で2度ほど来たことがあります。マレーシアの人はみんな、日本に観光に来るのが大好きです。仕事では初めての来日なのでとても嬉しいです。
──実際にお会いすると、今作で演じられたアディのイメージとは大分違いますね。このプロジェクトのどんな側面に惹かれて出演を決めたのでしょうか?
ジン・オング監督とは長い付き合いで、今年で17年目になります。かなり前に監督からシノプシスを見せてもらいました。その時点で具体的なオファーがあったわけではないのですが、いつ頃撮るのかと尋ねたら、まだ準備段階ということだったので、出来上がるのを楽しみに待っていました。
脚本が出来上がった段階でアディ役を依頼されたのですが、実は最初はお断りしました。僕はジン・オング監督がプロデュースした『分貝人生 Shuttle Life』(17年)と『ミス・アンディ』(20年)の2本に出演したのですが、これらの作品で演じた役柄も、社会の底辺にいるような若者でした。もしかしたらアディも同じような役柄になるかもしれないと思ったからです。けれど、監督からお電話いただいて、最初の監督作品だからぜひ出て欲しいと頼まれました。もちろん、監督のお力にはなりたいので出演することにしました。
──ジン・オング監督とは強い信頼関係があるんですね。
ええ、とても信頼しています。
──ジン・オング監督は、プロデューサーとしても社会派の作品を多く手掛けていらっしゃいます。監督の人柄は作風に反映されていると思いますか?
監督のお人柄を一言でいうと、愛が溢れている方ですね。慈悲の心のある方です。例えば、ホームレスのような方に対して常に心遣いがあり、出来ることをしてあげたいと思うような方です。怒鳴ったり汚い言葉を言ったりといったことも一切なく、周囲からの人望も厚い。今回、僕がこの映画に出演させていただくことで、何か役に立ちたいと思いました。この役を演じること自体が、僕にとって挑戦だったと思います。
──どの部分が挑戦だったのでしょうか?
まず、アディと僕とでは育った家庭環境や置かれている環境がかなり違うので、役に近づくためには相当な努力が必要でした。アディは特徴的な人でもあるので、役作りのためには外見も作り込む必要もあると思いました。体重を増やし、髪も金髪に染めました。ヘアスタイルももちろん変えました。また、兄と話すために手話を使っていたので、手話も勉強しなければなりませんでした。役者としては準備することがとても多かったですね。
──体重を増やしたというのは、筋肉をつけたのですか?
いえ、むしろ筋肉よりも脂肪を増やしました(笑)。この兄弟は全てにおいてとても対照的です。体型も性格も。兄のアバンはとても物静かで、弟のアディはすごくやんちゃで粗暴な感じがします。彼らがどういう風に幼い頃から一緒に生きてきたかを考えた時、おそらく兄は弟をとても大事にして、例えば好きなものを好きなだけ食べさせてくれたり、弟のために何でもくれた。そういう兄だったと思います。だから、兄よりも弟のほうが太っているように、外見的に作り込みました。それから、今まで僕の演じたことのないような人物像を作り上げたいと思いました。僕の違った面も見てもらいたかったので。
──育ってきた環境はまったく違うとのことですが、アディというキャラクターとあなたに共通点は見出しましたか?
共通点はありますね。僕の中学生時代の性格や雰囲気は、実はアディに近いと思います。その頃の僕は自由でいたずらっぽくて、粗暴な感じでした。でも、芸能界に入って役者の仕事を始めて、自分自身で意識的にキャラクターを変えていったところがあります。
──無鉄砲で兄を困らせたりしますが、アディには人間味があり、嫌いになれないキャラクターといえると思います。あなたはアディのどんなところが好きですか?
とてもアディのことをよく見て下さっていますね。まさに彼は、やんちゃだけれど嫌いになれないタイプの人。彼の場合、育ってきた環境、また生きている環境が彼を追い詰めているように思います。それで、悪事も働く。でもそれは、自分や兄が生きるためにやっているのだという絶望感を、僕は彼の中に見出しました。生き延びるために一生懸命にやっているからこそ、間違いを犯してしまう人間だとしても、アディにはどこか悪い印象を与えないところがあるのだと思います。
──父親の居場所がわかったときに、なぜ彼はすぐに父親のもとへ向かわなかったのでしょうか?
アディはずっと父親を憎み続けてきました。IDがないため正規の職に就けず、ヤクザな仕事をするような境遇に陥ったのは、父親が原因だからと思っているからです。僕は、そんな生活によってアディの性格は荒くなってしまったところがあると理解していました。
もともとアディは、マレーシアとタイの国境沿いのあたりに住んでいたという設定でした。母親はタイから出稼ぎに来ていた人で、その母とアディをマレーシア人の父親が捨てて消えてしまった。その憎しみや恨みがあったから、すぐに父のもとへ会いに行かなかった。でも、あのとき父親に会いに行けば、もちろんもう少し良い別の結末があったのではないかと思います。
──自分だけがIDを得ることの後ろめたさもあり、父親にすぐに会いに行くことを躊躇っていたのかとも思いました。
確かに、おっしゃる通りです。おそらくアディが父親と会って自分だけがIDを手にしたら、これまでずっと二人で生きてきた兄を見捨てることになりますからね。わざと行かなかった側面もあると思います。
──マレーシアには相当な数のIDを持たない人々が暮らしているとジン・オング監督から聞きました。その事実は、あなたがこの作品に関わる前からご存知でしたか?
はい、そのことは知っていました。というのも、マレーシアは外国人労働者が非常に多い国です。それによって、アディのようなケースも生じてくる。そうしたIDを持たない人々に関するニュースは、大きな社会問題として報道されています。
──今回、IDを持たない人々についてリサーチされたと思います。ニュースでは報道されていない、新たに発見したことはあるのでしょうか?改めて思うところはありますか?
アディを演じるにあたり、役作りのために富都のいろいろなところをまわって、外国人労働者や身分証を持たない人たちを観察しました。そのことによって、以前は頭でしか分からなかったことが、実感としてよくわかるようになりました。彼らはただIDが無いというだけでいつも警察に捕まり、強制送還される可能性がある。国籍が無いことがどういうことなのかを、身を持って実感したのが大きかったです。
──マレーシアの方々の中にも、本作を観て、富都やそこに暮らす外国人労働者の2世の実態を知った人たちがいるということでしょうか?
彼らの苦しみや生きる辛さの根本は、稼げるかどうか、つまり明日のご飯が食べられるかというところにあります。常に不安に晒されながら生きていかなければならない状況に置かれている。その実態が、この作品を観た方には実感として感じてもらえたのではないでしょうか。
彼らは例えば8人で1部屋に暮らしていて、朝番、夜番で交代してベッドを使っているというようなことも珍しくありません。しかし、辛い思いをしても、彼らは一生懸命に生きていることもわかりました。そんな中でも、自分なりに楽しく生きる方法を見出しているのです。
──富都という街に対して、この作品に関わる前はどのような印象をお持ちでしたか?
富都は実家からそれほど遠くないので、子どもの頃はよく行きました。市場があるので、家族と買い物に行ったりしていました。電子部品を売る店やペットショップなどもあります。けれども、そこに住み働いている人たちに身分証が無いといった実態は知りませんでした。外国人労働者が多く働いていることは一目瞭然でしたが、彼らに身分証がないということまではわからなかったですね。つまり富都は、クアラルンプールの中心地域にあって、皆がそこを賑やかな楽しい場所として見ていたわけですね。そこに、これほど多くの外国人労働者、身分証の無い人たちが生活し、必死に生き延びるために働いていることまでは思い至らない。僕自身もこの映画に出て、初めて知ったのですから。しかも、彼らの生きる力というか生命力が、この街を支えている。
──ウー・カンレンさんとの共演についても聞かせてください。彼は台湾の方ですが、マレーシアでの撮影に際して、あなたのサポートが重要だったのではないでしょうか?
ウー・カンレンさんが僕の力を必要としてくれたことは、今回嬉しかったことの一つです。彼と本当に兄弟のような絆を築けたと思っています。必要とされたことが、絆を深めたと思っています。
──役作りのために一緒に出かけたり一緒に住んだりされたのですか?
いろんなことを一緒にしました。準備期間中には、一緒にマーケットに行きました。鶏肉店の処理場があるのですが、(映画中に)アバンが鶏をさばくシーンがあるので、その練習もしました。手話も一緒に勉強しました。時間があるときは僕が彼を車に乗せて、つまり彼のドライバーになって、クアラルンプールのいろんなところに行きました。彼はマレー語を話さないので、通訳もしました。何でも一緒にしていたので、本当に仲良くなれました。ある時、地元の人たちの家に泊まってみることになりましたが、それはノミが出たので中止になりました。
──二人は何語で会話したのですか?
僕はマレー語、中国語、英語を話しますが、ウー・カンレンさんとは中国語で話していました。
──アバンはとても優しい方でしたが、ウー・カンレンさんとアバンには共通点がありますか?
アバンのイメージと実際のウー・カンレンさんはちょっと違いますね。映画の中のアバンは、とても穏やかで優しい感じですね。実際のウー・カンレンさんは、自分に対する要求が厳しいストイックな方です。
──本作は、イタリアのウディネ・ファーイースト映画祭での3冠を始め、国際的にも高い評価を受けています。撮影中から、成功するという期待や手応えはありましたか?
撮影している時は、これほどたくさんの成果を得られる作品になるとは思ってもいませんでした。良いストーリーなのできちんと撮影し、ひたすら良い作品にしたいという思いだけで、この映画に向き合ってきました。それが結果的に映画祭や映画賞で受賞したり、多くの国で上映され多くの観客に観ていただけるような作品になったことは、とても幸運だったと思います。
──多くの観客に愛された理由をどのように考えていますか?
物語自体はシンプルな作品だと思います。観客の方が何をどう観てくれたのか、どこに感動してくれたかを考えると、根底にあるのは愛の力ではないかと思います。血の繋がりがなくても、兄弟同士がこんなに支え合い、生きている。その人間愛が人々の感動を呼んだのだと思います。
「感動した」「兄弟のお互いへの思いやりに感動した」という声を多くいただきました。印象に残っている感想といえば、台湾で上映が終わった後、観客との交流があった時のことです。一人の聴覚障害の方が感想を伝えてくれました。「本当にこの映画を観て感動した。こういう映画を作ってくれて、私たち聴覚障害の人のために作ってくれたような映画だった。ウー・カンレンの演技がとても良かったし、私たちの言いたいことを表現してくれた映画だと思う。本当にありがとう」と。僕も大変感動しました。
──日本ではまだ、マレーシアの映画の上映がそれほど多くありません。この作品はマレーシアの映画界でどのような位置づけの作品だと思いますか?
マレーシア映画があまり公開されていない日本で、『Brotherブラザー 富都のふたり』が公開され、日本の観客の方に観ていただけることがまず嬉しいです。いろいろな感想が聞けることも楽しみにしています。この映画はマレーシア映画ではあるのですが、マレーシアらしさといううより、普遍性のある作品だと思います。なので、この物語が日本の皆さんに感動を届けられるのではないかと期待しています。
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『Brotherブラザー 富都のふたり』(原題:Abang Adik)
出演:ウー・カンレン、ジャック・タン、タン・キムワン、セレーン・リム
監督・脚本:ジン・オング
プロデューサー : アンジェリカ・リー、アレックス・C・ロー
撮影:カルティク・ヴィジャイ
編集:スー・ムンタイ
音楽:片山涼太、ウェン・フン
2023年/マレーシア・台湾合作映画/手話・マレー語・中国語・広東語・英語/115分/2.35:1/5.1ch/DCP&Blu-ray
日本公開:2025年1月31日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて公開
配給:リアリーライクフィルムズ
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