Column

2024.07.10 7:00

【単独インタビュー】『朽ちないサクラ』原廣利監督と杉咲花が問うそれぞれの正義

  • Atsuko Tatsuta

柚月裕子によるサスペンスミステリー小説を実写映画化した『朽ちないサクラ』が6月21日(金)に公開されました。

女子大学生のストーカー殺人事件にまつわる警察の不祥事が地元新聞にスクープされた。県警の広報職員・森口泉(杉咲花)は、親友の新聞記者・津村千佳が約束を破って記事にしたのではないかと疑うが、身の潔白を晴らすため独自に調査を開始した千佳が1週間後に変死体で発見される。自責の念に駆られた泉は、捜査する立場にないにも関わらず、生活安全課の磯川(萩原利久)らの助けを得て独自に真相を追ううちに、かつて大事件を起こしたカルト宗教集団の影が浮かび上がる──。

「孤狼の血」などの映画化でも知られる大藪春彦賞作家・柚月裕子の「サクラ」シリーズのはじまりとなる「朽ちないサクラ」は、県警の広報職員を主人公にした異色の警察小説。続編の「月下のサクラ」と合わせて発行部数は累計27万部を刊行する人気シリーズです。

映画化にあたりメガホンをとったのは、『帰ってきた あぶない刑事』(5月24日公開)で監督デビューを果たした原廣利。警察×ミステリー×サスペンスという王道のエンターテインメントに、洗練されたノワールの味付けを施し、主人公が己の正義感に目覚めていく成長譚として仕立てています。

主人公の森口泉を演じるのは、『市子』『52ヘルツのクジラたち』『片思い世界』と、映画での主演が続く杉咲花。4月からオンエアされた主演ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』も大ヒットを記録するなど、今最も期待される旬の実力派俳優としての輝きを増しています。

『朽ちないサクラ』の公開にあたって原廣利監督と杉咲花がFan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──ノワールテイストのミステリーがとても素晴らしかったです。原監督にまずお伺いしたいのですが、柚月裕子さんの原作を映画化しようと思ったきっかけは何でしょうか?
原廣利監督 プロデューサーの遠藤さんから、「『朽ちないサクラ』という作品をやりたいと思っているのですが、監督として名前を出していいですか」と聞かれたのがきっかけです。それで原作を読みました。僕は小説を読むのに結構時間がかかる方なのですが、この作品は1日で読めてしまいました。ジェットコースターのように次々と畳み掛けるような勢いを感じました。その勢いを映画にしたらきっと面白いだろうと思い、是非、監督してみたいと思いました。

──杉咲さんはどのようにプロジェクトに参加することになったのでしょうか?主人公の森口泉は大変個性的であり、かつ女性をエンパワーメントするようなキャラクターだと思いますが、この役を演じることのどこに魅力を感じたのでしょうか?
杉咲花 ロングシノプシスをいただいて、その段階でマネージャーと話し合い、お受けすることになりました。この映画は、泉という女性がある失敗をしてしまうことから物語が始まります。彼女のとった行動が応援できるかというと、そうでない部分もありますが、でも、彼女なりに自分のやり方で責任をとろうとする姿を見捨ててはいけないと思ったんです。

──そうした人間らしいと言うか、欠点のあるキャラクターの方が、完璧な人間よりも演じ甲斐があると感じますか?
杉咲 泉のことをそのような視点で好意的に見たわけではありません。ですが、少しでも失敗してしまった人には何を言っても良いような空気感や、失敗は絶対に許されないという世の中の雰囲気、やり直すことが許されない厳しさといったものについて、私は常日頃から疑問を抱いています。なので、ある失敗を粛々と描いているこの物語を観客はどのように見つめるのだろう、ということに興味がありました。

──サスペンスミステリーというジャンル映画でもありますが、この作品には“正義とは何か”という大きな問いが背景にあると思います。正義というものは、ご自身にとってどんなものだと思いますか?この作品を通じて何か考えたことはありますか?
 この映画にも描かれているように、それぞれの正義があると思います。泉にとっての正義とか磯川にとっての正義、泉の上司の富樫(安田顕)や捜査一課の梶山(豊原功補)のような人が考える正義。自分にとっては正義かもしれないけど、他者にとっては本当に正義かというのは、この作品のテーマとしてありますね。それぞれの正義が交差したときに、爆発が起こる。ただそれは、今の世の中、日常生活の中に結構あると思います。

杉咲 監督が今おっしゃったことに共感します。正しいと思ってしたことが、刃物のように誰かに突き刺さってしまうこともある。本当に紙一重。自分が“これが正しい”と決めつけてしまうことはある意味危険な一方で、自分なりの正しさを突き詰めたい気持ちもある。信じることと同時に疑い続けることのバランスは、すごく難しいと思います。

──原作を知らずに映画を観ると、当て書きなのではないかと思ってしまうほど杉咲さんにしっくりくる役柄だったと思います。原監督は杉咲さんに、どのようにこの森口泉という人物に向き合ってもらいたいと話したのか、そしてどのように演出されたのでしょうか?
 役柄については、それほど細かく説明しなかったと思います。そもそもキャスティングの段階から杉咲さんにお願いしたいという話になっていて、杉咲さんとの打合せで、泉という人間についてそれほど話した記憶はないですね。現場でも、例えばセリフを調整したりすることはあっても、細かい演出はつけなかったような気がします。

──杉咲さんは監督に、自分のキャラクターや演技についての質問や提案したのですか?
杉咲 撮影前の打合せで、それぞれが原作を読んできて、原作のどういう部分をピックアップしていくのか、脚色にあたって何を大事にして、さらにはオリジナル要素を足していくのか、その方向性を共有する時間をつくっていただきました。より踏み込んだ部分に関しては、実際に現場に行ってみて、肉体を通して演じ、セリフを音にして発したときに、細かなすり合わせをしていきました。

 僕からも質問してもいいですか?打合せの後、いろいろ話したじゃないですか。他の現場でもそれを実践している?

杉咲 ルーティーンにしていることはないのですが、自分の中で疑問に思ったことや違和感を感じたことは、ひとつの意見やアイディアとして制作に関わる人々とシェアできた方が、ものづくりにとっても豊かなことだと私は思っていて、そんな意見交換を役割やキャリア関係なくできたらいいなっていつも思っています。

 良いですよね。杉咲さんから質問があると、マネージャーさんから聞いて、実際に杉咲さんと脚本家チーム、プロデューサーチームと一緒に話し合いました。その時に杉咲さんが持ってきた原作本と脚本には、ものすごい量の付箋が貼ってありました。

──原作と脚本を読み込まれたのですね。
杉咲 そうですね。

 で、それらの質問を全部聞いて、お互いにディスカッションのようなことをいろいろとしましたね。あれはよかったです。

──杉咲さんがおっしゃった「映画化にあたって大事にすること」とは、どのようなことだったのですか?
 原作と大きく変えたわけではないですよね。でも、面白いなと思ったのは、そういう打合せで多くの俳優さんは自分が演じる役についての質問や意見をくださるのですが、杉咲さんは、周りの人物がどう動くかについて詳細に聞いてきたという印象があります。自分のキャラクターやセリフについてではなく。作品全体を見てくれているということが伝わってきて嬉しかったというか、信頼度がさらに増しました。

──タイトルにも引用されている「サクラ」ですが、映画中でも「サクラ」は公安を示す隠語だという話が出てきますが、映像的にも桜の花を美しく撮られていますね。桜は何かのメタファーなのでしょうか?
 原作では桜の花自体はそこまで描写されていなかったと思います。けれど僕は、絶対に桜を撮りたいと当初から考えていて、撮影時期も桜の咲く時期に合わせました。なぜ桜かというと、もちろん「サクラ」が公安警察のことであることもそうなのですが、桜は一見すごく綺麗ですが、泉が事件の真相を知っていくことによって、桜が怖いものに見えてくる、桜に監視されているような怖さが出てくると良いなと思いました。綺麗に見えていたものが、観る側の感情の変化とともに、また別のものに見えてくるという。

杉咲 劇中でも “この世に桜が無かったら、春はもっと心穏やかでいられたのに“といった言葉が登場しますよね(「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」在原業平朝臣)。すごい詩だなと思いました。桜はとてつもない勢いで散っていく時期がありますが、あのさまを見たときに、何て美しくて悲しいんだろうと思います。あの時間ってたまらないですよね。

──この撮影で最もチャレンジングだったところは?
 杉咲さんは大変なこともたくさんあったと思いますが、僕はただ楽しかったです。

杉咲 それは最高ですね!桜を美しく撮りたいということに始まり、きっと監督の中にはどのカットも一枚画として美しいものに仕上げたいという気持ちがあったのではないかと想像していました。妥協がないんです。

──原監督にお聞きします。このサスペンスミステリーはフィルムノワールの匂いもしますが、参考にした作品などはありますか?
 参考にしたということはないですが、好きな作品や監督はたくさんいます。今回は、よくある重厚なサスペンスミステリー映画にだけはしたくなかった。重厚というよりも、人間がどう動いて、かつそれを飽きさせないで見せることに注力しました。まず、エンターテインメントとしてしっかりと世の中の人に届けたかった。影響を受けてきたのは、作風は違いますがガイ・リッチー監督やマシュー・ヴォーン監督などですかね。

──ジャンル映画であると同時に、人間ドラマを描くという意思を感じました。
 基本的にはどんな作品を撮るにしても、人が全てだなと思っています。

──そういう意味では、泉を取り巻く人々の配役も重要でしたね。どのようにキャスティングされたのでしょう?
 本当にイメージ通りにいきました。萩原くん、安田さん、豊原さん。僕の夢が叶ったというキャスティングになりました。富樫と梶山は一見正反対に見えますが、二人とも泉を守ろうとする。富樫は、後々変わってしまいますけれど。お二人には、迷っている泉を大人として見守って欲しいと伝えたと思います。冷たい視線で「なんだこの若いもん」と見るのではなく。

杉咲 特に安田さんとはコミュニケーションを一番重ねさせてもらいました。他愛のない話をしながら、ずっと隣にいてくださって。いつだって体温が“平熱“な感じがして。それが心地良かったです。

 確かに常温の人だよね。

──お二人はこのプロジェクトを通して学んだことはありますか?
杉咲 失敗を招く当事者としてどういう感覚になるのか。見えなかった景色が少し見えてくるような感覚になりました。

 杉咲さんもコメントで言ってくれていた言葉ですが、失敗した人を見捨てない、というのが大事。それが世の中に一番足りてないことなのではないか、と。この言葉がすべてを言ってくれているというか、本当にそういうことだなとハッとさせられました。それから、杉咲さんと一緒に仕事をできたのが大きかったですね。お芝居を見ていても嘘がないというか、僕自身も襟を正さないとという気持ちになりました。

杉咲 何かをごまかしたり、わかったフリをしながらものづくりすることは避けたいです。

──監督を目の前にして言いにくいかもしれませんが、杉咲さんから見た原監督はどんな方ですか?
杉咲 穏やかにリーダーシップを取られる優しい方ですね。それから撮影の間、それまで撮ってきた映像を繋ぎ合わせたものをみんなにシェアしてくださったことが印象に残っていて。とても嬉しかったです。

 ラッシュフィルムですね。俳優部は、撮っているものがどういう風に見えているのか分からないことが多いと思うので、ラッシュを見てもらえるようにしています。見てもらったら、ひとつのモチベーションになるかなと。実際に現場の士気が上がったりするんですよ。スタッフ含め、俳優部含め、みんなが今良い作品撮れているということを一緒に確認できる感じが良いんです。

Photography by Takahiro Idenoshita

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『朽ちないサクラ』

「疑いは絶対に晴らすから」そう言って立ち去った親友は、一週間後に変死体で発見された──。愛知県平井市在住の女子大生が、度重なるストーカー被害の末に、神社の長男に殺害された。地元新聞の独占スクープ記事により、警察が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにし、その間に慰安旅行に行っていたことが明らかになる。県警広報広聴課の森口泉は、親友の新聞記者・津村千佳が約束を破って記事にしたと疑い、身の潔白を証明しようとした千佳は、1週間後に変死体で発見される。自分が疑わなければ、千佳は殺されずに済んだのに──。自責と後悔の念に突き動かされた泉は、自らの手で千佳を殺した犯人を捕まえることを誓う。

出演:杉咲花、萩原利久、森⽥想、坂東⺒之助、駿河太郎、遠藤雄弥、和⽥聰宏、藤⽥朋⼦、豊原功補、安田顕
原作:柚月裕子「朽ちないサクラ」(徳間文庫)
監督:原廣利
脚本:我人祥太、山田能龍
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント
制作プロダクション:ホリプロ
製作:映画「朽ちないサクラ」製作委員会(カルチュア・エンタテインメント、U-NEXT、TCエンタテインメント、徳間書店、ホリプロ、ムービック、nullus)

日本公開:2024年6月21日(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国公開!
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
公式サイト
©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会