映画を通じて世界の今を知る注目の5本
- Fan's Voice Staff
“映画は時代を映す鏡”という言葉があります。終戦の目処も見えないロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ攻撃の激化によりさらに複雑化するパレスチナ問題など世界情勢の悪化は、確実に映画界にも影響を与えています。
難民の処遇を巡り現代社会の課題を問うポーランド映画『人間の境界』は第80回ベネチア国際映画祭にて審査員特別賞を受賞、ロシアによるウクライナ侵攻の惨状を生々しい映像と冷静なナレーションで綴る『マリウポリの20日間』は第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞するなど、今考えるべき主題を様々な視点から捉えた社会派作品が世界的に注目を集めています。
第76回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞を受賞したジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』や、アンソニー・ホプキンス主演の『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』といった第二次世界大戦下のホロコーストを題材にした作品は、20世紀最大の過ちと言われた惨劇に対する興味深い視点を提供することで、現在起きている戦争や紛争に対し、我々がどう対処すべきかという大いなる問いを投げかけます。
本記事では、戦争や紛争、分断が暗い影を落とす今日、映画を通じて世界の今を知る5作品を紹介します。
『マリウポリの20日間』
2022年2月、ロシアがウクライナ東部に位置するマリウポリへ侵攻。これを察知し、仲間とともに現地に向かったのは、AP通信のウクライナ人記者であるミスティスラフ・チェルノフ。ロシア軍の容赦のない攻撃による断水、食料供給や通信の遮断──瞬く間に孤立していくマリウポリから海外メディアは次々と脱出する中、彼らはロシア軍に包囲された市内に残り、死にゆく子どもたちや遺体の山、産院への爆撃など、侵攻するロシアによる残虐行為を命がけで記録、世界に発信し続けました。取材班らも徐々に追い詰められていく中、滅びゆくマリウポリと戦争の惨状を全世界に伝えるため、チェルノフたちは辛い気持ちを抱きながらも市民を後に残し、ウクライナ軍の援護によって市内から脱出する──。
3人の報道チームでマリウポリ包囲戦の取材を行い、市内に残る唯一のジャーナリストとしてロシアによるこの都市に対する攻撃の実態を世界に伝えたミスティスラフ・チェルノフ監督らは、2023年にピューリッツァー賞公益賞を受賞。第96回アカデミー賞ではウクライナ映画史上初のオスカー獲得となる長編ドキュメンタリー賞を受賞し、チェルノフ監督による「私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう」という胸に迫るスピーチも注目を集めました。
2024年4月26日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国緊急公開
配給:シンカ
公式サイト
©2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation
『人間の境界』
ロシアによるウクライナ侵攻前夜の2021年6月、ベラルーシのルカシェンコ政権による反体制派への弾圧などを受け、EUは経済制裁を発動。一方、ベラルーシ政府誘導により、ベラルーシを経由してリトアニアやポーランドに向かう中東やアフリカ系移民・難民の数は急増。が、9月にはポーランド政府はEU諸国への亡命を求める人々で溢れるベラルーシとの国境付近に非常事態宣言を発令。入国を拒絶された難民たちは国境で立ち往生し、極寒の森をさまよい、死の恐怖にさらされた──。
ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす狙いで大勢の難民をポーランド国境へと移送した〈人間兵器〉とよばれる策略に翻弄された人々の過酷な運命を、シリア人難民家族、支援活動家、国境警備隊の青年など複数の視点から描き出す群像劇。『ソハの地下水道』『太陽と月に背いて』などヨーロッパの歴史を真摯なまなざしで見つめてきたポーランドの巨匠アグニエシュカ・ホランド監督が、「国境に行くことができなくても、私は映画を作ることができる。政府が隠そうとしたものを、映画で明かそう」と決意し、政府により立ち入りを禁じられたこの森で実際に難民たちと関わっていたアクティビストらを共同脚本家に迎え、情報源への入念な調査を重ね、作り上げました。
ベネチア国際映画祭での審査員特別賞をはじめ、各地の映画祭で18の賞を獲得(2月27日現在)した一方で、当時のポーランド政権は本作を激しく非難し、監督自身が身の危険を覚えるほど論争が激化。その逆風をもろともせず、ポーランドでは国内映画として当時年間最高となるオープニング成績をたたき出す異例の大ヒットとなりました。
2024年5月3日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
配給:トランスフォーマー
公式サイト
©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Culture
『医学生 ガザへ行く』
奨学金を得て留学することを決意したイタリア人医学生のリッカルド。行き先は紛争地域であるガザ地区。友人たちは彼の安全を心配しますが、救急外科医を目指し、爆発性弾丸による外傷についての論文を書いているリッカルドにとって、ガザ行きは医師となるための実践経験。極めて複雑なプロセスを経て、欧州から初の留学生としてガザ・イスラム大学に到着したリッカルドは、多くの期待と注目集める一方で、救急医療の現場に入り、本当に外科医に向いているのかと自らに問うことに。不安やストレスに潰されそうになる彼を救ったのは、同じく医師を目指す医大生サアディなどのパレスチナ人の若者たち。やがて片言のアラビア語を話すリッカルドは現地で人気者となり、徐々に自分の居場所を見つけていきますが──。
周囲をフェンスで封鎖された「天井のない監獄」と呼ばれるガザ。イスラエル、パレスチナ自治政府、ハマスの3つの異なる当局からの許可を得て留学を果たし、至近距離で爆撃を受ける体験をしながらも、救急外科医になる決意を固めていく青年の葛藤と成長を追うドキュメンタリー。
2024年5月16日(木)シネマ・チュプキ・タバタ、5月17日(金)シネマネコにて公開
配給:ユナイテッドピープル
公式サイト
© 2021 Arpa Films
『関心領域』
原題でもある「The Zone of Interest(=関心領域)」とは、第二次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュヴィッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉。映画では、収容所と壁一枚隔てた屋敷で安穏と暮らす所長とその家族の日常が描かれます。
『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13年)のジョナサン・グレイザー監督がイギリスの作家マーティン・エイミスの同名小説にインスパイアされ、10年もの歳月をかけて映画化。製作は、昨年度のアカデミー賞で作品賞ほか最多7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』など多くの話題作を手がけるA24。
第76回カンヌ国際映画祭では「他にはない衝撃的なホロコーストドラマ」「観客はこの冷酷な傑作から目を背けることはできない」「この映画を観た経験は一生忘れないだろう」と絶賛され、グランプリを受賞。第77回英国アカデミー賞では英国作品賞、外国語映画賞、音響賞を受賞、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞など5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞を獲得しました。
2024年5月24日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
1938年、第2次大戦直前。ナチスから逃れてきた大勢のユダヤ人難民が、プラハで住居も十分な食料もない悲惨な生活を送っているのを知ったニコラス・ウィントンは、子どもたちをイギリスに避難させようと、同志たちと里親探しと資金集めに奔走。ナチスの侵攻が迫るなか、ニコラスたちは次々と子どもたちを列車に乗せますが、遂に開戦の日が到来。それから49年、救出できなかった子どもたちのことが忘れられず、自分を責め続けていたニコラスのもとに、BBCのTV番組「ザッツ・ライフ!」に参加してほしいと連絡が入り──。
スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』で描かれたオスカー・シンドラーのように、ナチスの手から669人の子どもたちを救った英国人ニコラス・ウィントン。結果的に6,000の命に繋がった活動と子どもたちとの50年後の再会を、『英国王のスピーチ』のプロデューサーが映画化。ヨーロッパでは、小さい規模での公開ながらも「最高に美しい物語」「ずっと涙が止まらない感動作」「現代を生きる全員が観るべき作品」と称賛の声が上がり、アンソニー・ホプキンスがアカデミー賞主演男優賞を獲得した『ファーザー』を超える興収をたたき出しました。
2024年6月21日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国ロードショー
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
公式サイト
© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023