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2024.02.08 20:00

【単独インタビュー】『Firebird ファイアバード』ペーテル・レバネ監督がスクリーンに蘇らせた冷戦下の愛

  • Fan's Voice Staff

パイロット将校と若き二等兵の愛の実話を映画化した『Firebird ファイアバード』が2月9日(金)より日本公開されます。

1970年代後半、ソ連占領下エストニアの空軍基地。俳優になる夢を持つセルゲイ(トム・プライヤー)は、間もなく兵役を終えようとしていた。が、そんなある日、戦闘機パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が赴任してくる。お互いに好意を抱くが、同性愛は法律で禁じられており、もし明るみに出れば厳罰が待っていた。セルゲイの同僚のルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)はロマンに好意を抱くが、ロマンが撮影した写真を見て、セルゲイとロマンの特別な関係に気づく──。

ロシアの俳優セルゲイ・フェティソフの回顧録を原作とする本作の脚本・監督を手掛けたのは、エストニア出身のペーテル・レバネ。オックスフォード大学、ハーバード大学、南カリフォルニア大学で学び、プロデューサーやMVの監督として活躍。2013年にはエストニアの「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた秀英が、10年以上にも及ぶ構想期間を経て、長編劇場映画デビューを果たしました。

日本での劇場公開に先立ち、レバネ監督がFan’s Voiceのインタビューに応じてくれました。

──『Firebird ファイアバード』はとても美しい恋愛映画です。本作は、2011年にあなたがロシアの俳優セルゲイ・フェティソフの回想録を人から勧められたことが、製作の起点になっていると伺いました。具体的にはどのような状況だったのでしょうか?
ありがとうございます。とても嬉しいです。もともと僕はプロデューサーとして活動していて、新しいプロジェクトを探していました。一方、そろそろ初長編を監督したいとも思っていました。そんな時、ベルリン国際映画祭で、(エストニアの)タリンで開催されているブラックナイト映画祭の創始者の友人に会ったのですが、彼女が「とある映画評論家から、この回想録を渡されて読んだのだけれど、素晴らしいからあなたも読んでみたら」とロシア語で書かれた回想録を渡されました。僕はロシア語は完璧ではないのですが、週末をかけて自宅に籠もって頑張って読みました。

読みながら、ほろほろと涙が溢れてきました。感動しただけでなく、驚きました。1970年代、冷戦下のソ連の空軍基地で、禁じられていたこのような愛が繰り広げられたなんて、信じられないことですから。ましてや舞台となっている空軍基地は、私が生まれ育った街のすぐそばでした。そこには夏のバカンスを過ごす、両親の別荘があります。まさか、あそこでこのようなドラマが展開していたとは思ってもみませんでした。

──原作者のセルゲイ・フェティソフは映画の完成を待たず2017年に逝去されたと伺っています。彼とはお会いしたのですか?
はい。回想録を私の友人に渡した映画評論家は、セルゲイの親友でした。それで、映画化にあたっての契約の仲介もしてくれました。

そうこうしているうちにトム・プライヤーと脚本を共同執筆することになったのですが、もう少しいろいろな情報が欲しいということで、その評論家にセルゲイ本人との仲介を頼み、実際にお会いすることになりました。(フェティソフが住んでいた)モスクワまで行き、インタビューをしたり昼食を一緒にとったりと、3日間ほどセルゲイと一緒に過ごしました。人生観だったり、例えば、当時はどんな食事をしていたのか、どんな音楽を聴いていたのかといった生活のこまごまとしたところまで、教えてもらいました。僕とトムにとってはとても有意義な情報でした。

──その評論家の方は、エストニアの方ですか?ロシアの方ですか?
ロシア人です。彼の名前もたまたまセルゲイ(・ラヴレンティエフ)です。彼は、セルゲイ・フェティソフ本人と一緒に演技を勉強した仲間で、プロの俳優でもあります。これはちょっとしたトリビアですが、映画の中で演劇学校のシーンがありますが、そこで指導している教授が映画評論家のセルゲイです。もともとセルゲイ・フェティソフに演じてもらうはずだったのですが、残念ながら撮影開始の1年前にお亡くなりになりましたので、叶いませんでした。

──先ほど「トム・プライヤーが参加した」とおっしゃいましたが、彼は主人公セルゲイを演じただけでなく、共同脚本家としても関わっていますね。『博士と彼女のセオリー』(14年)でエディ・レッドメインが演じたスティーブン・ホーキング博士の息子ロバート役や、『キングスマン』(14年)などに出演している新進俳優である彼が参加したのはどのような経緯ですか?
もともと僕は、ひとりで脚本を書いていました。1~2年ほどで脚本が書き上がり、人に読んでもらう段階になりました。脚本や映画製作についていろいろアドバイスをくれていた、LAベースのアメリカ人映画プロデューサーがいるのですが、彼から「トム・プライヤーというイギリスの俳優がいるので、主役には彼が良いと思う」と推薦されました。ということで、トムに会って、資金集めのために、いわゆるコンセプト映像を2シーンほどトムに演じてもらい撮影しました。その撮影中に、脚本についてもトムがいろいろ助言してくれました。

それから1年半、またさらに脚本を改稿したのですが、その時点から、トムが参加してくれました。私はどちらかというと話の全体的な構造を意識しながら書くのですが、トムは俳優ということもあり、シーン毎のディティールに対するセンスがとても良く、的確にアドバイスをくれたり、加筆してくれました。とても良いコラボレーションになったと思います。

──ということは最終的には、原作者とあなたとトム・プライヤーの3人のライターが脚本に携わったわけですね。3人のケミストリーは、どのように物語に反映されたと思いますか?
セルゲイ・フェティソフ本人が協力してくれたことはとても幸運でした。自由に脚本化して良いということでしたが、もちろん彼のことをリスペクトしていたので、書きあがった脚本も読んでいただきました。「これで良いのでは?私からはからは何もリクエストはないよ」とおっしゃっていただきました。

原作の回想録はとても長く、美しいものでしたが、映画化にあたってコンパクトにしなければならないので、そこに苦心しました。回想録にあるすべてを映画化したら、6~7時間もの映画になってしまいますからね。抜本的に変更したところは1箇所だけ、ルイーザの描写ですね。非常にネガティブなキャラクターとして書かれていたからです。セルゲイが自分の思春期を振り返って書いているのですから、ルイーザに対するわだかまりが残っていたのだと思います。でも我々の視点からすると、彼らに起こった悲劇は、ルイーザのせいというより、時代の犠牲者という側面が強いと思います。実際、ルイーザ自身も、彼らと同じくらいの悲劇を背負ったと思いますす。なので、彼女の視点から見た部分を、改めて脚色しました。

ちなみに2023年春に、写真も入れた回想録の英語翻訳版を世界で出版しています。これは亡くなったセルゲイとの約束でもありました。

──同性愛が映画の主題として描かれることは、最近までそれほど多くありませんでした。映画史的に言えば、その転換点となったのが2005年にE・アニー・プルーの小説をアン・リー監督が映画化した『ブロークバック・マウンテン』だと思います。アンドレ・アシマンの小説をルカ・グァダニーノが監督した『君の名前で僕を呼んで』(17年)も、『ブロークバック・マウンテン』なくしてはできなかったと思います。このある意味エポックメイキングな2つの映画は、あなたにどのような影響を与えたのでしょうか?
『ブロークバック・マウンテン』にはとても影響を受けています。公開された週末に、私はいち観客として劇場で観てとても感動し、泣きました。ここまでリアルな同性愛の話を、メインストリームの映画として観られたことに衝撃を受けました。社会も少しずつ変わってきことを認識した覚えがあります。まだ、映画監督になれたらいいな、なんて夢見ていた時期です。

『君の名前で僕を呼んで』にも、やはり感情を揺り動かされました。当時はロンドンに住んでいて友達と一緒に観に行ったのですが、観た後2~3日間は落ち込んだことを覚えています。何故ならば、私もゲイですけれど、10代を、ソ連の支配下にあった、つまり共産圏下のエストニアで過ごしたので、自由に同性愛を語ることはできませんでした。なので、「なぜ僕は、思春期にあの映画のように自由に恋愛ができなかったのだろう」という悔しさが込み上げてきました。自分の感情をひた隠しにしなければいけなかったし、好きな人にも告白できなかった。なぜ、そのような10代を送らなければならなかったのだろうと、悲しくなってしまいました。

映像作家として影響を受けたのが誰かといえば、一番はスタンリー・キューブリックですね。彼は素晴らしい映画言語を開発した巨匠です。撮影技術、リズム、演出、フレーミングの設計など素晴らしいスタイルを構築しましたが、一方で、自分のスタイルに固執していないというか、毎回全く異なるスタイルの映画を作っているところが凄い。

それ以外にも、ウォン・カーウァイの影響を受けていますね。彼の作品の中で特に好きなのは、『花様年華』(00年)です。言葉ではなく視線や、ちょっとした仕草でキャラクターの心情を表現するなど、その手法とスタイルに魅了されます。

──『Firebird ファイアバード』は悲劇的な部分があるにも関わらず、観賞後は大変美しいものを観たという感動があります。その理由のひとつは、あなたがセルゲイとロマンの関係の美しさを、映像としてスクリーンに投影しているからだと思います。海のシーンや劇場のシーンなど、印象的なシーンも多い。あなたは意図的に、二人の関係の詩的な部分を映像で表現しようと演出したのですか?
詩的な部分も感じ取っていただいて嬉しいです。そうした二人の関係の描写は原作にもありましたし、我々も工夫して映画に持ち込みました。原作では、風や木の枝など自然に関する描写が散りばめられていて、まるでセルゲイが自然とコミュニケーションを取りながら文章を綴っているように感じました。実際、トムと一緒に脚色している時に、そうした部分をもっと膨らませることにしました。

ということで、カメラが回っている間に自然発生的に起こることがあると、それも活かしながら撮影しました。例えば、良い塩梅に光が差すまで待っていました。待機していたときに僕は芝生の上に寝転がってみたんですけども、そしたら上の方で木の枝や葉がなびいているわけですね。これがすごく綺麗だから撮ってみようということで、その場で撮りました。そういう、ふと起きたことを捉えて、この作品に注入しています。これは監督として教訓になったことですが、監督は、そういった一見無駄のように見えるシーンをプロデューサーにカットさせないことが大事なのだと思います。

また、“鏡の中の鏡”という曲などで知られるエストニア出身のアルヴォ・ペルトという作曲家からの影響も受けています。ちょっとした沈黙や間、または誰かの視線といった、セリフではない力強く訴えかける瞬間が映画には大事だと思うのですが、彼の音楽からはそういうセンスを学びました。

──ストラヴィンスキーの『火の鳥』を観たことがないというセルゲイを、ロマンが舞台のリハーサルを見せに連れて行くシーンもありましたね。あのシーンは原作にあったのでしょうか?そして、タイトルに『火の鳥』を引用した意味も教えてください。
回想録には、オペラを観たことがなかったセルゲイをロマンが劇場に連れて行くという記述はありました。でも、演目は具体的には書かれていませんでした。けれど、二人ともストラヴィンスキーの音楽は大好きという記述はあったので、『火の鳥』は映画的だと思い、選びました。灰の中から這い上がってくる鳥は、ロマンと、そしてその後セルゲイが歩んでいくことになる人生を暗示するモチーフとして機能します。

タイトルは、最初から“火の鳥”にしようと思っていたわけではありません。原作は、「ストーリー・オブ・ロマン(ロマンについての物語)」なので、制作中のタイトルは「ロマン」だったのですが、「ローマ人の物語なの?」とかいろいろ勘違いされたので、いろいろと考えた挙げ句、最終的に“火の鳥”になりました。

──ロマン役オレグ・ザゴロドニーのキャスティングについてもお伺いします。彼はウクライナ出身の俳優ですが、なぜ彼を選んだのでしょうか?
キャスティングを考えた当初は、英国俳優で固めようかというアイディアもあったのですが、最終的にはインターナショナルに門戸を開こうと決めました。キャスティングで一番大事にしたのは、フィーリングや雰囲気がそれぞれの役にマッチすることでした。トム・プライヤーがイギリス、オレグはウクライナ、ルイーザ役のダイアナ・ポザルスカヤはロシア、グズネツォフ大佐はイギリス出身、KGBのエージェントを演じているのはエストニア人というように、俳優は様々な国から集められました。

キャスティングはロンドン、ベルリン、モスクワで行いましたが、2,500人以上の応募がありました。毎日、何百という人と会ったのですが、ロマン役にぴったりの人が出てきませんでした。そこへオレグがやって来た。部屋に入ってくるなり20〜30秒で「ああ、この人だ」と確信しました。ただ、彼は英語を話さなかったので、そこには苦労しましたね。

──どのように、対処したのですか?
キャサリン・チャールトンという、アンジェリーナ・ジョリーのトレーニングなどをしている優秀なダイアレクトコーチに、オレグのトレーニングをお願いしました。撮影を開始する前の夏につきっきりでトレーニングしてくれて、撮影期間中も毎日現場に来て、オレグに指導してくれました。キャサリンは、オレグだけではなくトムの面倒も見てくれました。トムにはロシア語っぽく話してもらわないといけなかったので。でも、当時のソ連はいろんな国を傘下においているから、言語圏で言えば130言語というさまざまな言葉を話されている地域になるわけです。

そんな中でもトムとオレグが同じような言語をしゃべっているような感じを出さすために、アクセントの調整をしていきましたが、結構これが難しくて。思いっきりロシアっぽく喋ってもらうのは簡単ですが、それだとコメディになってしまうので、微妙にロシア語っぽくやってもらうのに、苦労しました。

──最後のシーンについてお聞きします。ロマンをアフガニスタンに送り込んだのは、二人の関係を探っていた少佐なのでしょうか?
実際に何が起きたのか、これはオーディエンスの皆さんに解釈を任せたいと思っていますが、僕の想像では、ロマンは自ら選択してアフガニスタンに行ったのではないかと思っています。つまり、セルゲイとも愛を成就させることができない、ルイーザとも成就させることができない、それならいっそ他のどこかへ行ってしまおう、と。

最後のシーンでKGBが出てきますが、よく聞くと、背景音に、劇場を後にする人たちの足音が聞こえてきます。つまり『火の鳥』が上演されているあの劇場の前に、少佐は車を停めているわけです。実は、あの劇場に車が停まっていることがきちんとわかるような、もう少し引きの映像も撮っていました。でも、それだとちょっとわかり易すぎるだろうということで、寄りの画にしました。それで、音だけでなんとなく仄めかしたました。少し音が小さすぎたかもしれませんが(笑)。

──あの劇場は、エストニアにあるのですか? 
はい、エストニアのタリンにあります。物語の設定とまったく同じで、空軍基地もエストニアにあるわけで、休日にはタリンの街に出かけるという日常だったのです。

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『Firebird ファイアバード』(原題:Firebird)

監督・脚色:ペーテル・レバネ
共同脚色:トム・プライヤー、セルゲイ・フェティソフ
原作:セルゲイ・フェティソフ
出演:トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤ
2021年/エストニア・イギリス/英語・ロシア語/107分/1.85:1/5.1ch/DCP & Blu-ray/日本語字幕:大沢晴美

日本公開:2024年2月9日(金)、感涙のロードショー!新宿ピカデリー、なんばパークスシネマ 他
配給:リアリーライクフィルムズ
公式サイト
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