Column

2024.01.19 21:30

【単独インタビュー】『ビヨンド・ユートピア 脱北』マドレーヌ・ギャヴィン監督を突き動かした使命感

  • Atsuko Tatsuta

2023年のサンダンス映画祭USドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した『ビヨンド・ユートピア 脱北』が1月12日(金)に待望の日本公開されました。

韓国を拠点にこれまで1,000人以上の脱北を手助けしてきたキム・ソンウン牧師のもとに、ある日、一本の電話が入る。北朝鮮から中国に渡ったロ一家が、山間部で途方にくれているというのだ。幼い2人の子どもと80代の老婆を含めた5人を一度に脱北させることは、とてつもない危険を伴う。だが、キム牧師は、50人を超える脱北ブローカーたちと連携し、中国、ベトナム、ラオス、タイを経由して、韓国へと亡命するルートへと誘う。果たして、総移動距離1万2,000キロの決死の脱出作戦の行方は──。

北朝鮮から韓国へ、ある一家の壮絶な旅路を、地下ネットワークの人々によるスマートフォンなどで撮影された生々しい映像や関係者の貴重なインタビューで描き出す本作。限られた情報しか得ることができない北朝鮮の実態が伺い知れる衝撃作として、ワールドプレミアされたサンダンス映画祭USドキュメンタリー部門では観客賞を受賞。第96回アカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞のショートリストにも選出され、ノミネート入りも期待されています。

手掛けたのは、性暴力を受けた女性たちを保護するコンゴの団体を追ったNetflixドキュメンタリー『シティ・オブ・ジョイ 〜世界を変える真実の声〜』(18年)などで高い評価を受けるアメリカ人ドキュメンタリー作家のマドレーヌ・ギャヴィン。粘り強い丹念な取材と洞察に満ちた視点、卓越した行動力により、非人道的な世界から抜け出し、自らの人生を取り戻す人々の姿を鮮やかに描き出します。

日本での劇場公開に際し、マドレーヌ・ギャヴィン監督が活動拠点のニューヨークよりFan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──『ビヨンド・ユートピア 脱北』は、北朝鮮から韓国への「脱北」を、これまでにないリアリティで描いた衝撃的かつ素晴らしいドキュメンタリーです。あなたはアメリカ在住ですが、脱北に関するいくつかの本を読んだことが、この作品を撮るきっかけになったと伺っています。まずは、この作品の起点についてお話しいただけますか?
北朝鮮に関しては、金(正恩)政権が外に出したいイメージが意図的に発信されているという基本があります。もちろん、飢饉やミサイル発射、生活苦といった一般的なニュースは見聞きしていましたが、あの国に2,600万人の人が住んでいることや、実際に彼らの生活がどれほど大変なのかという、その“質感”のようなものは全く分かっていませんでした。イ・ヒョンソの「7つの名前を持つ少女」など北朝鮮に関する本を読み始め、何カ月もリサーチをした結果、この映画を作らなければいけないと思うに至りました。

というのも、リサーチをしていく上で北朝鮮の人々の生活を詳細に知るに連れ、私自身が彼らについて全く知らなかったという事実に、衝撃を受けました。アメリカのメディアは、北朝鮮の実情を全く伝えていなかった。つまり、北朝鮮に住んでいる人たちの声は、外側にまったく届いていない。そのことに大変なショックを受けましたし、同時に、そのことについての映画を作らなければいけないと感じました。

この映画を作る道のりは非常に困難でしたが、皮肉にも今は、究極的な意味で、彼らと私たちはとても似ていると思っています。イ・ヒョンソは、「北朝鮮の人々はなぜ国に反抗しないのか?とよく批判されますが、実際に北朝鮮に生まれ育ったら、みなさんだって北朝鮮の人々と同じような行動をとるでしょう」と言っています。私はこの意見に100%同感です。ただ、生まれた国が違っていたというだけの違いで、北朝鮮の人も私たちも、同じ人間だということです。

──それは、米国で生きていても、だんだん麻痺して、その主義や価値観がたとえ正当でないとしても疑問を感じなくなるということでしょうか?
というよりも、私たちは人間という意味では同じだな、ということ。例えばロ一家の祖母は、キム政権の発信する情報を全身全霊で信じていました。アメリカや日本が敵だということを心底信じていたわけですが、私たちとして知り合うことで、我々は同じ人間であることを肌で理解しました。

ただ、あなたがおっしゃるように、北朝鮮はかなり極端だとしても、今現在、世界はかなり酷い状態になっていると思います。北朝鮮ほどではないにしろ、アメリカでも、真実が失われているという恐れはあります。もっと言えば、真実というコンセプトさえも崩れかかっているのではないかという疑いが、確かにあると思います。

──「脱北者」という言葉は、ドラマや映画にも登場することもあって、日本でも馴染みがあります。が、その言葉に慣れすぎてしまって、概念としてしか知らなかったことを、この作品を観て改めて実感しました。あなたは今、「脱北者」についてどのような考えをお持ちですか?
おっしゃることは本当に理解できます。「脱北者」というコンセプトに慣れてしまい、麻痺することはあると思います。なので、私がキム牧師と出会い、映画を作るとなった時に、できるだけ具体性を持たせた経験的な映画を作ろうと思いました。それによって、観る人の目を覚ましたいと思いました。

今、私が脱北者について感じていることは、これまで想像したことがないほどの、大きな責任感です。このドキュメンタリーの製作を通じて多くの脱北者と出会いましたが、今では彼らを親戚のように身近に感じます。私の人生の一部になっていると言っても良いでしょう。なので、彼らを助けたいし、彼らを代弁したいし、擁護したいという意味で、すごく責任感を感じています。この(映画製作の)経験によって、ある意味、私の人生は変わってしまいました。

キム・ソンウン牧師

──アメリカと韓国の関係性には、緊張感もあると思います。韓国で行ったリサーチや準備はスムーズに行ったのでしょうか?あなたがアメリカ人であることで、難しかった点はありますか?
良いこともあれば、悪いこともありました。韓国では、キム牧師の仕事はニュースで報道されたりととても有名ですから、これまでも、ドキュメンタリー製作について、いろいろなフィルムメーカーからアプローチされていたそうです。韓国だけでなく、アメリカやヨーロッパなど。日本人のフィルムメーカーもいたかもしれません。けれど、それらに対してあまり良い印象は持っていなかったようです。なので、最初に私が彼にお会いしたときは、かなり猜疑心を持っていたと思います。それは、私がアメリカ人だったこともあるかもしれませんし、当然のことながら、キム牧師は自分のミッションやネットワークを守らなければなりません。私のことを疑ってかかるのも無理のないことでした。

ということで、私は何カ月もかけて、何十、何百もの会話を積み上げて、彼の心を開いていきました。また、私は韓国にある脱北者のコミュニティに入り込んで取材しましたが、彼らのアメリカに対する感情も様々でした。

現時点では、韓国、日本、アメリカは、政治的に同調路線にあると思います。特に北朝鮮への対応や、例えば、中国に滞在している北朝鮮の人を本国に強制送還することに反対することでは、意見が一致しています。

韓国での取材や準備の道のりはなだらかではなく、あちこちで躓きながら、という感じでした。でも、今まで誰もこのような映画を作っていなかった、ということが大きなモチベーションになりました。先ほどあなたがおっしゃったように、概念としての脱北者ではなく、あくまで個人的な、クローズアップで見たリアルな脱北を描いた映画はありませんでした。それで、私が作らなければいけないと感じました。もし誰かがすでに作っていたら、私がやらなくてもよかった。遅すぎるくらいですがね。

──この作品には、ブローカーや現地の協力者たちによって撮影された、隠しカメラによる貴重な映像が含まれます。彼らが危険を顧みずそうした映像を提供してくれたのは、人道的な理由なのでしょうか?
90年代後半の飢饉が起こった時から、北朝鮮の状況を外側に知らせたいというNGOなどの活動家たちがいます。彼らはこの30年間ほど、カメラを持ち込んだり、あるいは外国からカメラを送ったりして、撮影を試みています。コートの袖の下にカメラを入れたりして、隠し撮りをする。キム牧師もそういった活動に関わっていた人です。

“ジロウ”という名前で知られている日本人の方もいます。彼は、北朝鮮の内部の映像を持っていて、今回、私たちも使用させていただいています。北朝鮮と中国の国境あたりの映像は、キム牧師のネットワークの方々が撮っていますが、彼らも人道的な理由から、実態を世界に知らしめたいと、危険を冒しながら撮影しています。中国に入ってからのフッテージは、「地下鉄道」の人々が撮ったものです。

ロ一家は山間部を5日間ほど彷徨って、幸運にも中国の警察に引き渡さない農民の方と出会いました。この農民の方は、ロ一家に強く同情し、人づてに「地下鉄道」の人にコンタクトをとり、それによってキム牧師に伝わりました。悲しいことに、ロ一家のように中国に渡ったものの、現地の人が中国警察に通報して、北朝鮮に送還された人はたくさんいると思います。一体、どれほどの人がそういう目に遭っているのか、人数は把握できていません。

──世界を見渡せば、今、ガザ地区に住む人々も閉じ込められた状態にあり、危機に瀕しています。あなたはドキュメンタリー作家の視点から、その現状をどのように見ていますか?
ガザ地区の悲劇的な現状には心を痛めています。なによりも停戦が必要だと思います。私は(中東の)専門家ではありませんが、あの残忍な状況はなんとしてでも止められなければいけないと思っています。

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『ビヨンド・ユートピア 脱北』(原題:Beyond Utopia)

監督:マドレーヌ・ギャヴィン
製作:ジャナ・エデルバウム、レイチェル・コーエン、スー・ミ・テリー(元CIA)
2023年/アメリカ/英語・韓国語ほか/115分/ビスタ/カラー/5.1ch/G/字幕監修:西岡省二

日本公開:2024年1月12日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給:トランスフォーマー
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