Column

2023.12.09 7:00

【単独インタビュー】『VORTEX ヴォルテックス』でギャスパー・ノエ監督が踏み込んだ世界

  • Atsuko Tatsuta

鬼才ギャスパー・ノエが“病”と“死”をテーマに自身の経験を経て新たな世界を作り上げ、第75回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアされた新作『VORTEX ヴォルテックス』とが12月8日(金)に公開されました。

アパルトマンに暮らす映画評論家の夫と元精神科医の妻。高齢のふたりを心配し、離れて暮らす息子は時折訪ねてくるが、一方では金を無心する。妻の認知症は日に日に悪化し、日常生活に支障をきたすようになるが、そんなある日、夫が倒れ──。

認知症を患った妻と心臓病を抱えた夫。高齢夫婦の人生最期の時間を描いた本作、2022年の第75回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアされるや否や、鬼才ギャスパー・ノエの新境地として注目を集めました。

アルゼンチンのブエノスアイレスで、画家ルイス・フェリペ・ノエとソーシャルワーカー・英語教師の母の間に生まれたノエは、13歳でフランスに移住。80年代に短編映画で映画監督デビュー後、1991年に中編映画『カルネ』でカンヌ国際映画祭批評家週間賞を受賞。その続編となる『カノン』(98年)で再び、カンヌにセンセーションを巻き起こしました。

以来、常に物議を醸し出す“問題作”で映画ファンを刺激してきた鬼才が、そのトレードマークともいえるセックスや暴力も封印。自らも脳出血により生死の境をさまよった体験を反映させ、主演にイタリアのホラーの巨匠ダリオ・アルジェントと、ジャン・ユスターシュの『ママと娼婦』(73年)のヴェロニカ役で鮮烈な印象を残した伝説の女優フランソワーズ・ルブランを迎え、「生と死」を真摯に見つめる人間ドラマを映し出しました。

日本公開に先立ち来日を果たしたノエが、Fan’s Voiceのインタビューに応じてくれました。

──『VORTEX ヴォルテックス』は、あなたのフィルモグラフィにおいては異色作といえると思いますが、なぜ老夫婦の最期というテーマを取り上げることにしたのですか?
10代の頃にヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ウンベルト・D』(52年)という貧しさと老いを描いた映画を観て、貧しいが為に犬を殺さざるを得なかったといった描写が、子ども心にとても残酷で、衝撃を受けました。その時から高齢者というテーマにはきっと惹かれていたのだと思いますが、映画の勉強を始めてから、いつか自分の映画のテーマにしようと思い始めました。特に、80代の人々を主人公にした映画を。

実は、私の母はすでに他界しているのですが、晩年はアルツハイマー病を患い、非常に残酷な状況を身近で見ました。

また、この作品をいま撮るにことになったきっかけは、新型コロナによるパンデミックも関係しています。外出制限もあり、映画の撮影も通常通りには出来ない。3~4人の登場人物で撮れる作品を作れないかという提案をプロデューサーからもらったときに、まさに老人、かつ家族をテーマにした映画を撮るのに、絶好の機会だと思いました。夫婦のうちどちらかが認知症で、その息子も両親を助けられるほど優秀ではない。むしろ、ドラッグに溺れているというような状況で…といった設定を考え始めました。

以前であれば、アルツハイマー病や認知症というテーマを映画に持ち込むのは、ほぼタブーでした。10年くらい前までは、こういったテーマは商業的に難しかった。ただ、認知症が描かれた『愛、アムール』(12年)がカンヌ国際映画祭で(パルムドールを)受賞し、評論家からも高く評価され、ヒットしたこともあり、(自分の)脚本もいけるのではないかと思い始めました。

──老老介護の現実を描いたミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』の、あなたの感想もぜひ伺いたいです。
『愛、アムール』がカンヌで受賞した時に、まさにカンヌで観ました。その少し前に、ブエノスアイレス在住の母がアルツハイマーを患い、世話をしていました。カンヌの2週間後にはまたブエノスアイレスに行き、母を看取りました。なので、映画を観ながら主人公の姿が母と重なり感動しましたし、個人的にもとても共感する作品でした。ただ、私の母は認知症の症状が進んでおり、映画の中で描かれているよりも、ずっと厳しい状況でした。本人にとっても一番の解決法というか、その苦しみから解放される道は、死しかなかったのかもしれません。『愛、アムール』の中で描かれているように、愛するが故に殺してしまうというような選択も、ある意味では最良の選択と言えるのかなと思いました。ドラマチックではありますけれど。

──死というテーマは、いつの時代も映画の大きなテーマになり得ますが、あなたはこの作品を作るにあたって、ドラマティックな部分はむしろ排除して、まるでドキュメンタリーのように「最期の瞬間」を捉えようとしたように見えました。ある意味それはとても残酷なわけですが、あなたは高齢者の死、つまり加齢による避けられない死をどのように受け入れているのでしょうか。
高齢者にとっての死は、例えば健康状態によって全く変わってきてしまいますよね。私の母のようにアルツハイマー病になって、最期はある意味悲惨な時期を1年間ほど過ごしてから亡くなることもあります。私の父は90歳ですが、未だに現役で、最近は800ページの本を書き、今も200ページの本を執筆中です。画家でもあるので、絵も描いています。身体は徐々に衰えていますが、70、80代の頃より知識は豊富になっていきます。そういう人生もありますよね。なので、長生きをしても健康かどうかによって、死の捉え方も変わってくるのかなと思います。

──2022年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映された早川千絵監督の『PLAN 75』はご覧になりましたか?ノエ監督が今おっしゃられたように、健康状態、さらには経済状態が高齢者の生活に大きく影響するわけですが、『PLAN 75』は、75歳以上の人は「尊厳死を選択する権利」を得る近未来の社会を描いた、リアリスティックなSF映画です。『VORTEX ヴォルテックス』も、高齢者の最期の時間を悲観的に描いていますね。
実は周りの人みんなから、「君は『VORTEX ヴォルテックス』を撮ったくらいだから、『PLAN 75』を絶対観るべき」と言われ、カンヌで招待状までいただいたのに、残念ながら時間がなくて観に行けませんでした。『ソイレント・グリーン』という、高齢者が殺されていってしまうという1973年のチャールトン・ヘストンが主演のSFもありますね。出来の良いディストピアSFです。

高齢化社会が進むにつれて、ある年齢以上になると安楽死が選択できたり、自殺幇助が認められるという、そうした選択肢は必要ではないかと思っています。スイスでは安楽死は合法ですし、(ジャン=リュック・)ゴダールもおそらくそのシステムを使ったのではなかったかな。私の90歳の父は、今は元気で活動していますが、すでにアルツハイマー病になった母の最期を見ているので、おそらく自分が同じような状態になったら、必ず安楽死を選ぶと思います。

──あなた自身はどうですか?
僕の理想的な死に方は、飛行機が落ちていく中で、ワーーーっと騒ぎながら、みんなで一緒に死ぬというものです。一人だと寂しすぎるから、みんなで一緒に死んだほうがいい。

──先程お話に出た『愛、アムール』では、老老介護の末に夫が妻を殺します。『VORTEX ヴォルテックス』では、夫が心臓発作で先に死んだことによって、アルツハイマー病に冒された妻が最終的に自殺を図りますね。世話をしてくれる人もいなくなり、自分ひとりでは人間らしい生活が出来ないのなら、死を選ぶことも仕方がないというように、あなたが死の選択を肯定的に描いているようにも見えましたが。
彼女は、ナルシシズムを傷つけられて亡くなったんじゃないかな(笑)。心臓病で亡くなった夫が、実は浮気していたことによって、精神的に傷つけられたことが原因のような気がしています。

──この夫婦の職業を、夫は映画評論家、妻は元精神科医という設定にしたのはどのような理由からですか。
最初に脚本を描いた段階では職業は決まっておらず、どの俳優がキャスティングできるかによって、決めようと思っていました。おそらくその方がアドリブしやすくなると思い。ダリオ・アルジェントが演じた役に関しては、当初、政治家が良いのではないかと思っていました。けれど、彼が承諾してくれて直接相談したら、自分は元映画評論家だったから映画評論家が良いというリクエストがありました。ちょうどそのとき、ダリオは「映画の言語」という本を書いていたので、まさに役柄にぴったりでした。

フランソワーズ・ルブランが演じた妻の職業は、元精神科医だったという設定です。精神科医として心の病に辿り着く前に、自分自身がおかしくなってしまう。とても皮肉な取り合わせですが、返ってそれが面白いと思いました。

ちなみに、息子役のアレックス・ルッツは、テレビにもよく出ているコメディアンですが、どういう役柄が一番刺激的かという話を彼としたときに、「無職が一番刺激的なのではないか、なおかつジャンキーだったらもっと良い」という話になったので、そういう役柄にしました。

──フランソワーズ・ルブランとダリオ・アルジェントという映画界における二人のレジェンドをスクリーンの中で消すことは、それ自体がラディカルだと思うのですが。
彼らは映画の中で殺されて、ハッピーだったのではないでしょうか。例えば、『アレックス』という作品でのモニカ・ベルッチもそうですが、人生において非常にドラマチックなところを疑似体験できたわけです。だからダリオも、心臓麻痺で死に至るシーンの後、「僕、死んだんだよ!」と感激していました。ダリオが言う通り、マジックみたいなもの、つまりマジシャンの帽子からウサギが飛び出してくるみたいな感じです。

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『VORTEX ヴォルテックス』(原題:Vortex)

監督・脚本:ギャスパー・ノエ
キャスト:ダリオ・アルジェント、フランソワーズ・ルブラン、アレックス・ルッツ
2021年╱フランス╱フランス語、イタリア語/148分/カラー/スコープサイズ╱5.1ch/字幕翻訳:横井和子

日本公開:2023年12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国公開
提供:キングレコード、シンカ
配給:シンカ
公式サイト
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