Column

2023.08.26 7:00

【単独インタビュー】『あしたの少女』ペ・ドゥナが語る現代人の心の闇

  • Atsuko Tatsuta

韓国を代表する俳優ペ・ドゥナと気鋭監督チョン・ジュリの2度目のタッグとなる映画『あしたの少女』が8月25日(金)に公開されました。

担任の教諭から大手通信会社の下請け会社を紹介され、コールセンターの実習生として働き始めた高校生のソヒ(キム・シウン)。会社は顧客の解約を阻止するため、スタッフ同士の競争を煽り、また約束した報酬も支払わない。そんなある日、指導者だったチーム長が自殺し、ショックを受けたソヒは神経をすり減らしていく。やがて、氷の張った極寒の貯水池でソヒの遺体が発見され、オ・ユジン(ペ・ドゥナ)は担当刑事として捜査を開始するが──。

ひとりの現役高校生が過酷な労働環境に疲弊し、死へと追いやられていく様をリアリティをもって描き出した『あしたの少女』は、2017年に韓国の全州(チョンジュ)市で起こった悲劇的な実話に基づく社会派ドラマ。2022年のカンヌ国際映画祭批評家週間のオープニング作品に韓国映画として初めて選出されたほか、各地の国際映画祭で上映され、高い評価を得ました。

監督は、イ・チャンドンがプロデューサーを買って出た2014年の『私の少女』で鮮烈なデビューを飾った気鋭チョン・ジュリ。若者たちを犠牲にする理不尽な社会システムを告発すべく、8年ぶりにメガホンをとりました。

事件の裏側にある闇を辿る刑事ユジン役でダブル主演を務めたのはペ・ドゥナは、『グエムル -漢江の怪物-』(06年)を始めとしたポン・ジュノ監督作品の常連であり、是枝裕和監督の『空気人形』(09年)や『ベイビー・ブローカー』(22年)でもお馴染み。またウォシャウスキー姉妹の『クラウド アトラス』(12年)などハリウッド作品にも出演し国際的に活躍する一方、意義あるインディーズ作品にも積極的に出演しています。

『私の少女』に続きチョン・ジュリ監督と2度目のタッグとなる本作で、弱者に寄り添う力強いキャラクターを演じ、存在感を示したペ・ドゥナ。日本公開に際し、韓国からオンラインでインタビューに応じてくれました。

──チョン・ジュリ監督とは2回目のタッグとなりますが、前作『私の少女』と同様に刑事役を演じていますね。正義感が強く思いやりに溢れているところも似ています。本作は、前作と地続きであると言えるのでしょうか?
つながりがあると言えばありますし、ないと言えばないでしょうか。実は私もそこが気になって、チョン・ジュリ監督に尋ねました。監督は、二人の刑事が同じ人物だったら、ユジンではなく(『私の少女』と同じ)ヨンナムにしていた。名前を変えているということは、やはり別の人物でしょう、と言っていました。

私としては、ヨンナム、つまり前作と同一人物という設定でも良いのではないかと思ったこともありました。でも、監督が考えていたオ・ユジン役はまた別の人物でした。実際、オ・ユジンというキャラクターは、現実にはいそうもない警察官です。事件の真相を解き明かそうと心を痛め、努力する唯一の大人ですから。

この物語は実話をベースにしていますが、実際に、オ・ユジンと似た人はいたと聞いています。刑事ではなくジャーナリストで、この事件の真相を解明しようと懸命に取材していたそうです。監督は、公職にある人にその役を担わせたいと思い、刑事という設定にしたとおっしゃっていました。

──あなたはヨンナムでも良かったと思っていたというのは興味深いですね。では、ヨンナムとは違うオ・ユジンという刑事を演じるにあたって、どのようにキャラクターを設定したのでしょうか?
オ・ユジンは、長い間母親と二人きりで暮らしていて、特にこの10年間は、病に倒れた母の看護をしていました。つまり、自分の人生を自由に生きていたのではなく、他人のために生きていた時期が長かったのです。警察の本庁で事務職に就いていた時に母親が危篤になり、休職し、母親が亡くなった後に仕事に戻ってきました。ですから、人生の半分は、母親の存在感を感じながら生きてきたとも言えます。これは私というより、監督が設定したオ・ユジンのバックグランドです。

私は、オ・ユジンは孤独でどこか虚しい人生を送ってきた人だと解釈していました。そして、ソヒとまったく同じ境遇とは言えないまでも、同じように人生で壁にぶち当たった経験がある。とても太刀打ちできないような、闘う勇気さえ持てないような巨大な壁です。だからこそ、彼女はソヒに共感したのだと思います。私のオ・ユジンの解釈は、このような感じです。それに従って、演技も構築していきました。

──刑事役といえば、是枝裕和監督が韓国で撮った『ベイビー・ブローカー』でも刑事役を演じていましたね。日本人である是枝監督が脚本を手掛け、演出したことによって、これまでとは違った刑事像が描かれたと思いますか?
それについては深く考えたことはなかったですね。『ベイビー・ブローカー』は、是枝監督が日本語で書いた脚本を韓国語に翻訳したものを私たちは使っていました。こういうケースでは、翻訳の過程で意訳されることもあるかもしれません。私の場合、韓国語の脚本だけではキャラクターについて理解できないときに、日本語の脚本を見せていただき、よく理解できたところもありました。だからと言って、あのキャラクターが日本人的な刑事だとは思いません。もしかしたら翻訳される過程で、韓国語として自然ではないセリフもあったかもしませんが、私のセリフに関してはナチュラルになるように、私の方で変更したところもありました。

──この物語は2017年に起こった自殺事件が元になっています。若者の自殺は、実際に韓国で大きな社会問題であると感じますか?
確かに韓国は自殺率が高い方だと思います。心が痛む理由が社会にあるのかもしれません。ただ韓国に限らず世界的にみても、現代は若い人たちにとって生きづらい過酷な社会であるのではないかと思います。絶えず努力して、ずっと走り続けなければならないというプレッシャーで疲弊してしまう。辛いですよね。私は、そういう社会における競争は必要なのかなと疑問に思います。

──そういった競争社会において、あなたも生きづらさを感じることはありますか?それとも、あなたはそういう競争社会から少し距離を置いて、マイペースで生きることができているのでしょうか?
確かに私はマイペースで生きていると言えるかもしれません。俳優という仕事をしていますから。俳優という職業は競争する必要がないというか、もっといえば、競争してはいけない仕事です。演技は誰かと競うものではない。さらに映画は、俳優たちのアンサンブルによって作られます。良いアンサンブルが、良い作品を生む。つまり、俳優は他の俳優の上に行こうとか考える必要はなく、実際に階級もない。みんなで良いものをつくるために助け合うという方向に向かうのです。これはとてもラッキーなことです。

私は経験はありませんが、会社員も、同じ会社にいるにも関わらず競争があると聞いています。それは辛いことですよね。学校でも──これは私も経験がありますが、競争がありますよね。誰々は自分よりもこれが上手いとかこれが得意だと、常に比較されて競争させられる。これはとてもキツいことです。

──他人と競うことはなくても、俳優はプレッシャーがかかる仕事だと思います。韓国の芸能界は自殺者が少なくない印象も受けます。あなたはそういったプレッシャーからはどのように距離を置いているのでしょうか? 
受けた仕事をやり抜く責任という意味では、プレッシャーはどんな仕事にも存在しますよね。私はプレッシャーというより、心の内に痛みを抱えている方たちが、そのような(自死という)選択をしてしまうのではないかと思います。現代人の多くは、心にたくさんの重荷を抱えて生きているのだと思います。

そうした重荷に押しつぶされないための、私なりの方法はあります。それは、責任感は感じつつも、とにかく頑張って誠実に作品に臨む、ということ。例えば撮影中、私は集合時間よりいつも30分早く到着し、絶対にスタッフを待たせないようにしています。そのように誠実に撮影に臨むと、後悔なく仕事を終えることができます。自分なりのルールを作り、守ることで、責任感から来るプレッシャーから自分を解放する。ただそうは言っても、出来上がった作品が良い結果を残せない時は、無念に思うこともあります。そういう時には、自分に責任を向けないようにしています。「いや、これは監督の責任なんだ」というように(笑)。そうやって、自分を守るようにしていますね。

──とても楽観的な考え方ですね。ただ映画ファンはこの映画を観て、ユジンの憤りや正義感をペ・ドゥナさんの誠実な姿を重ね合わせると思います。あなた自身、ユジンという刑事に自分を投影しているところはありますでしょうか?
どんな作品のどんなキャラクターでも、一度私の身体を通ってから外に表現されるので、どの役にもペ・ドゥナが投影されていると言えますね。時々、脚本に書かれている以上に感情的になり、怒ったり悲しんだりしてしまうこともあります。そういう意味で、オ・ユジン役も私が投影されていると言えます。すべてのシーンにおいて、私自身と“まったく違った姿”は映っていないと思います。

──『あしたの少女』は、前半はソヒの物語、後半はあなたが演じた刑事がソヒに何が起こったのか、その真実を追いかけるというストーリーになっていますね。この構成は興味深いと思いますが、どのように機能していると思いますか?
最初に脚本を読んだ時から、とても新鮮な構成だと思いました。最初にシナリオを受け取った時、マネージャーが私よりも30分前に読み始めました。「シナリオはどう?」と彼に聞いたら、「前半まで読みましたが、ドゥナさんが出るシーンは1シーンしかないです」と。しかも「ダンスを踊っています」と言うんです。私は、一体どんな作品なのだろうと、不思議な気持ちで脚本を読み始めました。

でも、この構成はとても効果的だったと思います。普通なら、私が演じたオ・ユジンが最初に登場し、こういう事件があった……というように始まり、時を遡りながら真実を解き明かしていくような構成になるかと思います。でもこの作品では、起きていることを順を追って描いていきます。つまり、ソヒが亡くなった後に、ソヒをバックアップしてくれる存在としてオ・ユジンが登場してきます。この構成によって、観客は映画の中に没頭することができると思います。ドキュメンタリーのようなスタイルというか。とても新鮮でしたね。

──カンヌ映画祭で見たポスターでは、貯水池のほとりにあなたが佇んでいる姿を遠くから撮った写真が使われていました。その凛とした佇まいが印象的でした。
実は、あの貯水池が出てくる直前のシーンが、私が最も重要だと思っているシーンです。お店でオ・ユジンがビールを飲むシーンですね。ソヒも死ぬ前にあのお店にいました。私があの席に座った時、ちょうどドアとドアの隙間から温かい光が差し込んできて、それが身体に降り注ぎました。ソヒの場合には、光が足のほうに降り注いでいます。あの日差しは希望のようなものではないかと、私は解釈しています。そして、ソヒは日差しを追いかけていく。オ・ユジンは、あの店でソヒの気持ちも理解できたのではないでしょうか。

──この作品は、若い女性の生きづらさを描いた作品でもあります。あなたは新進女性監督であるチョン・ジュリさんをサポートしていますが、映画業界でも2017年以降、#MeToo ムーブメントが起こっていますが、映画業界における女性を取り巻く環境はよくなってきていると思いますか?
私がデビューした頃に比べると、だいぶ良くなりましたね。とはいえ、満足のいく状況になるまでには、まだまだ道のりは長いと思います。

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『あしたの少女』(英題:Next Sohee)

監督・脚本:チョン・ジュリ
出演:ペ・ドゥナ、キム・シウン、チョン・フェリン、カン・ヒョンオ、パク・ウヨン、チョン・スハ、シム・ヒソプ、チェ・ヒジン
2022/韓国/5.1ch/138分/DCP

日本公開:2023年8月25日(金)より、シネマート新宿ほか全国公開
配給:ライツキューブ 
公式サイト
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