Column

2023.07.09 9:00

【単独インタビュー】『大いなる自由』セバスティアン・マイゼ監督が語る同性愛を禁じる刑法をめぐる愛と自由

  • Atsuko Tatsuta

第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した『大いなる自由』が7月7日(金)より日本公開されました。

第二次世界大戦後のドイツ。強制収容所から解放されたハンス(フランツ・ロゴフスキ)は、男性同性愛を禁じる刑法175条によって投獄される。長期服役しているヴィクトール(ゲオルク・フリードリヒ)は、ハンスの罪状を知り嫌悪するが、独房に入れられても信念を貫き通すハンスの姿を見ているうちに、いつしか二人の間には不思議な絆が生まれる──。

 

不条理な迫害の歴史に翻弄された人々を通して、愛、および自由とは何かを問う野心作。2021年のカンヌ国際映画祭でプレミアされた本作は、第94回アカデミー賞国際長編映画部門のオーストリア代表となり、2022年のドイツ映画賞では最多8ノミネートを獲得、作品賞とメイクアップ賞を受賞しました。

ハンス役には、『未来を乗り換えた男』(18年)『希望の灯り』(18年)『水を抱く女』(20年)で存在感を見せるドイツの実力派フランス・ロゴフスキ。ヴィクトール役には、ミヒャエル・ハネケの『セブンス・コンチネント』(89年)などで知られるオーストリア出身のゲオルグ・フリードリヒ。

監督・脚本を手掛けたセバスティアン・マイぜ監督は、ドキュメンタリーでキャリアを積み、本作が長編第2作目という秀英です。オーストリアの伏兵とも呼べるマイゼ監督が、日本公開に際して、オンラインでインタビューに応じてくれました。

──人間性に溢れたパワフルな作品で、大変心を揺り動かされました。まず、トーマス・ライダーと共同で脚本を執筆されていますが、どのようなきっかけでこの刑法175条に興味を持ったのですか?
ハンブルクでクィアの歴史についての本を二人で読んでいた時に、ハンスのような人々が実際にいたことを知りました。つまり、第二次世界大戦後、連合軍によって強制収容所の人々は解放されたのですが、男性の同性愛者たちは連合軍の手によって、収容所から直接刑務所に送られたのです。アメリカやイギリスにも、ドイツにおける刑法175条に当たるようなものがあり、彼らの目にも男性同性愛は罪と映った。私たちは、連合軍の手によって彼らが刑務所に送り込まれたという事実に衝撃を受けました。それまで連合軍は、ファシズムから我々を解放してくれた存在だと思っていたからです。

その本の中での記述はたった1段落くらいの、とても短いものでしたが、心がざわざわしてしまい、そこから刑法175条とその歴史や影響について調べ始めました。その存在は以前にも聞いたことがありましたが、詳しくは知りませんでしたので。ただ、その後、ウィーンのクィアコミュニティの人々に聞いても、ほとんどが詳しく知りませんでした。年齢的には知っているはずの50代、60代の人々、例えば私の父親は高等教育を受けている精神科医ですが、彼もまったくこの事実については知りませんでした。

第175条は1969年に改正されましたが、撤廃されたのはドイツで1994年、オーストリアに至っては完全撤廃は2002年でした。年を追うごとに規制や罰則は緩くなっていきましたが、実際のところ撤廃までは長い道のりで、その間、本当にたくさんの人が影響を受けてたはずです。でも、あまり知られていないのはなぜか。ひとつには、第175条で罰せられた経験のある人々が、その体験について語りたがらなかったこともあります。後に賠償金が支払われることになっても、彼らの多くは「遅すぎる」と言って受け取らなかったそうです。問題はお金ではなく、彼らは性的犯罪者としての記録が残ったまま生活しなければいけなかった。そのスティグマが、実社会で生きていく上で、どれほどの苦労につながるかは容易に想像がつくと思います。

──ハンスは罰せられても信念を決して曲げません。何度となく投獄されても、独房に入れられようとも、愛することは決して止めない。ある意味とても強いこのキャラクターを、どのように構築されたのですか?
かなりリサーチをしました。囚人に関しての記録は、当時の裁判記録や刑務所の資料にもかなり残っていたので、それらを読んだりしました。経験者にもお会いしました。1945年にそのような経験をした人々のほとんどは亡くなっていましたが、1960年代に20歳前後だった人たちには話を伺うことができました。彼らに共通している興味深い資質が、不屈の精神でした。“壊れない心”です。過酷な状況に追いやられても、決して彼らは屈しない。むしろ、ユーモアをもってその時代のことを語ったりする姿は、本当に美しいものでした。国が自分たちの在り方を認めないのであれば、自分たちでお互いの面倒を見ながら、自分たちの生きたいように生きていこう、と。ある種のプライドと言えるかもしれません。彼らのそうした誇りが、ハンスというキャラクターの大きな軸になりました。

 

でも、ここで言う“プライド”とは、いわゆる「ゲイプライド」とは少し違います。人間的な尊厳に近いプライドです。実際に彼らは、いわゆるゲイパレードに参加したりはあまりしていません。むしろ、自分たちはこういう人間なんだから自分たちの生きたいように生きる、という強い思いを持っているところが興味深かったです。

Photo: Karsten Frank

──先ほど、オーストリアでは2002年までこの法律が完全撤廃されなかったという話がありましたが、映画界でもここ10年ほどでやっと、同性愛やそれにまつわる迫害についての映画が自由に作られるようになったと言えると思います。あなたはなぜ今の物語としてこの作品を語るべきだと考えたのですか?
アメリカやヨーロッパ、他の国々も含め、世界を見回しても、今日は過激な保守化が進んでいます。せっかく今までLGBTQコミュニティが戦って得た権利や自由などが、また危険に晒されている状況を危惧しているからです。具体例にいうと、ポーランドやハンガリー、そしてフロリダなどでも、学校によってはセクシュアリティについて教えてはいけないという地域があったりします。これはLGBTQの権利に限ることではなく、男女平等であったり、人種差別的な問題であったり。つまり、根本的な人権が危機にさらされていると私は考えています。

先ほどおっしゃったように、オーストリアで同性愛禁止の法律が撤廃になったのは2002年。20年ほど経っていますが、こういう話を今、私たちがしていること自体が、いかに状況が脆いかということですよね。

こうしたことはこの映画の政治的な側面ですが、私にとってこの作品はラブストーリーでもあります。私は映画作家である限り、SFであろうと時代モノであろうと、人間の愛を描いていきたいと思っています。普遍的な愛の物語。もっと言えば、今作は愛というものをどう定義するのかについての映画とも言えます。

──ヴィクトールのキャラクターが非常に興味深かったです。冒頭では同性愛嫌悪的な男として登場しますが、最後にはハンスと強い絆を築きます。彼の変化を通して、セクシュアリティに関する揺らぎが描かれていますね。
まさにあなたが言った通りです。セクシュアリティというのは先天的なものではなく、人々との関係から成り立つもので、成長したり、変化したりするものだと思っています。人と人とが本当に深い繋がりをもった場合、セクシュアリティはどうでもよくなる。私の考えでは、セクシュアルアイデンティティというのは、後天的なもの。例えば、国が私たちをコントロールするために、セクシュアルアイデンティティを定義して、それを私たちに押し付ける。それによって、箱に入れられてしまったように窮屈な状況になる。私にとって、愛とはそういったものの真逆にあります。つまり、セクシュアルアイデンティティは流動的なもので、定義する必要はないのです。

──最後のシーンに関するネタバレになってしまいますが、ハンスはまた刑務所に戻るのでしょうか?愛のために戻るのか、それとも自由であるはずの外の世界がむしろ彼にとっては生きづらいものだったのか。
ラストについては意図的にオープンにしています。解釈はさまざまで、私自身でさえも、(結末の選択肢から)どれか一つを選ぶ必要がないと思っています。今おっしゃられた二つの見方は、両方ともあり得ます。つまり、刑務所での自由のない生活に慣れてしまった彼が、「自由」とうまく付き合えなかった結果だという風に見る人もいるかもしれない。また、外の世界の「自由」は、彼が思っているような「自由」ではなかったのかもしれない。また、これはあまり皆さんがおっしゃらないのですが、彼は人生で初めて“選択の自由”を与えられたわけですよね。その時に彼がする選択が、「刑務所に戻る」ということだったという解釈もできます。

ラストのシーンは、アメリカの有名なLGBTQ事件である「ストーンウォール事件」に少しインスパイアされているのですが、ハンスも、反骨心や抗議の声を上げるという行動を起こすというようにも見ることができます。

©Thomas Reider

──この作品では映像的に暗闇を多用していますね。懲罰房の中や、暗転するシーンが繰り返し登場しますが、この作品における暗闇とは?
これは、映画というアートフォームがどういうものであるのかという考察でもあります。黒味は“ノンシネマ”というか、非映画的、あるいは映画ではない瞬間です。それが興味深いと思いました。構造的には、真っ暗に暗転してワームホールに吸い込まれたかのように他の時代へと移り、彼は“そのタイムループ”から抜け出せないというものになっています。

──そのタイムループは、ロマンチックな印象を受けました。というのは、暗闇の後に来る、思い出という大変ロマンティックな瞬間のために彼は生きていると言っても過言ではないのではないでしょうか。ハンスはとてもロマンティックな人間ですよね。
あなたもそうではありませんか?ロマンスは、人を人たらしめているもののひとつです。そもそも人間の本質に、愛すること、ロマンスがあるのですから。人間関係こそ、人間にとって最も大事なものですよね。

──この時代の刑務所内を描いた作品としては、暴力的なシーンが少なかったように感じるますが、それは意図的でしょうか?
それは意図的でしたね。リサーチに基づいているとも言えます。ドイツの刑務所というのは、私たちが映画やドラマで見るようなアメリカの刑務所とはだいぶ違います。アメリカの刑務所は、ちょっと気を許すと襲われるかもしれないというような、どこにでも危険が潜んでいるように見えますよね。ドイツの刑務所はもう少し落ち着いていて、囚人たちは小さな空間で暮らさなければいけないので、もっとひとつにまとまっているらしい。もちろん、小さないざこざはあると思いますが。リサーチ中にいろいろと話を聞く中でそのこと知って、(映画に)反映しました。それに元々、この映画はラブストーリーと刑務所モノという二つのジャンルをミックスさせたものでもあります。刑務所のシステムや規律、厳しさ、醜さも表現しますが、一方で、ラブストーリーのロマンティックな部分も描いています。単調で灰色の毎日の中で、生き抜くために誰かと寄り添いたい、そういう人々を描いた物語です。

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『大いなる自由』(英題:Great Freedom)

監督・脚本:セバスティアン・マイゼ
共同脚本:トーマス・ライダー
撮影監督:クリステル・フルニエ
編集:ジョアナ・スクリンツィ
音楽:ニルス・ペッター・モルヴェル、ペーター・ブロッツマン
出演:フランツ・ロゴフスキ、ゲオルク・フリードリヒ、トーマス・プレン、アントン・フォン・ルケ ほか
2021年/オーストリア、ドイツ/116分/1:1.85/カラー/原題:Große Freiheit

日本公開:2023年7月7日(金)、 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
配給:Bunkamura
公式サイト
© 2021 Freibeuter Film GmbH / Rohfilm Productions
※刑法175条は男性のみを対象としており、女性同性愛については違法と明記されていなかった。