【単独インタビュー】『最後まで行く』藤井道人監督 × 録音技師・根本飛鳥が目指す高みと到達点
- Atsuko Tatsuta
一つの事故を発端に、極限まで追い詰められていく刑事の姿を岡田准一主演で描くクライムサスペンス『最後まで行く』が5月19日(金)に全国公開されました。
年の瀬の夜。刑事・工藤(岡田准一)は危篤の母のもとに向かうため雨の中で車を飛ばしていた。道中、妻からの着信で母の死を知り唖然とした工藤は、目の前に現れた一人の男を轢き殺してしまう。彼はその遺体を車のトランクに入れ立ち去り、葬儀場で母と共に焼こうと試みるが、その時スマホに一通のメッセージが届く。「お前は人を殺した。知っているぞ」 「死体をどこへやった?言え」と。メッセージの送り主は、県警本部の監察官・矢崎(綾野剛)。そうして追われる身となった工藤と、彼を追う矢崎。果たして、前代未聞の逃走劇の結末は──。
監督を務めた藤井道人は、『新聞記者』(19年)、『ヤクザと家族 The Family』(21年)、『余命10年』(22年)など、次々と話題作を世に送り出し注目を集める気鋭。圧倒的な演技力で観客を魅了する岡田准一をはじめ、綾野剛、広末涼子、磯村勇斗、杉本哲太、柄本明ら豪華実力派キャストを結集し、絶体絶命の4日間の物語を、圧倒的な緊張感とスピード感、そしてコミカルさをスパイスに、ノンストップ・エンタテインメントとして描き出しました。
公開に先立ち、藤井道人監督と、これまでに藤井監督と数々の作品でタッグを組んできた録音技師の根本飛鳥が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。
──本作のリメイク元となっている2014年の同名韓国映画は、中国やフランスなどでも既にリメイクされています。まずは、そんな作品をあえて日本でもリメイクした理由や、その経緯を教えてください。
藤井道人 本作のオファーをいただいたのは、確か『新聞記者』の公開中かその直後くらいでした。僕自身、韓国映画が凄く好きで、特にファン・ジョンミンの大ファンです。韓国ではノワールやアクション、バイオレンスといったジャンルが盛んである一方、日本ではヒットが見込めないという理由で世に出づらいジャンルだったのですが、今回せっかくチャンスをいただいたので、やってみたいなと。原作にリスペクトを払いつつ、自分たちがこのジャンルをどうエンタメとして昇華させるか、というのが僕に課されたミッションだと思いました。好きなジャンルに挑戦できる念願の機会をいただいたということで、根本さんにも「やろうよ」と言って。
根本飛鳥 その時、僕はまだ原作を観ていなかったのですが、藤井さんに“こういうのをやろう”と冒頭5分の説明を口頭で受けて、その段階で「面白そうな話ですね」となって。ただ、その後に原作を観ると、藤井さんから聞いていた印象とちょっと違った。もっとシリアスなものを想像していたら、笑いがベースにある作品で。インディーズ時代の藤井作品は人間のダークな部分に焦点を当てることが多かったのですが、そんな藤井さんのテイストが加われば、絶対にオリジナルよりも面白いものを作れる自信がありました。
──韓国映画のどのような点がお好きなのですか?
藤井 好きなジャンルも多岐にわたり、韓国ノワールや、『エクストリーム・ジョブ』(19年)のようなコミカルなアクション、あと作品でいうと『犯罪都市』(17年)なども好きです。韓国エンタメで一番リスペクトすべきは、どんなテーマやジャンルでも、プロフェッショナルな仕事を観客に届ける精度が非常に高い点です。この映画も、こだわらなければより安く、ライトに作れたかもしれないけれど、そこをプロデューサーの皆さんが「いいよ、やっちゃえ」と言って、僕ら暴れん坊少年たちに任せてくれました。この映画をやって一番良かったなと思ったのは、その部分ですね。
──こだわらなくとも作れたけど、あえてこだわったという部分は?
藤井 全体的な解像度かなと。我々が日本でこの物語を再映画化するのであれば、登場人物全員のドラマをしっかりと詳しく描きたかった。そして作品のモチーフをしっかりと決めて、色彩からセットの造形、町の規模、美術、撮影、音響設計など全ての解像度を高めることを意識しました。日本でもこういうジャンルの作品が一つあれば、後の人たちが面白い作品を産むための轍になるのではないかと思いました。
根本 『余命10年』から『ヴィレッジ』(23年)まで振り幅のある作品作りをしている藤井さんが最もエンタメ側に振ったらこういうことになりますよ、という凄く良い提示になったのではないかと思います。
現場で一緒にやっているときに藤井さんが大事にしている言葉で、「現場で撮れなかったものはどうにもならない」というのがあり、現場ですごいテイクも重ねるし、数十テイクもやって、もはや何がダメで藤井さんがリテイクを続けているのか、何を撮りたくて撮っているのかわからない時もあるのですが、監督の中には明確なこだわりがある。それを求める瞬間が積み重なり、このクオリティの作品になるわけです。「現場でやり切れなかったものは、編集や仕上げでもどうにもならない」と言う藤井さんの姿勢に対して、我々は徹底的に付き合って良いものを作るんだ、という思いがあります。
今作ではCGをほとんど使っておらず、雨や雪も全部現場で降らせていました。寒い中、ハードな環境ではあったのですが、だからこそ生まれる説得力がありますし、いつも以上に妥協を許さない現場の熱量から、僕たちはすごいものを作っているんだぞという手応えを強く感じましたね。
──先ほどプロデューサーの方と話したら、藤井さんはインディーズご出身ということで、いわゆる商業映画の方たちと撮り方が違うところもあったと伺いました。
藤井 その自覚はあります。自主制作という誰にも頼まれずに映画を作るところからスタートしていますからね。商業性は観客に観てもらうことで生まれていったものです。だから僕らにはテンプレートや教科書が無いのが大きな違いで、“準備はこうしなければいけない”ということもなく、作品ごとに全く違うアプローチを取ります。僕らはすぐに“本番”と言いますし、しっかりと足を固めたらずっと撮っていくというのも、デジタルネイティブの考え方だからかもしれません。驚かれる部分も結構あったりしますが、我々からするとそれが日常化していて、もっと変えたいという部分もあります。
根本 やはり、予算を含め商業的に大きな作品になったことで、自主映画をやっていた時に比べ、藤井さんの高い要求に応えてくれるような強靭なスタッフ達が周りにいっぱい集まってきました。藤井さんも言っていますが、RPGゲームみたいに強い仲間が増えてきたというか、「ワンピース」の海賊団みたいなのがどんどん集まってきたといいますか(笑)。その中で高みを目指して切磋琢磨する、とてもストイックなチームだと思います。
──藤井さんの要求が高いというのは、具体的には?
根本 藤井さんはビジョンがしっかりしていて、やりたい事を明言する人ですから、それに対して僕らは“価値”を提供できないといけません。仕上げにおいても、悩むことは多いながらも悩む時間は長くなく、「でももう一回、こういう風にやってみてくれる?」といった明確な指示を都度出してきます。結局のところ作品の一番の理解者は監督であり、僕ら技術スタッフがその完成形を現場段階から明確に想像しながらやれているかというと、イメージはしているんだけどほとんどその通りにはならないな、と最近は思っています。監督の思いも、作っていく中で変わっていきますしね。なので、どこまで現場で判断しなければならないのか、この素材は絶対いるのかといったところの感覚が、藤井さんと他の監督とでは違いますね。
──藤井さんは根本さんとは長いお付き合いですが、信頼されている理由は?
藤井 (根本さんは)クオリティにおいて“ノー”と言いません。それなのに、仕上げで100点に持っていく。相当難しいと思います。それから、もっとコンサバティブに、自分のことを守るためのようなこともしないんです。現場の芝居や環境を最優先させるのによく録れていて、アフレコもほとんど必要としない。そして芝居をしっかりと見て、最適な形で録ってくれます。それはやはり、技術があるから。だから整音の時には、僕がイメージする状態で、最初からある程度出来ています。
また彼は、同世代のフロンティアの一翼というか、理解者でもあります。撮影や照明も全員同い年で、この世代が、僕の映画の縁の下の力持ちとなっています。この人たちの柔軟さだったり、ルールがないというか、その都度その都度最良を目指していくところが、藤井組の強みですね。
──最初に共有する作品のビジョンは毎回異なるのですか?
藤井 全く違いますね。もう毎回ジャンルレス。僕が選ぶジャンルが毎回違いすぎて、同じルールやビジョンでやると絶対失敗します。
──では、今回のビジョンは?
藤井 今回は、“最後まで行きます”、か(笑)。
根本 徹底的に行くぞ、ということ(笑)。
藤井 『余命10年』があり、商業的成功というものを僕の中ですごく意識していた頃でした。若くして賛否のある作品(『新聞記者』)で賞を貰ったことに対して「(大作ほど)あんまり当たってもいないのに」と言われたりもしたので、「なら、当てます」という意気込みでしたね。それでも、作品が観客をしっかりと呼ぶ力のあるものを作りたいという中で、社会性を孕むインディーズのような映画をスターサンズと一緒に撮ったりもしました。
でも今回は、日本映画でこのジャンルはあまりないけど観たい人はもっといるはずだと思い、「最高に映画館で楽しんでもらえる映画をちゃんと作りたい」というのが、『最後まで行く』の合言葉でしたね。
──『余命10年』の成功は、藤井さんの中でも大きかったのですね。
藤井 やっぱり届くものは届くんだな、と思いました。今まで僕らは“シティ寄り”の、5大都市で多く観られるような映画を作りがちでしたけど、地区に映画館が1つしかないようなところに住む人たちが年に1回だけ観る映画にどうすればなれるんだろうとか、観客に何を届けるんだろうとか考えるようになったのは、『余命10年』があったからですね。
──『余命10年』から得て、今作に持ち込んだものはありますか?
根本 『余命10年』の時に公開館数が一気に大きくなりました。僕はもともと脚本も勉強していたので、藤井さんとは準備稿や決定稿になる前の段階でやり取りをして、具体的な意見を伝えたり提案をすることもあります。『余命10年』の時に藤井さんは、「俺たちは350館で公開する映画を作っている。もう少し薄めたような言葉や描写をわざと使うことによって伝わりやすくなったりすることがあるから、そこまで考えて書かなければいけない」と言っていました。『最後まで行く』も公開規模の大きい作品なので、僕らとして描きたい具体的な細かな表現を、本当に落とし込むべきなのかという葛藤がありました。ただ今回はエンタメ映画ということで、観客にはポップコーンを食べながら観てもらって「あ〜面白かった」と言って劇場を出てもらえれば、僕らの任務は完了だと思っています。“(映画を観て)残るものがないといけない”とは思わずに、2時間だけすべてを忘れて楽しんでもらえる作品を作れたら、作った意味があるのかなと思いながらずっとやっていました。
──今作で、現場で議論して作品の質を高めていったところは?
根本 細かいところの演出的な話もしましたし、映画の全体の流れを作る上で音楽がすごく大きなパーツの一つなので、その中でどのあたりを音楽の構成で見せていきたいのかという話もしました。この辺は音楽をベースにしてリズムを作っていきたいとか、ここは僕が録っている同録の音をベースにしていきたいとか、セリフを中心に組み立てていきたいとか、効果を中心に組み立てていきたいといった、そういう大枠の話も現場ですごくしました。その中で、ここは音楽バックでやるので同録はあまり使われないかなとか、ここはこういう効果音を入れていくと映画としてメリハリがつくといったことを考えます。最後までメリハリ重視というか……
藤井 緩急。
根本 「緩急、緩急」とずっと言われていましたね。すごく落ち着けて作っていったところに大きい音をドカンと入れて盛り上がりを作ったりとか、ここからは音楽パートだから音楽でガンガン盛り上げていくんだみたいな話を、具体的に現場で話しながら作っていました。その中で、現場では“キツい芝居”を多く撮影しなければならず、環境が良くなかったので、役者さんの声や現場で録れる音をどれだけ残せるかというのは、僕の至上命題でしたね。
──“キツい芝居”というのは?
根本 土砂降りの雨や砂ぼこりの中の格闘シーンだったり、氷点下で雪が降る中走ったり転がり回ったりと、本当に大変な芝居が多かった。もちろんアフレコという選択肢もありますが、現場で肉体的にキツい状態の役者さんから出てくる声には、後からだと出せない説得力があります。振り絞って出してくれた声の臨場感をどれだけ残せるかというのが自分の中で命題としてありました。だから脚本を読みながら、どういう風に現場の音を残す手段を考えようかと……一生懸命録るだけなんですけどね。特別なやり方があるわけでもないので(笑)。
──岡田准一さんは「藤井組は滅茶苦茶クレイジー。凄いんだよ録音が。あんな音まで録ってくるんだよ」と仰っていたそうですね。
根本 僕らは昔からやってきた方法を続けているだけで、特別なことをしているつもりはありません。藤井組は他の作品と比べると画の素材は多く撮っていると思いますが、音の素材はそれほど多くなく、アフレコを減らすために動きを全部止めて声だけでお芝居を録る“オンリー録り”というのも、僕はあまりやりません。カメラが回っている間に出る音を死ぬ気で録ります。
僕の主軸にはやはり、監督と芝居が“行ける”ときに“RECボタン”(録音ボタン)を押せる人でいたいという思いがあります。藤井さんや、今泉(力哉)さんとかと10年以上やってきてやっと最近わかったのが、“行きたい”というときに、RECボタンを押せる人と押せない人が明確にいること。僕らの仕事は現場の素材を録って、それを監督が納得する形で作品に反映させていくことですが、役者さんのリズムだったり、今この瞬間にこういう感情で芝居をやりたいときに雲が多くて日が陰ってしまったり、雲を待って日が出た瞬間に今度は飛行機が飛んでいて待たせたりと、現場のパーツがすべてが揃いきる瞬間はほとんどない。それが全部揃う瞬間だけを狙って撮っていったら、素材の量は減ってしまうと思います。現場で僕らがOKだNGだと言っているものは、監督にとって本当にOKかNGなのか、編集で使えるか使えないか──そこにはおそらく乖離があり、僕はその判断を自分の一存でしたくない。音は使えないかもしれないけれど、例えば表情が撮れていたら、別のテイクの音をはめたら使えるかもしれないし、追い詰められた流れの中で収めた声だったり表情が、少し状態が悪かったとしても、作品のためになるのではないかと思ったりもします。
また、藤井さんは僕と違う視点から音のことを考えてくれているので、藤井さんが“行くぞ”と言った時は、基本的にはそのテイクではない音を使う想定をしていたり、別のやり口を考えてくれています。だから、状況が悪くても藤井さんが“今行きたい”と言っている時には、僕は“RECボタン”を押せる。
──それは長年の経験で培われた阿吽の呼吸によるものですか?
藤井 総合的にはもちろんそうだと思います。僕たちに対しては、“若い”という言葉が良い方にも悪い方にも使われます。僕たちのやり方により現場がズルズルと押したり環境が悪くなってくると、「どうせ若いから」と言われたりもしますが、僕らとしては、「若いのにすごい」と言われるように準備して研磨してきたつもりです。僕らは俳優に場を提供する事が一番のミッションであり、それぞれのプロの仕事というのは、AがいけなくてもBがいける、BがいけなくてもCがいけるといった選択肢を考え、最終的に100点に持っていけるように各部署がそれぞれ計算し、組み立てること。それらを全部判断して時間通り終わらせることが、僕の仕事。その総合力というのは、このメジャーの映画を作る立場でとても意識してきたことです。
──藤井さんから見て、根本さんがいろいろな監督と現場を重ねることで成長していると感じますか?
藤井 まあ、外見が…(笑)。
根本 デカくなってきて(笑)。
藤井 前より食うようになっていますが、本質は変わっていません。すごい映画少年なので、映画のために何ができるかということを考えていて、良いものをやるために、良い環境で助手を雇いたいとか、業界の環境だったり全体のことをすごく一緒に話すようになってきました。カメラマンの今村(圭佑)とも、大学時代からそんなこと一回もしゃべったことがなかったのに、最近はそういう話ができるようになって、後続を生活できるようにどうするかとか、環境を良くしていくかとか、機材のこととかもちゃんと考えるようになってきて、“大人になってきたな〜”という実感はあります。
根本 何者でもなかった時代からの僕らが、この年齢で岡田さんとか(綾野)剛さんみたいな役者さんと仕事をして、全国の劇場で観られる作品をやらせてもらえている状況が当たり前ではないのは僕らも重々分かっていて、すごく特別な時間をいただいている自覚もあります。ただ、僕らが特別ということではなく、スタンダードにしていきたい。僕らには僕らの世代のやり方とか、新しい価値の提示の仕方があり、それはこの『最後まで行く』に込められていると思うので、観てもらえれば伝わると思います。その中で、環境とかギャランティといった今の映像業界で問題が多いと言われている部分も、僕らはもっともっと良くしていけるし、第一に、僕らは映画を作る仕事がすごく好きなので、若い人がもっと入って来やすい業界にしたい。今は業界の中で人がすごく少なくなって、若い人間が枯渇している状態なので。
──条件が悪いことで、若い人たちが入らなくなっている?
根本 条件が悪いというイメージや、現場の前線は重労働のようなイメージがあるというか、雨が降ろうが槍が降ろうが朝までヘロヘロになりながら撮影して、賃金がそんなに高くないというイメージ。それはある種正解だし、ある種間違いで。若い人間の賃金が低いのは一般企業と状況は一緒ですし。それよりも、組自体の環境のことだったり、フリーランスとして映像業界での生活のお手本みたいな人が僕らよりひと回り上の世代にほとんどいなかったこと。僕らはいろいろな条件が噛み合って生き残らさせていただいたような部分があって、もっと仕事を続けたかったり、映画の仕事をやりたい人は多いはずなのに、今の業界はそれを掬い取ってあげやすい状況ではないのだろうと思っています。
──藤井組は、それを変えていきたいという意識が強いのですね。
根本 藤井さんはいつもそういう話をしていますね。僕も録音部だけではなく、業界に入ってくる若い人の窓口になれるように努力しているつもりです。就職せずにこの業界でフリーランスとして働くことの実態がわからず、不安という人がとても多い。だから若い人たちと連絡を取って、業界に入る時の悩みを聞いたりしています。もう録音技師という肩書きは本当に要らず、“映画業界おもしろおじさん”みたいな感じになりたい(笑)。
藤井 まだ34歳なのに、本当におじさんになったら、話の長い超面倒くさいおじさんになりそう(笑)。
根本 話が長くならないように…そうですね(笑)。本当はユニオンができたら理想だし、協会関係がそういうことをやらなければいけないのですが、あまり機能していない状況があるので、例えば映画学校に入れないけど映画業界を目指したい地方の若者とか、業界に入ってからの生活をサポートすることも必要だと思います。
──それこそ韓国の映画業界は一昔前まで劣悪な状況でしたが、今は大きく変革しています。日本でも是枝監督らがその動きに習い、業界を変えていこうとしていますよね。一方で、その方々と藤井監督らは世代が大きく異なりますが、考え方も違うのでしょうか?
藤井 明確に違っていると思います。恵まれた状態の人たちが空の上から「これ、大変でしょう?」というのと、本当に大変な地べたを這いつくばって現場仕事をしてきた我々では、見ているものが違うな、と。正直な話、僕たちは今から国に頼ろうと思えない。そんな業界であったことに対して異を唱えるのでもなく、行動し続けて、時代が変革する谷間を読む力を持ち、改善できるのは現場からしかない。やってくださることは非常にありがたいですが、自分たちが同じことを右向け右でやっていったら、また同じことが起きるなと思っています。
──現場から実践的に変えていこうということですね?
藤井 そうです。
──音の話に戻ります。よくハリウッドの方たちと話をすると、映画の技術面、わかりやすいのはCGだと思いますが、CGの完成度=予算だと言うんですね。お金をかけたらかけただけ良くなる。だから、日本のCGが悪いというのなら、お金がかけられてないだけだという意見がありますが、音に関してはどうでしょう?
根本 その通りというか、予算=時間で、僕は決定的に時間だと思っています。時間と環境と、それに適応する人間を何人集められるかというところ。日本映画のシステムは単純に、映画を作る要件上、必要な人数が足りていない中で作っていく文化になってしまっていると思います。僕は、音のミックスをやる上でリレコーディングミキサーの浜田(洋輔)という相棒を立ててやっています。音の仕上げチームというのは、もっと頭数が多い集団であっていいと思っています。
──今回はどんなスタッフィングだったのですか?
根本 今回の音に関しては、藤井組の決定的な面子が揃っていますね。スーパーヴァイジングサウンドエディターの勝俣まさとしさんは音響まわりをずっとやってくれていますし、リレコーディングミキサーに浜田、同録に僕、音楽に大間々(昂)さんという方に入っていただいて。勝俣さんはちょっと年齢が上なのですが、浜田と大間々さんと僕は年齢がほぼ一緒なので、わいわい騒ぎながらオフラインの段階で音楽を聴いて、大間々さんとは「ここの音楽すごく良いと思う。流れがこうで、ここに同録のこういう音があるので、こういう流れを作ってバチコーンってぶち上げるような感じでやってったらいいですよね」といった話をしていました。
それと今回は、去年の1~2月に撮影した本隊から1年ほど経って追加撮影があって、その素材が入ってくると映画全体のリズムが変わるので、僕らの音の仕上げの動き出しは、想定よりも遅くなりました。だから今回は、浜田が整音作業をどんどん進めつつ、僕は別テイクの素材を探す作業を別のスタジオで行ったりと、いつも以上に僕と浜田の作業を完全に分業して進めました。仕上げの期間的には少しタイトになりましたけど、僕らとしてはかなり徹底的にやれました。
──満足度が高かったわけですね。
根本 そうですね。密度の高い仕上げだったと思います。限られた期間の中でいろいろなやり取りが出来たし、ダビングステージの中でも現場と同じく良い雰囲気で、すごく面白いものを作っているという感覚でみんなでMIXをやっていけました。
──ということは、やはり今回かけられた予算が大きかったという部分も満足度につながっているのでしょうか?
根本 あると思いますが、僕らにとってはプロデューサーチームがすごく大きいです。僕らにはロボットと日活とWOWOWのプロデューサーの皆さんがいてくださって、僕らのやることに対してすごく肯定的でした。「自由にやって進めてください」と、上の世代の方が僕らの背中を押してくださって、ありがたくやらせてもらえました。僕らが本当に良いと思うものを突き詰めて、“これが僕らの叡智です”というのをドカーンとお見せすると、みんな「面白い!」と言ってくれて。すごく幸せな制作期間でしたね。
──ちなみに追撮はどの部分だったのですか?
藤井 去年の1~2月に撮影していたので、新型コロナのオミクロン株の流行にぶち当たってしまい、その時は人が集まるシーンが撮れませんでした。“ハッピーニューイヤー”はどうするんだよ、と。10ヶ月ほど待ってクリスマスとかに撮っていました。
──コロナが落ち着かなかったら、公開も延びていたかもしれない?
藤井 おそらく違う表現にしていたと思います。
──私は『最後まで行く』は藤井監督の最高傑作だと思っているのですが、藤井さんの中ではどうでしょう?
藤井 僕もそう思っています。もちろん、次の映画がまた最高傑作だと思っていますがね。作品の観客が広がると、それぞれの一番良いと思う作品が出てくると思いますが、僕自身が好きものを撮れる機会というのもあまり多くなく。その状況が嫌というわけではなく、河村(光庸)さんと作ってきた作品も好きだし、一つ一つを誇り高く作ってきたつもりです。その中で今回は、自分が趣味として好きな映画を撮れる機会でした。男がゴロゴロ転げまわる感じの男臭い映画は、すごい好きなジャンルだったので。
──フィルムノワールがお好きなのですね。
藤井 大好きです。韓国でもハリウッドでもなんでも。元々は香港のジョニー・トーから入って、そこからウォン・カーウァイも観て。香港映画はこんなに面白いのだな、と。
根本 この世代はそうですよね。僕もジョニー・トーが大好きで。僕は人と写真を一緒に撮ることが少ないタイプなのですが、唯一映画祭で写真を撮ってもらったのがジョニー・トーです(笑)。
藤井 小さい頃に香港映画とかを観て、その世界観に憧れていました。近年は韓国映画も頻繁に観るようになって、韓国ノワールも大好きになりました。ナ・ホンジンとか。
根本 僕もナ・ホンジンが大好きです。言っていなかったのですが、今回は死の淵まで戦い続ける男たちを描くという意味で、ナ・ホンジンの『哀しき獣』(10年)をイメージしていました。
──今回、原作の映画以外でスタッフにイメージを共有した作品はあるのですか?
藤井 基本、映画を作る身として、映画をリファレンスには用いない。系譜とかオマージュがあるというのも自分の中ではあまり得意ではなく。ましてや今回は原作のオリジナル映画があるので、基本的に僕らも完全オリジナルの“脳みそ”で作ろうと思いました。
──藤井組ならではのテイストを出したのはどの辺りでしょうか?
藤井 最後まで行き切る、という点ですね。原作映画の“先”がこの映画にはあります。
根本 原作は金庫を開けて終わりですけど、今作は金庫に入ってからがメインですからね。
藤井 日本独自というか。
根本 それで言うと、僕はフランスリメイクを観ていないんです。
藤井 俺も観ていないよ。
──フランスリメイクがあったのは最近ですからね(2022年『Sans répit』)。
藤井 ほぼ一緒(のタイミング)。
根本 同じくらいですか。金庫に行ってから何かやったほうが良いですよね(笑)。
──それはオリジナルと変えようと思ってのことだったのですか?それとも、その方が物語として面白いと思ったから?
藤井 後者に近いのですが、あまりオリジナルのことを考えずに脚本を作りました。原作サイドも寛容で、プロデューサー側も自由にさせてくれたので。
根本 ルックは完全に藤井さんの作品になっていますからね。藤井さんって、空間に何か飛んでいるのが好きじゃないですか。
藤井 好き好き(笑)。
根本 雨とか雪とか埃とか。今回はそういうのを徹底的にやっています。しかもそれに関してはCGを使っておらず。録音部からしたら地獄ですがね(笑)。脚本を読んだ時に、どこまで音を録れるかが最初は不安で、「美打ち」という全体の打ち合わせのときには「これはどれくらい雨が降っていますか…?」と聞いたりしました。「パラパラですか?土砂降りですか?」
──もちろん土砂降りですよね(笑)。
根本 そう(笑)
藤井 でもあそこはアフレコしなかったよね?
根本 しなかったですね。僕も勉強になりましたが、(そんな環境で録った音でも)場合によっては使えるんだな、と。そのことはミキサーの浜田とも話していたのですが、あれをアフレコにするという判断をする人ももちろんいるでしょうが、浜田の中にも僕の中にも、現場の音をなるべく使うように作っていきたいという強い思いがあります。アフレコして明瞭性が上がった音の方がセリフは聞こえ易くなるかもしれないけれど、現場の雰囲気からはやっぱり乖離していってしまいます。実際に雨が降っていたり、雪が……雪のシーンなんかは、スノーマシンだけを使っているのではなく、横でハリケーンというバカでかいエンジンが付いた送風機を回して飛ばした雪が落ちてきているので、工事現場みたいな環境の中でずっと録っていました。全てではないにしても、使えるところは残しました。
──整音のテクノロジーが進んだことも大きいのですか?
根本 もちろんです。1年前では使えなかった音が今は使えるようになってきています。普段使っている業界標準のノイズリダクションソフト(iZotope RX)がどんどんバージョンアップされて、新しい機能がついたり、今までの機能の精度がものすごく上がっていますからね。それと、リレコーディングミキサーの浜田の技術がギャンギャン上がっているということもあります。こんなことができるようになったとか、こういう表現ができるようになったというのが毎回出てきます。
──そうなると、現場も以前よりは楽になっていますか?
藤井 そうですね。“後でどうできるか”の選択肢がすごく広がっています。
根本 僕も、現場の段階で“ダメかもしれないな”と思いながら録ったものが、仕上げの段階で浜田と話し合いながら作っていくと、“いや、全然使えるぞ”となったりします。そして、ここが使えるならこういう風なこともやれるな、という判断が途中途中に入ってきたり。(浜田さんと組んで)自分一人で判断をしない状態にしてから、その辺の精度もすごく上がってきたので、作品に対してもすごく良い提示が出来ていると思います。
──そういう時にも、藤井さんに相談するのですか?
根本 いえ、藤井さんのやりたいことは分かっているので。同録が使えたら一番良い。それは藤井さんだけではなく、現場で音を録る文化でやっている国の監督は絶対そうです。「全部アフレコの方が良いです」という人は今まで会ったことがありません。
セリフのアフレコは今回あまりなかったのですが、お芝居の輪郭を彫り込むために細かい息遣いなどを足すのが僕は好きです。浜田らと一緒にアフレコした時には、監視カメラに気づいた時とか、携帯が鳴った時に細かい息を吸うとか、そういう仕上げの段階で落ちていってしまうところを、彫り込みとしてアフレコでいっぱい録らせてもらいました。それを足すことで、お芝居の表情が際立って見えたりします。
──その作業は藤井さんもご一緒に?
藤井 はい。真横で聞いています。皆が仕込んだものをチェックして、アフレコ現場にもいます。アフレコブースで綾野さんが“仮想敵”と戦いながら声を出すのを、笑いながら見ていました(笑)。
根本 剛さんはアクションシーンを録る時にすごく動く人なんです。だから剛さんがアフレコブースを動き回りながら録れるよう、マイクマンにマイクを動かしながらやってもらいました。普通はいきなりやっても、アクションの状況もあるので雰囲気が出ず、何回かテストを重ねながらやっていくのですが、剛さんは滅茶苦茶上手くて全部一発OKでした。
藤井 (綾野が)「あ〜もう終わり〜?」とか言ってたね。
根本 「あれ、セリフはないの?」「いえ、セリフは全部使えるので大丈夫です…」みたいな(笑)。
──今回の撮影で大変だったところは?
藤井 冒頭のシーンから雨が降っていたので、散水車、クレーンカー、劇用牽引車のワンカットがクランクインでした。初日から大変で、岡田さんはずぶ濡れ。路面凍結。
──そのカットから始めようというのは、どなたの意見ですか?
藤井 基本的に助監督が決めますが、シーン1から順撮りするというのは良いことなので。「よろしくお願いします」とクラインインしてから1週間くらいは、岡田さんはずっとずぶ濡れでしたね。
根本 冒頭の検問シーンはインから2、3日目に撮っているので、インしてから数日間は超ハードでしたね。初日から氷点下の牽引カー上に5~6時間乗ってアイスキャンディーみたいになりながら撮影して、次の日には岡田さんら全員がずぶ濡れで朝まで格闘し続けるみたいなのをずっと毎日撮っていたので、お祭り騒ぎでした。
──よりによってそんな寒い時期に……。
藤井 年越しの映画なので(笑)。クランクインは1月15日でしたね。
根本 “雨降らし”の雨が凍るんですよ。それで、メイクとか衣装の人が役者さんを“直し”にフレームに入ると全員がツルツルツルってコケるという(笑)。
──撮影地は名古屋方面ですか?
根本 東海地区ですね。主に名古屋。ロケハンした中で、高層ビルや工場地帯、住宅地に自然と、全ての環境が東海地区にあったので。
──もう次作の予定はあるのですか?
藤井 既に2作撮り終わりました。
──お二人ご一緒に?
根本 はい。2作待機しています。
──藤井組、凄いですね。それほど多作な理由は?
藤井 サラリーマンなので、働かないとお金がもらえないんです(笑)。
根本 根本的に演出中毒というか、本数を多く撮る人は演出行為が好きだし、僕らも映画制作という行為が好きなので、暇は嫌いなんです(笑)。もちろん何でもやるというわけではないですが、撮らせてもらえるのであれば、やりたいんです。
藤井 仕事していなかったら、僕らはポンコツですから(笑)。
根本 仕事で表現していないと、何をしていいか分からず、家に引きこもっちゃう。
──『最後まで行く』の先にもまだまだ行くということですね。
藤井 そうですね。まずは『最後まで行く』が現状の到達点なので、それを観ていただいて。
根本 半年後、1年後にはまた更新できるように頑張りたいなと。
──ありがとうございました。
Photography by Kaori Nishida
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『最後まで行く』
監督:藤井道人
脚本:平田研也、藤井道人
音楽:大間々昂
出演:岡田准一、綾野剛 ほか
製作幹事:日活・WOWOW
制作プロダクション:ROBOT
日本公開:2023年5月19日(金)全国東宝系にて公開
配給:東宝
公式サイト
© 2023映画「最後まで行く」製作委員会