Column

2023.04.02 18:00

【単独インタビュー】『トリとロキタ』ダルデンヌ兄弟がフォーカスを当てた低年齢化する移民問題の現実

  • ISO | Atsuko Tatsuta

移民の子どもを取り巻く過酷な環境を描き、2022年のカンヌ国際映画祭で75周年記念大賞を受賞したダルデンヌ兄弟最新作『トリとロキタ』が3月31日(金)に日本公開されました。

豊かな生活を求め、ベルギーにやってきた移民の少年トリ(パブロ・シルズ)と少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)。姉弟を装い暮らしている二人は、アフリカから新天地を目指す道中で知り合い、今では本物の家族のような絆で結ばれています。祖国にいる家族への仕送りが必要なロキタは、ビザが下りず正規の職に就けないため、トリと共に麻薬の運び屋として日銭を稼いでいました。そんなギリギリの生活を送る中、密航業者から仲介費を求められたロキタ。彼女は職に就くために必要なビザを一刻も早く手に入れようと、更に危険な仕事に手を出してしまい──。

脚本・監督を務めたジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(ダルデンヌ兄弟)は、長編劇映画4作目『ロゼッタ』(99年)でカンヌ国際映画祭のパルムドール賞と主演女優賞(エミリー・ドゥケンヌ)を受賞して以降、全作品がカンヌのコンペに選出されるという快挙を成し遂げたベルギーの名匠。

これまで様々な視点からベルギー社会の不平等に切り込んできたダルデンヌ兄弟が今回焦点を当てたのは、頼れる大人がいないがために犯罪に手を染めてしまう移民の子どもたち。社会に見放された彼らを待ち受ける過酷な運命を、極限までリアリティを追求した映像と音で映し出しました。

日本公開に際し、6年ぶりの来日を果たしたダルデンヌ兄弟が、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ

──お二人はベルギーにおける移民の物語を幾度も扱われてきましたが、本作を観て、移民の労働を搾取する側から描いた長編劇映画3作目『イゴールの約束』(97年)を思い起こしました。今回、搾取される側から再びこの題材に着手した経緯を教えていただけますか。
ジャン=ピエール・ダルデンヌ(JPD) 『イゴールの約束』、『ロルナの祈り』(08年)、『午後8時の訪問者』(16年)といった作品で、私たちのすぐそばで生活している移民の物語を描いてきました。そして『トリとロキタ』の主人公の二人も、実際にあった話を基にしています。きっかけは、ベルギーやヨーロッパ諸国に渡ってくる同伴者のいない未成年移民の多くが、その後消息を絶っているという新聞記事を読んだことでした。彼らは18歳までにビザが取れないと強制送還されてしまいますが、その前に売春や麻薬密売などを行っている犯罪組織に取り込まれて、人生を台無しにしてしまうのです。そんな現実に怒りを覚え、トリとロキタの二人を通して移民の子どもたちの物語を伝えたいと思いました。

リュック・ダルデンヌ(LD) この物語を書くにあたり、最初から中心にあったのはトリとロキタの友情です。たった一人では移民として生きていくことはできません。知り合いや同郷の人に頼らなければならないし、そこには友情が必要です。この映画における友情は、“光”です。決して裏切られることのない友情。それは最後まで貫かれます。

──これまでの作品にはない“怒り”が起点となっていることは、あなた方の映画作りに何か影響を与えましたか?
JPD その怒りがあったからこそ、現在の移民の状況に対する何かしらの答えとなるためのシナリオを書こうと決心しました。そして、トリとロキタの友情を中心にストーリーを組み立てました。今回は未成年の二人が主人公ですが、彼らは第二次大戦中にあったような、強制的にヨーロッパに連行されてきた移民ではありません。経済的な理由から、より良い生活を求めてフランスやベルギーにやって来た人々です。ただ、大人ではなく子どもが一人でヨーロッパに渡ってくるというのは、これまでにないことでした。

──不遇な状況にある幼い移民についての新聞記事に着想を得たということですが、長年移民を描いてきたお二人から見て、ベルギー社会における移民を取り巻く環境は悪化してきているのでしょうか?
LD 悪化しているわけではありませんが、彼らのための政策がないのです。それはベルギーだけでなく、ヨーロッパ全体に共通しています。つい最近も、イタリア沿岸で移民を乗せた船が転覆し、幼い子どもを含む60名近くが亡くなるというニュースが報道されました。このような悲劇を繰り返さないためにも、新たな移民政策を講じる必要があるのです。今の法律では18歳までにビザがないと強制送還されてしまいますが、例えば18歳以上の移民も学校に通い職業訓練を受けられるようにするなど、移民の受け入れ体制を考えなければなりません。

世界中の不幸をすべてEU諸国で受け入れなければならないと言っている訳では決してありませんが、未来ある若者たちに学業や仕事を続ける機会を与える必要があると感じています。彼らがその後どこでどのように仕事をするかは別として、そういう機会はあるべきだと思っています。

JPD リュックの言う通り、ベルギーの状況を変えるためには、EUレベルで移民の法案を可決する必要があると思っています。その難しさは承知していますが、今後変わっていくだろうという希望は持っています。

──そのような政策が必要とされている中で『トリとロキタ』が公開されて、ベルギー国内での反応はどのようなものでしたか?
JPD 反応は良かったと思います。ベルギーでの興行は既に終わっていますが、今後は学校の主導で子どもたちに『トリとロキタ』を観てもらう上映会を実施する予定があります。(今回の来日から)ベルギーに戻った翌週にも、2度ほどその上映会があります。学校が主催してくれるのはとても良いことだと思いますし、私たちも出来る限り出席するようにしています。こうした上映会は、これまでの作品でも行っています。

──日本でもお二人の作品はアート映画のファンから根強い支持を得ています。ですが、本作が描くような問題は、より多くの観客に観て貰い認知される必要があると感じます。
LD だからこそアート系のシアターやシネコンではない、別ルートでの上映方式が必要なのです。そのために私たちは、学校にアプローチしています。例えば今作だと、観客動員数の20%ほどが学生です。もちろん、マーベル映画や『アバター』のような作品も良いと思いますが、こうしたアート系の映画を観てもらい、彼らを教育する必要があります。私が知る限り、ベルギーでは約15万人の高校生がこうしたアート映画を観ていると答えています。これは自発的に観に行くというより、彼らに観てもらえるようなシステムが構築されているのです。流れとしては、まず数千人単位で教師を映画館に招待し、作品を観てもらいます。そして彼らが良いと判断した場合、学校や協会が協力して映画館を貸し切って学生に向けた上映会を行うのです。この場合、通常より安い4ユーロで映画を観ることができます。

若者を教育するのは簡単ではありません。映画は人を楽しませるものでもありますが、同時に、観ることで心を育むことができるものだとも思います。ですが、後者を求めて映画を観る人は少なく、多くは楽しさばかりを求める傾向にあります。そのような映画が悪いとは思いませんが、人生をより良くするために、心を育む映画も観てもらいたいと思います。

──これまでの作品と同様、本作もお二人の出身地であるリエージュが舞台となっていますね。お二人にとってはどのような場所なのでしょうか?
JPD “スタジオ”ですね(笑)。この場所で多くのドキュメンタリーや劇映画を撮影してきました。それは、私たちがそこで子ども時代を過ごしてきたからだと思います。よく知っている場所なので、ロケハンをする必要もほとんどありません。私たちの映画の主人公たちは、このリエージュという街の中で見かける人々です。この街は財政危機の影響を受けていて、社会から疎外された人々が多く住んでおり、私たちはそうした疎外された人々に焦点を当てているのです。そして、そうした人々は今後、世の中の危機によりさらに増えていくと思います。

──あなた方の作品はフランス語で制作され、時にはフランス人俳優も起用されるため、フランス映画だと勘違いされることもありますね。あなた方にとって、ベルギー映画のアイデンティティとは何ですか?
LD フランスにおいては、言葉が重要視されます。フランス人はあらゆることを言葉にし、討論も好んで行います。一方で、ベルギーでは言葉はそれほど重要視されず、むしろ言葉ではないコミュニケーションに重きが置かれます。ただ本作は、私たちのこれまでの多くの作品と同じようにベルギーとフランスの共同製作です。なので、中にはフランス人俳優もいます。ベルギーとフランスでは景観が異なりますが、フランス北部はベルギーとよく似ていて、リエージュと同様に財政危機の影響を強く受けています。

JPD ヨーロッパの大半の国が、文化面でフランスをモデルにしています。フランスでは国立映画センター(CNC)が映画産業の支援を行っており、例えば映画館や配給会社など、映画を支える企業や人々に対して援助を行っています。これは1959年、当時フランス文化相であったアンドレ・マルローによって開始されました。ベルギーはそういったフランス文化の影響も受けているので、私たちの作品はフランス映画と非常に近いのかもしれません。

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『トリとロキタ』(原題:Tori et Lokita)

監督・脚本/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 
出演/パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガ
2022年/ベルギー=フランス/カラー/89分/Tori et Lokita

日本公開/2023年3月31日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー!
配給/ビターズ・エンド
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