【単独インタビュー】『Winny』松本優作監督
- Atsuko Tatsuta
日本のネット史上最大の事件ともいわれる“Winny事件”の経緯と裁判の行方を、東出昌大と三浦貴大のW主演で描いた実話に基づく物語『Winny』が3月10日(金)に公開されました。
2002年、プログラマーの金子勇(東出昌大)は、簡単にファイルを共有できる革新的なソフトウェア「Winny」を開発し、試用版を「2ちゃんねる」に公開。瞬く間にシェアを伸ばす一方で、大量の映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、ダウンロードするユーザーも続出し、社会問題へと発展していきます。 違法利用した者たちが次々に逮捕されていく中、開発者の金子も著作権法違反幇助の容疑をかけられ、2004年に逮捕。サイバー犯罪に詳しい弁護士・壇俊光(三浦貴大)は、逮捕の報道を受けて急遽金子の弁護を引き受けることになり、弁護団を結成しますが──。
42歳で亡くなった天才プログラマー金子勇が開発したファイル共有ソフトWinnyを巡る実話を元にした『Winny』は、なぜひとりの天才が国家組織に潰されてしまったのかという疑問を呈するとともに、開発者の未来と権利を守るために、権力やメディアと闘った人々を描き出す気骨ある社会派ドラマです。
脚本・監督を手掛けた松本優作は、自主映画『Noise ノイズ』(18年)が海外映画祭で評価され、2022年には児童養護施設で暮らす13歳の少年を主人公にした『ぜんぶ、ボクのせい』で商業映画デビュー。今、最も期待される新進監督に、商業映画としては第2作目となる『Winny』に込めた思いを伺いました。
──松本監督は1992年生まれとのことですが、Winny事件が起きた2000年代初頭はまだローティーンだったわけですが、この事件のどんなところに惹かれたのですか?
当時は小学生だったので、Winnyの名前はなんとなく聞いたことがあるくらいで、それ自体のことはあまり知りませんでした。小学生の頃は、LimeWireなど似たようなソフトを使ってはいたのですが。なので、きちんと調べたのは(映画化の)お話をいただいてからですね。
最初は、なぜ金子さんがWinnyを作ったのかに興味を持ちました。映画の中にも出てきますが、著作権の概念を変えるというか、そういった何かしらの革命を起こしたかったのかなと想像したのですが、ネットの掲示板を見てもその答えはなく。そういう謎の部分が、惹かれた理由のひとつでした。
──実在の事件については、どのようにリサーチしたのですか?
弁護士の壇さん(金子氏の弁護団の事務局長)とか、他の関わられた方々に取材し、事件の全容を把握するところかからスタートしました。僕のところに企画が来たときには、すでに別の脚本があったのですが、映画化するならWinny事件を真正面から扱ったものを作りたいと、ゼロから脚本を書かせていただきました。
──脚本を書くために、取材をしたのですね。
そうですね。2018年からスタートし、脚本を書きながらも取材し、撮影中もずっと取材していたので、3〜4年くらいはずっと取材していたと思います。
──脚本が出来上がっても、まだ取材しよう、もっといろいろな人の話を聞こうと思ったのは、金子さんの人となりをさらに知りたかったからですか?事件の全容がわかりにくかったからですか?
事件に関しては、7年分の裁判資料を全部読んだり、関わった人たちに話を聞くことによってかなり全容を把握できたのですが、金子さんの人物像はなかなかわかりませんでした。だから、彼がどんな人だったのかを知りたくて、いろいろな方にお話を伺いました。
最終的には、金子さんのお姉さんにもお会いできました。無罪の判決を受けるまでの7年間は苦しい生活を送られていて、なかなか表に出られなかったそうです。なのでお会いするのも難しかったのですが、やっとお会いできた時には、金子さんのことを未だに有罪だと思っている人たちにも、映画を通して真実を知ってもらいたい、といったお話をさせていただきました。
──お姉さまにお会いしたタイミングはいつだったのですか?
クランクインの数ヶ月前でした。お会いしてから、脚本を急いで変えたりしました。
──金子さんのお姉さまが「苦しい生活」とおっしゃられましたが、金子さんは世間に身を隠して生きなければならないほどの罪を犯したわけではないし、人道的に考えてもおかしい。この映画は、そうした人々を追い詰めるメディアの在り方、さらには司法制度についても疑問を投げかけていますね。
Winny事件の映画化にあたって、この物語を映画としてどのように成立させるのかをまず最初に考えました。起こった出来事は大変なことですが、アクションがあるわけでもないし、映画としての見た目は地味です。でも、Winny事件における裁判やメディアの問題は、今も変わらず起きている。観客にもそこに興味を持っていただければ、ひとつのエンターテインメントとしても成立するのではないかと思い、このような作り方にしました。取材をしていく中で、刑事裁判やメディアの、ある種の偏った報道などを知れば知るほど、今も同じようなことが起こっていると実感しました。Winny事件を知らない世代にも、この映画を観て僕と同じように感じてくれれば良いなと思います。
──金子さんは、ある意味天才が故に国やメディアに潰されたともいえます。そこに憤りは感じましたか?
“出る杭を打つ”という文化は根強くあると思います。わからないものは怖いから排除する、という傾向もある。そこに対しては、僕たちも映画制作者として訴えたいことがあり、映画で表現しているつもりです。また僕は、メディア側だけではなく、ニュースを受け取る側にも問題があると思います。リテラシーの低さというか……ひとつの真実がサイコロだとして、メディアで出される情報がそのサイコロ6面のうちの1面、2面だとすると、1面も2面も真実を伝えているのですが、残りの4面、5面を見ないと本当の意味では理解できない。一つ二つの側面を見て、これはそういうことなんだと思い込んでしまうことは、ある種の思考停止ですよね。受け手側も、そういう構造を理解した上でメディアの報道を見ないとダメだと強く感じます。
怖いのは、ニュースで流れているからといって信じ込んでしまうこと。メディアは、人を生かすこともできるし、殺すこともできる。そこの怖さというのを、受け取る側もきちんと理解しないといけないですね。
疑問を持ち、他と比較しながら、自分なりの真実を突き止めていかないと、今の世の中で生きていけない。Winny事件を知った時にもそのことを強く感じましたし、そういうことも含めて、この映画が今の時代に公開される意味があると信じています。
──吉岡秀隆さん演じる警察官・仙波が内部告発をするストーリーが、金子さんのストーリーとパラレルに描かれます。仙波さんの告発は、ある意味、この映画の良心として機能していると思いますが、この警官のストーリーも実話ですよね?
そうですね。時系列を調べていく中で仙波さんの告発についても何かの記事で読んで、仙波さんにも実際に取材しました。仙波さんには、撮影現場にも来ていただきました。基本的には、当時あった出来事を忠実に描いていますね。Winny事件を多角的に見ないと、当時起きたことはなかなかわからないのではないかと思ったので、このストーリーも入れました。
──警察は内部の不都合な真実を明るみ出したくなかったから、Winnyを潰したのだなとも思えますね。
あくまでそれも一つの要素だということ。他にもいろいろな要素が組み合わさって起きた事件だと思います。
──逮捕と裁判により、金子さんにソフトウェア開発に携われない7年間のブランクができたことは、日本のテック業界にとって大きな損失だったと言う意見に同意しますか?
調べれば調べるほど、日本が世界に遅れをとった大きな要因だなと思いました。Winny事件に限らず、日本の同調圧力だったり、何か怖いものには蓋をするというような日本人的な感覚が問題なのかと思います。
──優秀な研究者は日本に留まらず、海外の大学や研究機関に行ってしまうという話はよく聞きますね。
そういう傾向は変えていかないといけないと思いますし、この映画が少しでもそうした意識改革の後押しになるのであれば、この作品を作った意味があったのではないかと思います。金子さんにとっても、一番残したかったメッセージなのではないかと思います。第一審で有罪判決を受けた時、有罪を認めて罰金150万円を払えば、またすぐにプログラミングを再開できたはずなのに、それを選ばず、裁判で闘うことを選ばれたのですから。
金子さんは、有罪だと認めてしまうと、今後技術者が自由に開発をできなくなってしまうか、少なくともその足かせになってしまうことをわかっていて、それだけはどうしても避けたかったのではないかと思います。そこが、ご自身の人生をかけてまでやり遂げたことなのでしょう。もちろん、あれほど早く亡くなるとは思っていなかったでしょうが、結果として、長い裁判が金子さんの才能を潰した形になったことに対して、社会にも責任があると思います。
──金子さんは2011年12月に無罪判決を勝ち取った後、2013年7月に急性心筋梗塞で42歳の若さで逝去しました。葬儀には、日本のIT業界の錚々たる顔ぶれが参列し、故人を偲んだと伺いました。
そのようですね。東京大学の関係者など多くの方がいらしたと、金子さんのお姉さんからもお聞きしましたが、お姉さんも混乱し過ぎていて、誰がいらしたのか具体的には覚えていないとおっしゃっていました。
──個人的には、金子さんが逮捕された時に、東大が彼を守らなかったというのがかなりショックでした。研究機関は、真っ先に研究者を守るべきだったのでは?
そうですね。ただ、難しい部分もあったでしょうね。平木敬教授は、金子さんをもう一度東大に戻してくれた方の一人でもあり、お姉さんも東大に感謝していると言っていたので、悪く描きたくないという背景はありました。世間の風潮として、退職を勧めるような流れにせざるを得なかったのだろうなと思います。
実際に裁判でも、平木教授や慶応(義塾大学)の村井(純)教授が尽力されたはずです。でも、今だから理解できているけど、当時は理解できなかったことがたくさんあると思います。なぜ無罪なのかという根本的な理由というより、時代がやっと追い付いてきて、“これは間違いだよね”と遅れて理解したということだと思います。
──金子さん役を演じた東出さんの演技が素晴らしかったですね。増量し、動画などで金子さんの話し方や身のこなしなども研究したそうですが、実物の金子さんと東出さんは、もともとのルックスはあまり似ていないようにも思います。東出さんに今回の役をオファーした決め手は何ですか?
東出さんには、金子さんに近い妖しさがあるのではないかと感じました。もちろん、東出さんはすごくカッコいいし、実際にこの役に合うのかどうか、自分でも確信が持てないまま、お会いしました。その時点で僕らはWinny事件のことをすでに3年くらい調べていたのですが、東出さんも調べて来て、僕らと同レベルで事件について話していました。金子さんやこの事件のことをきちんと表現したいという強い思いを感じましたので、ぜひお願いしたいと思いました。実際に、内面を深く掘り下げて金子さんに近づけてくださったと思います。
──“同じ妖しさ“というのは、純粋さということですか?
純粋さ。疑いを知らないというか……それが、世間一般の感覚よりも少し外れたところにある感じがしました。真実が書かれていない供述書にサインするなんて、警察に言われたからといって簡単にはしないものだろうと思いますが、金子さんは純粋に捜査に協力しようと思っていたらしく。もちろん、プログラミングに没頭しすぎて、世間知らずだった面もあるかもしれませんが。
──そこでサインしてしまうというのは、これがフィクションの映画だったら、“よくできていない脚本”と思われてしまうでしょうね。
そうですね。ただ、一般の人にとって、警察の捜査や取り調べ、裁判で知らないことはたくさんあります。なので、警察に言われるがままにサインしたり、供述書を書いたりする。そうやって起こっている冤罪事件などもたくさんあると思います。
日本の裁判において、なぜ自白がここまで有効なのか。その辺の問題点もあると思います。この事件に限らず、知らない間に犯人像が作り上げられていくというのは、珍しくないのかもしれません。弁護士の方も言っていましたが、取り調べにおいては、思っている以上に被疑者は言われるがままになってしまう。弁護士さんが「自分が違うと思うなら絶対署名しないでください」と言っておかないと、みんなサインしてしまう。普段行ったことがない取調室のような閉鎖的な空間では、おそらく通常の判断ができないような状態になってくるのでしょう。僕たちが想像する以上のプレッシャーがあるのだろうと思います。
──東出さんの役作りについては、どのように取り組んだのですか?
一緒に金子さんのお姉さんに会いに行ったり、関係者の方々にお話を聞きに行ったり。「こういう時はどう考えます?」とか、お互いの意見を言い合いました。金子さんはオランジーナをよく飲んでいたとか、寝て起きたらすぐプログラミングできるように電動ベッドにしていたとか、どういう服を着ていたとか。
──映画の中での金子さんは、俗っぽく言うと“オタク的”に描かれていますね。
取材で聞いたことを忠実にやるようにしました。過剰にしたつもりはなく、むしろ、もう少しオタクっぽかったのではないかと思うくらいです。お姉さんは、裁判シーンで東出さんが座っている様子を見て、当時を思い出して泣かれていました。話し方、手の置き方、話すときに体を揺らすところとか、そっくりだったとおっしゃっていました。体重を増やすというのも、実在の人物に似せるやり方としては必然かと思います。僕がお願いしたのか、東出さんからおっしゃられたのかは覚えていないのですが。
──改めて今、この映画が公開されWinny事件に注目が集まることで、何を期待していますか?
どう感じてもらえるのか、自分たちが表現したかったことがきちんと伝わるのか、期待もあり、不安もあります。ただ、僕としてはやれること以上にやれた気がします。エンターテインメントとしてはもう少しこうした方が面白くなるというところも、できるだけ事実に則って忠実に描きました。
──個人的な意見ですが、日本では社会派の映画が作られにくいような気がします。いろいろな方面からの圧力もあり、作ったとしても、バイアスのかかったものしかできないという印象です。松本監督は社会派映画の製作について、思うことはありますか?
僕自身が社会で生きていく中で感じたことを、映画を通して世の中に広く知ってもらいたいと思っています。もちろん、おっしゃられたようにいろいろな圧力もある。『Winny』も何度か頓挫しかけた──と言いますか、元々決まっていた映画会社が「やっぱりできない」となって降りた、ということもありました。社内で審議を通すときに、これは難しいのではと判断されてしまったり。なので、単館の映画館でしか公開できないだろうなと思いながら作っていたので、広く公開していただけることが嬉しいし、そこに希望はあると思います。
──今回参考にした社会派の作品、あるいはご自身が感銘を受けている作品はありますか?
(クリント・)イーストウッド作品はほとんどが好きですね。熊井啓監督の『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』(81年)は凄かった。今は空気を読むようになってしまったというか、昔の方が大胆に切り込んだ作品が多かったように思います。でも最近だと、『シカゴ7裁判』(20年)や『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(22年)が良かった。どれも海外の作品ばかりですね。
僕には0から1を作り出すより、1を広げていくような表現が合っているのではないかとか思っています。映画をやっていなかったら、ジャーナリストになりたいと思っていました。なので、そういうジャーナリスティックな視点の映画を通して、自分なりの表現をしていきたいと思っています。
Photography by Takahiro Idenoshita
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『Winny』
企画/古橋智史 and pictures
原案/朝日新聞 2020年3月8日記事(記者:渡辺淳基)
プロデューサー/伊藤主税、藤井宏二、金山
監督・脚本/松本優作
撮影・脚本/岸建太朗
制作プロダクション/Libertas
制作協力/and pictures
出演/東出昌大、三浦貴大、皆川猿時、和田正人、木竜麻生、池田大、金子大地、阿部進之介、渋川清彦、田村泰二郎、渡辺いっけい、吉田羊、吹越満、吉岡秀隆
2023/127分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
日本公開/2023年3月10日(金) TOHOシネマズ ほか全国公開
配給/KDDI、ナカチカ
公式サイト
©2023 映画「Winny」製作委員会