Column

2023.03.03 21:00

【単独インタビュー】『LAMB/ラム』ヴァルディミール・ヨハンソン監督が描く超自然の脅威と人間

  • Atsuko Tatsuta

※本記事には映画『LAMB/ラム』のネタバレが含まれます。

A24が北米配給を手掛けたノオミ・ラパス主演のネイチャースリラー『LAMB/ラム』は、2022年9月に日本公開され、スマッシュヒットを記録。1月からはPrime Videoにて独占配信が始まり、3月3日(金)に待望のBlu-ray&DVDがリリースされます。

アイスランドの人里離れた牧場で暮らす夫婦イングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)。子どもを亡くした悲しみを抱えた二人だが、ある日、羊から生まれた“何か”をアダと名付け、我が子のように育てることにする。久々にやってきたイングヴァルの弟ペートル(ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン)は、アダの存在に驚くが──。

第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でワールドプレミア、アカデミー賞国際長編部門アイスランド代表にも選出されるなど高い評価を受けた『LAMB/ラム』。監督のヴァルディミール・ヨハンソンは、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』などに特殊効果の技術者スタッフとして携わった後、本作で衝撃的な長編監督デビューを飾りました。

アイスランドの新しい才能として脚光を浴びるヨハンソン監督が、日本でのヒットを記念し昨年11月に来日。Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

──『LAMB/ラム』をカンヌで最初に観た時、メキシコのカルロス・レイガダスの『闇のあとの光』にも共通するようなマジックリアリズム的な雰囲気にまず惹かれました。アイスランドの自然とマジックリアリズムの関係についてまずお話しいただけますか?
アイスランドには、(フリドリック・トール・)フリドリクソン監督のようにマジックリアリズムで知られた監督もいます。彼の作品では、車が突然消えたりします。マジックリアリズムは、アイスランドの民話の中にも普通に存在しています。アイスランドの人々にとって、自然は身近なものですが、超自然的なものも普通に存在しているんです。

レイガダスの名前を出していただいたのは嬉しいですね。大好きな監督のひとりです。私がタル・ベーラのもとで学んでいた時(2012〜16年、ハンガリーの鬼才タル・ベーラ監督によるサラエヴォ科学技術大学の講座を受講)の講師のひとりがレイガダスでしたし、『闇のあとの光』は大好きな作品です。大きな影響を受けているのは間違いないですね。

──『闇のあとの光』に出てくる悪魔と、『LAMB/ラム』の最後に出てくる羊男はルックスが似ていますね。
それは、そうですね。それからアピチャッポン(・ウィーラセタクン)からも影響を受けたことも付け加えておきたいです。彼もサラエヴォに教えに来てくれていました。彼も超自然的なものを信じていますし、それを表現する素晴らしい映画作家です。『ブンミおじさんの森』が大好きです。

──アイスランドで生まれ育ったあなた自身にも超自然的な経験はありますか?
小さな町で育ったのですが、祖父母が村から5キロくらい離れたところで羊牧場を営んでいたので、子どもの頃、放課後によく遊びに行っていました。叔父と一緒に山に羊を追いに行ったりしていました。自然体験といえば、それ以外にこれといって特別なことはありませんが、アイスランドではそんな風に自然と人間がとても親しいし、自然の驚異に触れながら育ったとはいえますね。

──この映画の中心に置かれている“羊”というモチーフは、キリスト教における人間の象徴のように思えるわけですが、アイスランドは人口よりも羊の数が多いと聞いたこともあります。アイスランド人にとって羊の存在は、おそらく私たちが感じているものと異なると思うのですが、どういうものでしょうか?
まず、アイスランドという国や人々は、羊という存在に救われてきた部分があります。食として、そして羊皮や羊毛によって経済的にも支えられてきました。羊の中でも特別な羊がいて、天気を予測できたり、何かの予兆を感じ取ってくれる羊がいます。(スマートフォンで写真を見せながら)こういう本もあるんです。「Forystufé」という本ですが、羊へのラブレターのような本です。

というように、アイスランド人にとって羊というのはとても誇らしい存在です。確かにこの映画を観て、羊にキリスト教のモチーフを読み取ろうとする方はいますが、僕らはアイスランド民話をベースにしているというのが本当のところです。例えばクリスマスが舞台であれば、アイスランドではクリスマスに何か悪いことが起きるという物語がたくさんあります。あるいは、生き物がいきなり言葉を話すというのも民話にはよく出てきます。

──聖書よりもアイスランド民話からアイディアを得たとのことですが、主人公の名前マリアも聖母を連想させますね。
物語を構築する上で、主人公の名前を何にしようかといろいろ考えていった上で出てきたものではあるのですが……確かにおっしゃっている意味はわかります。マリアは聖母の名前ですから。でも、聖書に出てくるストーリーや神話、民話などは実は似ているところがあるんですよね。ある意味、すべて同じような物語と言うこともできるかもしれません。

──マリアとイングヴァルが育てることになる“赤ちゃん”が、人間と羊の間から生まれたというアイディアはどこから来たのでしょうか?
どこから来たのだろうと自分でもいつも考えているのですが、わからないんです。この映画の制作にあたって、まずは作品の雰囲気みたいなものを作り上げる段階で、ビビッと来た写真などのイメージをたくさん集めて“ムードブック”を作っていきました。そのうち自分でイメージをドローイングしてみたり、写真やイラストをコラージュしたりして、ある時、子どもの身体に羊の頭をつけてみた時に、「これはすごい美しいクリーチャーだ!物語に登場させたい」と思ったのは確かです。また、祖父母の牧場で羊と過ごした時間が長かったりしたことからの影響もあるのかもしれません。おそらく、自分でも気づいていない何かの影響もあったと思います。

──アダという名前はどのように付けたのですか?
もともと何か短く、シンプルな名前にしたかった。書いた時に、文字的にも美しいほうが良いと思いました。そうやって探していた時にアダという名前を見つけて、良いなと思いました。あるプロデューサーの方の名前ですが、アイスランドではポピュラーな名前ではありませんし、僕も、アダという方は彼女しか知りません。

──そうでしたか。私を含めて多くの方は、何か意味があるのかと、検索していろいろ調べたと思います(笑)。アダはアイーダから来ているのか?聖書から来ているのか?とか。
その指摘はこれまでも何度か受けました。聖書に由来する名前でもあるらしいのですが、そのことは全く知りませんでした。僕はただ「良いな」と思っただけです。

──もう一つ、ストーリーに関してフェミニズム的な視点からお聞きしたいのですが、序盤で、はっきりと映像には出てきませんが、納屋いる羊が何者かに襲われ、レイプをされて子どもが生まれた。また、最後にはアダの父親と思われるものが出てきて、銃で人間を撃ちますね。銃というのは男性の象徴でもあるともいえます。最初と最後にそうした男性性のネガティブな面が強調されて描かれているのは偶然でしょうか?意図的なものでしょうか?
正直、テーマとしては考えていませんでした。つまり、意図したというよりは、有機的に出てきたものです。マリアが女性の代表として罰せられているという解釈をする方も結構いるのですが、それは僕の意図したところではありません。僕はマリアというキャラクターが好きですしね。彼女は、あまりにも大きな苦しみや悲しみを背負って、幸せを手にするために何でもしようとあがいているわけです。その中で間違いも犯してしまいますが。

それとペートルというキャラクターに関しても、彼がマリアを誘ったりするのは、間違ったことだという自覚はあるんですよね。それは何かを示唆しているというものではありません。ストーリーを構築する中で、有機的に出てきたものです。

──終盤で、アダの父親らしき「羊男」が手にしている武器が銃である理由は?
アプローチとしては、実話に基づいたというような気持ちで作っていました。つまり、信憑性のあるものにしたいという思いがありました。銃に関しては、鏡の中では壁にかかっていた銃が、その後、壁からなくなっています。また、最後には銃を落として置いていきます。

──つまり、たまたまあったそこにあった武器を使ったということ?
共同脚本のショーンとたくさんディスカッションをして、その中から出てきたので、テーマ的な部分もないとも言えませんが、もちろん物語の中には、作り手である僕が隠したり、意図的に置いたものとか、自分だけが面白くて誰も笑わないようなプライベートなジョークみたいなものが入っています。

──エンディングについて、ハリウッド映画だったらマリアはあの後、銃を取って、森へ向い、そしてアダを取り返してきてハッピーエンドになると思いますが、今回のエンディングの形は最初から考えていたものですか?
このエンディングしか最初からありませんでした。いろいろな方がいろいろな解釈をする中で、マリアに起こりうる最も幸せな終わり方だったのではないかという人もいました。「きっと彼女は妊娠していて、新しい生活が始まるのでは?」と言われた時には、「なるほど」と思いました。マリアとイングヴァル夫婦は、子どもを亡くすというとても辛い経験をしていますが、人としては、ペートルよりもマリアの方が強いんです。僕自身、タフな祖母をはじめ、とても強い女性に囲まれて育ってきました。登場人物の中で今後も生きていける人は、唯一彼女だけだと思っています。

──ということはあなたにとってこれはハッピーエンドなのでしょうか?
それぞれの解釈があって僕は良いと思っているので、自分の解釈は話さないでおきますが、三部作もあり得ますよね。マリアが追いかけていって羊の世界に足を踏み入れる、という続編とか。

──この作品では、ある意味“神の視点”のような他者の視点を意識的に表現されていますね?
誰かが見ていると感じるような感じ。それは羊男かもしれないし、自然かもしれない。実際に脚本を書く段階で、僕らにとって自然というのは一人のキャラクターでした。さらに、アイスランドは夏は白夜で、寝るときも明るい。小さい頃から、夜に家の中にいても外が見えるというのは、周りからも自分がはっきりと見えていて怖いと思っていました。マリアたちの家は谷間にあり、周りは全部山なので、そこには絶対何かがいるんです。

インタビューの途中には鞄からストーリーボードを取り出し、中を見せてくれました

──あなたが好きな映画のひとつに、新藤兼人さんの『裸の島』(60年)を挙げていたことに納得しました。『裸の島』は、小さな島で生きていくしかない人々を描いています。『LAMB/ラム』にも同じような世界観を感じます。つまり人間は自然の一部であり、自然の中で生かされているという感覚。
『裸の島』を観たときのことは鮮明に覚えています。なんて美しい映画なんだろうと思い、いろいろな感情が自分の中で芽生えました。人として我々が生き続けるためには、考え方を変えなければいけないのだと思います。人類はこの世界の王ではないのだ、と。自然をコントロールできる存在ではなく、むしろ自然が我々をコントロールする存在なのだと理解し、リスペクトしなければ、おそらく人類にあまり良い結末は待っていないと思います。反対に、自然をリスペクトする生き方ができれば、違う結果が待っているのだと思います。

──あなたはハリウッドの特殊効果の現場でもキャリアがありますが、その経験で今回、監督としての仕事に役立ったことはありますか?
たくさん学んだことがあります。映画に限らず、コマーシャルの撮影でも学んだのですが、どんな制作現場でも参加する度に思うのは、現場が一つの学校であるということ。僕は、美術、照明、ビジュアルエフェクトなどいろいろな部署で働いた経験があります。素晴らしい監督が実際に演出している様子も見ましたし、何かが上手くいかないこともあれば、こうしてはいけないのだなと反面教師的に学ぶこともあります。実際の撮影現場で見て学ぶことは、とても重要ですね。

==

『LAMB/ラム』(原題:Lamb)

山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、“アダ”と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした“アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく──。

監督/ヴァルディミール・ヨハンソン
脚本/ショーン、ヴァルディミール・ヨハンソン
製作/フレン・クリスティンスドティア、サラ・ナシム
出演/ノオミ・ラパス、ヒルミル・スナイル・グズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン
2021年/アイスランド・スウェーデン・ポーランド/カラー/シネスコ/アイスランド語/字幕翻訳:北村広子/106分/R15+

Blu-ray&DVD発売日:2023年3月3日(水)
価格:Blu-ray 6,380円(税込)、DVD 4,290円(税込)

豪華版Blu-ray特典
封入特典
・ブックレット(20P予定)

仕様特典
・三方背アウターケース

映像特典(予定)
・ヴァルディミール・ヨハンソン監督短編:『DOLOR』、『DAWN』
・削除されたシーン(4本)
・VFXメイキング
・予告編集

※商品の仕様は変更となる可能性があります。

発売元/株式会社クロックワークス
販売元/株式会社ハピネット・メディアマーケティング
©2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JÓHANNSSON