Column

2022.12.03 8:00

【単独インタビュー】『シスター 夏のわかれ道』イン・ルオシン監督が描く現代人の生きづらさ

  • Atsuko Tatsuta

見知らぬ弟が現れて突然“姉”となった女性の葛藤を描き、中国で社会現象となった感動作『シスター 夏のわかれ道』が11月25日(金)に日本公開されました。

中国の南西部の都市・成都。看護師として働くアン・ラン(チャン・ツィフォン)は、北京の大学に進学し、医者になることを夢見ている。ところが、疎遠になっていた両親が交通事故で急逝したことにより、一緒に住んだこともない歳の離れた幼い弟ズーハン(ダレン・キム)の面倒を見る羽目に。弟と一緒に暮らし育てるように親戚たちからプレッシャーをかけられるが、アン・ランは弟を養子に出そうと里親探しを始める──。

監督を務めた1986年生まれのイン・ルオシンは、中央戯劇学院演劇文学演出科を卒業後、2015年に中国の小劇場の興行トップ10に入るヒットとなった『結婚しましょう』の脚本を手掛けるなど演劇界で活躍する一方、2020年に『再見、少年』で長編映画デビュー。監督第2作目となる本作は中国で公開されるや否やSNSなどで話題となり、ハリウッド大作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』を凌ぐ大ヒットを記録しました。

日本公開に際して、イン・ルオシン監督がFan’s Voiceの単独インタビューにオンラインで応じてくれました。

──今作の物語は、アン・ランという若い女性とその幼い弟の絆を軸としつつも、今日の世界的なトピックスである“女性の生きづらさ”が根底にありますね。
この映画には、アン・ランと叔母のアン・ロンロン(ジュー・ユエンユエン)という2世代の女性も登場し、それぞれの世代の葛藤も描かれます。なので、女性という点に着目して観ていただいても良いのですが、私にとっては、現代の社会の不条理なシステムの中での“生きづらさ”という点がもっと大切です。つまり、女性だけでなく、現代人すべて。ということで、この作品は、社会制度に対するある種の一つの問題提起となっているのだと思います。

──脚本家のヨウ・シャオインさんは、女優でもあるシルヴィア・チャン監督の『妻の愛、娘の時』(17年)の共同脚本家としてもとても良いお仕事をされた方ですが、どのような経緯で一緒に仕事をすることになったのですか?
この映画の製作が始まったのはかなり前のことになります。確か2016年か2017年あたり。記憶が曖昧ではあるのですが、脚本家のヨウさんから、ざっくりとした企画の相談がありました。この時点では、私が監督することはまだ決まっていませんでした。一人っ子政策が終わり、いろいろと政策が変わりつつある時期でしたので、そのあたりのことで家族にまつわるストーリーを書いてみたいという、漠然としてアイディアがありました。映画になった最終的な構成ができていたわけではありません。

それから、私たちは頻繁にコミュニケーションを取り、どんな内容が人の心に刺さるのだろうと議論を重ねた上で、徐々にストーリーが出来上がっていきました。また、私が監督をするということが決まってからはさらに内容を精査し、贅肉を削ぎ落として行ったのですが、その結果として、女性の物語の部分が際立つことになりました。また、世間を知らない純粋な弟の存在を付け加えたことで、とても良いストーリーになったと思います。

──ということは、脚本家のヨウ・シャオインさんとは親しいのですね。
そうですね。一緒にご飯を食べたりお酒を飲む、仲の良い関係です。二人でこの4年間、ストーリーについてずっとコミュニケーションを取っていました。お互いに人間としていろいろ経験し成長していくにつれ、このストーリーも成熟していったように思います。ヨウさんは才能がある脚本家ですが、かなりオープンマインドな方でもあります。私が監督するということが決まってからも、物事を受け入れてくれましたし、なにかにつけてフィードバックもしてくれました。セリフの言い回しも素晴らしいですが、本当に優秀な脚本家だと思っています。

──先ほど、現代に生きる人すべての生きづらさを描きたかったとおっしゃいましたが、この映画では、男社会の中で女性が不条理な役割を担っている姿も描かれています。アン・ランも成績が優秀にも関わらず、医学部へは進学させてもらえず、親元を離れて自分で稼ぎながら、医学部を目指しています。
アン・ランの家庭事情について言えば、弟は、父と母が切望した末に生まれた息子という設定です。映画の中でも描写があるように、「一人っ子政策」が終了したことにより、親には資産を娘に渡すのか息子に渡すのかという選択肢が出てきました。私も脚本家のヨウさんも一人っ子なので、大学にも普通に行けるし、進学や就職についてはあまり大きな問題を考えたことはありませんでした。ただ、医学部に進学するにはかなりのお金が必要です。実際、男の子の方が社会において力も持てるしチャンスもあるので、進学させたいと思う親は多いと思います。ただ、これらは今後変わっていくこと。社会が急激に変わることは難しいとは思いますが。いずれにしても、アン・ランのような強い意思を持った人々が増えるに従って、状況は改善されるのではないかと思っています。

──アン・ランという主人公はとても魅力的で、強烈な個性の持ち主ですね。特定のモデルはいるのですか?また、あなた自身はどのようにアン・ランに投影されているのでしょうか?
アン・ランには特定のモデルはいません。ただ、例えばニュースで見た女性や、同級生たちの性格、あるいは弟がいる同級生の話など、さまざまな要素を盛り込み、主人公のキャラクターを構築しました。叔母のアン・ロンロンに関しては、私の母やヨウさんのお母様に似ているところはあると思います。なので、本当に具体的なモデルがいたというわけではありませんが、自分たちの身近な人や実際に起こったエピソードは反映されていますね。

それから、アン・ランに私自身はある程度は投影されていると思います。やはりこういうクリエイティブな仕事をしていると、どうしても自分に似てしまったり、何かしら自分の一部を入れてしまったりというのはあることだと思います。言動が強いところ、また愛情を持って行動をするところ、さらには、不満だらけの現実でもその先の未来に希望を抱いているところなどは、私と共通しているところだと思います。

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『シスター 夏のわかれ道』(英題:Sister)

看護師として働くアン・ランは、医者になるために北京の大学院進学を目指していた。ある日、疎遠だった両親を交通事故で失い、見知らぬ6歳の弟・ズーハンが突然現れる。望まれなかった娘として、早くから親元を離れて自立してきたアン・ラン。一方で待望の長男として愛情を受けて育ってきたズーハン。姉であることを理由に親戚から養育を押し付けられるが、アン・ランは弟を養子に出すと宣言する。養子先が見つかるまで仕方なく面倒をみることになり、両親の死すら理解できずワガママばかりの弟に振り回される毎日。しかし、幼い弟を思いやる気持ちが少しずつ芽生え、アン・ランの固い決意が揺らぎ始める…。自分の人生か、姉として生きるか。葛藤しながらも踏み出した未来への一歩とは──。

監督/イン・ルオシン
脚本/ヨウ・シャオイン
出演/チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム
2021年/中国語/127分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:我的姐姐/日本語字幕:島根磯美

日本公開/2022年11月25日(金)新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給/松竹
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