【単独インタビュー】『よだかの片想い』中島歩が心を揺さぶられた新しい恋愛映画
- Atsuko Tatsuta
島本理生の傑作恋愛小説を松井玲奈主演、中島歩共演で映画化した『よだかの片想い』が、9月16日(金)に公開されます。
大学院生の前田アイコ(松井玲奈)は顔の左側に大きなアザがあり、それ故に恋には消極的になっていました。ところが、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポ本の取材を受けたことにより、本の映画化の話が進み、映画監督の飛坂逢太(中島歩)と出会います。次第に距離を縮めていく二人ですが、飛坂の元恋人の存在や、映画のために自分に近づいたのではないかという疑念が、アイコの恋と人生を大きく変えていき──。
原作に惚れ込んだ松井玲奈が長年熱望してきた映画化が、祷キララ主演の『Dressing UP』(12年)で注目を浴びた安川有果監督、『アルプススタンドのはしの方』(20年)のスマッシュヒットが記憶に新しい城定秀夫による脚本という注目の布陣で実現しました。
アイコと恋に落ちる映画監督の飛坂逢太役を演じた中島歩は、第71回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリ(銀熊賞)に輝いた濱口竜介監督の『偶然と想像』(21年)や、第76回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に選出されたロウ・イエ監督の『サタデー・フィクション』(19年)など、国際的に活躍する実力派俳優。劇場公開に際して、Fan’s Voiceのインタビューに応じてくれました。
──『よだかの片想い』は、恋に落ちたときの男女のパワーバランス、ルッキズムなど現代における恋愛の機微が多層的に描かれた興味深い作品だと思いますが、このプロジェクトのどこに惹かれて出演を決めたのですか?
おっしゃるようなルッキズムだったり、もっと大きく捉えたら、人の抱えているコンプレックス、それから恋愛のスタイルというところも考えさせられるような内容になっていて、とても新鮮でした。安川監督の前作も観せていただいたのですが、とても上品な映画で、ぜひ一緒にお仕事をしたいと思いました。
──飛坂役というキャラクターについてはどのように解釈されているのですか?
脚本を読んだ時は、好かれる役ではないなと思いました。むしろ嫌われるだろうな、と。僕自身、実際に(出来上がった)映画を観て、(飛坂を)嫌いになりました。
──彼のどの部分が嫌なのですか?
やっぱり、アイコに対して冷たい。そんなに仕事が忙しいのかと思いますよね。“映画を通して彼なりにアイコへの愛情を表現している”という理屈も理解できない。もっと普通に人を愛することができないのかと思います。
──私はこの作品を観て、飛坂は良い人だという印象でした。飛坂も含めて、登場する人々の皆に心があり、アイコにもちゃんと向き合っている。飛坂のような人物を、もっとステレオタイプなエゴイストで嫌なヤツに描く映画やドラマは、たくさんあると思います。その上で、それぞれの葛藤や軋轢があるところがこの作品の魅力のように感じます。
監督もその辺は意識されていました。最初から飛坂をただの嫌なヤツにしたくないとおっしゃっていましたから。ステレオタイプな役になってしまうとつまらないと僕も思っていたので、飛坂なりのスタイルや真摯さで彼女に向き合うつもりで演じました。ただ、それでも彼を好きにはなれませんでしたね。
登場人物に(観る側が)悪意を感じないとしたら、俳優たちがそのように意識して取り組んでいたからだとも思います。例えば、アイコが属している研究室の仲間を演じている青木柚くんですが、とてもキャラクターに膨らみを持たせているのが素晴らしい。彼が告白するシーンなどは、ストーリーの中でもインパクトがあります。それぞれの役者が記号的な人物像にならないように演じていたのが良かったと思います。
──映画監督である飛坂は“映画を通してアイコに愛情表現している”と先ほどおっしゃいましたが、それはアーティストの性でもあるのでしょうか?中島さんご自身も、俳優という職業柄、飛坂のその部分をむしろ理解はできる部分はありますか?
僕はないですね。飛坂についても“映画を通して愛情表現している”とは言いましたが、実際にお芝居しているときは、彼女の気持ちを掴もうという思いで演じていました。
──主人公のアイコの顔に大きなアザがあるという設定は、私たち観客に対して、多かれ少なかれルッキズムに対する問題を意識させます。中島さんはどのように感じましたか?
見た目については考えることは誰でもありますよね。顔にアザがなくても、コンプレックスは誰にでもあるでしょう。以前、キャメロン・ディアスが“すごく落ち込んだときも、鏡を見ると元気になれる”という話をしていて、それはすごいなと思いましたけど、そういう人は稀なのではないでしょうか。
──“鏡を見て元気になれる”、とは?
“私ってイケてる”ということだと思いますけど(笑)、普通はなかなかそうは思えないですよね。この映画の中では、アイコの子どもの頃の描写もあります。子どもでも見た目は気にします。常に人と会う生活をしている以上、“いま、自分は大丈夫なのかしら”という思いは誰のなかにもあります。僕もこの仕事を初めて、カメラの前に立つようになってから、自意識はより強くなりました。慣れるまでは大変でした。そうは言っても、観客の方にきちんと見てもらえるようにしなければと思うわけで、佇まいとかで話し方などでコントロールして、多少は見てもらえるようになってきたと思う一方、やっぱり今でも、自分が写った写真や映像を見た瞬間は、ガッカリしたりします。
──美醜の基準は絶対的なものでなく、育ってきた環境や社会生活の中でのすり込みによるところが大きいですよね。主人公の前田アイコは、映画が始まった時点で容姿に関する葛藤はすでに自分の中で整理ができていて、さまざまなことに対して達観しているようにさえ思えます。自分のことを客観的にも見つめた上で、自分自身を認め、肯定しているような素敵な人物のように思えますが、中島さんはこのアイコをどのように見ていましたか?
撮影していた時はよくわからなかったのですが、映像になってから改めて感じたのは、とても緊張感のある人だということ。過敏と言ったらいいのかな。とにかく気を張っている。それには演じている松井さんのパーソナリティも関わっているとは思いますが、どんな時にどんな風に笑うのか、といったことも。ネタバレになりますが、だからこそ最後の踊るシーンとかも、ものすごい際立ったものになったのだと思います。
この映画には、“アイコは変化はするけれど、乗り越えたり、強くなったりしなくても良い“というようなポジティブなメッセージがあると思います。それが最後の踊るシーンで、とても映画的な言語で表現されています。彼女がどう“変化”したのかは、僕は言葉にすることは出来ませんが、“ただ踊った”ということが、彼女の“進化”なり“変化”なのかなと思っています。
──今おっしゃったように、何かを乗り越えるというストーリーにしていないのも、この作品の懐の深さでもありますね。
ユニークだし、とてもモダンな解釈だと思います。
──アイコと飛坂の関係について、監督や松井さんとは話し合ったのですか?
どんな話をしたのかはよく覚えていないのですが、アイコという女性は、常に応援したくなる人だと思います。松井さんの持っている緊張感や繊細さも加わって。飛坂も、彼女を応援したくなったことは確かではないでしょうか。
それから、二人とも自分の言葉を持っている人ですよね。読んだ本の感想や映画の感想などについて、言葉を交わし合って二人は恋に落ちた。二人には知的な魅力があるのだと思います。
──島本理生さんの原作小説からは影響を受けましたか?
原作はまだ読んでいません。小説には心理描写が描かれたりするので、僕の場合は、読んでしまうとそれを再現しようと引っ張られてしまいます。僕はキャラクターを作り上げる時には、自分に引き寄せるという取り組み方なので、あえて原作とは距離を置くようにしています。
タイトルにも引用されている“よだか”ですが、(宮沢賢治の)「よだかの星」は大学生の時に読んで、感動した本です。「これは、俺の話だ!」と感情移入しました。細かい部分は覚えていませんが、すごい勢いがあり、エモーショナルでした。“よだか”がモチーフになった映画に関われたことがとても嬉しいです。
──アイコと仲の良い先輩が顔にやけどを負ったときの、アイコとの会話はとても心に響きますね。人はやはり誰かの身になって考えるというはできそうでなかなかできない。彼女は自分自身が顔に傷を負ったとき、今まで取っていた行動というのは、本当にアイコに寄り添ったものだったのか?と自問してしまいますね。
あのシーンには、ハッとしますよね。顔に傷がある人に会ったとして、そのアザが無いように接するのも不自然。でも、アイコの場合、アザはアイデンティにも関係していて、アザがあるからこそ、アイコはアイコであるとも言えます。飛坂もアザがあるというところを含めて、アイコを愛していたのだと思います。
──今回のプロジェクトを通じて、最も興味深かったのはどこですか?
鏡に映ったアイコの、アザが広がっていく描写があります。つまり、飛坂に出会ったことにより、自分のコンプレックスのようなものが浮き彫りになるという象徴的なシーンです。彼に出会ったことで癒やされる、というストーリーはよくあると思いますが、こうした表現がとても新鮮だなと思いました。
恋に落ちたとき、自分の嫌な部分が見えてくることがありますよね。ルックスだけでなく、内面的な部分も含めて。恐ろしいまでの演出だし、驚かされました。
──この作品はラブストーリーとも言えると思いますが、好きな恋愛映画はありますか?
僕は、恋愛ものはわりと好きでよく観ますね。一番好きなのがポール・トーマス・アンダーソンの『パンチドランク・ラブ』(02年)。主人公が、これぞ恋愛だという風に走っていくのが良くて。レオス・カラックスの『汚れた血』(86年)も走り出しますよね。
──ポール・トーマス・アンダーソンといえば、新作『リコリス・ピザ』(21年)でも主人公の二人が走っていますね。
すごく走っています。それがすごいと思います。“走る”というのは、とても映画的だと思います。小説では描けないというか。そういう映像的な表現は好きだし、共感しますね。映画の中で走りたいと常々思っています。それを横からカメラに追いかけて欲しい。
Photography by Takahiro Idenoshita
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『よだかの片想い』
原作/島本理生「よだかの片想い」(集英社文庫刊)
監督/安川有果
脚本/城定秀夫
主題歌/角銅真実「夜だか」(ユニバーサル ミュージック)
音楽/AMIKO
出演/松井玲奈、中島歩、藤井美菜、織田梨沙、青木柚、手島実優、池田良、中澤梓佐、三宅弘城
企画協力/グリック、SPOTTED PRODUCTIONS
制作プロダクション/ダブ
日本公開/2022年9月16日(金)新宿武蔵野館 ほか全国公開
配給/ラビットハウス
公式サイト
©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会