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2022.07.01 12:00

『アルピニスト』究極のクライマーの天才ぶりをアイスクライミング日本代表の門田ギハードが解説!

  • Fan's Voice Staff

知られざる究極のクライマー、マーク・アンドレ・ルクレールを追ったドキュメンタリー映画『アルピニスト』の最速プレミア試写会が6月29日(水)に都内で開催され、上映後にアイスクライミング日本代表の門田ギハード氏登壇によるトークイベントが実施されました。

門田ギハード氏

2020年にアイスクライミングW杯年間世界ランキングで日本男子の歴代最高位を更新する活躍を見せている門田氏。冒頭で本作の感想を求められると、「クライミングを題材にした映画は今までたくさんあったと思います。どれも“前人未到のルートに挑戦する”とか、“難攻不落のルートに挑む”など一流のクライマーがチャレンジする物語が中心で、胸が熱くなる物語だと思います。今回の作品は、主人公のマーク・アンドレ・ルクレールの日常を描く。彼は、冒険が日常にある。日常の冒険の度合いを高めていって最後にパタゴニアなど難しいルートに挑む。彼にとっては『前人未到のルートに挑んだ』など仰々しいものではない。それがただただ彼の日常。そういう風に描かれている。一人のクライマーとして見ると、正直うらやましいなと思いました」と率直な思いを吐露し、「彼が見ていた世界観は、僕らではぜんぜん分からない景色」と続けました。

映画に登場する多くの有名登山家らが「天才だ」と口々にコメントするルクレールについて、本作にも登場するドキュメンタリー映画『フリーソロ』(18年)が追った米ロッククライマーのアレックス・オノルドと比較して、門田氏は「オノルドは1,000メートルの断崖絶壁をロープ無しで登りました。そのとき彼は、登るために何回も何回もリハーサルして、何回も手と足を確認して登っている。マークの場合はリハーサルなし・命綱なしで登ってしまう。しかも、乾いた岩ではなくて、崩れるかもしれない氷とか、取れてしまうかもしれない岩をアックスだけで登ってしまう。見ていて『尋常じゃないな』と感じました」と、ルクレールの天才ぶりを解説しました。

さらに、映画のポスタービジュアルで切り取られたマークの姿を見ながら、「通常、この手の長さのルートを登るとき、一般的にリーシュというアックス落下防止のゴム紐を付けるんですけど、マークは付けていない。よほどの自信がなければこんなことできないです。たとえ命綱無しでも、僕ならリーシュを付けます。リハーサル無し、命綱無し、リーシュ無しでやっちゃうのは、どういうマインドなんだろうと気になります」とコメント。さらに「氷を登るとき、岩を登るとき、アックスを使うときには一般的にグローブを使うんです。グローブを使わないで氷点下の岩を触ったら、それだけでかじかんで動けない。マークは、なんでできるんだろう?それは不思議でした。素手でビックリしました」と、率直な印象を語りました。

一方で、ルクレールの天才的な感覚にも触れて、「勘違いしてほしくないのでは、若さの無鉄砲で、怖いもの知らずでやったわけではなく、とても綿密に計画して、相当練習を積んでやっている。彼は常に二歩先、三歩先をずっと考えながら登っている。登るときも、指で岩を軽く触っている。常に重心移動を考えながらやっている。常に冷静。それは培った経験や、恐怖心を制御できるマインドがあるからだと思います」とコメント。さらに「どんな状況でも、どれだけ平常心を保てるのか。例えば目の前、今ここ座っているところが、千メートル下に何もなかったらドキドキして、心拍数も上がっちゃう。それは怖いから。ここで落ちたら死ぬしかない。そうならないために、平常心を一定に保たないといけない。それが一番重要です」と、優秀なアルピニストの条件を挙げました。

さらにルクレールのソロで登攀する理由について、「彼は純粋に、一人で山を楽しみたかったのでは。一人で登って成果をアピールしたいとかそういうことではなく、純粋に山に向き合って楽しむ。楽しむためには一人がいいと彼は考えたのでは」と付け加えました。

冷静に難しいルートにアタックしている時には、「目の前のことだけに集中している」という門田氏。「集中をずっとしていると、どこかのタイミングで、目の前しか見えていないのに、その他のことが全て見えてくるような感覚があるんです。集中のその先、みたいな感覚です。すると、音とか雪崩の予兆が全くないのに『雪崩が来るな』と分かる。そこでちょっと避けたりして対策します」と、その研ぎ澄まされた感覚について明かし、「マークは日常からそういう感覚があったのではないかと思います」と推察しました。

マーク・アンドレ・ルクレール

本作は目もくらむような岩と氷の断崖絶壁をルクレールが登攀する様子を迫力に満ちた映像で捉えており、その撮影方法について尋ねられた門田氏は、「氷の裏からカメラマンが映り込まないように、別ルートから登って氷の裏に待機して、そこから撮るというのが一つあります。上、横、下、それから空撮。3パーティー、または4パーティーいると思います。それぞれ皆さんが登れる人じゃないといけないし、ロープ一本映り込んではいけない。カメラマンは全員、目立たない黒いウェアを着ていると推測できます。登るときは登ることに専念して、あとで荷揚げという形でカメラを受け取っているはずです」と説明。

さらに、マークがカメラクルーを置いて一人で難所を登ったシーンについて「(カメラマンの存在は)登っているときは全く気にならない。私もそうでした。ただ登る前、『こういうシーンを撮りたいから、先に行ってちょっと待ってね』とか色々言われて自分のリズムを崩されると、本当に嫌なんだろうなと思います」と推察し、「特にマークの場合は大掛かりな撮影で、『頭にGoProとかつけてくれ』といった、今までやりたくなかった指示があったと思います。自分の好きなペースだけで、自分の好きな山を、好きなスタイルで登りたいという考えだったと思います。だから登っている最中よりは、道中が嫌になって一人で行ったのでは」と見解を示しました。

一方で、劇中では直接描かれない、登った後にどのように降りてくるのかについて問われてると、「たいていは、ゆるい一般向けの登山道を降りてきます。パタゴニアみたいに反り立った険しいところでは、上に金具が打ってあって、そこにロープを通して、消防士が上から下へロープをつたうように、シューッと降りる。それを数回繰り返して下山する。僕も、氷壁に開けた穴に通した紐を使って下山することがあります。これ、何回やってもすごく怖いです」と解説しました。

門田氏は、劇中でルクレールが「登攀前は何が起こるかわからないので好きなものを食べる」と話していたことについて、「多くのクライマーは挑戦的なルートに挑むとき、どれだけリラックスできるかを考えると思います。彼は、インタビュー中も視点をずらしたり言葉を選んだりして相当緊張していたと思います。だから好きなものを食べてリラックスしていたんだと思います」と推測。

そして門田氏自身は登攀中に、「ボトルに柿ピーを入れています。口の中にザーッと流し込んですぐ登ります。コンパクトで、すぐ動ける。ゴミが出ない。そういう点でチョイスしています」と明かし、「某栄養補助スティックは口の中でパッサパサになってしまいますし、チョコレートのバーは雪山で噛むと歯が欠けますね(笑)。カッチンカッチンになるんです」と、客席の笑いを誘いました。

一人の天才的なアルピニストのストーリーを通して、山に魅せられる人々や、なぜ人は危険を冒してまで山に登るのかといった人生哲学にまで昇華させている本作。山に魅せられた一人である門田氏は、「『なぜ山に登るのか?』『何がいいの?』とよく聞かれます。正直、まだその答えはありませんし、分かりません。クライミングをやっている多くの人がそうだと思います。明確な答えがないからこそ登っているのではないでしょうか。答え探しですね。その答えが見えたときは、僕が山を離れるタイミングかもしれません。マークも『好きで登っている』と言っていますけど、彼もまだちゃんとした答えが見えていなくて登り続けていたのかな、と少し感じました」と天才クライマーに思いを馳せ、イベントを締めくくりました。

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『アルピニスト』(原題:The Alpinist)

出演/マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド ほか
監督/ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作/レッドブルメディアハウス
2021年/英語/アメリカ映画/G/93分/ビスタ

日本公開/2022年7月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ 他全国公開
配給/パルコ ユニバーサル映画 
公式サイト
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