Column

2022.06.27 18:30

【単独インタビュー】『神は見返りを求める』で吉田恵輔監督が描く、愚かだけれど愛おしい人間たち

  • Atsuko Tatsuta

※本記事には映画『神は見返りを求める』のネタバレが含まれます。

主演にムロツヨシ、共演に岸井ゆきのを迎えた吉田恵輔監督最新作『神は見返りを求める』が6月24日(金)に公開されました。

イベント会社に務める田母神(ムロツヨシ)は、合コンで底辺YouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)と出会い、彼女のYouTubeチャンネルの再生回数を増やすために無償で手伝うようになる。そんなある日、ゆりちゃんは田母神の同僚・梅川(若葉竜也)の紹介で、人気YouTuberのチョレイとカビゴン(吉村界人、淡梨)と知り合い、一緒に“体当たり系”コラボ動画を配信。それが“バズった”ことにより、人気YouTuberへとのし上がっていく。お人好しでダサい田母神は、徐々にゆりちゃんに疎んじられるが、ある日“豹変”し──。

昨年公開された『BLUE/ブルー』と『空白』で、第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞監督賞を受賞、第76回毎日映画コンクール脚本賞を受賞するなど、キャリアの成熟期を迎える吉田恵輔監督。無骨な社会派映画『空白』後の新作のテーマは、“見返りを求める男”と“恩を仇で返す女”の一筋縄ではいかないラブストーリー。YouTuberという今日的なモチーフを軸に、吉田ワールドを拡張する新作に込めた思いをお聞きしました。

──表立ってSNSをされていない吉田監督がYouTuberをテーマにしたというのは意外だったのですが、ご興味を持ったきっかけは?
自分でやるのには興味はないけど、人がやっているのを見るのは好きです。そんなにたくさん見ているわけではないけどね。YouTuberって変わり者系の巣窟のように見えて、そういう人たちには興味があります。

──そうしたYouTuberの世界と恋愛を組み合わせようと思った理由は?
最初はYouTuberをやろうと思っていたわけではなく、“見返りを求める男”と“恩を仇で返す女”の人間関係を描く作品を作ろうと思っていました。それは音楽の世界でも映画の世界でも、サラリーマンでも良いと思っていたけど、それだとなんとなく面白味に欠けるかなと考えていた時に、YouTuberなら良いかもと思って、YouTubeについて勉強をし始めました。

──“見返りを求める男”と“恩を仇で返す女”という人間関係は、身近に“あるある”なテーマで、古典的なモチーフともいえますよね。実体験から来たものですか?
恋愛ではないけど、実体験としてありましたね。当事者が読んだらブチ切れると思うから実例は挙げませんが、僕にとっての“ゆりちゃん”はいますよ。甘え上手で、気がついたら僕の悪口を陰で言っているような人。でも、“見返りを求める男”と“恩を仇で返す女”という関係性は、そこら中にあります。男女間でなくとも、男と男でも、女と女でも。でも、より根深そうだと思い、男女の恋愛関係を絡めました。

──YouTubeやYouTuberに関するリサーチはどのように行ったのですか?
みんながどこまで過激なことをやっているのかなど、リサーチしましたね。どこまでやったらバンされるのか(動画が削除されるのか)や、アカウントが消されたりするのはどういう場合なのか、とか。例えば、映画にもちょっと出てきますが、ボディペイントの場合はどれくらいなら許されるのか、とか。YouTuberにバンされないための対策を聞いたりしました。

通報されるだけではなく、AIで自動的に弾かれたりもするし、刻々と変わっているので、今はまた基準が違うかもしれませんが。ガーシー(東谷義和)とか、もっとすごいのが出てきてもバンされていないから、“ゴッティー”(映画に登場するYouTuber)のようなのもあり得るのではないかと思います。

──ゆりちゃんは、ブレイクしたことでかなり嫌なヤツに変わっていきますが、YouTuberに限らず、SNSでフォロワーが増えて人気になると、人間性が変わってきてしまうというイメージがあります。ただ、成功して人が変わるというのはよく聞く話で、SNS時代ならではという点は、どのように考えられましたか?
「リアルタイム感」ですかね。例えば、映画俳優だと、1つの作品でスターになったと言っても、それは実際の撮影から1年くらい経った後のこと。でも、SNSだとリアルタイムでコメントが来て、その影響を受けて、どんどん調子に乗っていきます。とにかく人気が出るスピードが圧倒的に早い。ミュージシャンが、1曲で“最寄りのコンビニでもオレの曲かかってる”みたいに急に売れることはあるけど、それでもそれなりの時間がかかっています。YouTuberは、基本は自分で勝負しなければならないでしょう?だから、ファッション、メイク、喋り方などの変化が早い。どんどん吸収し、変化していく。付き合う人も変わるし、そうすると、人間性が変わるのも早いのではないかと思います。

──物語の後半に進むに連れて、どんどん吉田ワールドに突入していきますね。特に衝撃的なラストは、最初から決めていたのですか?
ゆりちゃんがどうなるかは、なんとなく見えていました。“恩を仇で返す”けれど、最後はさりげない、感謝の言葉で終わりたいなと思っていました。田母神については、もうちょっと含みを持たせて終わりたいと思って、あのような後味の悪い終わり方になりました。匿名性の危なさのようなものに警鐘を鳴らすというか。後味は悪いけれど、見上げると空は青く、清々しい。そういった相反するものを共存させたかった。僕自身も、それが(終わり方として)正解かどうかはわかりませんが。

──ゆりちゃんは、最後には自分の田母神への行いについて反省したのでしょうか?
気づいただけでしょう。火傷してあんな風になったから。YouTuberとしてのゆりちゃんの成功が祭りみたいなものだとしたら、派手に踊っていても、終わっちゃった途端にみんなすっといなくなってしまう。ゆりちゃんには、その現実に気づいて欲しかった。でももしYouTuberとして復活したら、また変わってしまうかもしれませんが。

──田母神も単に“良い人”で終わらないのが吉田さんらしいなと思いました。人間が酷い面を持っているというのは、吉田さんの持論なのでしょうか?
人間の8、9割は酷いことだらけ…というか、酷いことの方が目立つでしょう。でも、愚かだけれど人って愛おしい──そういうところを映画で観たいと僕は思います。例えば、僕は鈍感だから、優しさや愛といったものは、キツイ状況でないと感じられないんです。痛みを相当食らった後に転がってきた飴玉の甘さはわかるけど、普段からあるとわからない。

──田母神はそんな残酷な人間に追い込まれるわけですが、彼はリアルのジョーカーのように見えました。ホアキン・フェニックスが演じた「ジョーカー」はカリカチュアされたものでしたが、田母神も、彼と同じような道を辿ります。人の良さ故に利用され、踏みにじられて、爆発する。でもそうしたことは、事件を起こすに至らなくても、現実にはいろいろなところで日常的に起こっている。そういうリアリティがありますね。
事件を起こした人は、その後の周囲へのインタビューなどを聞くと、たいてい良い人で、「そんな事件を起こすような人だと思わなかった」と言われていることが多い。おそらく、本当にそうなのだと思います。僕も実際に会ったら、「えっ、本当にこの人が?」と思うだろう、と。ということは、人間にはおそらくそういう“ジョーカー的”なところがあるのではないかと思います。悪事を働く人がもとから悪い奴なわけでもなく、良い人と思われていたのが豹変するなんてことはいくらでもある。ホアキン・フェニックスが演じたジョーカーは、もともと精神疾患を抱えていたという設定だったけど、“お前だってジョーカーになる可能性があるよ”ということも言いたかった。

──周囲にいる人の優しさの欠如が、そんな人たちの爆発を誘引することもあります。それは社会に今、問われていることでもありますよね。
SNSとかでもすぐに集中砲火されて、炎上したりする。映画業界でも監督が叩かれていたりもしますけどね。僕は、こういう状況が収まる気がしないというか、もっと良くない方向に行っているような気がなんとなくします。例えば、SNSでそういう書き込みをする人はおそらく1割とかそれくらいで、9割以上は普通の人。9割の人は、書いたら火傷するから書かない。ただ、1割の人が書いたネガティブなものの方が目立ち、そういうものを目にしていると、残りの9割の人たちも毒されていく可能性もあります。

いじめに関しても、昔からあったけれど、SNSの時代ではそれがより膨らんで見えます。いじめの質も変わってきてしまったし。誰かに向けて「死ね」と書いても、正義感があれば許されると思うのかもしれないけど、それはいじめと同じ発想だということに気づかない。だから、僕は一切SNSはやらないのですがね。加担したくないし、巻き込まれたくない。仲介役にされるのも嫌だし、発言を切り取られて使われるのも嫌だし。

──見ようによってはゆりちゃんに都合よく利用されてしまうお人好しの田母神ですが、彼の人物像はどのように設定したのですか?いじめられっ子的な立場として描こうとしたのでしょうか?
田母神のような“いい人”は、割と日常的にいると思います。その人がいない時に、話題が出ない人。なぜなら、あまり面白くないから。良いヤツだけど、良いヤツって面白くない。いないところで話に出る人というのは、面白いけれど、実は嫌われていたりします。でも、映画の登場人物としてそちらの方が魅力的。田母神みたいな人は面白くないから、本来なら映画の登場人物としては相応しくないのだけど、そういう奴こそ、キレたらスゴいと思いました。

──ムロツヨシさんと岸井ゆきのさんの出演が決まり、ストーリーに影響を与えたところはありますか?
感情表現をオーバーにやってもいいかなと思いましたね。この二人は、見た目的にもキャラクター的にも嫌悪感を抱き難い。“本当にこの人気持ち悪い”というキャラクターでも、この二人が演じると、許されてしまう。なので、脚本で少し盛って書いても、観客がキャラクターから離れていかないのではないかと思いました。岸井さんにも、「こういう女嫌い!」とまでは行かず、「面白い!」という方に変換できるくらいの愛嬌があります。

──キャスティングのポイントもそこだったのですか?
二人がやることはかなり重いし、感情の嫌な部分を露出する部分も長いので、どこか愛嬌のあるルックスやキャラクターの人が良いと思っていました。

──岸井さんにはどのようにお願いしたのですか?
脚本を送ったら承諾してくれたので、特に何か説明したわけではありません。演じる側とすれば、“変わる”役は基本的に面白い。一つの映画で、“良いゆりちゃん”と“悪いゆりちゃん”という2つのキャラクターを演じられるし、変化のグラデーションを調整するという面白さもあります。やりがいもあるし、変化の強弱だったり、プランを考えたりするのも楽しい。僕の場合は、オーディションでもそういうシチュエーションを演じてもらうことが結構多いですね。“楽しい”から“怖い”への感情のグラデーションを演じてもらったりします。

──ムロさんのキャスティングの決め手は何だったのですか?
実は、『空白』の後だから、ちょっとポップな匂いのするものを撮りたいと思っていたんですね。

──『空白』は吉田監督にとって、重かったのですね?
重かったですね。『空白』は、精神的に吐きながら脚本を書いていたので、次の作品はもうちょっとポップなものを書かないと、僕のメンタルが持たないと思いました。なのでその反動でちょっとおバカなものをやりたいと思った時に、ムロさんはそういうのが上手いだろうと思いました。ムロさんはシュールな役をあまりやってきていないので、そういった部分を掘り下げたいという気持ちもありました。

──岸井さんやムロさんに役作りでやっていただいたことはありますか?YouTuberについて研究するとか?
いや、僕からは何も言っていませんね。でも岸井さんには、一輪車に乗りながらナポリタン食べられるように練習してもらいました。実は脚本段階では、「キャスターボードに乗りながらナポリタンを食べる」と書いていたのですが、僕とスタッフ、それから岸井さんが乗ってみたら、無理だということがわかった。家の近所とかで子どもたちが普通に乗っているけど、大人は無理。岸井さんが、「これ、無理な気がします。でも、一輪車なら子どもの頃に乗っていたので、乗れるかもしれません」と言ってくれて、一輪車になりました。あと、踊りのシーンがあったので、ダンスも練習してもらいましたね。

──着ぐるみのジェイコブの存在感がすごいですが、着ぐるみは、YouTuberのメタファーだったのですか?
メタファーという感じというよりも、なんとなく、どうでもいいゴミみたいなものが燃えていくように胸が苦しくなる、という感じが良いなと思いました。ジェイコブは、会社の倉庫にあった、ゴミみたいな汚い着ぐるみでした。でも、ゆりちゃんがYouTuberで売れた時に、お世話になったものとして、人形供養のように燃やされます。そこで胸が締めつけられるのだけど、最後には、ゆりちゃん自身が燃える──。早い段階から、ジェイコブとゆりちゃんが何かしているというイメージはありましたね。

──ゆりちゃん自身までが“燃える”シーンは衝撃的でした。
ガチ炎上ということです。直球の、洒落にならない。動画制作や実験動画で、なめてかかっていい加減に準備して、死亡事故につながるというケースは結構あるんです。危ないものの方がバズるというのも事実ですが、アイスバケツチャレンジくらいにしておかないと。

撮影の様子

──YouTubeでは「ファスト映画」が問題となり逮捕者まで出ていますが、映画制作を長く続けられている監督として、新しい動画サービスについて思うところはありますか?
正直僕は、次世代のコンテンツに関しては、楽しみというだけですね。それが主流になって映画が衰退していくなら、それはそれで良いのでは、と思います。映画の方が優れているという傲慢な気持ちもありません。これまでも、TVが普及して、映画よりもTVの視聴者の方が多くなったりした部分もありますし。自分の作品がファスト映画にされてしまうのは嫌だけど、でも、もはやそれすらも意味がなくなるのではないかな、と思います。

自分がやるかどうかは別として、配信サービスがどうなっていくのかについては興味があります。でも、映画館にこだわっている監督がいなくなってしまうのも、寂しいですね。

──先ほど、『空白』の後なのでポップなものを作りたかったという話がありましたが、本作を撮ったことでヒーリング効果はありましたか?
不安しかなかったですね。またここに戻ってきてしまったか、と。『空白』はある意味、評価してもらおうという目標のもとに作っている部分もありました。結果もある程度出てくれたし、それはまあ良かった。でも、自分だけが楽しければ良いという“オナニー映画”の制作に戻るのは、結構怖いことなのだなと思いました。自分が満足する物語を書いたり撮ったりしたいという欲求は、映画を作る上での根幹ですけどね。昔は根拠のない自信があったのでそういう作品が撮れたけど、経験を積み重ねると、それが怖くなります。なので今回は、ドキドキしながら撮っていました。

──撮っていて最も面白かったシーンは?
自撮り棒で、ゆりちゃんと田母神がつばぜりあいをしているところ。あそこは美しく撮りたかった。しょうもない、バカの極みのような行為だけど、なぜか美しい。脚本には「美しい」と書いてあったのですが、「こんなシーンがなぜ美しんだよ!」と、撮影の時はテンションが上がりました。日が沈んでいく間際の綺麗な瞬間があって、あわあわしながら撮りましたが、熱量がありましたね。

Photography by Takahiro Idenoshita

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『神は見返りを求める』

監督・脚本/吉田恵輔
出演/ムロツヨシ、岸井ゆきの、若葉竜也、吉村界人、淡梨、栁俊太郎
主題歌/空白ごっこ「サンクチュアリ」
挿入歌/空白ごっこ「かみさま」(ポニーキャニオン)
音楽/佐藤望
企画/石田雄治
プロデューサー/柴原祐一、花田聖
制作プロダクション/ダブ
2022年/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/105分/デジタル

日本公開/2022年6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷、渋谷シネクイント他全国公開!
配給/パルコ
公式サイト
©︎2022「神は見返りを求める」製作委員会
※吉田恵輔の「吉」は“つちよし”が正式表記