Column

2022.06.21 12:30

【単独インタビュー】『PLAN 75』磯村勇斗が考える高齢化社会における若者の目覚め

  • Atsuko Tatsuta

新鋭・早川千絵監督の長編デビュー作にして、5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭で見事カメラドール(新人監督賞)スペシャルメンションを授与された『PLAN 75』。高齢化社会が深刻化する日本を舞台に、命の重さ、生きることの意味を問う野心作です。

75歳以上が自らの生死を選択できる制度〈プラン75〉が施行された近未来の日本。78歳のミチ(倍賞千恵子)は仕事と住むところを失い、〈プラン75〉を利用することを決意。ミチをサポートすることになったコールセンターの瑶子(河合優実)は、電話を通じてミチを交流するうちに親しくなり、規則を破ってミチと直接接触する。一方、〈プラン75〉の窓口担当のヒロム(磯村勇斗)は、実務を淡々とこなすなか、疎遠なっていた伯父が制度を申し込もうとしていることを知り──。

脚本を読み、そのテーマの重さに心を動かされたというヒロム役の磯村勇斗は、本作がワールドプレミアされたカンヌ国際映画祭に参加。プレミア上映後の興奮が冷めやらぬカンヌ現地で、Fan’s Voiceのインタビューに応じてくれました。

──『PLAN 75』の公式上映を終えたばかりですが、カンヌ映画祭に初めて参加してどのような感想をお持ちですか?
この映画を世界の人たちと観るのは初めてだったので、光栄でしたし、観客の方の反応を見ながら映画を観るのは、少し緊張しました。ドキドキしながら観ていましたが、とても良い経験をさせていただきました。皆さんの反応を見ていると、世界には映画を愛している人たちがこんなに大勢いるのだと改めて感じ、自分ももっと頑張れると思いました。

カンヌ国際映画祭は自分にとってまだまだ遠い存在だと思っていました。でも、是枝(裕和)監督や濱口(竜介)監督といった日本の監督が活躍する姿を見ていて、チャンスがあれば参加したいなという願望はあったんです。と言っても、(この作品を)撮影している時は、まったく想像もしていませんでした。今年の1月にはまだ撮影していましたからね。数ヶ月後の今、カンヌにいることに驚いています。

──カンヌに来ている人々の映画愛を感じたのはどんなところからですか?
映画を観る姿勢が、皆さん良い意味で貪欲だなと。映画に対してきちんと反応する。気に入れば表情や言葉に出すし、気に入らなければ席を立って出ていってしまう。早川監督もおっしゃっていましたが、この映画は10人観たら10人に受け入れられる作品ではないと思います。率直な観客の反応を生で見られたのはとても貴重な経験でした。

──『PLAN 75』は、倍賞千恵子さん演じるミチの視点からだけではなく、磯村さんが演じたヒロムや河合優実さん演じた瑶子など若者の視点からも、高齢者社会を見つめた作品です。冒頭には、若者が施設を訪れ高齢者を殺すという衝撃的な描写もあります。この高齢者社会というテーマに関してはどのように受け取りましたか。
脚本を読んだ時に直感的に、これはやらなきゃダメだ、絶対に演じたいと思いました。それぐらい『PLAN 75』の着眼点が胸に響きました。死生観も含め、観る人によって受け取り方が変わってくる題材ですよね。ラストでも明確な答えは出していませんが、観客の方に委ねる余白のようなところが美しいと思いました。ディストピア映画的な側面もありますが、現実感もあり、僕の好みでもあります。

実は、『PLAN 75』のお話をいただく前から、日本の高齢化社会に対して考えていたんです。日本はこの問題をどう解決していくのだろうと思っていた時期でした。冒頭で描かれたような過激な思想はありえないと思いますが、高齢者社会では、若い世代にかかる負担も大きく、高齢者の分まで働かなければならならないという側面もあります。ヒロムは若い世代の代表という立場でもあると思いますが、自分が抱いているそうした問題意識も役に取り入れて、演じようと思いました。

──2018年に早川監督がお撮りになった短編の方もご覧になりましたか?
はい。短編の作り方はドキュメンタリーに近いリアルな感じがしましたし、早川監督がどういったものが好みなのか、イメージできました。

──ディストピア的な面とおっしゃいましたが、磯村さんとって、この映画は希望はありますか?
ありますね。あるからこそ、この映画に参加しました。特に、最後の倍賞さんの背中。あれが見られただけでも、この作品に参加して良かったと思えました。その部分の受け止め方も、きっと観る方によって異なってくると思いますが。

──「若者の視点」もこの映画にとって重要な部分ですが、演じるにあたって、ヒロムという青年をどのように解釈しましたか?
ヒロムは、〈プラン75〉に対して思っていることに、無意識のうちに蓋をしてしまっているのではないかと思います。“作業”として〈プラン75〉の担当者の仕事をしている。おそらく、深く考えてしまったら、自分が仕事を続けられないだろうという危機感もあると思います。それが伯父さんと出会うことで、閉じていた蓋が徐々に開き始め、葛藤が生まれる。父親の兄という身内が〈プラン75〉という制度を使って、自ら死を選ぶという現実に向き合った時に、ようやく怖さを感じ、人間的な考えが芽生えて来たのだと思います。

──その辺りの感情の変化が見事でした。
ありがとうございます。でも、自分自身、どう演じて良いのかわからない時もあり、そんな時は監督と話し合いながら、ひとつひとつ細かく演技を積み上げていきました。監督の作品にどう染まれるのか、というのが俳優の仕事だと思っています。監督の描く世界に、自分が近づきたい。そう思いながら、ヒロムと向き合っていた気がします。

──早川監督はこれが初長編作ですが、一緒に仕事をしてみて、どんなところが魅力だと感じましたか?
早川監督は俳優に対する接し方が親切で丁寧で、本当に信頼できる環境を作ってくれました。それは俳優間だけでなく、スタッフ間のやりとりを見ても、愛される人柄が素敵で、一緒に仕事をしたいなと思わせてくれる力がある方だと思いました。早川監督とまたディスカッションをしたいし、一緒に映画を作りたいと思います。

──大ベテランの倍賞さんと共演した感想は?
倍賞さんが演じたミチは、目がとても魅力的だと思いました。倍賞さんが生きてきたものが、すべてミチという役に投影されているような気がするほど、自然に見えました。背中で人生を語っているような。役者としてたどり着く場所はここなのかと肌で感じました。

──本作は日本で撮影していますが、フランスを始め海外の資本も入っています。撮影中はその影響を感じていましたか?
特にフランス的な部分は感じませんでしたが、英語が飛び交っている現場でしたし、(フィリピン出身の)ステファニー・アリアンさんもいたりと、国際的な雰囲気はありました。海外も視野に入れているという意識はありました。

左より)早川千絵監督、磯村勇斗、ステファニー・アリアン、水野詠子(プロデューサー)、Jason Gray(プロデューサー、脚本協力)/カンヌでの公式上映にて © Kazuko Wakayama

──シンガポール在住の撮影監督、浦田秀穂さんによる撮影も素晴らしく、ビジュアルのクオリティの高さも高評価の理由だと思いました。
それは現場でも感じていました。撮影監督の浦田さんの画の切り取り方をモニターで見ていて、日本映画のように感じられませんでした。浦田さんはシンガポール在住ですが、どちらかというとヨーロッパ的な感覚に近い気がして、だから面白い画がたくさん撮れるんだろうと思いました。同時に、浦田さんに撮ってもらう毎日が楽しかったですし、出来上がりを見るのも楽しみでした。

──素晴らしい作品になったわけですが、今回のプロジェクトで学んだことは?
脚本の重要性を感じました。良い脚本には、良いスタッフと良い俳優が集まることを実感しました。そしてそれが良い作品を生む。ひとつの方程式のようなものかな、とも思いました。

それにプラスして、早川監督の人柄。みんなが早川監督を支え、応援していく姿勢がスタッフにもあって、お互いにリスペクトし合っている現場というのは、今の、そしてこれからの日本映画界においても重要なことだと、今回の現場でより強く感じました。

日本に帰ってからは、さらに役者として力をつけて、またカンヌに来たいと思います。それから、この映画に参加できなかったら、カンヌには来られなかったので、声をかけてくださった早川監督には感謝しています。早川監督との出会い、倍賞さんや共演者の方、浦田さんを始めスタッフの方々など素敵な出会いが詰まっていたなと思います。

──今年のカンヌには、是枝裕和監督もコンペティション部門で『ベイビー・ブローカー』が選出されていますが、そちらは韓国で製作された韓国映画です。韓国映画のパワーとその注目度は、今年のカンヌではとても感じられると思います。
ポン・ジュノ監督が米国アカデミー賞を獲ったときに、僕はとても嬉しかったです。アジアの仲間として、韓国映画がアメリカで認められるのは、かなりすごいことでした。特に韓国は、映画やドラマに国自体が力を入れているし、日本が追い抜かれているのではないかと思う部分もあります。韓国が一歩抜き出ているところ見て、日本は“マズイぞ”と思わなければいけません。それが刺激になって、良い作品を生む活力になればと思います。韓国の俳優が世界に知られてくると、こんなに国としては近いのに、なぜ日本はそうならないのかと悔しい部分はありますが、韓国映画からは学ぶべきところはあります。

一方で、日本のオリジナリティも大切にしていかなければなりません。是枝監督ほか最前線で闘っている人たちがいることは、僕たちにとっても心強いですし、そうした意志をしっかりと受け継いで、一緒に盛り上げていかなければと思っています。

──カンヌでは他の映画を観る時間はありそうですか?
明日の朝には帰国するので、ないんです。昨日の夜に着いて、2泊しかできません。それでも来た甲斐はありました。街の雰囲気と、映画祭を楽しんでいる人を見られただけでも十分です。それに、自分が参加している作品が上映され、レッドカーペットを歩かせてもらったのは、一生残る思い出になりました。

© Kazuko Wakayama

──磯村さんは映画やドラマで大活躍されていますが、普段はどんな映画を観ているのですか?
社会的なテーマを扱っている作品が好きです。それから、ラース・フォン・トリアーのような精神がおかしくなりそうな作品も。どちらかというと、内容がわかりやすいものよりも、わかりにくいものの方が好きかもしれませんね。答えを与えてくれるというより、ちゃんと余白を作っている映画が好きです。

今回のカンヌのコンペに選ばれているダルデンヌ兄弟も好きですね。あとレオス・カラックスも。(最新作の)『アネット』も好きでした。アダム・ドライバーが好きなんです。でも、映画の世界に興味を持ったきっかけは『スター・ウォーズ』なので、壮大なSFも好きです。ハリウッド映画に限らず、ヨーロッパ映画もインド映画もなんでも観て、映画の可能性ついて自分なりに探求しています。

──観る映画を選ぶ基準は?
カンヌなど映画祭の賞を獲ったものも観るようにしていますが、単純にポスターだったり、あらすじを読んで、扱っているテーマに興味を持ったものを観たりしますね。

© Kazuko Wakayama

──ポスターはどういうものに惹かれますか?
シンプルなのが好きです。それだけで伝わると言うか。正直、俳優が全面に写っていなくても良いと思う方です。日本のポスターはガチャガチャしていることが多いように思います。ヨーロッパの方がシンプルというか、ポスターもひとつのアートとして捉えているようなところがあり、好きです。日本版と違う場合も多いですよね。

──先ほどアダム・ドライバーの名前が出ましたが、仕事の仕方や作品選びなどで尊敬している俳優はいますか?
自分の個性を大事にしたいので、特にこうなりたいと思う人はいないのですが、松田優作さんやアダム・ドライバーは好きですし、刺激を受けます。とにかくカッコいい。『スター・ウォーズ』が好きで、アダム・ドライバーが好きなのも、カイロ・レンから入っているんです。『スター・ウォーズ』のような大作に出る俳優がアート映画やドラマでも活躍しているのは素晴らしいと思います。ユアン・マクレガーもそうですが、そんな風に様々な作品に出られるのは、作品選びのセンスが抜群で、柔軟に演じ分けているからですよね。オールマイティに演じられる人。カッコいいなと思います。

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『PLAN 75』

世界でも速いスピードで高齢化が進んできた日本では、超高齢化社会に対応すべく75歳以上の高齢者が自ら死を選び、それを国が支援する制度〈プラン75〉が施行されることになった。制度の運用開始から3年──〈プラン75〉を推進する様々な民間サービスも生まれ、高齢者の間では自分たちが早く死ぬことで国に貢献するべきという風潮がにわかに広がりつつあった。
夫と死別後、ホテルの客室清掃の仕事をしながら、角谷ミチ(78歳)は⻑年⼀⼈で暮らしてきた。市役所の〈プラン75〉申請窓⼝で働いている岡部ヒロムや申請者のサポート業務を担当する成宮瑶子は、国が作った制度に対して何の疑問も抱かずに、業務に邁進する日々を送っていた。また、フィリピンから出稼ぎに来ていたマリアは高待遇の職を求め、〈プラン75〉関連施設での仕事を斡旋される。ある日、ミチは職場で高齢であることを理由に退職を余儀なくされる。職を失い、住む場所さえも失いそうになったミチは〈プラン75〉の申請手続きを行うか考え始め──。

出演/倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美
脚本・監督/早川千絵
脚本協力/Jason Gray
企画・制作/ローデッド・フィルムズ
製作/ハピネットファントム・スタジオ、ローデッド・フィルムズ、鈍牛俱楽部、Urban Factory、Fusee

日本公開/2022年6月17日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
製作幹事・配給/ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
© 2022『PLAN75』製作委員会 / Urban Factory / Fusee