Column

2022.06.17 21:00

【単独インタビュー】『エリザベス 女王陛下の微笑み』ケヴィン・ローダー

  • Mitsuo

生誕95年、在位70周年を迎えた英国君主エリザベス2世の初の長編ドキュメンタリー映画『エリザベス 女王陛下の微笑み』が6月17日(金)より全国公開されます。

女王陛下の子ども時代から大人になるまでの軌跡、何百にもおよぶ花束を受け取る姿、何千もの人々と握手する姿──1952年、25歳の若さでエリザベス2世として即位したその類いまれなる人生と旅路を、90年以上にもおよぶアーカイブ映像を使って映し出す本作。ザ・ビートルズ、ダニエル・クレイグ、マリリン・モンローらスーパースター、歴史に残る政治家、錚々たるセレブが華を添える貴重な映像や楽曲も満載。既視感のある王室ドキュメンタリーとは異なる、愛すべき作品に仕上がっています。

監督は、ヒット作『ノッティングヒルの恋人』(99年)などで知られ、昨年9月に急逝したロジャー・ミッシェル監督。新型コロナウイルスによって次回作の撮影機会が奪われてしまった時に、「ドキュメンタリー作品を作ろう」とアイディアの一番手に挙げたのが女王陛下でした。「エリザベス女王はまさにモナ・リザだ。誰もが知っている圧倒的存在。ビートルズよりもはるかに有名で、“お城に住むお伽話の主人公”。でもその存在感にもかかわらず、実態はベールに包まれていて、私たちは彼女を永久に知り尽くすことはできなかった」と語る監督が、誰も見たことのない“素顔の女王陛下”の魅力を、深い愛と畏敬の念をもって描き出しました。

製作を手掛けたケヴィン・ローダーは、『ヴィーナス』や『ウィークエンドはパリで』、『レイチェル』など10本超の映画をロジャー・ミッシェル監督と共に送り出してきた盟友。これまで手掛けてきた長編映画は、アーマンド・イアヌッチ監督の『In the Loop』『スターリンの葬送狂騒曲』『どん底作家の人生に幸あれ!』や、サム・テイラー=ウッド監督『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』、ニコラス・ハイトナー監督『ミス・シェパードをお手本に』など多数。現在は、ヒュー・ローリーらが出演するHBOのTVシリーズ『Avenue 5』の製作に携わっています。

日本公開に先立ち、プロデューサーのケヴィン・ローダーがオンラインインタビューに応じてくれました。

──コロナ禍で撮影が出来なくなり、ドキュメンタリーを作ろうとなった時に、ロジャー・ミッシェル監督がエリザベス女王を題材にしたいと言ったことがこの企画の始まりとお聞きしています。あなたは、どの段階でこのプロジェクトに関わったのですか?また監督は、エリザベス女王の何に興味を持っているとおっしゃっていたのでしょうか?
この企画についてロジャーが最初に相談した相手が私なので、始めから関わっていたと言えると思います。私が最初に尋ねたのは、これまでの王室ドキュメンタリーとどのように差別化するかということ。イギリスでは王室に関するドキュメンタリーが毎週のようにテレビで放送されていて、 映画館に行ってまで観たいと思ってもらうには、非常に異なったものにする必要がありました。この映画は何を提起するものなのか、人々の注目を引きつける新たなポイントはどこなのかといった、アプローチに関する話を最初にしました。アーカイブ映像を実際に見たり、取り寄せたりする前の段階でしたが、そうした映像素材は膨大な量が存在するため、不足することはないと思っていました。

ロジャー・ミッシェル監督、ケヴィン・ローダー(プロデューサー)

ロジャーの監督ステートメントにもある通り、アーカイブ映像を使って何を題材にドキュメンタリーを作ろうかと考えた時に、ロジャーはすぐさま女王陛下を提案しました。ある意味では、最も明白な題材だったと思います。女王陛下は世界で最も有名な女性だし、特にイギリスに住んでいれば、紙幣や硬貨、切手をはじめ、周りには様々なところに女王陛下の姿があって、その姿から逃げることはできないほどです。しかも多くの人にとっては、生まれた時からずっとです。なので、アーカイブ映像を使った新しいドキュメンタリーを作るのには、適した題材だと思えました。これまでは、女王陛下を題材にすると大胆な作品にするのは難しいという理由で、避けられていたのかもしれません。でも、ロジャーが「女王陛下」と言った途端に、「そうだ、大胆な作品にしよう」と思えました。

──本作は年代順に追うのではなく、トピックスでまとめた章立てが素晴らしくまたユニークで、他にはないドキュメンタリーに仕上がりました。膨大なアーカイブ映像から、どのようにこれらの映像を選んでいったのでしょうか。最初に脚本があり、そのストーリーに従って選んでいったのですか?それとも、アーカイブを見た後に、構成を考えたのでしょうか?
最初に脚本はなく、アイディアがいくつかあるような状況でした。例えば、大勢の首相らと握手をしている映像を入れようとか、時間を遡るような部分もあると良いね、と。アーカイブ素材を一切見る前の段階でしたが、膨大な量の映像があることはわかっていたので、素材には困らないだろうと思っていました。時系列に沿って構成しないこと以外は、どのように映像を整理していくかも、作品の構成も、その時はまだまったく考えていませんでした。

それで映像を見始めたら、素材に自然と互いを引きつけるような力があったというか、なんとなくこれはこれだよねとグループ化することができ、カテゴリーのようなものがはっきりと見えてきました。そして、それに合う映像をさらに探すというやり方もできるようになりました。膨大な時間がかかりましたがね。各章の内容が固まってからは、どのような順序で観てもらうのが自然かを考えながら、構成を決めていきました。

──実際にどれくらいのアーカイブを見たのですか?
本当に長い道のりでした。ロジャーと編集を担当したジョアンナは、おそらく何百時間もの映像を見たと思います。私は数十時間ほどだったと思いますが、過去のドキュメンタリーやニュース映画などを見ました。イギリスをはじめオーストラリアやカナダ、アメリカ、それからアジアと、本当に世界中あらゆるところから素材を探してきたので、大変でした。

──使用許諾を得るのが最も大変だった映像は?
この映画には、王室が権利を所有していたり管理している映像が多く使われているので、バッキンガム宮殿の方々と話をする必要がありました。特にそれが困難を極めたというわけではありませんが、きちんと話をして、私たちに素材を見せてもらうように説得して、完成した映画を観てもらい、許諾を得なければなりませんでした。彼らがこの映画のことをよしとしているかはわかりませんが、映像の使用に関しては許可してもらえたので、その点は良かったと思っています。

また時には、細かな事務的な部分が大変になることもあります。例えば映画の冒頭で、ロビー・ウィリアムスが「Let Me Entertain You」を歌っている映像では、大勢のミュージシャンが映っているため、許諾を取る人数もそれだけ多くなります。軍楽隊、バックコーラスの方々、そしてロビー本人。しかも撮影された場所は、バッキンガム宮殿。というわけで、皆さんが想像するのとは別のところで手間がかかっているようなこともあります。

──音楽の話が出ましたが、楽曲の使い方がとても素晴らしいですね。ナレーションを入れずに、音楽によって、監督の意図を語らせています。ロックを中心としたこの音楽は、どの段階で選曲したのですか?
多くの場合は、映像を構成していく途中で曲も選び、それに合わせて映像をカットするという形でした。例えば、競馬のシーンでフレッド・アステアの「Cheek To Cheek」が流れますが、もともと競馬のシーンを入れるつもりで映像を構成し始めていて、途中でこの曲を選び、その後に曲に合わせて映像をカットし直しました。

一方で、1965年にビートルズが大英帝国勲章を受けた時の映像を、「ノルウェーの森」に合わせて入れようという案は、最初から考えていました。ですので、先に曲が決まっていたところもあれば、音楽と映像が同時に決まったり、後から音楽が決まることもありましたし、最終的な曲が決まるまで別の曲を試したところも数ヶ所ありました。

──使いたかったのに許諾がとれなかった楽曲はありますか?
はい。セックス・ピストルズの「God Save the Queen」。ちょうど最近、ダニー・ボイルが彼らの伝記ドラマを作ったのですが、そこでの楽曲使用について彼らは酷い内輪揉めをしているところです。本作でもメンバー全員の同意が必要だったのですが、確かジョン・ライドンが反対しました。編集の段階でこの曲を入れていた時期もあったのですけれどね。1977年のシルバージュビリーのシーンです。この曲がリリースされた年だったので。使おうとした曲はオリジナル版ではなく、アコースティックバージョンのものでしたが、それでも許諾を得る必要があり、断わられました。使えなかったのは、この一曲だけですね。

──英国王室にまつわるアーカイブ映像だけでなく、さまざまな映画やドラマのフッテージも加えて、ストーリーを構築していますね。これらのフィクションを加えた理由は?
この映画は、女王や君主制、その名声や象徴としての存在にまつわるトピックを提示し、議論をするようなものでありたいと考えていました。ロジャーの監督ステートメントからもわかる通り、女王陛下をモナ・リザになぞらえる案は、初期の段階からありました。そこから、それをどのように表現するのか、編集された映画という形でどのようにモンタージュしていくのかと考え、女王という概念やイメージ、名声に関連しそうなモナ・リザの素材を探しました。

一方で、ナイル川で舟を漕ぐ『クレオパトラ』のシーンを入れたのは、ビジュアル的に似通っていたためにインスピレーションを受けたからと言えるでしょう。過去のジュビリーの映像で、大勢の漕手が多彩な舟を漕いでいく様子を見ていたら、『クレオパトラ』のシーンを突如思い出したわけですね。そうした繋がりに気づく瞬間は、楽しいものでした。

──議論という意味では、王室のスキャンダルやネガティブな部分が火災で焼け落ちるウィンザー城の映像とともに映し出されていますね。エリザベス女王を賛美するだけではなく、こうしたネガティブな要素も加えたのは、どういう意図からでしょうか?
そうした面があることも、この映画には反映したく思っていました。この国には君主制に対する様々な意見があり、王室の存在は時代遅れと考える人や、成熟した民主主義にはふさわしくないと考える人もいます。それからもちろん、王室の一部の若い世代による誤ちや、落胆を招いた婚姻もありました。そうした点はこの映画が特に注目するところでありませんが、王室に対する人々の見方が一つではないことを観客に示さないのも、不誠実だと思いました。ただ、そうした出来事の詳細はたくさんの映画や記事、ドキュメンタリーですでに扱われていますので、 この映画では簡潔に触れるだけで十分だと思いました。ウィンザー城の火災は文化的にも王室にとっても大変な悲劇だったわけですが、この映画では、王室がこれまで経験した困難や、君主制の存在自体が時代遅れだと考える人々の存在の比喩的な象徴となりました。

──この映画にも出てきますが、Netflixのドラマ『ザ・クラウン』でもエリザベス女王の人生は赤裸々に描かれています。それでもなお、このドキュメンタリーが作られるべきだった理由とは?
絶対に必要な映画というものはないと思いますし、必ず映画を作らければならないということはないと思います。ただ我々は、女王陛下の人生と彼女が過ごしてきた時間、そして彼女の人物像について、これまでとは違う形で人々に観てもらいたかっただけ。『ザ・クラウン』の真偽については私としては疑念がありますが、確かに一つの現象になっていますし、ロイヤルファミリーに対する関心の表れの一つであると思うので、この映画に入れました。インパクトの大きさという意味で、そこに触れないのもおかしいと思いましたから。

──エリザベス女王についてのドキュメンタリーですが、王室の役割や国民にとっての存在意義の時代による変化も描かれていて、興味深いと思いました。エリザベス女王が20代だった頃と現在では、英国王室の存在、女王の存在はどのように変化したと感じていますか?
私自身の見方では、エリザベス女王は本当に素晴らしい人格者で、非常に“仕事”ができるため、ロイヤルファミリーに対する批判の一部も躱してきていると思います。君主制に対して明確な意見を持っていない人の中には、エリザベス女王の影響で、ポジティブに捉えるようになっている人もいるでしょう。でも、エリザベス女王が我々の女王でなくなった時には、そうした人々の考えは変わるかもしれません。 私の印象では、エリザベス女王なくしては状況が変化するであろうことをロイヤルファミリーは理解していて、今後もイギリス国民の心を掴み文化の中心で存在し続けるためには自分たちがどのように適応していく必要があるのかを、考え始めていると思います。

──英国人は、このドキュメンタリーをどのように捉えると思いますか?
それは来週(※英国公開日:5月27日)になればわかると思いますが、楽しんでもらえると思います。でも、年配の世代の方の中には、困惑してしまう人もいるかもしれませんね(笑)。 音楽が気に入らないという人もいると思います。でも、若い世代にも年配の世代にも、面白いと思ってもらえるところがどこかしらある映画だと思っています。 女王陛下の70年間におよぶ素晴らしい時間を映したものだし、彼女の中には、私たちに大きな安定をもたらす変わらない何かがあると感じてもらえると思います。この国に住む多くの人には、それが分かってもらえるでしょう。

──ロジャー・ミッシェル監督は2021年の秋に急逝されましたが、あなたはその知らせをどのように聞いて、受け止めていますか?
彼が亡くなった日に、私は彼と会っていました。なぜならその日は、この映画を完成させた日だったからです。最終のミキシングをして、朝に完成させて、その日のうちに彼は亡くなりました。私がその知らせを聞いたのは翌日の早朝でした。別のプロジェクトでスタジオに向かって運転していたところでしたが、本当に辛くて、全く信じられませんでした。今も心が痛みます。彼とは30年にわたり一緒に仕事をしてきましたし、私にとって最も親しい友人の一人でした。本当に、自分の身体の一部を失ったような感じがします。毎日話していた相手なのに、もう話ができないなんて。 完成した映画への、いろいろな国のいろいろな文化のいろいろな人の反応を彼自身が見られないのは、本当に残念です。日本やスウェーデン、アメリカ、オーストラリア、そしてイギリスの人々がこの映画を観て、どこかしら面白かったり興味深く思ってもらえることを、彼は本当に喜んだと思います。

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『エリザベス 女王陛下の微笑み』(原題:Elizabeth: A Portrait in Part(s))

監督/ロジャー・ミッシェル
製作/ケヴィン・ローダー
音楽/ジョージ・フェントン 
出演/エリザベス2世、フィリップ王配、チャールズ皇太子、ウィリアム王子、ジョージ王子、ダイアナ元妃、ザ・ビートルズ、ダニエル・クレイグ、マリリン・モンロー、ウィンストン・チャーチル ほか
2021年/イギリス/カラー/90分/英語/5.1ch/ビスタ/日本語字幕:佐藤恵子/字幕監修:多賀幹子

日本公開/2022年6月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国公開!
後援/ブリティッシュ・カウンシル
配給/STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト
© Elizabeth Productions Limited 2021