Column

2022.05.20 20:00

【単独インタビュー】『二つの光』名匠ホ・ジノ監督が切り取った“生まれて始めて愛する人の顔を見る瞬間”

  • Atsuko Tatsuta

パク・ヒョンシク&ハン・ジミンを主演に迎えたホ・ジノ監督による知られざるラブストーリーの名作『二つの光』が、5月13日(金)より日本公開されました。

徐々に失われていく視力に不安を感じるピアノ調律師のインス(パク・ヒョンシク)は、視覚障害のあるアロマセラピストのスヨン(ハン・ジミン)と写真同好会を通じて出会います。何事にも前向きなスヨンと悲観的なインスは惹かれ合いますが、素直な気持ちを伝えるスヨンを受け入れられないインスは背を向け、ふたりはすれ違っていき──。

『八月のクリスマス』(98年)や『四月の雪』(05年)などで知られる韓国の恋愛映画の名匠ホ・ジノが手掛けた短編映画『二つの光』は、視覚障害をもつ主人公たちが“愛する人を初めて瞬間”を見事に切り取った心温まるラブストーリー。

主演は、ドラマ『イ・サン』や『屋根部屋のプリンス』『知ってるワイフ』などで知られるハン・ジミンと、『花郎〈ファラン〉』や『力の強い女 ト・ボンスン』、『SUITS/スーツ〜運命の選択〜』などで知られるパク・ヒョンシク。人気俳優の共演というだけでなく、サムスン電子の視覚障害者支援VRアプリを題材にしたことでも話題となり、その評価の高さから、短編映画ながら日本での劇場公開が実現しました。

世界初のスクリーン上映に際し、ホ・ジノ監督がオンラインインタビューに応じてくれました。

ホ・ジノ監督

──『二つの光』には、サムスン電子が開発した視覚障害者支援VRアプリが重要なモチーフとして登場しますが、そもそもこの作品の制作のきっかけは?
弱視者がよりはっきり見えるようサポートするスマートグラス「Relumino」を開発しているサムスン電子から、視覚障害をテーマにした短編映画を撮って欲しいという依頼を受けました。商品のことを宣伝する必要はないというので、興味を持ちました。視覚障害者の方々がインタビューに答えている映像を見せてもらったのですが、そこからインスパイアされ、実話を織り交ぜた物語にしたらとても興味深いものになるだろうと思いました。

──実話がベースということですが、あなたが感銘を受けたストーリーとはどんなものだったのでしょうか?
インタビューした視覚障害者の中に、「『Relumino』を使用したことで、自分の母親の顔を生まれて初めて見ることができた」という高校生がいました。その話がとても深く私の心に響きました。こういう心温まる話を織り交ぜて撮れば、とても映画的になると思いました。

──主人公のふたりは弱視で、視力は少しありますが、徐々に見えなくなっていくという不安や恐怖、失望感を抱えています。この映画はその感情を繊細に伝えていて、とてもあなたらしい作品ですね。
「Relumino」というゴーグルのような器具は、まったく見えない人が見えるようになるわけではなく、視力が残っている人が着装するとより見える、という補助装置です。私もこのプロジェクトに参加する前は、視覚障害についてほとんど知らなかったのですが、今回、さまざまなことを学びました。

私が住んでいる街の近くには盲学校もあるのですが、聞くところによると、視覚障害者の中でも全盲は2〜3割で、他の7、8割は弱視なのだそうです。弱視にもいろいろあり、たとえば視野狭窄の人もいれば、白くかすんで見える人、近づけば見えるという人もいます。また、そういう過程を経て、全盲になっていく人もいます。私にとっては、初めて知る事実ばかりでした。

つまり、『二つの光』は私の想像だけでは作れないものだったので、実話を基にすべきだと思いました。映画の中にも写真同好会が登場しますが、実際に視覚障害者の方々の写真同好会を参考にさせていただいています。写真同好会のメンバーには全盲の方もいたのですが、部分的に視力が残っている弱視の方もいらっしゃいました。そういう人たちがどんな風に写真を撮るのか、取材させていただきました。彼らが撮った写真も見せていただきましたし、映画の最後の方に出てくる写真のうちの何枚かは、視覚障害者の方々が撮った写真をお借りしたものです。

──パク・ヒョンシクさんとハン・ジミンさん以外のキャストは、視力障害のある方々だったのでしょうか?
両方です。実際にプロの俳優も多く出演していますが、視覚障害者の方もいます。スヨンとインスが写真同好会で会うシーンがありますが、同好会のメンバーの何人かは、実際の視覚障害者の方です。それぞれが自己紹介しますが、その中で「まだ視神経が残っているので、昼と夜の区別ができて幸せです」とおっしゃっていた方は、視覚障害のある方です。この言葉はとても良いセリフだったと思います。

──現場でも視覚障害者の方々からアドバイスを受けたのですか?
そうですね。いくつかのシーンでは撮影に立ち会ってもらい、アドバイスを受けました。映画に出演してもらったり、彼らの言葉もセリフに取り入れたりしました。こちらがわからない時にはその都度聞いて、例えば、「このケースでは主人公はどんな気持ちになるでしょうか」とか、「こういった場合は主人公はどう行動するでしょうか」といったことを確認しながら、シーンを作り上げていきました。

撮影の様子

──今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』は、聴覚障害のある家族の物語ですが、実際に聴覚障害をもつ俳優さんが演じていました。障害を持つ俳優が活躍する環境は、韓国の映画界にはあるのでしょうか。
そうした俳優は、何人かはいらっしゃいますが、多くはないと思います。私自身は、そういう機会がもっと多くなって欲しいと思っています。障害を持っている人が映画界で仕事をすることには壁もあると思いますが、少しづつそうした壁を崩して、環境を作れたらと思います。

──五感のどれかが十分に機能していないと、他の機能が際立つということがあります。インスは聴覚に優れ、ピアノの調律の仕事をしています。スヨンは嗅覚に優れ、アロマセラピストの仕事をしてますね。これもリサーチから得た要素を、脚本に投影されたのでしょうか?
調査もしました。視覚障害者の仕事としては、マッサージ師の仕事が多いようです。なので、最初はそれも考えたのですが、他にも何かないだろうかと考えた時に、ピアノ調律師の仕事の話を聞きました。今は減ってきてはいるようですが、かつては多くいたそうです。私は直接お会いしていないのですが、助監督が実際に視覚障害を持つピアノの調律師の方にインタビューして、その情報から、主人公の仕事をピアノ調律師に決めました。

──パク・ヒョンシクさんとハン・ジミンさんはお二人とも韓国ドラマの主演格の人気俳優ですが、どのような経緯でキャスティングされたのですか?
ハン・ジミンさんの作品はたくさん見ていて、以前から一緒に仕事をしたいと思っていました。この短編を撮る少し前に出演したキム・ジウン監督の『密偵』という映画での演技もとても印象的でした。彼女が出演している作品を観ると、とても多様性のある俳優だと感じます。物静かでおとなしい感じもあるけれど、快活な役も演じられます。さまざまなキャラクターを演じられる技術力のある俳優さんです。

それで、ハン・ジミンさんがもともと障害者の方々に関心を持っていたこともあり、出演が叶いました。たいへん忙しい方ですが、この作品は短編で、撮影期間も1週間以内と短かったのと、ちょうど制作時期に彼女のスケジュールが空いていたので、受けていただけました。

パク・ヒョンシクさんはこれまでTVドラマでしか見たことがなく、今回のキャスティングで初めてお会いしました。実際にお目にかかったら、とても清らかで透き通るような印象があり、インス役にふさわしいと思ってお願いしました。

──役作りの上で、お二人はどのようなことをされたのでしょうか?
この作品は、視覚障害者が主人公ということもあり、私の想像力だけでは作れない部分がありました。私もいろいろな方にインタビューしましたが、とあるご夫婦に、実際にハン・ジミンさんとパク・ヒョンシクさんとも会ってもらいました。時には私が他の用事で席を外しても、二人はその夫婦とお話をして、積極的にいろいろ学んでいました。そうして実際の視覚障害者の方々とお会いして、感じたこと、知ったことが役作りに反映されていると思います。

撮影の様子

──実際に仕事をして、お二人の俳優としての素晴らしさはどこにあると思いますか?
ハン・ジミンさんはとても努力家です。映画の中で寄り目になるシーンがあるのですが、頑張って練習して、1日でできるようになっていました。とにかく頑張り屋です。また、同じ俳優が演じているとは思えないくらいに様々な表情を持った俳優です。その幅の広さが魅力だなと現場で感じました。

パク・ヒョンシクさんは映画よりTVドラマの経験が多い方だったので、どういう俳優かなと思っていたのですが、会ってみたらとても聡明な方で、現場で自分が演じる役についても自分なりに工夫をして、作り上げて現場に来てくれました。そういうところも俳優として尊敬できますし、彼を見ているだけでこちらの気分が良くなるというか、心が晴れやかに澄んでくる俳優の印象があります。そういうお二人なので、現場の雰囲気もとても良かったです。

──お二人の相性はとても良かったと思います!
お二人は、この映画の前はまったく面識がありませんでした。でも、撮影の準備段階ではお酒を一緒に飲んだりもしましたし、二人で視覚障害者の方々にお会いに行ったりしたので、今回の撮影をきっかけに、とても親しくなったようです。

ソウルの南山(ナムサン)というところで二人が会うのだけれど、喧嘩してインスが先に帰ってしまうというシーンがありましたが、その撮影の日はあまりにも寒かったので、二人が毛布にくるまっている様子をカメラが捉えていました。おそらくどこかに映像が残っていると思いますよ。そんな風に二人はとても相性が良かったですし、それが現場の空気も和やかにしてくれました。スクリーンからも感じられると思います。あの撮影以来、二人の友情関係は続いているようです。

──この作品は短編ですが、二人の物語をもっと観たいと思いました。監督はこれまでほとんど長編しか撮っていませんが、映画の尺に関して何か発見はありましたか?
まず、撮影がとても楽しかったので、俳優たちとも、時間が短すぎるのがとても残念ですねとよく話していました。ハン・ジミンさんやパク・ヒョンシクさんを始め俳優の方々、そしてスタッフも、本当に気分よく楽しく撮影できたと言ってくださっています。映画の現場では楽しくないこともしばしば起こりますが、この作品に限っては、最初から最後までずっと楽しくできました。現場ではよく、それぞれのストーリーをもっと肉付けして長編に出来るのでは?と冗談交じりに話していました。実現するかどうかわかりませんが。

映画の尺についてですが、今回は短編映画なので、脚本に着手してから撮り終えるまで2ヶ月という短い期間でした。その期間はとても楽しく作業ができました。私は長編が多くて、短編といえば学生時代に撮ったものだけだったのですが、今回撮ってみてとても新鮮で、新たに映画に対する愛情も湧いてきました。実際、映画は短編が良いのかなと思うほどです。

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『二つの光』(英題:Two Lights: Relumino)

徐々に視力を失っていくピアノ調律師インス(パク・ヒョンシク)は、視覚障害を持つアロマセラピストのスヨン(ハン・ジミン)と、写真同好会で出会う。何事にも前向なスヨンと悲観的なインスだったが、次第に二人は惹かれあっていく。気持ちを率直に伝えるスヨンに対して、背を向けてしまう孤独なインス。やがて、些細な言葉がすれ違いを生んでしまい……。

監督/ホ・ジノ
出演/ハン・ジミン、パク・ヒョンシク
2017/韓国/韓国語/30分/カラー/5.1ch/原題:두개의 빛:릴루미노/字幕翻訳:石井絹香

日本公開/2022年5月13日(金)より、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開
配給・提供/ハルシネマ  
配給協力/ブリッジヘッド
公式サイト
©Ho Film Co.,Ltd