Column

2022.03.10 18:00

【単独インタビュー】『宝島』ギヨーム・ブラック監督が避暑地のひと夏を通して描き出すフランス社会の現在

  • Atsuko Tatsuta

フランスの気鋭監督ギヨーム・ブラックの『宝島』は、パリのレジャー施設でのひと夏を描く珠玉のドキュメンタリーです。

パリの北西に位置するセルジー=ポントワーズにある「レジャー・アイランド」は、海水浴気分を味わえる浜辺、冒険心をくすぐる森や神秘的な洞窟といった自然を満喫できる避暑地。子ども時代の思い出が詰まったこの施設を久々に訪れた映画監督ギヨーム・ブラックは、この施設でバカンスを過ごす多様な人々に出会います。女性たちをナンパする青年たち、保護者同伴でないため門前払いされる少年たち、自らの武勇伝を語る中年男性……。避暑地のひと夏を通して、バカンス大国フランスの人々が見せるそれぞれの人生とは──?

ヌーヴェルヴァーグの巨匠エリック・ロメールの『友だちの恋人』(87年)のロケ地としても知られるレジャー・アイランドで撮影された本作は、フランスの映画誌「カイエ・デュ・シネマ」の2018年ベスト10に選出・さらに濱口竜介監督や三宅唱監督に絶賛されるなど、高い評価を得ています。

監督を手掛けたのは、短編『遭難者』(09年)や『女っ気なし』(11年)で話題となり、初長編『やさしい人』(13年)で脚光を浴びたフランスの気鋭ギヨーム・ブラック。日本での配信公開に際して、パリからオンラインインタビューに応じてくれました。

──レジャー・アイランドには幼少の頃から馴染みがあったとのことですが、その場所をドキュメンタリーとして真正面から描いてみようと思ったきっかけは?
このレジャー・アイランドは幼い頃によく行っていて、馴染みのある場所でした。大人になってから、とある機会があって訪れたのですが、ほとんど忘れかけていた子ども時代の思い出がそこにあることに気がつきました。大人になった今、それはとても貴重なものに感じました。生きている世界や文化的な背景がまったく違う人達が集まってきて、調和を保ちながら、ある特定の時間を過ごしている。そこには不安もなく、無邪気にただ休暇を楽しむことができる。そういう場所なのだと気が付きました。しかも、そこに集まる大勢の人々には、それぞれの人生があります。この映画では、それらの物語をモザイクのように描き出したく思いました。

それと私は子どもの頃は優等生で、規則も破らなかったし、冒険もしたことがなかったのですが、そうしたことをやってみたいとは密かに思っていました。なので映画を通して、羽目を外したりして、子ども時代を経験し直したいという思いもありました。

──ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説「宝島」からタイトルを引用しているのも、子ども時代の冒険がこの映画のテーマだからなのですね。
はい、そうです。この作品の編集には結構長くかかって、6ヶ月くらいやっていたのですが、その間にスティーヴンソンの「宝島」を読み返しました。読み始めてすぐに、この映画のタイトルは「宝島」にすべきと思いました。「宝島」という言葉はまさに、この映画の底辺にある意味を表しています。

パリ郊外にあるレジャー・ランドは、オワーズ川に囲まれていて島状になっています。同時に、夢とか想像力とかを掻き立てるような場所でもあります。ジャングルのような森や、海のような雰囲気の浜辺、まるで山のように感じられる小さな丘もあり、子どもは海賊や冒険家になったつもりで遊べます。そして大人にとっては、若い頃を思い出させてくれるような風景です。平凡だけど、とても想像力を掻き立てる風景であるともいえます。

──エリック・ロメールの『友だちの恋人』(87年)もこの場所で撮られましたが、この作品、あるいはあなたにとってロメールの作品との関係はあったのでしょうか?
私が『友だちの恋人』を観たのは、大人になってからでした。映画の勉強をしている時か、その後くらい。映画を観てすぐに、自分が子どもの頃によく行っていた場所だと気がつきました。そんな風に、自分の人生の一部を重要な監督の作品の中で見ることは稀なことなので、それ以来、特別な繋がりを感じていましたし、ここで実際にドキュメンタリーを撮りたいというモチベーションの後押しになりました。

ただ、この二つの作品はまったく違う物語です。ロメールの作品はフィクションで、中流の若者たちが主人公でしたし、社会学的な側面からも明らかに違います。でも『友だちの恋人』と『宝島』は、私の意識の中では対話をしている作品です。

ギヨーム・ブラック監督 © Trois Couleurs

──本作はドキュメンタリーですが、例えば、ナンパをしている青年などは偶然そこに居合わせて、カメラに収めることができたのですか?それとも何らかの演出があったのですか?
ドキュメンタリーという定義は様々です。ほとんどのドキュメンタリーは、あらかじめシナリオありきで、決められた結論に行き着くように進みます。製作者の意図なしに最初から最後までたまたま起こったことを撮っているというドキュメンタリーは、ほとんどありません。今回はいくつかの手法を試みていますが、私が課した唯一のルールは、人に関しても撮影している場所に関しても、何も“でっち上げない”ことでした。

撮影する前に私は、カメラを持たずにこの場所を長い間観察しました。その際に、ナンパしている青年たちや、不法侵入しようとしている人たちと出会いました。でも例えばナンパのシーンだと、その場に出くわしたところで、勝手に脇から撮影するのは、失礼でできません。なので、水辺でナンパしているところを見かけた青年たちに、まずはそういうシーンを撮らせて欲しいと許可をもらい、その後、実際に女性にナンパしているシーンを撮りました。もちろん、ナンパされた方の女性にも許可をとりました。ですのでそういう意味では演出なのですが、彼らの言葉で彼らがナンパしているところを撮っていますし、予め脚本に書かれたセリフなどは一切ありません。

──脚本自体は書いたのですか?
脚本と呼べるようなものは書きませんでしたね。長い間、このような作品を作りたいと頭の中で考えていたのですが、実際に作ると決まったら、すぐに撮影が始まりました。

ロケハンをしたり観察していた時期に見たものや出会った人などをメモしていたので、撮影に入る段階では、“こういうシーンがあれば撮りたい”という長いリストが出来上がっていて、それがベースになっています。

撮影が始まってからは、誰かと出会う度にカメラを回すようにしました。最初に会った瞬間から撮影するケースもかなりありましたよ。ふたりの兄弟のシーンとか、先生の立ち話のシーンとか。

全体のフッテージは200時間ほどありましたが、それを編集段階で、動きが出るように物語的に構成しました。その作業はとても面白かったです。いろいろなシーンがただ並んでいるのではなく、それぞれの物語がまるで赤い糸で結ばれているように、エモーショナルにつながっていく。あっけらかんとしているシーンがあったと思うと、ちょっとシリアスなエピソードに移ったり。時間の流れ、夏が過ぎていく様子、日中と夜の対比、天気の変化などをふまえて編集段階で物語を構築していくことによって、観客になんらかの感情や葛藤を与えたいと思いました。

──この場所が興味深いのは、自然が豊かですが、あくまで柵で囲まれているレジャー施設であることです。冒険が出来ると言っても、条件付きの“冒険”。それは、ディズニーランドや、もっといえば、ゲームの世界の“冒険”に共通する、守られた中での安全な“冒険”ですね。
今あなたがおっしゃったことは、この映画の核心を突いていると思います。とても興味深いですね。先ほど言ったように、このレジャー施設に久々に行った時に、とても自由な場所だと思いました。池があったり、ひっそりとした場所もあったり、美しい詩心のある場所。

でも、何回か通ううちに、条件付きの自由が味わえる場所なのだと気が付きました。人工的に作られた自然だし、禁止されているものも多く、ルールもあります。ある種、社会の“外”にある楽園的な場所だと思っていたのですが、実は、社会そのもののような気がしてきました。作り上げられたイメージが定着していたり、監視されていることによって、安全を確保しているという意味では、映画にとってとても興味深い場所です。自然の美しさを撮るのではなく、何かそういう人工のものを映画に収めることが大事だと思いました。なので映画の構成も、最初はビーチのような完全にコントロールされた場所から、段々とそれまで見えていなかったような、自由が感じられるような場所を映し出すように意図的に構成しています。

撮影隊は、カメラマンと助監督、音声担当の4人だったのですが、私たちが柵に沿ってぐるりとレジャー施設を回っていた時には、まるで刑務所にいるような気もしてきました。

──社会性で言えば、子どもたちが忍び込んで警備員に捕まるシーンがありますね。あの場所は、ゴージャスなリゾート地ではなく庶民の憩いの場かもしれませんが、それでもその数ユーロが払えず、入場できない人々もいる。その分断を、レジャー施設を取り囲んでいる柵が象徴しているように見えました。フランスは移民の国で、人種や貧富による人々の分断は大きな社会問題になっていると思いますが、庶民の間でさえも持たざる者と持っている者の差が感じられることに関して、どれだけ意識的だったのでしょうか。
フランスでは、貧困の問題は、移民に限られたものではなくなっています。確かに5ユーロという入場料は高いとは言いませんが、でも、遠くの避暑地にバカンスに行けない家の子どもたちが、每日遊びに行けるような場所でもないですね。実は、20年前は無料だったのですが、いつの間にか有料になってしまいました。公共のものが民間の所有になった途端に有料になったという問題もあります。また入場料の問題だけでなく、この場所には、未成年は保護者と一緒でないと入れないという問題もあります。実際は、夏休みでも親が働いている家の子たちは、子どもだけで遊ばなければなりません。本来はこういう場所は、親からすると、子どもたちだけで遊んでいても、誰かが監視してくれているから安心と思える場所のはずなのですが。

──フランスには、先ほど話に出たエリック・ロメールの作品を筆頭にバカンス映画の歴史があると思いますが、あなたにとってバカンス映画とは何でしょうか?
偉大なバカンス映画とは、表層に現れているか隠喩的かは別にして、社会的な問題を孕んだ作品だと思います。単なる楽しいだけの作品ではなく。(ジャン・)ルノワールやロメールなどのバカンス映画の優れた作品には、階級社会など社会問題が少なからず描かれています。

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『宝島』(原題: L’île au trésor)

パリの北西にあるレジャー・アイランドでのひと夏。ある者たちにとっては冒険、誘惑、ちょっとした危険を冒す場所。他の者たちにとっては避難、逃避の場所となっている。世界の喧騒とどこかで響き合いながら、この場所には有料の海水浴場もあれば、人目につかない片隅、あるいは子供たちが探求する王国もある。

監督/ギヨーム・ブラック
2018年/フランス/97分/フランス語/英題:Treasure Island

2022年3月2日(水)よりJAIHOにて配信