【単独インタビュー】『アンネ・フランクと旅する日記』アリ・フォルマン監督が繋ぐ不朽の名作と今日の紛争
- Atsuko Tatsuta
世界中で読み継がれる日記文学の最高峰「アンネの日記」を題材にした『アンネ・フランクと旅する日記』。カンヌ国際映画祭でワールドプレミアされ話題となった傑作アートアニメーションが3月11日(金)より日本公開されます。
第二次大戦下、作家を夢見るユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクは、ナチスから逃れるため身を潜めていた隠れ家にいる間、父親オットーから贈られた日記帳に、日々の生活や隠れ家で一緒になった少年ペーターへの淡い恋心などを書き綴っていました。その冒頭にしばしば登場したのが“空想上の友人”キティーでした。
現代のアムステルダム、博物館「アンネ・フランクの家」に保管されているオリジナル版「アンネの日記」に異変が起き、キティーが姿を現します。時空を飛び越えたことに気がつかないキティーは、偶然知り合った少年ペーターとともに、アンネを探して、アンネの面影が残る街を疾走します──。
監督を手掛けたのは、自身の従軍体験を基にした『戦場でワルツを』(08年)でアニメーション映画として初めてアカデミー賞外国語映画賞(現・国際長編映画賞)にノミネートされたイスラエル出身のアリ・フォルマン。本作では、監督の他、脚本・プロデュース、さらにはフォン・ヤリス士官役で声の出演も果たしています。
「アンネの日記」出版から75周年を迎える2022年に、スクリーンを通してアンネ・フランクの存在を伝える意義とは何か。日本公開にあたって、アリ・フォルマン監督がイスラエルからオンラインインタビューに応じてくれました。
──「アンネの日記」という大ベストセラーを、今、スクリーンに蘇らせる意味とは何でしょうか?
アンネ・フランク基金から、アンネ・フランクに関する映画を撮って欲しいという依頼があったのが、このプロジェクトの始まりでした。私は、映画を制作するにあたって、彼らに3つの条件を伝えました。1つは、アニメーションであること。つまり子どもが観られる作品であることです。2つ目は、アンネ・フランクの最期の7ヶ月を描くこと。アンネ・フランクの生涯を描いたこれまでの作品では、最後の7ヶ月はあまりにも辛いという理由で、除外されてしまっていましたからね。収容所はあまりにも残酷なため、描きにくい部分もあります。私は、どうしてもその部分を人々に知ってもらいたかった。3つ目の条件は、現在の紛争地域に住んでいる子どもたちを描くこと。当時のアンネ・フランクの身に起きたことを、現在の紛争地域に起きたことに置き換えて、人々の共感を得られるような内容にしたかったからです。
──その3つの条件を1つの作品に入れ込むこと自体がチャレンジなことだと思いますが、どのような考えがあったのですか?
まず、子どもたちに見てもらいたいと思った時に、おとぎ話のような要素を取り入れたいと思いました。それが、キティーという空想上の友だちを主役にして、物語を進めていく手法です。このようなファンタジー要素によって、子どもたちにもより興味をもってもらえるようになると思いました。
アンネの最期の7ヶ月を描くという部分ですが、実はこれが最も難しいものでした。ナチスの収容所とギリシャ神話には共通点が多々あります。アンネはギリシャ神話に興味を持っていましたが、ギリシャ神話に出てくる冥界の世界と第二次世界大戦のナチスの世界には共通点が多かったので、それを参考に、観客にわかりやすく描くようにしました。例えばギリシャ神話では、渡し船で“向こう側(死の世界)”に渡っていくのですが、ナチスの場合はそれが列車ですので、それを比喩的に描きました。またギリシャ神話もナチスも、人々から持ち物をすべて取り上げるところも共通しています。さらにギリシャ神話では、神が人々を(死すものと生きるものに)選り分けていくのですが、ナチスも収容所で同様に人々を仕分けしていたのです。
それから、2015、16年にヨーロッパで難民問題が大きく取り上げられるようになったことを受けて、最後の部分はまるまる1章分、脚本を書き換えました。難民問題をより身近に感じてもらえるように、アバという少女を登場させました。
──最期の7ヶ月は、残酷さが理由でこれまでの作品では省かれてきたということでしたが、その部分を残酷であっても敢えて子どもたちに見せたいと思ったのは何故ですか?
アンネ・フランクに関しては、隠れ家に住んでいたというイメージ、あるいは世界で最も優れた最年少作家というイメージがあると思います。隠れ家でナチスに捕まった時に、アンネは日記を書くのを止めてしまいますが、そこで彼女の人生が終わったわけではありません。その後も7ヶ月間、彼女は生き続けたわけで、彼女の人生のその部分がいつも語られないことを、私はずっと残念に思っていました。その7ヶ月間は、何かしらの方法で伝えなければならないと思っていました。
1959年に作られたジョージ・スティーヴンスによる映画『アンネの日記』では、実は当初は、その7ヶ月間の部分も描かれていました。ところが、完成版を観たアンネの父親オットーが、その部分を省くべきだと監督に伝えたのです。あまりにもショッキングな映像だったので、商業向きではないという理由でね。その後、この映画は3つのアカデミー賞を受賞し(作品賞など8部門ノミネート、助演女優賞、撮影賞(白黒)、美術賞(白黒)を受賞)、成功を収めました。でも、正しい描かれ方ではなかったと私は思うので、今回はその7ヶ月間を描くことにこだわりました。
──あなたの出世作でもある『戦場でワルツを』も、イスラエルの内戦をアニメーションで描いたものです。戦争体験や史実といったリアリティのあるストーリーを、アニメーションというファンタジックな手法で描くことの意味、またアニメーションで可能になる表現とは?
歴史的なストーリーを語る上で、アニメーションは(実写より)もっと自由を与えてくれると思います。私のように歴史や戦争といったテーマを扱う場合は、人々の感情の中にあるもの、つまりは潜在意識や心理的な側面や現実的な側面といった、実写では描けないものを、より高いレベルで表現することができます。アニメーションにはそういう力があると感じています。
また、少し過激な出来事や風変わりな表現は、実写よりもアニメーションで観たほうが、観客がより受け入れやすいという利点もあります。
──史実はその時代により解釈が変わってきます。「アンネの日記」が出版されてから75年経った今日における、この物語の重要性とはなんでしょうか?
2つあります。まず、ホロコーストからの生還者が高齢になり年々、語り継ぐ人が年々減ってしまっているという点です。歴史的な出来事は、時間がある程度経つと、聖書や神話を読むような、実感のわかない物語になってしまいがちです。なので、この物語をより身近に感じてもらうために、新たに伝え直すことが必要だと感じました。
2番目は、アンネ・フランクの物語が、今起こっていることと関連性があるからです。もっと言えば、現代の物語と関連づけて語らないと、私にとっては意味がないとも言えます。エンドロールでは、紛争地帯から逃げざるを得なかった子どもたちが2020年にも1,700万人いると伝えています。犠牲になっている子どもたちは、今も本当に多くいるのです。そのことを、このアンネ・フランクの物語を通して私は多くの人に知ってもらいたいのです。
──アニメで描かれるナチスの兵士たちの顔が、まるで黒いお面を着けたように均一的に表情がなく描かれていたのが印象的でした。その意図はなんでしょうか?
ナチの兵士たちをどういう風に描くべきか、これは本当に難しくて、どんな風に描いても上手くいきませんでした。アートディレクターのレナ・グーバーマンとブレストを重ねて必死に考えましたが、最終的に、私の母に聞くことにしました。母は、10代の時にアウシュビッシュの収容所に入れられて、生還した体験があります。彼女に電話して、ナチスの兵士たちはどういう風に見えたのかと尋ねたら、“非人間的で、ガタイがよく、とにかく大きくて、まるで神のような存在に思えた”と話してくれたので、その言葉を拠り所に、あのような見た目を作り上げました。ナチスの兵士について、彼らの感情といった人間的な側面を見せることを私は全く望んでいなかったので、あえて無表情で非人間的に描きました。
──アニメーションといえば、今あなたの背後に日本のアニメのポスターが見えますが、日本のアニメから影響を受けているのでしょうか?
はい、もちろんです。まず宮崎駿監督の作品は繰り返し観て、空で覚えているくらいです。特に『もののけ姫』(97年)、『崖の上のポニョ』(08年)は大好きで、何度も観ています。『ハウルの動く城』(04年)は子どもたちが大好きで、50回以上は観ていると思います。
影響を受けたアニメ作家といえば、今敏監督も挙げられます。『パプリカ』(06年)は最も影響を受けた作品のひとつです。私の前作『コングレス未来学会議』(13年)に直接的な影響を与えていますし、『戦場でワルツを』が日本公開された時に今監督がメッセージを出してくれたことは、私にとってとても光栄なことでした。
今監督の作品は、実写映画にも多くの影響を与えていますよね。『パプリカ』はクリストファー・ノーランの『インセプション』(10年)に、『パーフェクトブルー』(97年)はダーレン・アロノフスキーの『レクイエム・フォー・ドリーム』(00年)や『ブラック・スワン』(10年)に影響を与えていることは、よく知られています。今監督は、若くして亡くなってしまい(※2010年、膵臓癌のため死去、享年46歳)、素晴らしい才能を失ったことは非常に残念に思っています。
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『アンネ・フランクと旅する日記』(原題:Where Is Anne Frank)
「不思議だわ。これほど人間の邪悪な面を見てきても、今なお心の底で私は信じてる。人間の本質は“善”なのだと──」
現代のオランダ・アムステルダム。激しい嵐の夜、博物館に保管されているオリジナル版「アンネの日記」に異変が起きた。突然、文字がクルクルと動き始めて、キティーが姿を現したのだ!時空を飛び越えたことに気づかないキティーだったが、日記を開くと過去へさかのぼってアンネと再会を果たし、日記から手を離すとそこには現代の風景が広がっていた。目の前から消えてしまったアンネを探して、キティーは街を疾走する……。
原案/「アンネの日記」(ユネスコ「世界記憶遺産」2009年登録)
協力/アンネ・フランク基金
監督・脚本/アリ・フォルマン
声の出演/ルビー・ストークス、エミリー・キャリー
2021年/ベルギー・フランス・ルクセンブルク・オランダ・イスラエル/英語/99分/ビスタサイズ/5.1ch/日本語字幕:松浦美奈/映倫:G
日本公開/2022年3月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国公開
配給/ハピネットファントム・スタジオ
後援/オランダ王国大使館、イスラエル大使館
公式サイト
© ANNE FRANK FONDS BASEL, SWITZERLAND