【インタビュー】『ドリームプラン』レイナルド・マーカス・グリーン監督が“負け”を通して描いた、“ものすごい勝利”の物語
- Atsuko Tatsuta
ウィル・スミスの主演男優賞を含むアカデミー賞主要6部門にノミネートされた『ドリームプラン』は、テニス界のスーパースター姉妹ビーナス&セリーナ・ウィリアムズを育て上げた破天荒な父と家族の絆を描いた話題作です。
人種差別に憤りを感じながら育ったリチャード・ウィリアムズ(ウィル・スミス)は、テニス無経験ながら、TVで優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿を見て、独学で研究を重ね、世界チャンピオンに育てるための78ページにも及ぶ計画書を書き上げます。やがて、5人の娘たちの中でも素質のあるビーナスとセリーナに才能を見出したリチャードは、娘たちのさらなる飛躍のために、有名コーチをつけようと奔走します。お金もコネもない中、無謀と笑われながらも信念を貫いた不屈の父親と娘たちは、いかにして世界の頂点に上り詰めたのか──。
今シーズンの映画賞レースを牽引しているこの感動作の監督を手掛けたのは、レイナルド・マーカス・グリーン。2018年に初長編映画『Monsters and Men』でサンダンス映画祭USドラマ部門審査員特別初作品賞を受賞、マーク・ウォールバーグ主演の監督第2作目『Joe Bell』(20年)はトロント国際映画祭でプレミア上映され、注目を浴びました。今後は、監督・脚本を手掛けるボブ・マーリーの伝記映画も控えるハリウッド期待の新鋭です。
存命する人物の物語を映画化するという難題を成功させたその秘訣とは何か、レイナルド・マーカス・グリーン監督に伺いました。
──このプロジェクトの監督を手掛けることになったきっかけは?このストーリーのどこがあなたの心を捉えたのでしょうか?
脚本家のザック・ベイリンと、プロデューサーのティム・ホワイトとトレバー・ホワイトが開発した脚本が、僕のところへ回ってきたのですが、読んだ時にまず、「これは何よりも家族の物語だ」と思いました。ビーナスとセリーナをチャンピオンに導いた立役者はもちろん父リチャードですが、この物語は、一家のスタート地点からゴール地点への旅路をその父親の目線で語ったものです。リチャードの奇想天外な計画は、家族の支えなしには実行不可能なプランでしたからね。脚本を読んでからは、姉妹の成功の物語を、これまでとはまた違った視点で見ることができました。
実は、私も幼少期はアスリートとして育てられました。なので、長時間にわたる訓練や、彼女たちが送っていたスポーツ選手としての生活は想像できました。僕がやっていたのは野球ですが、僕たち兄弟をプロアスリートに育て上げるべく、父親がつきっきりで指導してくれました。彼女らと似たような経験です。年齢的にもセリーナと同じくらいでしたし、住んでいた地域は東海岸でしたが、ウィリアムズ一家が住んでいたコンプトンと似たような街でした。もちろん僕は、アスリートとして頂点に立つことはできませんでしたけれどね。
──ウィル・スミスはこの物語が気に入って、主演だけでなくプロデューサーとしても参加したそうですね。彼とはどのように仕事を進めていったのですか?
最初に彼にお会いした時は、子育てについてたくさん話したのですが、特に、娘を育てることについて熱く語っていました。この作品は彼にとって間違いなくとても意義深いものになると、すぐにわかりました。
幸運にも彼ほどの大スターをキャスティングできると、制作費も集まりやすく、準備期間もたっぷりもらえるので、撮影8週間前から準備に入ることができました。そしてキャストが揃ってからは、各シーンのリハーサルを何度も重ねていきました。その間、ザック・ベイリンとの脚本の書き直し作業を同時進行させたり、ビーナスやセリーナ、二人の母親のオラシーンともお会いしました。もともと脚本はしっかりとしたものでしたが、彼女らから聞き出したエピソードをさらに盛り込むことができたのは、とても良かったと思います。
製作中にも、ウィルとはとにかく話し合いを重ねました。そのまま突き通した方がいいところ、直した方が良いところ、ストーリーにとって何が最善かについて、あるいは主要なシーンを取り上げて、それぞれの場面で何を目指したいのか、どのような要素をそこから引き出したいのかについて、またルイジアナ州シュリーブポート出身のリチャードの訛りをどこまで演じるのかについても、議論を重ねました。どの点においても、ウィルは僕の打ち出す方向性を受け入れてくれましたね。
ウィルはプロ意識が徹底しています。スターであるウィル・スミスの存在感を全面に押し出すわけにはいかず、特殊メイクで作り込むのに時間がかかりましたが、それも受け入れてくれました。彼は、撮影現場へ自分で車を運転して来るのですが、LAは渋滞が酷いので、1時間ほどのドライブになります。その間ずっとセリフを練習していましたよ。いずれにしても、本作はウィルのキャリアの中でも代表作になるのではないかと思います。
──ウィル・スミスと並び、妻オラシーンを演じたアーンジャニュー・エリス、ビーナスを演じたサナイヤ・シドニー、セリーナを演じたデミ・シングルトンなど俳優陣も素晴らしく、本物の家族のように見えましたね。
キャスティングに関しては、カメラが回っていない間も一つの家族になれるような俳優を選ぶことを、最も意識しました。そうすれば、カメラが回ってからも、自然な家族のように演じることができると思ったので。そのためには、デミやサナイヤ、ウィル、アーンジャニューたちが長い時間を一緒に過ごす必要があると思いました。幸い(コーチのリック・メイシーを演じた)ジョン・バーンサルや(コーチのポール・コーエンを演じた)トニー・ゴールドウィンの協力もあって、撮影に入る前に入念にリハーサルを重ねることができました。通常、撮影前に脚本について話し合う時間はあまりないので、今回はとても贅沢をさせてもらったと思っています。
ウィルは主演俳優としてだけでなくプロデューサーとしても本当に寛大で、週末でも必要があれば会ってくれたし、とても熱心に対応してくれました。他人の時間を自分の時間と同じ様に大切にする人ですね。さらに、とても親しみやすいというか、あれほどのスターだと周りは緊張するものですが、とても和やかで、「何を聞いても大丈夫」という雰囲気を作ってくれます。撮影現場でも本物の父親のように振る舞っていたし、特に、サナイヤやデミのような若手の俳優にとっては、特別な体験になったと思います。もちろん、僕にとっても魔法のような時間でした。
──実在の人物を描くのは非常にプレッシャーのかかることだと思います。豊富にある逸話の中から、どのように取捨選択したのですか?また、例えば『ボヘミアン・ラプソディ』のような作品は意図的に史実の順番を入れ替えてドラマチックなストーリーに仕立てていますが、同じような手法をとったのですか?あるいはできるだけ忠実に撮られたのでしょうか?
両方ですね。もちろん、2時間半ほどの映画で、彼らの人生全てを語るのは無理です。ある程度のアレンジは必要で、かつ映画的にストーリーを広げていかなければなりません。この点については、ウィリアムズ家の皆さんはよく理解してくれました。
例えば、リチャードとビーナスのコート上での会話は、実際は違うところで行われた会話ですが、映画のストーリーには必要だったので、場所を変更しました。リチャードが執拗にインタビュアーの邪魔をする場面も、実際にはもっと後で起こった出来事です。映画のラストに登場する試合は、実際は室内アリーナで行われた試合で、映画で描いているように、7,000席ある野外アリーナではありませんでした。このように、ドラマチックに表現している部分もあります。
ウィリアムズ一家は映画を観る人々だったので、このようなアレンジはすんなりと理解してくれました。各シーンで描こうとしていることの意図に間違いがなく、真実を映し出しているのであれば、それで良いと思ってくれました。
脚本のザック・ベイリンやプロデューサーとのミーティングでビーナスがこう言ったのを覚えています。「セリーナは私の練習を見にくるために、自分の試合を欠場することもあった。私たちはそういう姉妹関係だった」と。私はそれを聞いて、この純粋な姉妹関係を描かなければならないと思いました。なので、エッセンスを核にして、許される範囲内で脚色したということですね。揺るぎない親子や姉妹の絆はきちんと描けていると思います。
母親のオラシーンからは、「私を弱い女に描かないで!」と言われました。確かに彼女は強い女性で、仕事にもコーチングにもフルタイムで取り組むなど、姉妹を育て上げるのに大きな役割を担っていました。アーンジャニューを演出する上では、オラシーンのそうした面を反映できるように意識しました。オラシーンはリチャードを脇で支える付随的な存在では決してなく、家族の柱となる存在でしたし、彼女なしに姉妹の成功は考えられなかったことでしょう。
──リチャードは、最初は変人に見えるくらいに自分の信念を貫き、周りとも距離があるように感じられます。結局のところ、彼の信じているものはどんどん現実化していくわけですが、あなたから見て、リチャードは父親としてのロールモデルになるのでしょうか?
良い質問ですね!誰しもリチャードから学ぶべきところはあるだろうと思いますよ。ただ「そっくりそのまま真似しろ」とは言えませんね。
親なら愛情と時間を子どもに注ぐものですが、リチャードとオラシーンの素晴らしかったところは、“身も心もそばにいてあげる(=being there)”という愛情の注ぎ方であった点だと思います。子どもを成功させる方法は一つではなく、例えばタイガー・ウッズの父親と違い、リチャードは娘たちを叱咤するのではなく、“愛のムチ”を浴びせ、彼女らの中に自信を植え付けていきました。大多数の親がやるのと真逆の方法で、彼女らを洗脳したわけですね。80年代のコンプトンという、ストリートギャングによる暴力がリアル繰り広げられるような街で彼女らは育ったわけですが、リチャードは5人の娘のために、安全な場を作りました。そのやり方は、実に見事だと思います。
僕自身も2人の子どもを育てていますが、この映画を作ることを通して、より良い親になれたと確信しています。
──ウィリアムズ姉妹は実際には、この映画で描かれた時期の後に素晴らしい記録を山のように築いていくわけですが、彼女たちの成功や全盛期を描かなかった理由は?
当然、編集段階ではいろいろな選択肢が出てきますが、あのような終わらせ方が一番インパクトがあると、結果的に判断しました。『ロッキー』的なエンディングというか。つまり、試合には負けるけれど、彼女は、そしてウィリアムズ一家は人生の勝者になったということです。
試合後のロッカー室で両親が、「君は世界一の選手と今戦ってきたんだぞ。今自分を誇りに思えなくていつ誇りに思える?」とビーナスに語りかけますよね。つまり両親は、「負け方」を娘に教えたのです。「明日は明日の風が吹く」と。実際に人生とはそういうものだから、娘にとってそれは大切な教訓になりました。勝負の世界でも、勝ちよりも負けから学ぶことの方が多いですしね。
その後の彼女たちの活躍を見ていると、プレッシャーに負けることはありませんよね。コート内外での身の振り方が見事ですし、テニスの領域を超えたアイコン的な存在になっていると言えます。
僕自身もアスリートとして育てられ、多くの試合に負けてきたからわかるのですが、負けた時は、気持ちが盛り下がるものです。でもこの映画は負けを描きながらも、実際はものすごい勝利で幕を閉じています。選手としての勝利ではなく、人生を生きる者としての勝利を描いています。何が何でも勝たなければと考えている子どもたちがこの作品を見て、「負けても、また立ち上がれる」と思ってくれたら、嬉しいですね。
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『ドリームプラン』(原題:King Richard)
製作/ウィル・スミス、ティモシー・ホワイト、トレバー・ホワイト、セリーナ・ウィリアムズ、ビーナス・ウィリアムズ
監督/レイナルド・マーカス・グリーン
脚本/ザック・ベイリン
撮影/ロバート・エルスウィット
出演/ウィル・スミス、アーンジャニュー・エリス、サナイヤ・シドニー、デミ・シングルトン、トニー・ゴールドウィン、ジョン・バーンサル
日本公開/2022年2月23日(祝・水)より全国ロードショー
配給/ワーナー・ブラザース映画
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