Column

2022.02.19 18:00

【単独インタビュー】『ちょっと思い出しただけ』松居大悟監督とジャームッシュを繋ぐ、星の一角の恋愛物語

  • Atsuko Tatsuta

※本記事には映画『ちょっと思い出しただけ』のネタバレが含まれます。

『くれなずめ』の松居大悟監督が、池松壮亮と伊藤沙莉を主演に迎えて描くオリジナルラブストーリー『ちょっと思い出しただけ』が2月11日(金)に公開されました。

2021年7月26日、34回目の誕生日を迎えた佐伯照生(池松壮亮)は、怪我でダンサーを引退し、ステージ照明の仕事で生計を立てています。一方、タクシー運転手の野原葉(伊藤沙莉)は、いつものように東京の夜の街を走っていました。とある街角で、どこからか聴こえてくる足音に吸い込まれるように歩いて行くと、視線の先にはステージで踊る照生の姿がありました。時は遡り、照生と葉の出会いの瞬間から恋の行方まで、不器用なふたりの二度と戻らない愛しい日々を、カメラは“ちょっとだけ”映し出す──。

監督を手掛けた松居大悟は、劇団ゴジゲンを主宰する傍ら、『バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら〜』や『くれなずめ』(21年)など次々と話題作を送り出している気鋭の若手。『ちょっと思い出しただけ』は、MVを制作するなど10年に渡って親交のあるロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観がジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て書き上げた新曲「ナイトオンザプラネット」を基に、松居が脚本を執筆し映画化に至ったオリジナル作品です。

劇場公開にあたり、公開記念舞台挨拶を終えたばかりの松居監督に製作の裏側を伺いました。

──『ちょっと思い出しただけ』が昨日から劇場公開されましたが、とても良いスタートを切ったそうですね。おめでとうございます。
そうみたいです。(SNSで)エゴサーチをするのですが、前作までは、映画のタイトルで検索して出てくるコメントは全部追えていたんです。でも今回は、公開日の夜くらいにもう追い切れなくなってやめました。追えなくなったのは今回が初めてですね。

──それくらい反応があったということですね。エゴサーチは毎回していらっしゃるんですか?
します。息をするように。それによって作品が完成すると思っているので。観た人の感想や気持ちからその届き方を知ることで、映画を作っている実感があります。映画を完パケたところが完成だとは思っていなくて、良くないコメントはどの作品でもあるから、それを読んで落ち込むことはあるけど、それが次に繋がります。

──舞台は観客のリアクションがあってこそひとつの作品が完成するという側面も多いので、舞台出身の松居監督としては、余計に観た人の反応を大切にするのでしょうか。
映画も同じですよ。もし映画が出来上がった時点で作品が完成したと思っている製作者がいるとしたら、ちょっと哀しいですね。

──確かに、劇場に必ず足を運んで観客の反応をチェックするという監督はいますね。公開したら、劇場にも足を運ばれますか?
はい。この作品は昨日公開したばかりなのでまだ出来ていないけど、ちょっと落ち着いたら行きます。

──観客の反応のどんなところを見るのですか?笑っているポイントとか?
東京国際映画祭で上映した時はそういう点も気にしましたけど、普段劇場で見る時には、ムードとかですかね。客席の雰囲気とか、始まる前にどういう会話をしていて、終わった後にどういう会話や顔をしているのか。そういうのを感じています。

──もともとこの企画は、尾崎さんがオールタイムベストに挙げているジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』にインスパイアされて書いた、クリープハイプの「ナイトオンザプラネット」が基になっていますね。松居監督が『ナイト・オン・ザ・プラネット』をご覧になったのはいつ頃ですか?
大学生の時ですね。おそらく、ジャームッシュだと意識して観たわけではありませんでしたね。大学で演劇を始めた頃に意識的に映画を観始めて、1日1本は観ようと思いTSUTAYAに行って、5本1,000円とかで毎週2,000円分を借りて観ていました。最新作から昔の日本映画とか、海外のクラシックをいろいろ観ているうちに『ブロークン・フラワーズ』(05年)を観て、面白い監督だと思って、その流れで『ナイト・オン・ザ・プラネット』も観たんです。でも尾崎君ほど運命が変わったわけじゃなくて、いい映画だなぁと思った感じですね。

──ジャームッシュ作品でお好きなのは?
最近の作品ですが、『パターソン』(16年)ですね。

──やっぱり『パターソン』なんですね!『パターソン』がなぜ日本でスマッシュヒットしたのかは、業界内でも話題になりましたが、松居監督は『パターソン』のどこに惹かれたのですか?
ジャームッシュの作品はいつもそうですが、些細で何気ないけど、彼らにとって切実な日常を描いています。大切に詩に書いていて、それを犬にズタズタに破られた時の、“気にしてないよ”と言いながら気にしている感じ。遠い国の人なのに、その感覚に親近感があるというか、共感しました。ハリウッドの派手な規模の、どうやって作っているのかわからないようなエンターテインメント作品だと遠く感じるけど、ジャームッシュ監督の作品を観ていると、同じひとつの星の人間なんだと感じられます。『コーヒー&シガレッツ』(03年)とかもそうでしたし、最初に観た『ブロークン・フラワーズ』も結構好きでした。

──尾崎さんが『ナイト・オン・ザ・プラネット』をすごく好きだというのは、ご存知だったのですか?
映画の話はよくしていて、ジャームッシュが好きなのは知っていました。なぜ『ナイト・オン・ザ・プラネット』が好きなのかは後になって聞いて、彼らしいなと思いました。『ナイト・オン・ザ・プラネット』の中に“ハイプ”というセリフがあって、それをバンド名にしたことは聞いていましたが、大晦日の夜に観て、その後の朝焼けを見ながらバンド組もうと思ったというところまでは知りませんでした。そんなに直接的に関わっていたんだ、と。

──尾崎さんは、新曲「ナイトオンザプラネット」を松居さんにお渡しした時、長編映画になるとは思っていなかったそうです。なぜ長編映画が良いと思ったのですか?
曲を聞いても、何も画が浮かばなかったんですよね。これまでクリープハイプのミュージックビデオを撮った時は、2、3個は画が浮かんで、それを組み立てて話を作ったりしたのですが、今回は何十回聴いてもまったく画が浮かばず。つまりそれは、音楽の上に“乗っている”物語ではないのだな、と。むしろ、物語が音楽に向かっていけば良いと思いました。これは僕の内側の感覚の話。

それから、クリープハイプがこの曲を作った背景にあるこれまでのストーリーを、僕も一緒に背負いたいと思いました。クリープハイプとの付き合いも10年くらいになるので。この二つの意味があり、長編映画にしようと思いました。

──尾崎さんは、ミュージシャン役として出演もしていますね。
脚本に、照生と葉をつなげる存在としてミュージシャンの男を書いていて、とても重要な役でしたし、僕としては尾崎君にも出演してもらいたいと思いました。僕も「背負う」と言っているのだから、彼にもそこに居てもらわないと、という思いもありました。

メイキング写真より

──この映画を撮るにあたって松居監督は『ナイト・オン・ザ・プラネット』から強く影響を受けているのですか?
結構受けているとは思います。(脚本が)ずっと書けなかったから、ジャームッシュの作品を毎日観ていました。

──尾崎さんは『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観たのは最初の一度だけとおっしゃっていましたが、松居監督は観直したのですね?
はい、(ソフト版を)買って観直しました。真剣に観るというよりは、書けないときになんとなく流して、“台本書けないなあ”と思いながら観ていました。その空気感に包まれながら。

──改めて観直してみて、『ナイト・オン・ザ・プラネット』の構造的に面白いと思ったところはありましたか?
基本的に画が動かないですよね。ほとんどが走っている車の中だから。それなのに動きを感じるのが面白かった。それと、持つものと持たざるものが対比されつつ、でも同じ“星”の夜の話なのだという、人に対してフラットでありながら優しいところが、『ナイト・オン・ザ・プラネット』ではその構成が故に、ジャームッシュ作品の中でも特にくっきりと見えた気がしました。それの東京版が観たかったなとも、もちろん思いましたね。ある夜の同じ時刻に起こった、いろいろな街のタクシーにまつわる話をオムニバス形式で描いた話ですから。

──演出的に『ナイト・オン・ザ・プラネット』を意識した点はありますか?
ほとんどありませんが、照生が足を怪我して、葉が肩を組んでタクシーまで行ってドアを閉めようとする時に「まだ、足が……」と言うシーンは、ジーナ・ローランズの空港のシーンを現場でふと思い出して、「ちょっとやってみて」と言ってアドリブで付け加えました。そのくらいですね。

──『ナイト・オン・ザ・プラネット』はタイトルの通り夜を撮るわけですが、『ちょっと思い出しただけ』でも夜を撮影したいという意識はありましたか?
はい、今回は闇と光をすごく大事にしていました。深い闇があるから光が見えてくるような。照生という名前もそうです。照生と葉はそれぞれにとっての明かりになっていたり、闇になっていたり。こうしたことがキーワードでした。夜のシーンをたくさん撮っていたのも、そういうことですね。

──先ほど、なかなか脚本が書けなかったとおっしゃいましたが、どの部分が難しかったのですか?
構成です。おそらく男女のラブストーリーであるのなら、どういうラブストーリーだったら最後にこの曲が流れてグッと来るのだろう…と考えた時に出てきたものが、最初はいわゆる出会って別れてのラブストーリーだったんです。台本を書いている時はまだ『花束〜』は公開されていませんでしたが、それでも既視感があるし、平凡なラブストーリーになってしまいそうだと思って。今の構成を思いつくまでに、結構時間がかかりましたね。それでジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観返したりして、(本作は)コロナ禍で東京ロケだろうと思っていたので、(『ナイト・オン・ザ・プラネット』とは違って)同じ場所だけど様々な時間の話にしようと思いました。それで、二人が別れて終わるのは嫌だから、出会って終わりにしよう。それは何故かと言えば…思い出していくから。その構成が出来上がるまでが大変でしたね。

──ラブストーリーの“結末”から物語を始めた理由は?
ラブストーリーって、二人が出会っても、付き合ってどうせ別れるんだろうと思わないですか?

──付き合い始めて、それからどうなるんだろうというワクワク感や高揚感もあると思いますが…(笑)。
そうなのかな(笑)。まあ、僕はそう思っちゃうから、映画の最後とかで二人が別れて泣いたとしても、「でしょうね」「わかってたし」と思ってしまいます。なので、別れたところから始めれば、そうした“先読み”を潰せるし、単純に、お客さんを引っ張ることができると思いました。「この映画は、二人がどうなっていくかを見せる物語ではない」と最初に示すことで、「じゃあこの映画は何を伝えようとしているんだろう」という見方になります。そうなった時に、「過去を思い出していく」ことがすごく意味のあることだと思えました。

──照生の誕生日から始まることに、意味はあるのですか?
二人にとって特別な日にしたくなかったんです。付き合い始めた日とか別れた日とか。それで、二人にとって特別ではないある日を、誕生日にするのが僕は好きで。みんなにあるけど、自分では決められない、意志が通っていない日。なのに、ドキドキしたり、ソワソワしたりするので。

──7月26日というのは?
台本では“◯月26日”だったのですが、撮影が7月になったので。なぜ26日にしたのかは…、理由はあった気がするのですが、ちょっと思い出せないですね(笑)。

──キューブリックの誕生日だから、ではないですよね?
キューブリックの誕生日なんですか?だとしたら、ジャームッシュの誕生日にした方が良いですね(笑)。

──タイトルで“ちょっと”と言っているのは、照れから来ている表現なのですか?
それは観る人次第で良いと思っています。本当に“ちょっと”だったと思ってもらっても良いし、いっぱい思い出したけど照れ隠しで“ちょっと”と言っている、というのでも。

──タイトルはいつの段階で決まったのですか?
もともとは違うタイトルだったんです。『星につま先』という。『ナイト・オン・ザ・プラネット』が“星の夜”なら、星の一角である東京の物語だから、“星につま先”みたいな話だ、と。決定稿を入れる直前までこれで行くつもりだったのですが、みんなからすごくわかりにくいと言われて、変えました。オリジナル台本なのに、なんでタイトルまでわかりにくいとか言われなきゃいけないの?監督は俺だぞ…と思いましたが(笑)、結構な圧があり…。スタッフや池松君とかみんなが考えて、クリープハイプの曲の歌詞にある“ちょっと思い出しただけ”が良いんじゃない?となりました。

──監督の案は却下され、合議制で決まったんですね!
言いたいことは言い合う関係でしたので。決定稿が来たら、『ちょっと思い出しただけ』に変えられていました(笑)。今はこれで良かったと思っています。

──そういえば、尾崎さんもとてもはっきりと意見をおっしゃっていました。「松居監督の作品には気持ちを“爆発”させてしまう瞬間があるけど、今回は最後まで我慢していて良かった」と。
失礼な(笑)。“爆発”しても良い映画になったと思いますよ。実は最後のシーンで、タクシーを夜空に飛ばそうと思っていたんです。台本にはそう書いていましたが、途中から「これは絶対にやめた方が良い」とプロデューサーや池松君から言われて。「松居さん、これいくらかかると思ってます?」とすごい責められて。「いや、グリーンバックで撮れば…」とか抵抗したのですが。

──それは松居監督としては不本意だったのですか?
いや、抑えたから良い映画になったのではなく、“爆発”しても良い映画になったと思います。これははっきり言っておきたいですね。“爆発”したから悪い映画になった…というのは、たらればの話で。『くれなずめ』で(最後の方に)心臓を投げ合ったりすることの影響が大きくて、「あれ、しなきゃいいのに」とすごく言われました。でも僕は、心臓を投げ合いたかったんです。

──『くれなずめ』は、もともと心臓を投げ合うシーンのイメージがあって始めた企画でしたよね?
そうそう、そうなんです。心臓を投げ合って、救われた人もいると思うんですよ。少なくとも僕自身は救われたし、どうしても不死鳥にしたかった。引いた人もいると思いますが。

最後、葉のタクシーが発車して、照生がちょっと思い出したような顔をする一方、葉はひとりになっていると思って走り出したら、飛んでいく…という。二人のデートの時は、飛んでいるイメージで話していながらも飛べなかったのが、ひとりになった時に飛べるというのは良いなと思ったのですが、わかりにくいと却下されました。それで、信号が全部青になるという喜びの表現に変えました。今は満足しています。

──先ほどエゴサーチをするとおっしゃっていましたが、スタッフの否定的な意見も受け入れてて、とても打たれ強い方なんですね?
打たれ弱いですよ。この映画のレビューでも、「伊藤沙莉はよかった、けど映画自体はうまくいってない、というか正直失敗してる」みたいな、映画中のセリフを上手く使って批判している人とかもいました。そういうのを読むと落ち込むし傷つくけど、でもスクショして、次の作品のエネルギーにします。たぶん『くれなずめ』の時に「心臓を投げるな」「超展開が蛇足」とか書かれてちゃんと落ち込んだから、「タクシーを飛ばすのはやめた方がいいよ」というみんなの意見も聞けたのだと思います。批判は、食らいながら聞きます。

──東京オリンピックの開催時期に撮影されていましたね。心理的、物理的に影響はありましたか?
テクニカルな意味では、報道のヘリが飛び過ぎていて、通り過ぎるのを待つ時間が多かったのと、高速道路がどれくらい混むのか読めなかったこととか。

でも、タイミング的にはシメシメという感じでした。東京でオリンピックはこれから50年くらいはやらないだろうし、その瞬間を映画に残せるタイミングで撮影できたので。作品の中に切り取れるのには意味があったし、葉の「オリンピックやるなんて思いませんでしたねぇ」というセリフも、撮影日が決まった後に、決定稿で敢えて入れました。

──ジャームッシュ監督は日本が大好きで、これまでも日本で撮影しようとしたこともありつつ、実現していません。『ちょっと思い出しただけ』を観て、『ナイト・オン・ザ・プラネット』の東京パートが出来たような気がして、とても楽しくなりました。
同じことを永瀬(正敏)さんにも言われました。「ジムがこれを観て、『ナイト・オン・ザ・プラネット』の東京編が出来たねって思ってくれるといいね」とおっしゃってくださって、とても嬉しかったです。でも、僕自身にそういう意識はありませんでした。別の映画だし、そんな風に考えるのはおこがましいと思っていたので。

──本作をジャームッシュ監督にも観てもらいたいですよね?
はい。アメリカの映画祭で観ていただくしかないと思っていますがね。永瀬さんもおっしゃっていたのですが、DVDやオンラインとかでは観ない、スクリーンでしか観ない方なので、DVDを送っても意味がなくて。6月のトライベッカ映画祭あたりでなんとか…。(トライベッカ映画祭を創立した一人が)デ・ニーロだし、『タクシードライバー』(76年)を演っているでしょ、と…(笑)。

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『ちょっと思い出しただけ』

怪我でダンサーの道を諦めた照生(てるお)とタクシードライバーの彼女・葉(よう)。
めまぐるしく変わっていく東京の中心で流れる、何気ない7月26日。
特別な日だったり、そうではなかったり…でも決して同じ日は来ない。

世界がコロナ以前に戻れないように、二度と戻れない愛しい日々を、
“ちょっと思い出しただけ”。

監督・脚本/松居大悟
出演/池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、尾崎世界観、成田凌、菅田俊、神野三鈴、篠原篤、國村隼、永瀬正敏
主題歌/クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」(ユニバーサル シグマ)

日本公開/2022年2月11日(金・祝)全国公開
配給/東京テアトル 
公式サイト
©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
Photo by E-WAX