Column

2021.11.15 19:00

【単独インタビュー】『SAYONARA AMERICA』佐渡岳利監督が捉えた天才音楽家・細野晴臣の集大成

  • Atsuko Tatsuta

新世代にも大きな影響を与える天才ミュージシャン・細野晴臣の集大成とも言える『SAYONARA AMERICA』は、2019年に“憧れの地”アメリカで開催された初のソロライブと直近のトークシーンをまとめたライブドキュメンタリー映画です。

ライブ会場となったのは、NYのグラマシー・シアター(5月28・29日)と、ロサンゼルスのマヤン・シアター(6月3日)。チケットは発売と同時に完売し、当日はファンが長蛇の列を作りました。

帰国後、ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』(19年)の公開や展覧会「細野観光1969 – 2019」など、デビュー50周年を記念したイベントが続き、その余韻を味わう間もなく2020年に入ると新型コロナウイルスが猛威をふるい、世界は一変。普通だったことが普通でなくなり、音楽も他のエンターテインメントと同様に、自宅で楽しむことを余儀なくされました。

人々が同じ空間で時間を共有し音楽を楽しんでいたのは、すでに過去のことなのか?“マスクがなかった時代”を偲んで、不世出の音楽家・細野晴臣が、幸福感と高揚感に満ちたライブ映像を通じて、音楽の意味を問いかけます。

監督を務めたのは、NHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサーの佐渡岳利。音楽を中心とした番組制作に携わる一方、Perfumeの『WE ARE Perfume -WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』など音楽ドキュメンタリー映画も監督。細野晴臣とはNHKの音楽バラエティ「細野晴臣イエローマジックショー」(01年)以来の関係で、『NO SMOKING』(19年)も手掛けました。

海外ライブツアーに同行し、天才音楽家のバックステージも余すことなく目撃してきた佐渡岳利監督に、新たなドキュメンタリーに込めた思いを伺いました。

──細野晴臣さんのデビュー50周年を記念した『NO SMOKING』から2年。今、2019年のライブをドキュメンタリー化するきっかけは何だったのですか?
『NO SMOKING』は細野さんの50周年記念のドキュメンタリーだったので、生い立ちから、その活動の全体を網羅したものでしたので、あまりライブシーンを入れられなかったということがあって、当時から(『NO SMOKING』とは別に)ライブも映像作品として残したいという話がありました。

「細野観光1969 – 2021」大阪巡回展(2021年11月12日〜12月6日)が開催されるので、きっかけとしてちょうど良いのではないかということで公開が決まった形ですね。アメリカに行けなったファンの方々がライブ映像を大きな画面で体験できるのは、いいですよね。

──細野さんとの出会いは?
2001年にNHKで放送した『細野晴臣 イエローマジックショー』という番組を作った時ですね。細野さんがデビュー30周年のタイミングで、その特番をやらせていただきました。2000年に制作して、放送は年明けの2001年だったので、2000年からのお付き合いという感じです。

──20年に渡るお付き合いを通じて感じる、アーティストとしての細野さんの魅力とは?
間違いなく、飛び抜けた才能です。細野さんは、日本の音楽のいろいろなフォーマットを作られた方。70年に結成したはっぴいえんどは、日本のロックバンドのスタイルの原型ともいえますし、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)ではコンピューターサウンドの形を作った。YMO解散後もさまざまなジャンルの音楽を制作したり、また、松田聖子さんやイモ欽トリオに楽曲を提供したり・・・「風の谷のナウシカ」のテーマソングも細野さんの作品ですよね。

僕は1966年生まれですが、YMOにはリアルタイムで衝撃を受けて、そこから聴き始めました。“なんだこの音楽は!”と、当時少年の自分は本当にびっくりしました。

一緒に仕事をしてみて思うのは、自身の興味のあることを素直にやる方だということ。流行を追ったり何かに流されたりすることは全くなく、ご自身が今気になるサウンドを追求し、飽きたらやめる。とても自由に音楽をやっていらっしゃいます。

──星野源さん、水原希子さんといった新しい世代でも、細野さんの影響を受けている方は多いですね。
星野さんは、細野さんのマニアと言ってもいいぐらいです。若い頃から本当に影響を受けていらして、今は一番弟子みたいな感じではないでしょうか。水原さんは、細野さんの生き方に触発されています。“自由に生きて大丈夫なんだ。自由にすることはこんなに尊いんだと教えてもらえた。細野さんとの出会いは特別です。”とおっしゃってました。若い世代にとって、細野さんはメンターみたいな感じなのかもしれないですね。

──『SAYONARA AMERICA』は、2019年のNYとLAでのライブにフォーカスしていましたが、撮影はどんな感じだったのですか?
ツアーにずっと帯同していたので、細野さんたちより少し前に現地に入って、空港で待って、移動中も撮影していました。NYのライブが先だったのですが、ライブ会場の入っている建物の周りを、観客の列がぐるりと取り巻いていて、壮観でした。日本人はほとんどいなくて、現地の方ばかり。NYを中心に東海岸の方が多かったですね。

あのライブに来ている人たちは、文化というものに関する考え方が違うのか、すごくフラットに、深いところで楽しんでいる気がしました。LAも現地の方がほとんどだったことは変わりませんが、NYよりは若い人が多くてノリが良かったりと、雰囲気が違っていたりして面白かったですね。

──佐渡監督から見た、良いライブ映画とは?
やはりライブ映像を大きな画面で大音量で体験するのは、なかなか無いことだと思いますから、まずは没入できることが大事ですよね。そして、映画ですから単純にライブを流すのではなく、思想を汲み取れるヒントが上手く散りばめられていると良いかなと。

──このドキュメンタリーのコンセプトに関しては、細野さんとどのようなお話をしたのですか?
ライブを中心にしようというのは初期段階から決まっていました。編集室にも何回か来てくださって、最初はざっくりと適当に並べたものを見て、“こういうのも入れようか”とか相談しながら作っていった感じですね。細野さんにもいろいろとアイデアを出していただきました。屋上でギターを弾いているシーンなどは、ご自身で撮ってくれたものです。作るうえで『アメリカン・ユートピア』(デイヴィッド・バーンのステージをスパイク・リー監督が撮影)とかは話題に上がっていましたね。見た目は大分違いますが(笑)

──ライブは2019年のものですが、作品自体にはコロナ禍の影響が伺えますね。
2019年の夏前にアメリカでライブツアーをして、帰国後、『NO SMOKING』や展覧会の準備で慌ただしくして、一段落したと思ったらコロナ禍が始まりました。なので、細野さんも“ああいうこと(海外ツアーなど)ってもうできないのかも”と思われたのではないかと思います。コロナ禍により細野さんも巣ごもりなさっていましたが、『SAYONARA AMERICA』というタイトルは細野さんがつけてくださったものです。僕もこのドキュメンタリーを作るにあたっては、コロナ禍については避けて通れないと思っていたので、このタイトルは腑に落ちましたね。作品の方向性がはっきりしたというか、本当に大きなヒントをいただきました。

──『SAYONARA AMERICA』は、はっぴいえんど時代の「さよならアメリカ さよならニッポン」からの引用で、映画中にも出てきましたね。
細野さんはここ何年か、アメリカの古い音楽を追求されてきて、2020年も海外公演を予定していたのですが、コロナ禍で全部中止になって。そういうことを考えると、大好きなアメリカとある種の区切りを感じたのではないでしょうか。だからこその、アメリカへの思いを自分なりに昇華し、いろんな思いを詰め込んだタイトルなのだと思います。根底の部分では同じでも、はっぴいえんどで「さよならアメリカ さよならニッポン」を作った時とは、また異なるメンタリティだったのでは…。

──実際に、新型コロナの音楽業界への影響は大きかったですね。
コンサートがほとんど中止になったので、本当に影響が大きかったですね。ライブも家で配信を楽しむ方へシフトして行かざるを得なくなりましたが、その経験によって、ミュージシャンと同じ空間で音楽を楽しむことの喜びがいかに大きく、配信等では埋められない部分があることを確信できました。同じ場にいて、空気が振動するあの感じを共有することの大切さ。なので、この先どうなるかわかりませんが、コロナが完全に収束しない場合、どのようにやっていけばいいのかは、ものすごく大きな関心事です。感染が収まれば、もとのようにライブも再開できるかもしれませんが、常にリスクと隣り合わせなのは変わらないと思いますし。

──細野さんご自身も落ち込んでいましたか?
細野さんは落ち込むというか、外国と行き来してライブ活動をするのはしばらく無いだろうし、あったとしても、今までのスタイルの音楽をやるのはないかな…とおっしゃっていましたね。映画の中でも“音楽を辞めようかと思ったけれど、辞めるの辞めようかな”とおっしゃっていますし。考えるところはかはり多かったと思います。

──ポスト・コロナでも、再び細野さんとコラボレーションは期待できますか?
僕はついて行くだけなので、何か新しい動きがあって、映像とかでお手伝いできることがあれば、馳せ参じるという以外ないですね。余談ですが、この作品の製作中に、ヨハン・ヨハンソンの遺作である『最後にして最初の人類』(20年)を観たのですが、巨大なモニュメントの映像に、ヨハンソンの音楽が流れるだけみたいな作品で。その話を細野さんにしたら「僕もそういうの作りたいな」とおっしゃっていましたので、いちファンとして期待したいですね。

==

『SAYONARA AMERICA』

出演・音楽/細野晴臣
監督/佐渡岳利
プロデューサー/飯田雅裕
制作プロダクション/NHKエンタープライズ
企画/朝日新聞

日本公開/2021年11月12日(金)シネスイッチ銀座、シネクイント、大阪ステーションシティシネマ他全国順次公開
配給/ギャガ
公式サイト
©2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS
ARTWORK TOWA TEI & TOMOO GOKITA