【単独インタビュー】『皮膚を売った男』カウテール・ベン・ハニア監督
- Mitsuo
第93回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた『皮膚を売った男』は、念願の“自由”を手に入れるために契約を結び、背中一面にタトゥーを入れる男を通じて、現代美術や難民問題を風刺する人間ドラマです。
国へ帰ることも海外へ逃げることも出来ないシリア難民の主人公サム(ヤヤ・マヘイニ)が出会ったのは、「私があげよう 自由に飛べる絨毯を ─ 背中が欲しい」と豪語する世界的芸術家のジェフリー(ケーン・デ・ボーウ)。契約書にサインし、愛する恋人に会うための“ビザ”をもらえることになったサムに課せられた契約──それは、自らがアート作品になることでした。背中一面に“VISA”のタトゥーを施され「作品」となったサムは、裕福な生活を手に入れ、恋人と再会も果たし、世界中から注目を浴びます。“悪魔”との契約ですべてを手にした男が迎えるのは、果たして幸か不幸か──?
第77回ヴェネツィア国際映画祭のオリゾンティ部門でプレミア上映が行われ、主演のヤヤ・マヘイニが男優賞を受賞。第26回リュミエール賞合作賞の受賞や第31回ストックホルム国際映画祭脚本賞の受賞など、賞レースを席巻した話題作。日本でも、第33回東京国際映画祭で上映されるや「大傑作」「監督は天才か?」「最大級の驚き」「予想もつかない結末」と評判を呼び、劇場公開を望む声が多くあがりました。
共演には、『007 スペクター』『オン・ザ・ミルキー・ロード』のモニカ・ベルッチ、『Uボート:235 潜水艦強奪作戦』のケーン・デ・ボーウなど、豪華キャストが脇を固めています。
監督を務めたカウテール・ベン・ハニアは、『Beauty and the Dogs』(17年)でカンヌ国際映画祭「ある視点」音響賞を受賞、アカデミー国際長編映画賞のチュニジア代表に選ばれた実力派。2012年にルーヴル美術館で、背中にタトゥーが施された男が、上半身裸で展示部屋の椅子に座っているという、ベルギーの芸術家ヴィム・デルボアによる作品「TIM」(06年)に出会ったことが、本作の出発点となりました。
日本公開に先立ち、カウテール・ベン・ハニア監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。
──この映画では、「自由」というテーマを、2つの大きく異なる社会を舞台に、現代アートと難民という切り口から対比していると思います。なぜこのアングルから「自由」を見つめようと思ったのですか?
映画のストーリーを考え始めた頃は、“自由”がテーマになるとは思っていませんでした。でも段々と、この映画に隠されたテーマは何なのかと自問自答するうちに、この地域で2011年頃から起きた革命のことが思い浮かびました。シリアだけでなくチュニジアも含め、自由を求めることが、人々のモットーになっていました。それから私はヨーロッパに住んでいるので、自由主義の国々における自由とは何なのかを考えるようになりました。自由とは、もちろん言論の自由といった個人の自由もありますが、自由経済やリベラリズムといった大きな概念もあります。そうしたこと全てに興味が惹かれ、この映画で私が提起したい最も大きなテーマは自由の探求であると、一気に明確になりました。自由に対する誤った考えや認識を持ったり、独裁国家に住む人々でも、個人の中にある自由まで侵されることはありません。となると、自由とは何なのか──段々とそれが、この映画の焦点となっていきました。
──ルーヴル美術館でヴィム・デルボアによる「TIM」に出会ってから、どのようにしてこの物語が出来上がったのですか?観客の価値観を問う映画であるとともに、最後まで驚きに満ちた、“エンタメ”としても素晴らしい映画でした。
“エンターテインニング”と言ってくださり、ありがとうございます。私にとっての映画は楽しいものでもあり、それが私が目指したところです。ただ、中身が空っぽのエンタメであるべきではないと思いますが。ですので、インパクトのあるキャラクターや深淵なテーマを提示しながらも、観客には楽しんで物語の世界に入り込んでもらえるようにしたく、そのバランスをどのようにとるかが、脚本の執筆から映画を作り上げるまで、ずっと考えていたことでした。
この映画は1つの“イメージ”から始まり、そこにある長い物語を描くものです。私自身、この映画のきっかけとなったのは、2012年に見た「TIM」のイメージでしたからね。それが取り憑かれたように私の頭から離れず、他のイメージや音にも興味を持つようになりました。私の中でその存在がどんどん大きくなっていき、とにかく“外”に出さなければという状態になり、5日間で最初の脚本を書き上げました。そこから映画を作るのなんて無理なひどい出来なものでしたが、私にはとにかく必要な最初の衝動でした。それからは建築家のように合理的に向き合い、観客に様々なことを楽しみながら理解してもらえるだけの余裕のある物語の構成を考えていきました。それから今度は、批評家のように向き合い、“これは良くない”“これはもっともっと良くできる”というように批評し、これなら実際に映画が作れると思えるまで何度も何度も書き直していきました。
──サムの根底にあるモチベーションは、恋人への愛だと思いますが、あなたは、愛こそが人々を究極的に結びつける、また観客と映画をつなぐ力だとお考えですか?
はい。この映画はラブストーリーでもありますからね。それに私は、ラブストーリーが大好きなので(笑)。恋に一途なちょっと古風なキャラクターが好きで、今回はそんな人物が、非常に策略的で冷淡な、成功や金に貪欲な世界と出会うことで、対比させたいと思いました。サムは本能的、衝動的に行動し、愛する女性を追い求めているわけで、そんな人は今では古臭いと言われたり馬鹿にされるかもしれませんが、私はそうした感情に深く入り込んでいくのが楽しみでした。それから、自尊心を汚さない人と一緒にいることは、ただ成功することよりも大切だと思います。どんなに成功していても、人間的に良くない人に囲まれていては幸せではないでしょうからね。陳腐な表現と言われるかもしれませんが、愛は大事です。
──この映画を作る前は、現代アートにどれほど馴染みがあったのですか?リサーチ等も多くされたと思いますが、そこで発見したことは?
ギャラリーや美術館に行くアートファンの一人でした。でもこの映画のことを考え始めて、今こそアート業界の仕組みを調べて理解する時だと思うようになりました。その世界に入り込んで仕組みを理解するのは、いわばその世界のスペシャリストになることです。前作『Beauty and the Dogs』(17年・未)でも同様のことを行いました。警察についての物語だったのですが、警察が組織としてどのように動くのかを理解するのが重要でした。組織とは様々な仕組みや法律や習慣を作るために人々が生み出したもので、人は組織が大好きです。本作では、アートに関するリサーチに熱心に取り組んでいく中で、アートやその歴史、アート市場の変化、それからアートと権力の関係について、様々な面白い発見がありました。もともとアートはメソポタミアの神殿で王や女王の下で生まれ、神とともに存在していました。中世やルネサンス期には、教会、それからメディチ家といった大富豪のものとなり、今日では資本主義が台頭し、人々はアートに投資するようになりました。有り余るほどの富を持つ人が、アートを売買するという。こうしたアートと権力の関係をこの映画で問うのは、とても興味深い事でした。
──あなたから見て、現代アートが抱える問題は何だと思いますか?
そうですね…、何かについて問題を指摘することは、“これは好き”“これは良くない”といった判断を下しているような感じがしてしまいます。なので、私は医者のように“診断”することの方が好きです。本作でいえば、アートの現状や資本主義との関係を提示すること。資本主義は非常に強力な、成功を収めている概念で、あらゆるものを売買可能なものに変えてしまいます。それが実際に“問題”なのか私にはわかりませんが、事実として存在しています。
──キャスティングについてもお聞きしたい思います。まずは、サム役を演じる俳優を選ぶ上で大切だったことは?
とにかくこの作品に合う“背中”を探していました(笑)。というのは冗談で、もちろん“背中”は大切でしたが、最も重要視した部分ではありません。私が探していたのは、シリア系アラビア語を話せるシリア人で、俳優としての技量もある人。主人公として、物語を背負っていかなければなりませんからね。それから私はダークユーモアがとても好きなので、その点でも合う人物を探していました。ブラックなユーモアで自虐するような人。ヤヤ・マヘイニはこのすべてが揃った、パーフェクトな人物でした。
──彼とは難民についての話もしたのですか?
はい、たくさん話しました。シリアの話もたくさんしたし、難民問題や彼の家族について、それから私が出会った人たちの話も。監督のメインの仕事といえば、話すこと、コミュニケーションをとることですからね(笑)。彼が演じる役についてや、彼が感じていること、それから彼が恋をしているときの様子など、様々な話をしました。こうした会話を重ねる目的は1つで、彼自身と作中のキャラクターを引き合わせることです。そうすることで彼は、自分自身であると同時にキャラクター自身にもなることができ、演じるキャラクターがリアルな存在になっていくわけですね。
──保険エージェント役でヴィム・デルボアがカメオ出演していますが、なぜ出演してもらうことにしたのですか?
彼は全ての始まりとなった人物なので、映画に出演してもらいたいと思っていました。ただ、俳優ではないので、小さな役を探していました。そんな中で、今回お願いした役はとても挑発的です。タトゥーの入った男が死んだ時の話をするのですからね。「この役はどう?」と彼に尋ねたら、「とても気に入った」と言ってくれました。彼も挑発的な人物ですから、小さなカメオ出演でしたが、彼にふさわしい役だったと思います。
──モニカ・ベルッチとは以前から一緒に仕事をしたいと思っていたそうですね。
モニカについてはなんと言ったら良いのでしょうか…。ソラヤはとても美しく魅力的で、シックな人物であるべきと考えていたのですが、そうした言葉を並べると、反射的にモニカ・ベルッチを想像しました。プロデューサーにモニカ・ベルッチが良いと伝えたら、「絶対に受けてはくれないだろうけど、エージェントに脚本を送ってみよう」と言われました。まさに瓶に手紙を詰めて海に投げ込むような感覚でした。そうしたら、モニカは脚本を読んでくれて、私の過去作品も観て、即座に受けてくれました。本当に驚きましたが、とても嬉しかったです。彼女は素晴らしい女性で、女性の監督と一緒に仕事するのも好んでいます。彼女なりの“らしさ”をもたらしてくれるので、それにあわせてソラヤの外見もフェイクの金髪に変えたりしました。彼女との仕事は本当に楽しかったです。
──レバノン出身のクリストファー・アウンが撮影監督を務めていますが、彼にオファーした理由は?ビジュアル面でのコンセプトについて、彼とはどのような話し合いをしたのですが?
クリストファー・アウンはかなり遅くに参加が決まりました。撮影の始まる3ヶ月ほど前だったと思います。もともと別の撮影監督と進めていたのですが、とにかく私と話が合わず、とても困難な状況に陥り、この撮影監督では映画が完成しないと思うようになりました。プロデューサーに話すと、ロケハンなどもかなり進んでいたため困った様子でしたが、私は考えを改める気は無い、別の撮影監督と仕事がしたいと伝えました。そして、新たな撮影監督探しが始まりました。
同じ頃、この映画にドイツの共同製作パートナーがついたのですが、ドイツから出資してもらうのなら、ドイツでお金を使うのが良いという話になり、撮影監督をドイツの人にしてはどうかという話になりました。そして、クリストファー・アウンを提案されました。彼はドイツ在住だけどレバノン人で、そうした意味でこの映画にも繋がりがある、と。彼は『存在のない子供たち』を撮った方。本当に素晴らしい映画ですが、あれはベイルートの路上で自然光で撮影された作品です。私の映画は真逆で、自然光はほぼありません。話が長くなってきたのでまとめると、結局、「クリストファーは自分のスタイルを映画に押し付けるような事はしない。彼は映画に合わせることができる。とにかく彼と話をしてから決めてくれ」と言われ、クリストファー・アウンと話してみました。そうしたら、まさにラブストーリーにあるような出会いで、彼は私の話を即座に理解してくれたし、参考となるアイディアや映画の話を昼夜を問わずにするようになりました。彼は私のビジョンに対して技術的な解決法を見出してくれただけではなく、私の想像をはるかに超える提案をしてくれました。彼とは本当に素晴らしい冒険ができたと思います。
──撮影日数は?
32日間ですね。それほど予算はありませんでしたので。
──アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、国際的な注目を浴びたことで、あなたにどのような影響がありましたか?
大勢の人から連絡をもらったし、監督を頼みたいという脚本がたくさん届きました。今回のノミネートにより、私の次回作で資金調達が楽になることを願っています。そして、資金面の心配をする時間を削り、脚本や芸術面で作品により集中して時間をかけられればと思っています。でも、実際にどうなるかは、全く分かりません。新たな映画を作り始めるのは、再びゼロから始めるようなものですから。
──本作は昨年の東京国際映画祭で上映され、多くのファンから称賛の声が上がりました。そうした反応、また本作がついに日本公開を迎えることに対して、どのように感じていますか?
とても嬉しく思っています。自分の作った映画が世界中で、ましてや遠く離れた日本で公開されるなんて、魔法が起きたように感じます。でも日本映画が大好きな私にとって、日本は遠い国ではなく、そんな日本で公開されることをとても光栄に思います。
──お好きな日本映画は?
たくさんあります。黒澤監督や小津監督は素晴らしいクラシックの名手だと思います。特に気に入ってるのは『羅生門』ですね。とても衝撃を受けましたし、物語の伝え方において多くの学びがありました。
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『皮膚を売った男』(英題:The Man Who Sold His Skin)
主人公サムは、当局の監視下に置かれ国外へ出られなくなってしまう。海外で離れ離れになってしまった恋人に会うためなんとかして出国したいと考えていた彼は偶然出会った芸術家からある提案を受ける。それは、背中にタトゥーをし、彼自身が”アート作品”となることだった…。芸術品となれば大金を得ることができ、展覧会の度に海外にも行ける。恋人に会うためオファーを受けたサムだったが、次第に精神的に追い詰められてゆく。高額で取引されるサムを待ち受ける運命とは…。
監督/カウテール・ベン・ハニア
キャスト/ヤヤ・マヘイニ、ディア・リアン、ケーン・デ・ボーウ、モニカ・ベルッチ、ヴィム・デルボア
2020年/104分/チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・サウジアラビア/アラビア語、英語、フランス語/L’Homme qui a vendu sa peau(仏題)
日本公開/2021年11月12日(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開
配給/クロックワークス
公式サイト
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