Column

2021.09.17 11:00

【単独インタビュー】黒木華が『先生、私の隣に座っていただけませんか?』で惹かれたミステリアスな不倫の行方

  • Atsuko Tatsuta

黒木華&柄本佑のダブル主演による『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、夫の不倫を巡る結婚5年目の漫画家夫婦の心理サスペンスです。

漫画家の夫・俊夫(柄本佑)と編集者・千佳(奈緒)との関係を疑い始める結婚5年目の漫画家・佐和子(黒木華)。母(風吹ジュン)が怪我をしたという知らせを受けた佐和子は、俊夫とともに実家に戻りますが、そこで描き始めた新連載のテーマは「不倫」でした。自分たちの状況と似通った夫婦の不倫物語の行方に俊夫は動揺しますが、一方、佐和子は自動車教習所に通い出し、若くてハンサムな教官・新谷(金子大地)と出会い──。

クオリティの高い作品を輩出してきたオリジナル作品の企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM」の2018年準グランプリ受賞をきっかけに制作された『先生、私の隣に座っていただけませんか?』。脚本・監督を務めたのは、ドラマ・映画と活躍の場を広げる新進気鋭の映画作家・堀江貴大。劇中漫画を漫画家のアラタアキと、「サターンリターン」(小学館刊)が好評連載中の鳥飼茜が担当し、映画ファンだけでなく漫画好きも注目の一作に仕上がっています。

ホンネとウソが交錯するスリリングな夫婦の心理戦で、底知れないミステリアスな雰囲気で夫を翻弄する佐和子を演じる黒木華は、日本アカデミー賞で3度の最優秀助演女優賞を受賞している若き演技派。本作においても、俊夫のみならず観客をも翻弄する見事な演技で、圧倒的な存在感を示しました。

公開に先立ち、黒木がその演技の真髄をインタビューで明かしてくれました。

──『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、まさに黒木さんあっての映画という印象ですが、どの段階から参加されたのですか?シノプシスの段階か、脚本が出来上がってからですか?
脚本をいただいて読んだ時に、騙されたような感覚に陥り、このストーリーはどうなっていくんだろうと引き込まれ、佐和子を演じてみたいと思いました。今まで歳が近い監督と仕事をしたことがあまりなかったので、同世代の堀江監督とぜひご一緒したいと思いました。

──その“騙されたような感覚”とは、どの辺に感じたのですか?
最初に脚本を読んだ時は、現実に起こっていることなのか漫画の中の話なのか、「どっちだろう」と考えながら読んでいました。スリリングで面白かったです。

──佐和子の気持ちに感情移入できるところはありましたか?
もちろん夫が不倫をしていることに対する複雑な思いもありますが、同時に、昔は尊敬する先生として好きだった俊夫さんにもう一度漫画を描いて欲しい、もう一度描くことへの情熱を思い出して欲しいというメッセージを込めて、佐和子は漫画を描いていたところもあると思うんです。「心は動いた?」というセリフがありますが、そういう俊夫さんに対する愛情を感じさせるところは、違和感なく演じられました。

──もともと俊夫は佐和子の憧れの先生だったいう設定ですよね。それが立場が逆転し、佐和子の方が売れっ子漫画家になってしまったことに、彼女は引け目を感じていたと思いますか? それとも、時代的にも、もはや妻としてもそういうことを全く気にしないようになっていたと思いますか?
多少はあるんじゃないでしょうか。だけど、佐和子自身も漫画を描くことが好きなので、そうそう俊夫さんに遠慮はできないですよね。

──監督は柄本さんに、情けない男の人を演じて欲しいと伝えていたそうですが、黒木さんから見て、俊夫はどういう夫だと思いましたか?
とても不器用で素直な人なんだと感じました。監督が、「情けないけれど、みんなが嫌いにはなれないようなキャラクター」と佑さんに説明されていたみたいですが、本当にその通りですよね。不倫をして悪いのは俊夫さんだけど、どこか憎めないと言いますか。常に目の前のことに必死な人なのだろうと思います。

──最後の佐和子の決断は、女性から見るとスカッとする終わりだと思いました。
私は、“してやった”という感じだけではなく、佐和子自身の人生にとっても、なにかモヤモヤしていたものが消えたような爽快感がありました。何に対しても心が動かなかった俊夫さんの心を動かすことが出来て、何かしらの形で前に進めたことでの爽快感を、トンネルから出た瞬間の光などから感じました。

撮影現場での堀江貴大監督と黒木華

──クルーやキャストの間でも最後の解釈がわかれたと伺っています。佐和子は俊夫に復讐したという意見もあれば、実は俊夫を救ったのだという考え方もあったと。黒木さんのお考えは?
ある意味で、救済だったのではないかと思っています。でも観る人によっては、佐和子が俊夫さんを縛り付けたまま引きずっているようにも見える。明確な答えがないところが、この映画の面白さです。

──佐和子は感情をあまり外に出さず、それがミステリアスでこの作品の魅力に繋がっています。役作りはどのようにしたのですか?
監督が「佐和子は感情を出すのが得意ではない人」とおっしゃられたので、セリフを言う時に、“今のは何だったのだろう”と思わせるような間をとるようにしていました。俊夫さんとの場面でそうしておくと、新谷先生といる場面がより映えるし、俊夫さんを焦らせることができるので、その違いは意識しました。

──この映画は復讐劇や不倫劇とは思えないほど爽やかな終わり方ですね。
堀江監督は、佐和子がただの意地悪な人にならないようにして欲しいとおっしゃっていました。不倫を題材にするとドロドロしがちですが、本作はスカッと見れるというところがとても面白いですよね。奈緒さんが演じている千佳をはじめ、登場人物たちは皆、どこかカラっとしています。

──夫の浮気相手である編集者の千佳のことを、佐和子はどう思っていたのだと思いますか?あまり嫉妬している様子も見られませんよね。
もちろん女性として嫉妬心はあると思いますが、俊夫さんにマンガを描いて欲しいという想いの方が大きかったのではないかと思います。俊夫さんのことをよく知っているであろう千佳の方が、彼の仕事を支えられると佐和子は考えていたのだと解釈しています。浮気相手であると同時に、編集者としての千佳への信頼もあるので、面白い関係ですよね。

──黒木さんだったら、どんな態度をとりますか?
私はおそらく「不倫したの?」と聞いてしまうタイプだと思います。

──金子大地さんが演じる新谷との関係に関しては、当初は佐和子の妄想なのかと思わせる部分もありますね。
妄想にも見えますが、リアリティもありますよね。何か満たされない部分がふっと満たされた時に、“魔が差す”じゃないですけど…、そういうこともあるのではないかと思います。

──柄本さんとの夫婦役はとてもしっくり見えましたが、柄本さんと共演はいかがでしたか?
佑さんは、常にフラットにそこに存在していられる方です。ただただ俊夫さんがするであろう行動を何の躊躇もなく演じていらっしゃったと思います。私の間合いに合わせて、その都度違う芝居が返ってくるので、一緒に演じていてとても楽しかったです。

──柄本さんは黒木さんに「演技を引き出してもらった」とおっしゃっていましたよ。
佑さんはやっぱりすごい役者さんなので、そんなことないと思いますが、そう言っていただけて嬉しいです。

──新谷を演じた金子さんとの共演はいかがでしたか?
すごくフレッシュで、一見静かに見えますが、熱いものがある感じもしました。そういう方と芝居をすると、刺激を受けますよね。

──同世代の堀江監督との仕事は、いかがでしたか?
楽しかったです。現場のすぐ側で芝居を見てくださっていて、私たちの芝居を楽しんで見てくれているんですよね。その上で全体を操縦しているから、こういう面白い脚本を書かれる方はどんな方なのか、もっともっと知りたいな、と思う監督でした。

──親しみやすい監督さんなのですか?
友人のような感覚がありました。

──少し世代が上になると、威厳があるというか、監督然としていらっしゃる方も多いかもしれませんが、堀江監督の演出方法は違いがありましたか?
もちろん皆さんそれぞれ違いますが、堀江監督は役者に寄り添ってくださっている感じがします。監督によっては、ここでこうやってお茶を持ってと、細かく演出される方もいますが、堀江監督はまず自由にやらせてくれて、その後に“こういうのどうですか”と提案されます。

──堀江監督のような演出は、やりやすいですか?
信頼してくださっている感じがします。私が佐和子のことを考えて演じているんだろうと、わかってくださっていることが伝わってきます。

堀江貴大監督

──この作品は登場人物も少なく、限られた空間で過ごす場面が多くありましたが、現場の様子は?
和気あいあいとした、現場でした。実家での撮影が多かったので、本当に一つの家にみんなでいる感じでした。

──主な舞台となる佐和子の実家は、ロケですね?場所はどちらだったんですか?
茨城です。朝早かったり、夜遅くまで撮影が続くこともあったので、現地に泊まっていました。

──母親役の風吹ジュンさんとの共演はいかがでしたか?
風吹さんは、とてもチャーミングで、ほわっとしていながら、お芝居になるといろんな経験をされてきたんだろうなというのが、役に反映されている気がしました。

──最後に佐和子を見送りに出てくるシーンは、とても説得力がありましたよね。
佐和子の気持ちや状態をわかっているのか、わかっていないのか、というシーンが続きますが、風吹さんの演技を通して、佐和子の母の人生も見えてくるところがすごいと思いました。

──今回は漫画家の役ですが、黒木さん自身は漫画はお好きで?
好きです。少女漫画よりは、少年漫画の方が好きで結構読みます。今は「ダブル」という漫画が好きです。

──漫画家を演じるにあたって、役作りのためにしたことはありますか?
漫画家の先生から事前に、ペンの動かし方を教えていただきました。

──漫画家って、きっと興味深い仕事ですよね。
はい。ストーリーを考えて絵を描いてコマ割りを決めて…、全てを一人で決めているんですから、本当に尊敬します。

──やっていて、難しかったですか?
はい、難しかったです。

──本物らしく見えるポイントなどはあったのですか?
ペンではなく紙を動かすようにしていました。

──それは先生に教えてもらって?本当に先生に隣に座っていただいたんですね(笑)。
隣に先生がいてくださり、消しゴムのかけ方なども教えていただきました。佑さんは筆ペンで描くシーンもあったので、一筆でかすれないように描くのがすごく難しいとおっしゃっていました。

──柄本さんと一緒に習っていたんですね?
二人で並んで、一緒に習っていました。

──ご自身でもイラストやマンガを描いたりすることは?
落書きは好きなので、台本に落書きしたりすることはあります。

──佐和子は、最後はストーリー作家になって、俊夫さんが絵を描くという分業パートナーになるわけですよね。
この後のふたりはどうなるんだろうと、いろいろ想像しましたね。俊夫さんはあのまま佐和子の実家に住むのか、佐和子のお母さんだったら“いいよ”って言いそうだなと(笑)。だから佐和子と俊夫さんの関係が回復していくかどうかは、俊夫さん次第なのだろうと思いました。そういう意味でも、いろんな可能性が見える映画ですよね。

──黒木さんのイメージだと、何を考えているかわからない人を演じるのがすごく上手だと思うのですが、ポイントはあるのですか?
私自身は顔に出やすいので、すごくわかりやすい人間だと思います。

──佐和子も、おとなしくてすごく優しそうなのに、でももしかすると怖いかもしれないと途中からだんだん思えてきて。怒鳴ったり、凄んだりするよりも怖い感じがします。
私も何を考えているのかわからない人が一番怖いですね。怒っているのか、何が嫌だったのか考える方が怖いですよね。でも、役としては魅力的です。

──また堀江監督と一緒にやるとしたら、どんな役、どんな作品が良いですか?
どんな役でもやってみたいですがこの作品を撮影している時に、監督がゾンビものをやってみたいとおっしゃっていました(笑)。

──黒木さんはゾンビとかも依頼がきたらやります?
演じてみたいです。楽しそうなものは、なんでもやってみたいです。

──ゾンビと言い出す堀江監督もまた面白いですね。結婚した途端に不倫映画をお作りになったくらいですが(笑)。
ご自身でも「何でなんだろうって思う」とおっしゃっていました(笑)。でも、結婚したからこそわかることなのかもしれないですね。私は結婚もしていないので、不倫も想像することしかできないです。

Photography by Takahiro Idenoshita

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『先生、私の隣に座っていただけませんか?』

漫画家・佐和子の新作漫画のテーマは「不倫」。そこには、自分たちとよく似た夫婦の姿が描かれ、佐和子の担当編集者・千佳と不倫をしていた俊夫は、「もしかしたらバレたかもしれない!」と精神的に追い詰められていく。さらに物語は、佐和子と自動車教習所の若い先生との淡い恋へ急展開。この漫画は、完全な創作?ただの妄想?それとも俊夫の不貞に対する、佐和子流の復讐なのか!?恐怖と嫉妬に震える俊夫は、やがて現実と漫画の境界が曖昧になっていく──。

出演/黒木華、柄本佑、金子大地、奈緒、風吹ジュン
脚本・監督/堀江貴大 
劇中漫画/アラタアキ、鳥飼茜
主題歌/「プラスティック・ラブ」performed by eill
製作/「先生、私の隣に座っていただけませんか?」製作委員会
製作幹事/カルチュア・エンタテインメント
制作プロダクション/C&Iエンタテインメント

日本公開/2021年9月10日(金)より新宿ピカデリー他全国公開
配給/ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
©2021『先生、私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会