Column

2021.09.16 17:00

【単独インタビュー】小松菜奈が『ムーンライト・シャドウ』の撮影で開眼した“自分自身が試される”体験

  • Atsuko Tatsuta

吉本ばななの原点ともいえる名作を、小松菜奈主演で映画化した『ムーンライト・シャドウ』は、突然訪れる恋人の死をなかなか受け入れることができない主人公の、“さよなら”と“はじまり”のラブストーリーです。

鈴の音に導かれるように出会い、恋に落ちたさつき(小松菜奈)と等(宮沢氷魚)。等の弟・柊(佐藤緋美)と恋人・ゆみこ(中原ナナ)とともに4人で過ごす時間が増えますが、ある日、等とゆみこは突然帰らぬ人に。深い哀しみに打ちひしがれるさつきと柊は、それぞれの方法で、現実を受け止めようとしますが──。

1987年に吉本ばななが大学の卒業制作として発表した短編小説(「キッチン」収録)を、33年の時を経て映画化したのは、マレーシア出身の気鋭エドモンド・ヨウ監督。原作のファンタジックなエッセンスを引き継いだ、心に沁みるラブストーリーを完成させました。

主人公・さつきを演じる小松菜奈は、モデルとして活躍後、2014年に中島哲也監督の『渇き。』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。以降、『溺れるナイフ』(2016年)『閉鎖病棟-それぞれの朝-』(2019年)など多数出演を重ね、2020年公開の『糸』では、第44回日本アカデミー賞優秀主演女優賞に輝き、本作で長編映画単独初主演を果たしました。

今後も主演作が待機するなど、目覚ましい活躍を続ける小松菜奈。公開に先立ち、本作に込めた思い語ってくれました。

──吉本ばななさんによる小説の映画化ですが、原作を読んだ時の感想は?
小学生の時に、図書館でたまたま「キッチン」を見かけて、どんな本なんだろう?と思ったことを思い出したのですが、この映画のオファーをいただいて改めて手にとるきっかけになりました。最愛の人を突然の事故で亡くしてしまうという生と死の話なので、読み進めていく上ですごく苦しかったです。“自分だったら…”と考える瞬間が何度もあって、胸が締め付けられる感覚がありました。でもばななさんの言葉の力により、一人ひとりがその悲劇を抱えながらも少しづつ進んでいき、最後には希望の光みたいなものを感じました。だから映画で、ばななさんの世界観がどのように表現されるのか楽しみでした。エドモンド監督とは初めてお仕事をさせていただいたのですが、現場でも、お互いに思っているいろいろな意見をたくさんお話しさせていただきました。

──脚本は原作の後にお読みになったのですか?短編が原作の映画は、内容を膨らませなければならないものですが、脚本を読んで映画らしいと感じたところはありますか?
はい、原作を読んでから脚本を読みました。脚本のト書きの部分に、「泣く」とか「怒る」といった感情ではなく、人間の動物的な、言葉には出さないけど内側にある部分が細かく書かれていたんです。撮影の時はいろいろなセリフも試したのですが、完成された作品は、とてもシンプルなものになっていました。おそらくいろいろと試した結果、削ぎ落とされていったのだと思いますが、観る人に寄り添えるような作品になっていたと思いました。

“食べること”が中心にあるのも面白いと思いました。大切な人や何かを失った時に食べられなくなってしまう経験は私にもありますし、映画を観る時にもそういう人間的な部分から、物語に入り込んでいけるので、「共感」はとても大事なことだと思いました。この映画はそうした部分を大事にしていて、演じていても共感できるシーンがたくさんあることを実感したので、同世代の方たちにもそれは感じていただけると思います。

──“食べる”という行為は、普段は意識していらっしゃるのですか?
食べることは大好きです。人をハッピーにしてくれますよね。ただ、元気な時は食欲が湧いてあれもこれも食べたいとなりますが、集中している時とか考え事をしたいときは逆に、あまり食べないほうが頭が回ったりすることもあります。普段から、撮影現場でもプライベートでも、“どこどこのあれが美味しかったよ”と食べ物の話題になることは多いです。食べることは、生きていることと言うように、この映画を通しても、人間の感情というか、心と食べることはすごく繋がっているんだなと思いました。

──お仕事柄、食事を節制することもありますか?
そうですね。本作で演じたさつき役でも初日の現場から、後半の等を喪ってからのシーンだったので、減量しました。(等が亡くなったことで)食べられなくなり、走ることに夢中になっているというシーンの撮影で、3日間くらい走ってばかりだったのですが、食欲がないからパワーがないし、でも何かしなきゃと、じっとしていられない感情は理解できました。私自身、実際に走ったことによって、「あ〜、さつきってこういう気持ちだったんだな」とわかり、一心に走れたんですよね。さつきの感情を考える時間になり、演じる上でも助けられました。

──結果的に、役作りに役立ったのですね。他に役作りのために行ったことはありますか?
そうですね。さつきが等と出会ってからの幸せな時間は、長く描かれているわけではないし、二人はそれほど言葉で多くを会話していません。台本上でも二人が一緒にいる時間は短かったので、その中でもしっかりと二人の関係の濃さを表現させたいなと思っていました。一緒にいる時は幸せに見えるようにして、その後の絶望感とのギャップを出すために、等と手を重ね合わせたりなど、スキンシップも心がけました。恋人に寄り添ったり、触れたいというのは自然なことですよね。映画が完成した後に、やっぱり何か足りなかったとなってしまうのは怖かったので、とにかく楽しい時間を過ごすようにしました。4人(さつき、等、柊、ゆみこ)でピタゴラスイッチをやっているところとかも、自然に楽しい雰囲気を作って、その時間がちゃんと頭の中に焼き付くように意識していました。

──宮沢さんは全編に出演されているわけではないのに存在感がありました。撮影期間はどれくらいだったのですか?
撮影期間は、12月から1ヶ月ほどでした。最初はほとんどが私の後半シーンで、宮沢さんと一緒だったのは1、2週間ぐらいですね。

──順撮りではなかったのですね。大変ではありませんでしたか?
そうですね、物語の後半から撮ったので、(等と一緒にいた)幸せな部分を想像しながら演じなければならず、大変でした。私は身近な人を亡くした経験がないので、想像しながら感情を紡いでいくしかなかったのですが、そういう喪失を完全に乗り超えることは現実的に難しいなと感じました。誰かといると明るくしようと思うけど、一人になった時に落ち込んで暗くなるのはやっぱりリアルな感情だと思います。柊と一緒にいる時は、自分(さつき)は最愛の人を喪ったけど、柊はお兄ちゃんと最愛の恋人という二人を亡くしているわけなので、互いの中にある気遣いや、見えないところの繊細さといったものを、ちゃんと表現したいなと思いました。

──さつきというキャラクターで、ご自身と似ている部分、共感できる部分はありましたか?
私自身は、割と分かりやすいタイプだし、やりたいと思ったらすぐに行動したりするので、そんなに繊細だとは思っていません。だから似ているという部分はあまりないのですが、どういう部分で傷ついているとか感情的なところは理解ができました。

──エドモンド・ヨウ監督は、「この役は小松さんしかいない」と言ってオファーしたと伺いましたが、監督とのお仕事はどんなものでしたか?
エドモンド監督にそう言っていただけるのは、嬉しいですね。最近の作品だと本読みをじっくりすることはなかなか無かったのですが、監督は本読みを念入りにされる方でした。どういう風に喋るかとか、どういう“温度”なのかを見たいとおっしゃっていました。他にもさつきというキャラクターや衣装について、等が亡くなった後のメイクはどうしたらよいかなど、作品の世界観をより良いものにするためにたくさんのことをみんなで話し合ったりしました。でも、衣装はすごくポップで明るくて、青いエクステをつけたりとか、私が想像していたさつきのイメージとはまるっきり違ったんです。ただ、完成した映画を観た時に、それがすごく素敵なエッセンスになっていたなと思いました。心情と物語の暗さをそのまま一緒に表現していたら、観ている人たちもすごく重くて辛い。でも、エドモンド監督はさつきの部屋について美術さんと話し合っている時も、「もっとポップにクレイジーにしたい」と言って、ポップにしたがっていたんです。当時の私はエドモンド監督のやりたいクレイジーさって何なんだろうと思っていたのですが、映画を観て思うのは、明るい気持ちのときほど辛くなったりするように、感情と見かけの”逆”というものを、主人公の服や美術でポップさを表現したことで、観ている方がこの世界に入りやすくなったのだと思いました。

──さつきという人物について、監督から具体的な説明や話し合いはあったのですか?
はい、ありました。エドモンド監督には自信があって、「大丈夫、これで」という感じでした。私としては、さつきは普通の女性で良いのかなと考えていました。出来るだけ自然体で演じ、起きたことに対して反応していくので良い気がしていました。もちろんエドモンド監督の描きたいものにちゃんと寄り添いたい気持ちもありながら、ここは譲れないという部分はエドモンド監督に相談しました。するとエドモンド監督は、「すごく良いね」と言ってくれて、「じゃあ、僕の好きな演出をするからその後に菜奈がやりたいことをやってみて。編集でどちらが使われるかはわからないけど」という感じでした。スクリーンで観た時に「あっ、このさつきで良かった」と思ったところもあり、お互いに意見があったからこそ、エドモンド監督と私がそれぞれイメージするさつきが混ぜ合わさり、結果的にこの映画におけるの素敵なさつきが生まれたのだと思います。

──そういうやり方は今までありましたか?
初めてでした。事前にしっかり話し合ってから作ることが多いので、今回のようなやり方は、不思議だったし、不安もありました。なので、「今のどうだった?なんか変じゃなかった?」「私はこう思うんだけど、監督はこうしたいから、どうすればいいかな?」と、周りのスタッフの方々に意見を貰ったりすることがありましたね。

──結果的に今回の作品は、ご自身にとってどのような経験になったと振り返りますか?
自分が試されている感じのする体験でした。監督に寄り添いたい気持ちもある一方で、自分の中でやりたいと思う通りに演じてはいけないのかもしれないという思いは今までなかったので、正直不安でした。さつきをどう演じるべきか、その正解がわからないところが怖かった部分でもあり、その状況すらも楽しんでいる自分がいました。ばななさんの世界観だったからこそ、自分に嘘をつくことなくさつきと向き合えたし、エドモンド監督だったからこそ、今までにない自分を引き出そうとしてくれていることが嬉しかったです。一緒に色んな意見を交わして一つの作品を作り上げていくというものづくりの楽しさが、今回はいろいろと感じることが出来ました。撮影の時は24歳だったのですが、ばななさんも「キッチン」を24歳の時に書かれていたので、そこに通じるもどかしさみたいなものを、今の自分だからこそできる表現で形にできたのかなと思いますし、それを作品として残せて良かったです。

──ヨウ監督の演出方法は刺激になったようですね。ちなみに海外の監督で仕事をしてみたい監督や好きな作品はありますか?
あの、『へレディタリー』っていう作品が好きで…

──えっ、アリ・アスターですか?
はい。本当に大好きで、今はその監督にお会いしてみたいです。

──去年、来日されていましたね。新作もあるので、その時にはぜひお会いできるといいですね!
そうなんですか。緊張しますね…。

──では、(同監督の)『ミッドサマー』もお好きですか?
はい。でも『へレディタリー』の方が好きです。最近は『スケアリーストーリーズ』を観ました。ホラー映画でも、海外の、不思議な考えさせられるようなものが好みです。

Photography by Takahiro Idenoshita

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『ムーンライト・シャドウ』

原作/「ムーンライト・シャドウ」吉本ばなな(新潮社刊「キッチン」収録作品)
出演/小松菜奈、宮沢氷魚、佐藤緋美、中原ナナ、吉倉あおい、中野誠也、臼田あさ美
監督/エドモンド・ヨウ
脚本/高橋知由

日本公開/2021年9月10日(金)全国ロードショー!
配給/エレファントハウス
©2021映画「ムーンライト・シャドウ」製作委員会