Column

2021.07.28 19:00

【単独インタビュー】俳優・須藤蓮が初監督作『逆光』で目指すインディーズ映画の新しい在り方

  • Atsuko Tatsuta

俳優・須藤蓮が脚本家・渡辺あやと組んだ監督デビュー作『逆光』は、二人の青年のひと夏の情愛を美しい映像で描いたラブストーリーです。

1970年代のある夏。22歳の晃(須藤蓮)は、大学の先輩である吉岡(中崎敏)を連れて広島・尾道へ帰郷する。晃の実家に滞在し、共に夏休みを過ごす予定だ。幼馴染の文江(富山えり子)とその友人のみーこ(木越明)の4人でつるむようになるが、吉岡がみーこに興味を抱き始め、晃は悶々とする──。

『ジョゼと虎と魚たち』『カーネーション』などで知られる渡辺が脚本を手掛けたNHKドラマ『ワンダーウォール』を、須藤が主演したことで知り合った二人。本作ではオリジナル脚本を渡辺が書き下ろし、須藤が監督・主演を務めました。音楽を映画界の重鎮・大友良英が手掛け、須藤が演じる晃が慕う先輩の吉岡を『ワンダーウォール』や『花束みたいな恋をした』の中崎敏、晃の幼馴染の文江を『海月姫』の富山えり子、さらに文江の友人であるみーこ役を、オーディションで選ばれた木越明が演じています。

映画界における新しい配給・興行の可能性を模索するインディーズ映画としても注目を集める本作の公開に際し、須藤監督がインタビューに応じてくれました。

須藤蓮(企画・監督・主演)

──脚本家の渡辺あやさんと進めていた別の企画が頓挫してしまったので、自費を投じてこの『逆光』を撮ることになったと伺いました。
渡辺さんとは、僕のほぼデビュー作である『ワンダーウォール』という、京都の大学の寮の抗争を描いたドラマで出会いました。その脚本家が渡辺さんでした。脚本家の方は必ずしも撮影現場にいらっしゃるわけではありませんが、渡辺さんはよくいらっしゃっていて。当時の僕は、尊敬できる大人はいないと思い込んでいたのですが、俳優として初めて撮影現場を経験して、そこで目をキラキラさせながらモノを作っている大人たちに出会って、尊敬できる大人たちがいることを実感しました。渡辺さんは、書かれる脚本も面白いし、スタッフからもとても尊敬されていました。それで、演技やクリエーションについて撮影中にいろいろ質問させていただきました。

──その頓挫した企画とは、どういうものだったのですか?
僕の実体験を反映した『ブルーロンド』という作品です。でも、その前に『オンリー・ユー』という60分くらいの作品があって、渡辺さんに観てもらいました。ウディ・アレンぽいものを作ろうとして、大学の友達とかに出演してもらって5万円か10万円くらいで作ったのですが、全然面白くなくて。その時に、脚本の大事さを痛感していました。そうしたら、次は脚本を手伝ってくれることになりました。

──それで『ブルーロンド』は渡辺さんに脚本をお願いすることになったのですね。
最初から脚本を書いてもらえるほど甘くもなく…渡辺さんに書いていただけるまでには少し時間がかかりました。まず、僕が脚本を書いてみたんです。渋谷のバーで働いている男と、渋谷に住んでいる女の子の恋愛の話。僕は役者を始めたばかり頃、渋谷のクラブで1年半ほど働いていたのですが、その頃の話が基になっています。自分としては病んでいた時期で、あまり触れたくない部分をすべて吐き出しました。僕がいくつかのシーンを書いたら、渡辺さんに直してもらったり指摘してもらって、また書き直すという流れで進めていたのですが、ある時、僕のせいで脚本のクオリティが落ちていることがわかったので、結局、渡辺さんにすべて書き直してもらうことになりました。

──『ブルーロンド』ばコロナ禍で延期になったのですか?
そうです。クラブでエキストラを200人くらい入れて撮りたいシーンがあって。どうしても必要なシーンなので、それが撮れないのなら延期しようと。それに、性的なシーンや暴力シーンといった人同士の距離が近いシーンもあるので、(コロナ禍では)撮れないという結論になりました。自分をギリギリまで追い詰めて書いた脚本だったので、本当に落ち込みました。2020年の夏に撮影する予定だったのですが、4月に延期を決めました。

──その後すぐに『逆光』に取り掛かったのですね。切り替えが早い!
本当にヘコんでいたので、モノを作ることでしか元気になれないなと思って。『ブルーロンド』に使おうとしていた自己資金200万円が手元にあったので、それに僕と渡辺さんの持続化給付金をプラスして400万円になるから、それで撮ろうと思いました。

──実際に400万円で撮れましたか?
撮れませんでした(笑)。もともと5万円とか10万円の自主映画を作っていたこともあって、400万円あったら撮れると思い、とにかく立ち上げてしまいました。

──『逆光』の企画はどのようなアイディアからスタートしたのですか?
『ワンダーウォール』で本物の大人たちと出会ったことで、自分の世界が変わった瞬間がありました。なので、若い人たちに僕と同じような経験をしてもらえたら、それだけで有意義なのではないか、と。たとえ僕に監督としての才能がなかったとしても、その機会を作れるだけで良いと思いました。

──基本的なプロットも渡辺さんが書いたのですか?
そうですね。僕が脚本に関わったら間に合わないというのは『ブルーロンド』でわかっていたので、すべて渡辺さんにお任せしました。

──『逆光』のストーリーにもご自身の体験が反映されているのですか?
それはないですね。渡辺さんが僕から感じとったものはあるかもしれませんが。

──舞台となる70年代は、須藤さんが生まれる前ですよね。
そうですね。でも、なぜか憧れがあるんですよ。渡辺さんとしては、なぜ70年代だったのかな…。僕にとっての70年代でいえば、70年代の火の消えかけた倦怠感と、今の若者が抱えている…僕がそう思い込んでいる倦怠感みたいなものが、似ていると感じているからですね。

──具体的には?
未来を自分たちで作っていけるという希望を持てていないことですね。

まず単純に、街が開拓され過ぎてしまっているので、例えば「ここに店を開こう!」とかも思えない。始まる前にもう終わっているというか。それから、教育もあるかもしれません。僕らはバブルが弾けた後の親たちの子どもなので、失敗をすごく恐れている世代のような気もします。世代を一概にはくくれませんがね。本当は、今は世の中を変えていかなければならない転換期なのに、そのエネルギーもなく、失敗を恐れるあまり踏み出せないのだと思います。

僕が俳優になったのも、そんな時代に閉塞感を感じていたからでした。もともとは、受験勉強して大学に入って、司法試験のために1日10時間以上猛勉強して、お金持ちになって社会的に認められそうだから弁護士になろうとか思っていたのですが、そういう自分に辟易してきて、このままだと何者にもなれない、と。ものごとを情報で受け取るクセもついて、感性のようなものがどんどん閉じていっている感覚が自分の中でありました。それで、自分が経験していないことを経験しようと思い、俳優になることにしました。

──70年代の若者といえば、反体制、ヒッピームーブメントの時代ですよね。
72年に連合赤軍のあさま山荘事件がありましたよね。もし自分がその頃に学生運動をしていたとしたら、あの事件でもう無理だと思ったと思うんです。日本の若者が政治的意識を持たないようになった決定的な事件だと聞いたこともあります。60年代後半からあった学生運動が、そこで終わった。自分たちの革命で政治で変えてくんだというエネルギーが、あそこで途絶えたのではないかと僕は勝手に解釈しています。

僕らの世代は政治にほとんど興味がないと言われますが、何故そうなのだろうと思ったとき、70年代の失敗を引きずっているのではないかと思いました。政治的なものにはあまり関わらないほうが良いと、親たちからずっと言われてきた世代。学生運動で将来を夢見ていた60年代に憧れはあるけれど、そうはできなかった70年代。そこに僕はシンパシーを感じます。

──ビジュアル的には70年代をどれほど意識したのですか?
衣装や美術の作り込みに拘りました。僕が好きな映画はちょっと前のものが多くて、例えば、中国のジャ・ジャンクーの『一瞬の夢』とか、トラン・アン・ユンの『青いパパイヤの香り』とか、ウォン・カーウァイの作品とか。今の日本映画とは違い、画で語っていくというか。そういった作品からの影響があると思います。

──尾道を舞台にした理由は?
尾道の案を出してくれたのは、渡辺さんです。『ワンダーウォール 劇場版』のお披露目が尾道でした。渡辺さんもいらして、「尾道は良いね」という話をしていました。その後、渡辺さんはすぐに帰られたのですが、僕は景色も気に入ったし、3、4日延泊して遊びました。その後渡辺さんが、「尾道なら良いのが撮れるんじゃない?」と言ってくれて、嬉しくなっちゃって。コロナ禍ですごくヘコんでいたので、仲間と一緒に尾道に行って映画を撮れたら超楽しいな〜、と。とにかく楽しいことがしたかったんです。

──予算も限られた自主制作では、尾道でのロケも大変だったのでは?
全然考えられていなかったんですよ。70年代という時代モノを撮る大変さも、ロケで撮る大変さも全くわかっておらず、なんとかなるでしょ的に考えていました。

──尾道はこれまでも多くの映画が撮られてきた映画の街でもありますね。
そうですね。それほど観ているわけではないですが、小津(安二郎)さんの『東京物語』とか、大林さんの作品もいくつか観ていました。でも初めて行ったときから、映画に対する理解がある街だというのはよくわかりました。

撮影風景

──『逆光』では尾道の美しい風景が撮れていますね。ロケハンには時間をかけたのですか?
カメラマンと二人で尾道にロケハンに行ったのですが、その時、おのみち映画資料館に立ち寄ったら、小津監督の年譜があって、伝説的なことがいろいろ書かれていました。“ロケハンはすべて徒歩で行った”とあったので、「よし、僕らも徒歩で行くぞ!」と。そこから1日10時間以上、ひたすら歩いてロケハンをしました。

──尾道は坂が多くて大変ですよね。
めちゃめちゃ大変でした。しかもずっと屋外にいたので、屋内のロケ場所が全然決まらず、窮地に追い込まれました(笑)。

──製作期間はどれくらいだったのですか?
企画が立ち上がったのは去年(2020年)の5月で、撮影は、8月末から9月の第1週目の10日間くらい。本来は1週間の予定だったのですが、4日延びました。間近になったら、撮影予定の全日程が雨の予報になって。2日前倒しで撮影して、でも雨で撮れないシーンがあったので、さらに延びました。

──須藤さんは俳優として活動されていて、今回が監督デビュー作ということですが、もともと映画監督志望だったのですか?
映画監督になろうとは思っていませんでしたね。『ブルーロンド』は、もともと僕が主演の脚本を渡辺さんに書いてもらいたい、ということから始まったのですが、脚本が出来ても、撮ってくれる監督はなかなか見つからない(笑)。なので、自分で監督することにしました。

少し前までは、自分が映画を撮るなんて想像もしていませんでした。絵も描けないし、カメラをいじったこともなく。でも、撮るとなったら気合が入ってきちゃって、自分が何もできないから、できる友達を集めるところから始めよう、と。監督は自分が何もできないから、周りの力を借りまくる人だと思いました。

──でも、監督にビジョンが無いと現場は混乱しますよね。現場での決断に迷いはありませんでしたか?
それは、ないですね。一人ひとりとこまめにコミュニケーションをとっていたので、混乱はありませんでした。ただ、SDカードのデータが飛んでしまって、一部、撮り直したりはしました。

──ポストプロダクションはどのように進めたのですか?
コロナ禍で動画の編集はしたりしていたのですが、映画の編集は今回が初めてでした。やり方自体はネットで調べて、カメラマンが編集もできる人だったので、わからないところは彼に聞いたりして。

音楽を入れるのも自分でやりました。プロの現場でも仕事をしている同い年の録音部に入ってもらって、録音と整音はやってもらいましたが、音のデータの“つなぎ”は自分でやりました。音でこんなに楽しめるのが、自分にとって一番意外でした。衣装やビジュアルを楽しめるのはわかっていたのですが、音楽はあまり聴く方でもないし、音はほとんどわからないと思っていたので。でも、音楽をはめる位置もすごく悩んだし、整音でどこのノイズを切るのか、セミの音をどこでフェードアウトさせてどこで強調するとか、楽しくなって、時間をかけてやりました。編集やポスプロは毎日5時間くらい、2〜3ヶ月やっていましたね。

──公開は尾道から始めるそうですね。なぜ東京などの大都市からではないのですか?
自分たちが好きな映画を好きなように作って、最低限収益化するためには、どうしたら良いのか。そのために、今の日本映画界でやられていることの逆を試そうと思っています。例えば、地方から順番に公開していくとか、尺にして60分でも映画館でかけられることを、実証したい。自分が疑問に思ってきたこと、違和感を感じてきたことを片っ端からやっていくことで、何か学ぶものがあればと思っています。

ヒットさせるための映画ではなく、作りたい映画を作って、採算をとる。そのモデルケースを作って、その利益で、同じマインドを持った監督の作品に出資することで、インディーズ映画の上手な興行のシステムを作られればと、挑戦しています。まだ、第二段階くらいですがね。

Photography by Takahiro Idenoshita
Styling by Subaru Kiwada (Foyer)

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『逆光』

1970年代、真夏の尾道。22歳の晃は大学の先輩である吉岡を連れて帰郷する。晃は好意を抱く吉岡のために実家を提供し、夏休みを共に過ごそうと提案をしたのだった。先輩を退屈させないために晃は女の子を誘って遊びに出かけることを思いつく。幼馴染の文江に誰か暇な女子を見つけてくれと依頼して、少し変わった性格のみーこが加わり、四人でつるむようになる。やがて吉岡は、みーこへの眼差しを熱くしていき、晃を悩ませるようになるが…。

出演/須藤蓮、中崎敏、富山えり子、木越明、SO-RI、三村和敬、河本清順、松寺千恵美、吉田寮有志
監督/須藤蓮
企画/渡辺あや、須藤蓮 
脚本/渡辺あや
音楽/大友良英
エグゼクティブプロデューサー/小川真司
制作協力/Ride Pictures
2021年/日本/日本語/62分/カラー/シネマスコープ/5.1ch

日本公開/2021年7月17日(土)尾道にて先行公開、全国順次公開
制作・配給/FOL
配給協力/ブリッジヘッド 
©2021『逆光』FILM