Column

2021.07.22 9:00

【単独インタビュー】『SEOBOK/ソボク』イ・ヨンジュ監督がSFサスペンスで描く限りある命の意味

  • Atsuko Tatsuta

韓国のスター俳優コン・ユ&パク・ボゴム共演のSFエンターテイメント大作『SEOBOK/ソボク』が日本公開されました。

余命宣言を受けた元情報局エージェント・ギホン(コン・ユ)は、国家の秘密プロジェクトで誕生した人類初のクローン・ソボク(パク・ボゴム)の護衛を命ぜられるが、任務開始早々に何者かの襲撃を受ける。なんとか逃げ延びた二人だが、永遠の命を持つソボクを狙い、さまざまな追手が襲ってくる。反目し合うギホンとソボクは、危機を乗り越える内に徐々に心を通わせていくが──。

『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16年)のコン・ユと、人気ドラマ『青春の記録』(20年)のパク・ボゴムという韓国のスター俳優の共演でも注目される本作。死を恐れる男と死ぬことのないクローンのロードムービーを通して、死と永遠の命という普遍的なテーマに挑んだのは、『建築学概論』(12年)のヒットで知られるイ・ヨンジュ監督。前作では、家を建てる過程を通して人を愛するときめきを表現し、初恋シンドロームを巻き起こしたヒットメーカーが、8年ぶりの新作でSFサスペンスという新境地を開拓しました。

韓国で大ヒットしたエンターテイメント大作の日本公開に際し、イ・ヨンジュ監督がオンラインインタビューに応じてくれました。

イ・ヨンジュ監督

──監督作としては8年ぶりの新作ですね。
怠けていたわけではないんですよ(笑)。頑張って脚本を書いていたのですが、ちょっとスランプに陥っていたのかもしれないですね。なかなか上手く書き進められなくて。おそらく力が入りすぎてしまったのでしょう。次回は、そういった試行錯誤がないようにしたいですが、映画製作は毎回、上手くいくかどうかやってみないとわかりません。

──SFサスペンスというジャンルに挑戦しようと思った理由は?
私は観客として映画を観るときにも、SFだから観ようという風には思わないんです。大のSFファンではないというか。『SEOBOK/ソボク』の脚本を書いていたときも、最初の1行からどんどん発展していって、最終的にこのような話に到着したという感じです。最初からSFと決めて書き始めたわけではありません。たどり着いてみたら、SFになっていました。それが私の脚本を書くスタイルというか、これからも私は、そういう風に映画を作っていくでしょうね。

──その最初の1行とは?
限りある者が無限を夢見て失敗する物語、です。

──“限りある”また“無限”というのは、「命」のことですか?
最初に書いた段階では、“無限の生命”にするか、未来は予測できないという意味で“無限”という意味を持たせようかなど、いろいろ悩んでいました。“無限”というモチーフだけが最初にあったわけですね。人は皆、できないことをしようとしてもがきますよね。例えば、死ぬとわかれば、死にたくないと足掻いたりしますし、未来は知ることができないのに、知ろうとしたりする。日本の状況はわかりませんが、韓国では「死から逃れられない」という概念は恐怖に繋がっています。未来を知りたくても知ることができず、この先、果たして成功するのかどうか自分の健康状態もわからない。だからこそ怖い。人間のそういう気持ちが、宗教を生んだのではないかと思います。宗教を否定しているわけではありませんけどね。私は、人間が抱く恐怖に関心があります。このような要素は、私の監督デビュー作であるホラー映画『不信地獄』(09年)にもあります。なので『SEOBOK/ソボク』は、『不信地獄』の延長線上にある作品と言えるでしょう。人間はさまざまな恐怖を抱えていますが、解決できるものではありません。永遠の命は、あたかも“希望”であるかのように言われますが、結局それは現世から顔を背けること、つまり逃避じゃないかと思うのです。

──「命」という意味では、ギボンは残り少ない命の前に途方に暮れている一方、ソボクは永遠の命を憂いており、対局の立場にあります。命が有限であることに対して、監督自身はどのように考えているのでしょうか?
人の生命には限りがあります。無限の生命とは、決して手に入らないものです。バベルの塔のようなものと言っても良いでしょう。でも人間は、到達できないことが大前提にあるにも関わらず、バベルの塔は空に届くと思い、どんどん高くしていく生き物です。この映画で、「人間が永遠に生きたら、人類は滅亡する」というセリフを書きました。これはまさに私の考えです。人間が死なないということは、やがて人類は滅びることになるのです。

──老いに関してはどうお考えですか?
これは摂理ですね。老化は自然なことだと思うので、摂理という言葉を使いました。5歳の子が10年後に15歳になったからといっても、老化とは言いませんよね。人間の肉体的なピークは20代で、それ以上の年齢になると、人は20代に戻りたいなどと言います。でも私は、歳をとることは美徳だと思っているので、20代に戻りたいとは思いません。人生は映画と同じで、いつかは終わるもの。映画にクライマックスやエンディングがあるように、人生にも終わりがあるべきです。

──クローンを描くに当たって、リサーチ等はしたのですか?
クローンについて基本的なリサーチはしましたが、それほど重要ではありませんでした。映画の中では、ほとんどの人が知らないことが起こるわけですからね。クローンをめぐる科学的な根拠は、重要なことではありませんでした。人間が神の領域に踏み込んでしまったことが、問題なのです。なので、神の怒りを買った。人が自らを破滅に導くようなものを作ってしまったのです。

──19世紀にメアリー・シェリーが書いたゴシックホラー小説「フランケンシュタイン」の世界を彷彿とさせますね。
「フランケンシュタイン」はまさにこの映画の原型です。よくこの映画製作において影響を受けた作品を尋ねられますが、唯一答えているのが「フランケンシュタイン」です。

──どのように影響を受けたのですか?
一番大きいのは、怪物である“フランケンシュタイン”を作ったのは、人間であるところですね。そこが重要です。人が作り出してしまった運命によって怪物自身も苦しみ、その創造物が最後には生みの親を殺してしまう。あの作品の中では、フランケンシュタインは永遠の命を持っているかのような印象を与えています。死から蘇り、永遠の命を生きます。ソボクと通じるところです。

──脚本を作り上げていく中で、ギホンとソボクというふたりの主人公を対比させるというアイディアはどこから生まれたのでしょうか?
ギホンのキャラクターがまず先にありました。ギホンが他者とどんな関係を作っていくのか、というところから発展させていきました。ギホンは私の分身とも言えます。私が超越者に会う。また、超越者を通して助けられ、さらに救われる。罪を告白し、恐怖から立ち直らせてもらう……そういう流れで脚本を書いていきました。

──ソボク役のパク・ボゴムは実年齢より若い役を演じていますが、何がキャスティングの決め手だったのでしょうか?
彼の目ですね。彼の眼差し。パク・ボゴムは素晴らしい目を持っています。そこがキャスティングの決め手だったのですが、実際に撮影をしてみて、改めて目で演技のできる素晴らしい俳優だと驚かされました。

──あなたは、『殺人の追憶』(03年)の頃にポン・ジュノ監督のスタッフとして働いていましたね。ポン・ジュノ監督も自ら脚本を書く監督で、筆力でも定評のある方です。ポン・ジュノ監督から学んだことは?
映画監督として準備をしなければらないこと、心構え、すべてを学びました。私は映画学科の出身ではないし、映画作りを本格的に学んだことはありません。町の映画教室のようなところで短編を撮ったのが最初です。その後、ポン・ジュノ監督の下で経験を積むことによって、映画監督としての仕事を一から十まで学びました。私にとってはポン・ジュノ監督はロールモデルです。人間としてもたくさん影響を受けましたし、映画とはこういう風に作るのだ、という監督のお手本なんです。

──建築を学び、10年ほど建築のお仕事をされてから映画界に入られましたね。本作でも研究所などユニークな建築が見られますが、建築家としてのキャリアが映画製作に与えている影響はありますか?
確かに前職は建築家でしたし、『建築学概論』という映画も撮っているので、建築的な側面で作品を観てくださる方も多いですね。美術チームの図面を理解できるなど、建築を学んで助けになっている部分もありますが、ただ、私の映画が建築的に面白いかどうかはわかりません(笑)。でも、映画における空間設計は監督にとって重要で、基本になることは確かです。

ほかに建築業界でのキャリアで役立ったことと言えば、低賃金の長時間労働に慣れていたことでしょうね。映画界に来ても、そうした条件下で働くことに驚きませんでしたから(笑)。

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『SEOBOK/ソボク』

出演/コン・ユ、パク・ボゴム
監督/イ・ヨンジュ
2021年/韓国/カラー/シネマスコープ/DCP/5.1ch/114分/原題:서복

日本公開/2021年7月16日(金)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給/クロックワークス
公式サイト
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