Column

2021.07.09 19:00

【単独インタビュー】『アジアの天使』主演・池松壮亮がオール韓国ロケで得たもの

  • Atsuko Tatsuta

石井裕也監督が韓国を舞台に撮った新作『アジアの天使』が公開されました。

妻を病で亡くした作家の青木剛(池松壮亮)は、幼い息子を連れて兄の透(オダギリジョー)を頼ってソウルへと渡った。だが、いい加減な兄の事業は失敗、3人は活路を求めて江原道(カンウォンド)へと向かう。列車の中で売れない歌手のチェ・ソル(チェ・ヒソ)とその兄妹と偶然出会った彼等は、一緒に旅することになるが──。

『舟を編む』(13年)で日本アカデミー賞監督賞を最年少で受賞、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年)でアジア・フィルム・アワードの監督賞を受賞し、国内外の注目を集めている石井裕也監督が、オール韓国ロケを敢行した新作『アジアの天使』。『ムサン日記〜白い犬』(10年)のパク・ジョンボム監督が製作を手掛け、95%以上のスタッフ・キャストが韓国チームという野心作です。

主人公・青木剛を演じたのは、2014年に『紙の月』『愛の渦』『ぼくたちの家族』で第38回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、多くの映画に主演してきた実力派俳優・池松壮亮。『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『町田くんの世界』『ぼくたちの家族』など石井作品の常連俳優です。

本作では、最愛の妻を失うという大きな喪失を抱えながら、言葉や文化の壁を乗り越え、人との新しい関係を築いていくひたむきな男を見事に体現した池松壮亮。日本公開に際しインタビューに応じてくれました。

──『アジアの天使』は、石井監督と本作のプロデューサーでもあるパク・ジョンボム氏、そして池松さんという3人の映画人の出会いから始まった企画と聞いています。その経緯はどんなものだったのですか?
計画していた映画の企画が中止になってしまったパクさんが、その傷心旅行として日本にやってきて、その時に石井監督からパクさんを紹介されました。それ以前からパクさんのことは石井さんから伺っていました。それが2016年。岩盤浴に行ったり、キャッチボールをしたり、お酒を飲んだり、楽しい時間を過ごしました。

翌2017年に、石井さんと『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』でご一緒したんですが、実はその前に、石井さんと一緒に進めていた別の企画がダメになってしまいました。二人で落ち込んでいたんですが、前回はパクさんが来てくれたから、今回は僕らが傷心旅行に行こうと、韓国に行きました。パクさんはいろんなところへ連れて行ってくれて、様々な街や風景を見ながら映画の話をして、また歩いて。南北の境界線にも連れて行ってくれました。

またその次の年(2018年)にパクさんが日本にやって来て、その次の年には『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の韓国公開に合わせて僕らがソウルに行って……そういうことを数年間繰り返していました。こういう出会いがいつか映画という形になる日がくるだろうとなんとなく感じていたんですが、ある時、石井さんが「いよいよやってみよう」とこの企画が動き出しました。

石井監督、パク・ジョンボム、池松壮亮(2017年3月、ソウルにて)

──『アジアの天使』の脚本はいつ頃お読みになったのですか?
2017年の暮れか2018年の頭頃だったんではないかと思います。パクさんとの交流から始まり、親交を深める中でこの映画は進んでいきましたが、その間日韓の関係はどんどん悪化し、日本と韓国だけでなく、世界中で分断が際立っていく数年間でした。最初の脚本から何度もリライトされ、最終的にこういう形におさまりました。中身はだいぶ変わりましたが、タイトルと核となる部分は変わっていません。

──最終的にロードムービーになりましたね。
最初はロードムービーではなかったですね。残っているのは、過去を引きずる男と未来を怖がる女性が出会って家族になる、というところですね。

──血は繋がっていないけれど、日本人と韓国人が家族になるという話が核にあったのですね。
緩やかな団結と再生、希望を得るための新しい共同体となり、見えない未来を共に生きてゆく、というような核がありました。僕たちが韓国入りするまでの半年間は、日韓関係が戦後最悪とまで言われ、韓国では日本製品の非売運動のピークでした。こうした困難に立ち向かえるのは映画の強みだと日々思っています。国境なき映画で、映画という現実を解釈し記憶する物語で、手を繋ぎにいこうと。そういう気持ちがありました。

今はアメリカでのアジアヘイトが社会問題となり広がっていますよね。日本と韓国だけでなく、世界中でナショナリズムやヘイト、分断が目に見えて進行しています。芸術の役割には根本的に他者理解が含まれると思っており、こうした状況に対して、目を背けず語ることを決して恐れてはならないと思っています。是枝(裕和)さんも今、新作を韓国で撮っていますよね。国境やあらゆる隔たりを超えて手を繋ぐ時が来ているのだと思います。世界は手を繋いだり歪みあったり、利害関係をもってこれまで歴史を積み重ねてきた。それをそのまま未来に託すのか、それとも争いあったけど許し合い、肩を組んだんだということを未来に託すのか。後者であってほしいと願っていますし、そのために映画で出来ることはやっていきたいと思います。

──完成版の脚本を読んだ感想は?
ものすごく感動させられました。違いからくる分断、政治や宗教からくる争い、長く続き過ぎたあらゆる価値観の行き止まり、そうした世界の迷走に対するひとつのアンサーになると感じました。

──主人公は、池松さんへの当て書きだったのですか?
想定してもらっていたとは思いますが、それよりも石井さんがパクさんに出会い、これまで感じてきたことが投影されていると思います。

──剛は小説家という設定ですね。
いわば小説家として、世界を把握するために言葉を紡いでいます。剛は、日本で見つからなかった言葉を探しに韓国に行くわけです。そこで言葉を超越する何かを、2時間に渡って経験します。実は最初は、天使のキャラクターをCGで作るCGクリエイターという設定だったんです。それも同じように素晴らしいと思っていました。

──映画中に池松さんが書いている文章は、脚本通りなのですか?
あれは、韓国人の助監督が作ったものですね。

──原稿用紙のフォーマットで書いた理由は?今では珍しいと思いますが、小説家なので原稿用紙にこだわるという設定なのかと思いました。
ああ、それは気にしていなかったですね…。キャラクターには合っていると思いますが、どうでしょう。石井さんに聞いてみないとわからないです。

──撮影が行われたのはいつ頃で?
2020年の2、3月ですね。クランクインした2、3日後にコロナが入ってきて、その後テグでの集団感染がニュースになりました。コロナ以前に企画と準備が進み、コロナの広がりと共に撮影し、今年完成しました。帰国してからは2週間の隔離がありました。先にソウルで撮って、その後にカンウォンドに移動して撮影をするという流れだったんですが、感染の広がりと共に日々決まっていたロケ地が使えなくなりました。ソウルから離れる頃には、ドローンが街中を消毒をする光景も目にしました。本当にギリギリのところで撮りきることが出来ました。クルーの中で感染者は一人も出ず、本当に幸運だったと思います。

──今回の製作中で、日韓関係の摩擦を肌で感じましたか?
触れづらい問題があることを実感します。個人との関りや生活の中で感じることはありませんが、合作というビジネス的な側面において影響してくる場面が多く、今やるには苦労や困難があったと思います。

──そうした話はプロデューサーのパクさんとはしたのですか?
たくさんしました。パクさんは僕が出会ってきた中でもトップクラスのヒューマニストで、クレバーで純粋な心をもった方です。そうした問題に自分たちが映画でどのように立ち向かえるか、ずっと考えていました。国を超えてそういう人に出会えたことが嬉しかったし、同じところに向かって行けました。僕は英語が下手なので、単語を並べて伝えることしかできませんが、パクさんはいつも心に残る言葉やヒントをくれる方です。

──撮影の間、現地では何語でコミュニケーションをとっていたのですか?
ほとんどは片言の英語か、通訳を介してのコミュニケーションです。ヒロインのソル役のチェ・ヒソさんは幼少期日本に住まれた経験もあり、俳優チームの中で韓国と日本を繋いでくれました。ヒソさんは日本語が堪能なだけでなく、とても人格者で、今作にとても大きな愛情を注いでくれました。ソルの妹役のキム・イェウンさんは英語がペラペラなので僕は片言の英語で、ソルのお兄ちゃん役のキム・ミンジェさんは韓国語のみでしたが、言葉が伝わらずとも一番会話しました。言葉になっていなくても、ピュアな気持ちで身振り手振りで伝えようとすることで、心や感情は伝わっていたと思います。互いの人生を持ち寄って同じ物語を信じ、同じゴールを目指して希望を得ることが出来ました。出会えて本当に良かったと思える3人でした。

──「天使」はタイトルにも登場するほどこの作品で重要なモチーフですが、最初から中年男性の“天使”が登場する設定だったのですか?
決まっていました。石井さんのフィルモグラフィーでいうと、2010年の短編作品『幸子の不細工な天使たち』で天使が登場します。天使が何人も登場するんですが、この時、既に今作の天使役、芹澤興人さんがその一人を演じています。さらに2015年の『おかしの家』というオダギリジョーさん主演のドラマでも、芹澤興人さん演じる天使が登場しています。人を噛む天使という設定はここで出来上がっています。

天使的な存在という意味では、石井映画には“天使的なるもの”が度々登場しています。例えば『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』における路上ミュージシャン。あれは主人公2人だけにしか見えていなかった妖精のような存在として描かれていました。つまり、言葉にすると軽くなりますが奇跡と同義語として天使や天使なるものが登場します。その“変さ”には勿論意味があり、あの存在を認めることが出来るものだけに訪れる人生の可能性についての飛躍があります。奇跡を奇跡と思えることも、また人間ですから。そして神や天使もまた、人類が作り出した概念です。変な天使や変な奇跡じゃ駄目だと誰が決めたのか。美しくなければ奇跡と呼べないのか。共に信じてくれる人さえいれば、人生においてかけがえのない可能性を獲得出来るのではないか。そういう象徴として、白人でもなく黒人でもなく西洋史にものらない、アジアの天使がこの映画には登場します。

メイキング写真より

──この作品は画の強さも素晴らしいと思いました。撮影監督のキム・ジョンソンなど95%くらいは韓国人のスタッフ・キャストだったそうですが、現場で韓国スタッフの技術力の高さなどは感じましたか?
感じました。技術面では今、世界はあまりにも早いスピードで進化しています。それを学び直ぐに取り入れ、さらに応用しています。例えば日本では高価すぎて使えないような機材が安価で出回っています。精神面で、映画に携わっている人間が相対的にとても元気でした。経済的にも潤っているようでした。韓国はドラマ製作も盛んですが、映画はやはり最高峰とされていて、そのプライドもあります。新しいものを常に更新していて、おそらく20年ほど前からずっとそれをやってきています。世界で最も早くフィルムを捨てて、デジタルに移行した国でもあります。細かいことで言うと、日本で撮影現場に行くとケーブルを使っていますが、今の韓国だと全部ワイヤレスなので、ケーブルがありません。照明の当て方や陰影の出し方も、アメリカ的な技術を習ってどんどん取り入れていることを感じました。

俳優に関してもいうと個人レベルの技術が非常に高く、隅々まで上手いと感じました。日本は、大衆芸能や伝統芸能など多くのパターンで独自に進化しており、そこには様々な価値観があり、それはそれで素晴らしいなと思います。韓国では軸があり、映画演技とはこういうことを極めることだと、みんなが同じように語っていたのが印象的でしたね。そこに個々のアイデンティティや思想がのっかっていたのが印象でした。とても勉強しているし、作品に対する哲学的なアプローチのレベルが皆さんとても高かったです。映画を通じて社会との繋がりを深く考えていて、この部分においては日本は圧倒的に遅れていると感じました。全てがそうかは分かりませんが、今回行ってみて感じられたことは沢山ありました。

──韓国映画で好きな監督や作品は?
一番好きなのは、イ・チャンドンですね。学生時代に最初に観た『オアシス』で衝撃を受けて、他の作品も観ました。昨年観た中ではセウォル号沈没事故にまつわる『君の誕生日』という作品が印象に残っています。

──この20年間、韓国映画は日本でも多く観られるようになってきましたし、『パラサイト』以降、アジア映画のファン以外にも広がりつつあるように思います。こうした韓国映画のパワーをどう感じていますか?
この20年間の集大成的なところもあるんじゃないでしょうか。わかりやすのは、ポン・ジュノが出現したあたりから始まった、国のバックアップ体制。そういうものが形になって現れてきたのだと思います。いろいろなシステムが日本とは違います。韓国では自国の映画業界を守る体制もあります。勿論良い面だけではなく、負の面もありました。なかなか一概には言えませんが、映像産業への国を含めた力の入れ方が日本とはあまりにも違います。

──負の面というのは?
韓国では年間40本くらいしか自国の映画が公開されません。日本はもっと自由に撮れるので年間500本とか作られて、外国映画もあわせると、1,000本以上が公開されています。どちらが良いとは言えませんが、日本映画が辿ってきた道のりに限界を感じていますし、そのことによってあちこちで悲鳴が聞こえます。良い面を見習い、この国の映像業界の未来を考えた上での議論が今何より必要ではないかと思っています。

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『アジアの天使』

8歳のひとり息子の学(佐藤凌)を持つ小説家の青木剛(池松壮亮)は、病気で妻を亡くし、疎遠になっていた兄(オダギリジョー)が住むソウルへ渡った。ほとんど韓国語も話せない中、自由奔放な兄の言うがまま怪しい化粧品の輸入販売を手伝う羽目に。

元・人気アイドルのソル(チェ・ヒソ)は、自分の歌いたい歌を歌えずに悩んでいたが、亡くなった父母の代わりに、兄・ジョンウ(キム・ミンジェ)と喘息持ちの妹・ポム(キム・イェウン)を養うため、細々と芸能活動を続けていた。

しかし、その時彼らはまだ知らない。事業に失敗した青木と兄、学たちと、資本主義社会に弾かれたソルと兄、妹たち──どん底に落ちた日本と韓国の2つの家族が共に運命を歩む時、ある“奇跡”を目の当たりにすることを……。

出演/池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌
脚本・監督/石井裕也
製作/五老剛、竹内力、ハン・ドンヒ、浜田稔、森田 篤、永田勝美、宮前泰志
エグゼクティブプロデューサー/飯田雅裕
プロデューサー/永井拓郎、パク・ジョンボム、オ・ジユン
製作/『アジアの天使』フィルムパートナーズ
制作プロダクション/RIKIプロジェクト、SECONDWIND FILM

日本公開/2021年7月2日(金)テアトル新宿ほか全国公開
配給/クロックワークス
© 2021 The Asian Angel Film Partners