Column

2021.06.30 17:00

【単独インタビュー】三木孝浩監督が語る『夏への扉 ─キミのいる未来へ─』における猫の視点

  • Atsuko Tatsuta

山﨑賢人主演の最新作『夏への扉 ─キミのいる未来へ─』は、ロバート・A・ハインラインの伝説的SF小説を映画化した今夏の注目作です。

1995年、将来を期待される有能な科学者・高倉宗一郎(山﨑賢人)は、亡き養父・松下の会社で研究に没頭していた。両親を早くに失った宗一郎の相棒は、愛猫のピート。ところが、画期的な研究の成功を目前に宗一郎は罠にはめられ、冷凍睡眠させられてしまう。30年後、2025年の東京で目覚めた彼は、研究も財産もすべて失い、松下の娘・璃子(清原果耶)も謎の死を遂げていた。人間にそっくりなロボット(藤木直人)の助けを借り、30年間に起こったことを調べ始めた宗一郎は、大切な人である璃子を救うために1995年へと時空を超えて旅立つ──。

1956年にアメリカで発表されて以来、世界中で愛され続けているロバート・A・ハインラインの名作「夏への扉」。多くのハリウッド映画にも影響を与えてきたSFの古典中の古典が、舞台を日本に移して初の映画化が実現しました。

主演は、大ヒット作『キングダム』で知られる若手トップ俳優の山﨑賢人。璃子役には、NHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』の主演で注目を浴びている清原果耶、また2025年の東京で宗一郎を助ける人間にそっくりなロボット役に藤木直人、宗一郎を翻弄する婚約者の白石鈴役に夏菜など、個性豊かなキャストが顔を揃えました。

長編デビュー作『ソラニン』から10年、近年では『フォルトゥナの瞳』(19年)、『思い、思われ、ふり、ふられ』(20年)、『きみの瞳が問いかけている』(20年)など続々と話題作を発表し続ける三木孝浩監督が、新作の公開に際してインタビューに応じてくれました。

──世界的大ベストセラーの映画化に挑まれたわけですが、映画化に至った経緯は?多くのファンを抱える人気小説が元なだけに、プレッシャーも相当だったのでは?
本当に重責ですよね。実はこの企画は、プロデューサーの小川真司さんからご連絡をいただいたのが始まりです。小川さんが長く温められていた企画ということでした。原作が発表されたのが1950年代とかなり前なので、なぜ今?と思いつつ読み返してみると、物語の根幹である人間讃歌の部分が普遍的で、時代を超えても伝わる物語で感銘を受けました。時代はいつであろうと、舞台がアメリカであろうと日本であろうと、色褪せない物語。とてもワクワクしましたね。有名な小説ですし、プレッシャーはありましたが、不安よりもワクワク感が上回りました。

──なぜ映画化したいのか、小川プロデューサーと話をされたのですか?
小川プロデューサーとの話から僕なりに解釈したのは、猫が出てくるのが大事ということですね。小川プロデューサーは、大の猫好きなんです(笑)。『陽だまりの彼女』でご一緒した時も、原作小説の表紙は猫でした。「夏への扉」も、表紙が猫なんです。

──今回の映画でも猫は大きなポイントになりましたね。
人間の悲喜交交、つまり愛情や復讐劇のようなものを客観的に観る眼差しを猫が担っているのが、この物語の面白いところだと思うんです。そういう意味では、藤木さん演じるロボットも猫と同じ立ち位置なんですね。宗一郎がもがきあがいて、壁をクリアしていくところは滑稽でもありますが、人間とは何なのかを改めて明示しているとも言えます。猫の視点で描くことで、人生の面白さや人の生き様などを客観的に捉えられるのではないかと思います。

──脚本にはどの段階から関わったのですか?
最初からですね。脚本家の菅野友恵さんとは5年以上前に、日本で映画化するにあたってどうするか話しました。当初は、時代設定をどうするか決まっていなかったのですが、結局、1995年〜2025年の30年間にしました。

──2025年は、SFで描かれる未来にしては比較的“近い”ですよね。
原作では30年先にタイムスリップするので2つの時代(1970年代、2000年代)が舞台になるのですが、今回は先に1995年をスタート地点に決めました。観客の方が懐かしがれる時代に、もっと言えば、僕自身が自分事として感じられる時代にしたかったんです。あの時ミスチル聞いてたな、とか、どういう心持ちでいたかとかが、経験としてあるような時代。未来として描く2025年の世界は、現実の東京とは似て非なるパラレルな設定です。自分たちのいる世界と地続きというか、まったくの別世界ではなく、想像しやすい世界にしようと思いました。

──ハインラインの原作は、多くの映画作品に影響を与えていますが、三木監督が影響を受けたSF映画はありますか?
そうですね。僕が最初に映画に目覚めたのは、大林宣彦監督の『時をかける少女』でした。特に、時間を扱ったファンタジー映画が好きです。『バタフライ・エフェクト』や『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』、『インターステラー』とかも好きですね。影響を受けたというより、好きな作品と言った方が良いと思いますけど。影響という意味では、『時をかける少女』がいちばん大きいかもしれないですね。

──『時をかける少女』で強く惹かれた部分は?
僕たちは、映画を観ている間はその時間を体感できますし、自由に時間を行き来できるというのも、映画ならでは。『時をかける少女』は、自分のイマジネーションを広げてくれるきっかけとなりました。自分から見えている時間は一面であって、もしかしたら自分の知らないところでパラレルだったり、枝分かれして広がっているかもしれない。そう思うだけでワクワクする。そういう想像力を膨らませるきっかけとなったのが、『時をかける少女』です。クリエイティブな面で受けた影響は大きいですね。

──優れたSF映画は、科学的な理論をベースに取り入れながらも、優れた人間ドラマを描いているように思います。
SFは、読者とか観客に非日常からの視点を与えてくれるものですよね。リアリティのあるドラマじゃなくて、非日常の部分からの視点で描いた人間が面白いんだと思います。

──今回は、科学的なアドバイザーには参加してもらったのですか?
はい。筑波大学のロボット工学の研究者の方にお願いしました。早稲田大学の研究室は、実際に撮影にも使わせていただきました。数式とかも、見る人が見ればちゃんとしているようにして。あの数式、時間と……僕も説明するのが難しいんですよ(笑)。助監督と一緒に勉強させていただいたんですけど、わからなかったです(笑)。

──原作から大きく変更されたことのひとつに、主人公の設定があります。原作では、中年の冴えない男でしたが、本作の宗一郎は若くて活力に溢れていますね。
宗一郎は自分のいろいろな努力が実を結ばない、期待を裏切られてきたキャラクターです。根っこの部分を諦めずに生きてきた人間が、諦めざるを得ない状況に追い込まれた。そのとき宗一郎が、再び前を向いて歩き出せるようどのように至るのか、その立ち上りの部分を、キャラクターとして大事にしました。観ている方が宗一郎に自分を重ねて、頑張って欲しいと応援できるようなキャラクターにしたかったんです。

──長編小説を2時間ほどの映画にする場合、どのように物語を削ぎ落としていくかが大事ですが、どこをポイントに物語を再構築したのですか?
原作だと、コールドスリープした後、未来での日常を描いています。でも、2時間(の映画)を前のめりで観て欲しいと思ったので、時間間隔をぎゅっと凝縮して、そこに注力して脚本をつくりました。

──宗一郎と璃子のラブストーリーの部分を強めた理由は?原作では年齢差もありますが、本作では宗一郎の年齢をぐっと若返らせましたね。
そうなんです。いろいろな人にヒアリングしたのですが、ふたりの年齢差が受け入れ難いという女性が多くて。時代の倫理感に合わせて、そこは変更しました。ふたりのラブストーリー的な要素もそこで強まったこともあります。でも、ふたりの間の愛情は、恋愛感情というよりは共感に近い。璃子にも、宗一郎と同じように複雑な家庭事情があるし、ふたりはお互いに自分自身を相手に重ね合わせているところがあります。ふたりにとってはそれぞれが、バディ的な意味での大切な人、かけがえのない人という存在です。

──山﨑賢人さんを始めとするキャスティングは、どのような経緯で決定されたのですか?
最初は山﨑賢人君が決まりました。この作品は難しい企画なので、日本でこれをどう表現するのか考えた時、賢人君が浮かびました。賢人君のことを役者として好きなのは、どんな役でもすっと、ハレーションを起こさずにその世界に染まれる無垢さを持っているところです。主演をこんなに数多く重ねてきても、そういう部分を持ち続けている。彼の初主演作『管制塔』(11年)でご一緒したときから、いろんな主演作を毎回観て、その度にフレッシュさを感じさせるという凄さがありました。無名の新人を起用すれば、パブリックイメージもなくフレッシュに見えると思いますが、賢人君は物語の中のキャラクターとして見た時に、他に彼が主演した作品のあのキャラクターっぽいとはなりません。すごく荒唐無稽な話だし、彼なら新しい作品になるんじゃないかという期待感がありました。

──他のキャスティングは、山﨑さんを基準に決めていかれたのですね?
そうですね。清原果耶さんは『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』で、小松菜奈さんの中学時代の役で出ていただいたことがありました。短いワンシーンですが、そこで見せてくれた存在感が素晴らしかったので、その時からもう一度、ぜひお仕事をしたいと思っていたので、今回念願が叶いました。

──藤木直人さんのロボット役は、ハマり役でしたね。
はい。実は、ロボット役がめちゃめちゃ悩みました。やはり端正なルックスは決め手でした。『エイリアン2』へのオマージュというわけではないですけど、ランス・ヘンリクセンが演じていたビショップというシニカルなアンドロイドを、もうちょっとユーモラスにしたらどうなるんだろうと考えていました。ヘンリクセンも端正な顔立ちなので、藤木さんと通じるものがあるかなと思いました。

──ピートはとても重要なキャラクターですが、猫との撮影は難しかったですか?
僕も猫の撮影は大変だろうと予想していて、撮影前からちょっと胃が痛かったんですけど、これが思った以上にめちゃめちゃ上手くいきました。パスタとベーコンという2匹の猫がいたのですが、芝居の勘どころの良いパスタが中心で、ベーコンは走ったりするシーンとか動き担当でした。表情とか顔の寄りは、パスタが演じました。

──訓練されたとても良い子に見えました。
そうですね。訓練もありますけど、なにかを見つめる眼差しが、ちょっとこの子なに考えているんだろうという良い表情をしてくれて。現場で苦労するんだろうなと覚悟していましたが、意外に1、2テイクで撮れました。特に、プロデューサーを始め猫好きだらけのチームで、猫オーディションが一番うるさかったんじゃないかな(笑)。実は、猫オーディションは2回やりました。歩いてもらったり、カメラテストをして。もっとハンサムな猫もいたんですが、猫の可愛さはそうじゃない、どの顔が良いと、猫好きのスタッフが喧々諤々でした。

──三木監督は、”猫派”ではないのですか?
もともとはどちらかというと犬派だったんですが、この作品を撮って猫好きになってきました。みなさんが言っている猫の可愛さってこういうことなんだ、と。パスタとは、2週間近くは一緒にいました。モニターを見ながら、猫の良い表情が出るのを待っているんですけれど、思わずドキッとするような表情が来ると「良いじゃん、パスタ!」ってどんどん愛着が湧いてきますね。なかなか猫は思い通りにいかないと言いますけど、よく演じてくれました。

──では、パスタとの最後の撮影のときは名残惜しかった?
美味しい猫の餌を渡しました。また、会いたいですね。

──撮影で大変だったところは?
時代の変化をどう見せるかというところですね。脚本に設定は書いてあっても、人が思い描く未来のディテールはそれぞれ違う。そこの摺合せですね。車は空を飛んでいるのか、とか。映画はいくつもの部署が関わって大人数で作り上げていくもの。その共有が、現代劇でない分難しかったです。面白かったのは、夏菜さん演じる白石鈴が30年後、どう変わっているのか。あの顔は特殊メイクではなく、最新技術を駆使して、AIで顔を変えているんです。違う役者さんの顔に、夏菜さんの顔を貼り付けています。身体の肉感的な感じは、他の役者さんのものです。夏菜さんに肉襦袢を着せるともっと硬い質感になってしまい、リアリティがなくなってしまうと思って。リアルでちょっと不気味な感じを出したかったので、精度の高いAI技術を使いました。

──ハリウッドでは、そういった技術革新により30年前にはできなかった映像表現が可能となったことが、昨今SF映画作る大きなモチベーションのひとつになっています。三木監督は?
技術はどんどん進化していますが、と言ってもハリウッド映画に比べてかけられる予算は限られているので、実際には、アイディアで乗り切る部分もあります。「夏への扉」に惹かれたのは、ストーリーの部分に心を掴むものがあると思ったから。これなら日本でやる意味もあると期待しました。

──近年、SF映画でもタイムスリップものが再び多く作られているように感じますが、なぜ今、SFファンタジーなのでしょうか?
日常が厳しすぎるからですかね。ある種の逃げ場というか、こういう世界があったら良いな、こうだったら良いなというような拠り所の意味が強いのかもしれません。僕がSFをたくさん観ていた80年代は、もっと作品も明るく楽しかったような気がします。でも、20年、30年周期があるんですかね。

──三木監督のように若い頃にSFを観た方が、作り手に回ったのでは?
きっとそういうことですね。自分がクリエイティブの最前線に来たときに、思春期に刺激を受けたような作品を作りたくなるという。そういう意味では、まさに30年周期になりますね。

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『夏への扉 ─キミのいる未来へ─』

将来を期待される科学者の高倉宗一郎は、亡き養父である松下の会社で研究に没頭していた。早くに両親を亡くしずっと孤独だった宗一郎は、自分を慕ってくれる松下の娘・璃子と愛猫ピートを、家族のように大事に思っていた。しかし、研究の完成を目前に控えながら、宗一郎は罠にはめられ、冷凍睡眠させられてしまう。目を覚ますと、そこは30年後の2025年の東京、宗一郎は研究も財産も失い、璃子は謎の死を遂げていた──失って初めて、璃子が自分にとってかけがえのない存在だったと気づく宗一郎。人間にそっくりなロボットの力を借り、30年の間に起こったことを調べ始めた宗一郎は、ある物理学者にたどり着く──。

出演/山﨑賢人、清原果耶、夏菜、眞島秀和、浜野謙太、田口トモロヲ、高梨臨、原田泰造、藤木直人
監督/三木孝浩
脚本/菅野友恵
主題歌/LiSA「サプライズ」(SACRA MUSIC)
原作/ロバート・A・ハインライン「夏への扉」福島正実訳(ハヤカワ文庫)

日本公開/2021年6月25日(金)全国公開
配給/東宝、アニプレックス
©2021「夏への扉」製作委員会