Review

2021.06.15 8:00

【レビュー】『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』現代人に突き刺さる反逆者の”真実”〈ネタバレ無し〉

  • 村山章

オーストラリアでは知らぬ者はいない国民的英雄にして強盗団の首領、ネッド・ケリー。25歳で絞首刑にされた実在の人物の激動の生涯を描いた”伝記”映画が『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』だ。

ただし、お勉強向きで行儀のいい歴史物ではない。時代考証にとらわれない破天荒なビジュアルと、今を生きるわれわれにも突き刺さる新解釈を盛り込んだ、パワフルかつエネルギッシュな作品に仕上がっている。カルト監督の親玉的存在であるジョン・ウォーターズが2020年のベスト10に選んだと聞けば、一筋縄ではいかない怪作を想像していただけるだろうか。

ネッド・ケリーといっても、日本では「それ誰?」と思う人が大半かも知れない。映画ファンや音楽ファンであれば、1970年にザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが主演した伝記映画『太陽の果てに青春を』を思い出す人もいるだろう。しかし同作は酷評を浴びて興行的にも失敗。現在の日本では、『ネッド・ケリー』と改題されたVHSビデオでしか観ることができない幻の作品になっている。

ケリーと彼の強盗団はサイレント映画の時代から何度も映像化されており、世界最初の長編劇映画は1906年の『The Story of the Kelly Gang(原題)』という説もある。2003年にはヒース・レジャー、オーランド・ブルーム、ジェフリー・ラッシュ、ナオミ・ワッツが共演した『ケリー・ザ・ギャング』も作られている。しかしオーストラリアを代表するスターが集結したにも関わらず、日本では劇場未公開で、世界的にも広く知られた映画ではない。つまりネッド・ケリーは、オーストラリア本国とその他の国々では知名度に雲泥の差がある人物なのである。

『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』は、「トゥルー・ヒストリー(真実の歴史)」と銘打っているが、決して史実のままではない。映画の冒頭でも「この物語に真実は含まれていない」と「これは実話である」というふたつのテロップが並列される。相反する内容に、観客が少々混乱するのも仕方のないことだろう。

ただし、歴史物や実話を描いた映画はすべて、映像というフィルターを通して歴史の一部を切り取り、アレンジしたものに過ぎない。映画という表現に、完璧に真実をトレースすることなどできはしないし、そうする必要もない。本作ではそんな真理を逆手に取って、自由にイマジネーションの翼を広げている。矛盾をはらんだテロップは、作り手側からの決意表明でもあるのだろう。1880年(明治13年)に亡くなったケリーを直接知る人はもはや存在しないし、彼らにとっての真実は誰にもわからない。だからこそ、作り手が信じる“ケリーの真実”を“21世紀の映画”として再構築しているのである。

例えば『1917 命をかけた伝令』のジョージ・マッケイ(マカイ)扮するケリーは、残っている写真では髭をぼうぼうに伸ばしたむさ苦しい田舎の盗賊だが、細身の身体に真紅のシャツを身につけたグラマラスな出で立ちで登場する。老いた無法者を演じたラッセル・クロウは、劇中で自作の曲をギターで弾き語っている。また19世紀が舞台とは思えないパンクロックが鳴り響くシーンがあるのだが、なんとマッケイとケリーの盗賊仲間を演じた俳優たちが本作のために結成したバンド「FLESHLIGHT」が演奏しているオリジナル曲なのだ。

とはいえ、史実を好き勝手に改変したり、歴史上の人物を茶化すためにやっているわけではない。ケリーが生きていた時代のオーストラリアでは、富裕層が警察権力と結託して、元囚人とその子孫である貧困層を厳しく弾圧していた。ケリーは犯罪行為に手を染めながらも、一貫して民衆の側に立ち、義賊として大衆の人気を得た。ジャスティン・カーゼル監督やマッケイは、ケリーを犯罪に走らせたクソみたいな現実への苛立ちと反抗を、パンクロックの精神になぞらえて見せているのだ。

しかし一方で、カーゼル監督はネッド・ケリーから「義賊」というポジティブなイメージも引き剥がしにかかっている。というのも、富裕層の金を強奪して民衆に分け与えたというネッド・ケリー伝説(実際に証拠となる記録も残っている)については、劇中ではほとんど描いていないのだ。その代わりに、貧困と犯罪から抜け出せない負の連鎖を描くために、虐げられて生きていた家族の濃厚だが歪んだ絆を浮かび上がらせる。愛情と支配欲と搾取が混濁した母親を熱演したエシー・デイヴィスの存在感は、圧巻としか言いようがない。

歪んでいるのは母親だけではない。ケリーの一家に執着する2人の警察官(チャーリー・ハナムとニコラス・ホルトが演じている)からも、社会に適合できず混乱した男たちの愛憎が滲み出ている。ケリーに多大な影響を与える周囲の大人たちも、生きる術として選んだ犯罪に子どもたちを巻き込んでいるに過ぎない。誰もが人生に満足できず、何かを求めて、弱い者同士で傷つけあっているようにも見える。善と悪の境界はあまりにも漠然としていて、容易にジャッジされることを頑なに拒絶しているようでもある。

ひとつ指摘しておきたいのは、そんな19世紀のオーストラリアの惨状や混沌が、決して他人事ではないということ。ブッカー賞受賞の原作小説を執筆したピーター・ケアリーは、「歴史は過去ではない」という言葉にインスパイアされてネッド・ケリーについて書こうと決めたという。そしてこの映画版も明らかに、ネッド・ケリーの暴走と悲劇を、21世紀の格差の拡大や、踏みつけにされている弱者の鬱屈や怒りと重ね合わせている。

ケリーのような存在は、われわれにとって希望の星か、道に迷ってテロリズムに走った殉教者か? 彼らのような無法者を生んだのは、富や権力を握った一部の人間なのか、それともわれわれ民衆自身なのか? 答えは容易には見つからないが、今の社会に必要なアジテーションとしても、本作が多くの人の目に触れて欲しいと思っている。

==

『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』(原題:True History of the Kelly Gang)

監督・製作/ジャスティン・カーゼル
脚本/ショーン・グラント
原作/ピーター・ケアリー「ケリー・ギャングの真実の歴史」
製作/リズ・ワッツ、ハル・ヴォーゲル
撮影/アリ・ウェグナー
音楽/ジェド・カーゼル
編集/ニック・フェントン
プロダクションデザイン/カレン・マーフィ
出演/ジョージ・マカイ、ニコラス・ホルト、ラッセル・クロウ、チャーリー・ハナム、エシー・デイヴィス、ショーン・キーナン、アール・ケイヴ、トーマシン・マッケンジー
2019年/オーストラリア=イギリス=フランス/英語/125分/ビスタサイズ/PG-12

日本公開/2021年6月18日(金)、渋谷ホワイトシネクイント、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー!
配給/アットエンタテインメント
後援/オーストラリア大使館
公式サイト
© PUNK SPIRIT HOLDINGS PTY LTD, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, ASIA FILM INVESTMENT GROUP LTD AND SCREEN AUSTRALIA 2019