Column

2021.06.11 17:00

【単独インタビュー】『ブラックバード』ロジャー・ミッシェル監督が描く家族ならではの欺瞞と秘密

  • Atsuko Tatsuta

英国の名匠ロジャー・ミッシェル最新作『ブラックバード 家族が家族であるうちに』は、安楽死を決意した母に翻弄される家族の物語です。

ある週末、リリー(スーザン・サランドン)と夫ポール(サム・ニール)が暮らす静かな海辺の邸宅に、長女のジェニファー(ケイト・ウィンスレット)、次女のアンナ(ミア・ワシコウスカ)とその家族たち、そして学生時代からの大親友で家族同然のリズ(リンゼイ・ダンカン)たちが集まった。安楽死を選択したリリーが“家族が家族であるうちに”一緒に過ごそうと、親しい人々を呼び寄せたのだ。平静さを装いながら、彼らはリリーと最期の時を過ごすが、アンナが安楽死の決行を阻止しようとしていることが発覚。緊張の糸が切れ、それぞれの秘密が次々と明らかに──。

主人公リリーを『デッドマン・ウォーキング』(95年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したスーザン・サランドン、長女のジェニファーを『タイタニック』(97年)で世界的にその名を知らしめ、『愛を読むひと』(08年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したケイト・ウィンスレットが演じ、二大オスカー女優の初共演が実現しました。

『ペレ』(87年)や『マンデラの名もなき看守』(07年)などで知られるビレ・アウグスト監督による傑作デンマーク映画『サイレント・ハート』(14・未)の英語版リメイクである本作。同作の脚本家クリスチャン・トープがアメリカ映画として脚色し、新たな人間ドラマとして紡ぎ出しました。

監督を務めたのは、『ノッティングヒルの恋人』(99年)や『恋とニュースのつくり方』(10年)などで手腕を発揮したロジャー・ミッシェル。極限の選択に立たされる家族の心象風景にリアリティを持たせるために映画の大半を順撮りし、見事な家族のポートレートを描き上げました。

日本でも人気の英国の名匠ミッシェルに、日本公開に際して、オンラインインタビューを行いました。

ロジャー・ミッシェル監督

──『ブラックバード 家族が家族であるうちに』は、デンマーク映画の『サイレント・ハート』が原作ですが、どのような経緯でリメイクすることになったのでしょうか。
ビレ・アウグストが監督したオリジナル版の脚本家であるクリスチャン・トープが書いた英語版の脚本が、私のところに回ってきました。当時の脚本は、もともとの脚本を英語翻訳しただけに近かったように思います。というのも、実はまだ、オリジナルの映画を観ていないんです。良い出来だと聞いていただけに、撮影前に観て、私自身のビジョンに影響すると困るので意図的に観ませんでした。今もまだそこまで気持ちを持っていけておらず観ていませんが、いつか静かな時間にコーヒーを飲みながら、ゆっくりと観たいと思っています。

──トープの脚本のどこに惹かれたのですか?
まず興味を持ったのは、テーマではなく、脚本に描かれていた物語のフォルムでした。家族を語る上でとても純粋なフォルムだと思いました。キャラクターがまったく違う親しい人々が、ひとつの家で3日間を過ごす。その中でそれぞれの物語が暴かれていく。どの家族にもある嘘や秘密、欺瞞などが複雑に絡み合い、それによって緊張感が生まれます。“母の死”が触媒となり、ずっと眠ったままだったかもしれない問題が掘り起こされるのです。

──スーザン・サランドン演じるリリーが尊厳死を選ぶというこの物語の起点は、とてもインパクトがあるテーマですが、あなた自身の尊厳死に対する考えは?
この映画に関わるまでは安楽死に関しては考えたことはありませんでした。もしその人が望むのであれば、良いのではないかと漠然的に思っていましたが、今回リサーチしているうちに、そんなに簡単な問題ではないと認識しました。安楽死を認める法律を成立させる難しさは、今ではより理解できています。また、死を考えることで、生きることをより考えさせられるようにもなりました。映画中でもリリーは、自分の死を決めたら、毎日が生き生きと生きられるようになります。“欲を持って生きることができるようになった”というようなことを言いますが、その気持ちはよくわかります。

──リリーは、自分が死んだ後に夫が新しいパートナーと生きていくことを容認しています。この夫婦の愛についてどのように捉えていますか?
とてもタフな愛だと思います。自分の死後、パートナーがどのような人生を送るのかを把握しようとするのは、リリーの愛はとても自己中心的です。

彼女が自分で死を選ぶことは、ある意味で夫を置き去りにすることでもありますが、自分が去った後を考えられるほど、リリーは強い。死んでもなお、残された家族に起こることを決めようとするコントロールフリークのような人であるとも言えるでしょう。ちなみに、リリーのように病に冒され安楽死を望む人は、悲嘆して死を望むというより、自分のことをコントロールしたい人が多いそうです。リリーもそうだったと思います。彼女の家を見ても、それがわかると思います。家の装飾をはじめ、1ミリたりとも彼女がコントロールしていない空間はありません。自分の死も自分で決めたいし、墓に入ってもなお、自分の愛するものをコントロールしたいというリリーのキャラクターはとても興味深いですね。

──この映画では「家」も大事なキャラクターですね。どのようにこの家を探したのですか?
イギリスで撮影したのはご存知だと思いますが、まず、物語の設定がアメリカなので、アメリカ風の家を見つけなければなりませんでした。アメリカとイギリスでは建材が違うので、これが意外に大変でした。郊外の農家で良い家があったのですが、海辺に近くなかったので諦めました。実は、いちばん最初に出演が決定していたケイト・ウィスレットから、彼女の家の近くに良い家があるから見にきてはどうかと誘われました。

最初は、遅く起きてコーヒーを片手にゆっくり撮影に来れて楽になるからそう言っているのだろうと思って、聞き流していたのですが、あまりにも何度も言うので見に行ったら、とても惹きつけられました。私が想定していたよりも洗練されたモダンな家で、サイズもかなり大きかったのですが、他の面では完璧な家だったので、少し脚本などを調整して撮影に臨みました。例えば、リリーが建築家であることや、家をデザインしたことが彼女にとってどういう意味を持つのか、そして彼女と海との関わりを掘り下げ、脚本に反映しました。また、撮影時は、実際よりも少しこじんまりとした家に見えるように撮影しました。

ガラス張りの家だったので、撮影は技術的には大変でした。ほぼ自然光で撮っていたのですが、日が暮れると窓が鏡のように反射してしまって。けれど、撮影監督のマイク・エリーがとても良い仕事をしてくれてたので、ロケーションの可能性をフルに活かせたと思います。

──なぜ舞台をイギリスに置き換えなかったのですか?
ミレニアムというアメリカの会社が制作に入っているため、アメリカの観客を意識した、アメリカを舞台においたアメリカの物語である必要がありました。でも実際にはインターナショナルなキャストになったし、アメリカが舞台ということは、私にとってそれほど大きな問題ではありませんでした。普遍的で、どこの国でも成り立つ物語です。

──長女役のケイト・ウィンスレットが最初に決まったとおっしゃいましたが、主役のスーザン・サランドンは、どのようにキャスティングしたのですか?
リリー役は、最初はダイアン・キートンの予定でした。『恋とニュースのつくり方』(10年)で一緒に仕事をして、また一緒に映画を作りたいと思っていました。でも別の作品が長引いて、スケジュール的にキートンの出演が難しくなり、スーザンにオファーしました。脚本を送ると、彼女は24時間以内に返事をくれましたよ。今では、スーザンなくしてこの映画のことは考えられませんね。彼女の持つ品格、聡明さ、ウィット、ユーモアなどすべてが、リリーというキャラクターに反映されました。彼女が参加してくれて幸運でした。

──近年、映画において家族の捉えられ方も多様化していると思います。血縁関係による家族だけでなく、他人でも寄り添い合って生きる疑似家族のような繋がりの重要性を扱った作品も増えています。あなたにとって家族とは?
大きな質問ですね。でも、間違いなく、血縁の家族の方が自分たちで選んだ家族よりも大変なことが多いと思いますよ。血縁による家族は、いろいろなものを受け継いでしまいますから。新たな家族を持ったとしても、出自は変えられない。血の繋がった家族はいろいろな形で人生に影響を与えてきます。この映画のふたりの姉妹にもそれはよく現れていますね。

ちょうど今、英国の女王についてのドキュメンタリーを作っているのですが、英国王室も非常に複雑で興味深い家族です。ハリー王子を見ていると、不幸な”DNA”を引き継いでしまっていると思っています。英国人はみんなロイヤル・ファミリーに感心があるのですが、それはなぜかというと、彼等が自分たちの家族の幸福や不幸のプリズムになっているからです。自分たちが新しい家族を持ち、それが素晴らしいものだったとしても、出自はずっとついて回るものです。

──コロナ禍によって、“家族”の姿は変化していると思いますか?
コロナによって2つの異なる衝動が家族にもたらされたのではないかと思います。ひとつは、一緒にたくさんの時間を過ごせるようになったので、親密で愛情深い、お互いに献身的な関係を築けるようになったという肯定的なもの。また一方では、うんざりしてお互いの首を絞めたくなっている人たちも多いでしょうね。

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『ブラックバード 家族が家族であるうちに』(原題:Blackbird)

監督/ロジャー・ミッシェル 
脚本/クリスチャン・トープ
出演/スーザン・サランドン、ケイト・ウィンスレット、ミア・ワシコウスカ、サム・ニール、リンゼイ・ダンカン、レイン・ウィルソン、ベックス・テイラー=クラウス、アンソン・ブーン
2019年/アメリカ、イギリス/英語/97分/スコープサイズ/5.1ch/原題:Blackbird/日本語字幕:斎藤敦子/PG12

日本公開/6月11日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給/プレシディオ、彩プロ
公式サイト
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