Column

2021.05.28 9:00

【単独インタビュー】『ローズメイカー 奇跡のバラ』主演カトリーヌ・フロが守り続けたいもの

  • Atsuko Tatsuta

フランスが誇る大女優カトリーヌ・フロの新作『ローズメイカー 奇跡のバラ』は、崖っぷちのバラ育種家が世界屈指のバラ・コンクールに挑む感動のヒューマンドラマです。

父が遺した小さなバラ園を経営するエヴ(カトリーヌ・フロ)は、かつては数々の賞に輝き天才ローズメイカーといわれましたが、最近では新種のバラの開発にも成功せず、会社も借金を抱えて倒産寸前でした。そんなある日、助手ヴェラ(オリヴィア・コート)の勧めで、職業訓練所から紹介された3人のスタッフを雇うことに。反抗的で前科者のフレッド(メラン・オメルタ)、定職に就くことしか頭にないサミール(ファツァー・ブヤメッド)、内気で人と接することが苦手なナデージュ(マリー・プショー)──3人が社会復帰を目指していることから格安で雇えることに魅力を感じたエヴでしたが、園芸に関してまったく素人の彼らはほとんど役に立ちません。ところがある日、フレッドの腕のタトゥーをヒントに、世界でひとつだけの新種のバラの交配のアイデアを閃いたエヴは、すべてをかけて翌年のバガテル新品種国際バラ・コンクールに挑むことを決心します──。

短編で多くの映画賞を受賞してきたピエール・ピノー監督が、バラ育種家エヴの奮闘を軸に、格差社会や失われつつある伝統、育児放棄などのさまざまな社会問題をさりげなく織り込んだ爽快なサクセスストーリー。“バラ大国”フランス屈指のローズブランドであるドリュ社、メイアン社やスペシャリストが監修を担当し、世界にひとつの新しいバラが誕生するまでの交配と栽培の過程も詳細に描写。パリのバガテル公園で開催されるコンクールも忠実に再現しました。

ユーモアと情熱を込めて魅力的なヒロインを演じきったのは、フランスで最も栄誉あるセザール賞に10度ノミネートされ、『偉大なるマルグリット』などで2度受賞、大ヒット作『大統領の料理人』(12年)でも知られるカトリーヌ・フロ。バラ以外には全く関心のなかったエヴが、友情や愛情など人間味あふれる想いに目覚めるまでを、ユーモアと情熱を込めて演じきりました。

40年以上に渡って第一線で活躍してきた国民的大女優のフロが、本作の日本公開に際し、オンラインインタビューに応じてくれました。

© Philippe Quaisse / UniFrance

──心に響く、とても人間味溢れる映画でした。この作品に出演したきっかけは?
まず最初のバージョンの脚本をいただいて、読みました。監督自身にも花心があるというか、花に対して情熱がある方だということが伝わってくる脚本で、とても興味深いと思いました。最初の段階で脚本はほとんど出来上がっていたのですが、出演が決まった後に、今度は監督と一緒に脚本を改稿していきました。

──ピノー監督は、あなたのことをとてもフランス的な女優で、だからこそエヴを演じてもらいたいと思ったそうですね。あなたしかこの役は演じられない、と。
私がフランス的と言われるのは、自分ではよくわからないのですが……ピノー監督がそう言ったのは面白いですね。おそらく私がこれまでに演じた映画の登場人物に結びつけて、そういうイメージがお持ちなのかもしれません。アガサ・クリスティの小説を基にした、アンドレ・デュソリエと組んだパスカル・トマ監督の『アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵』(05年)の主人公プリュダンスとか。『大統領の料理人』は日本でもとても成功したと聞いていますが、主人公オルタンスとかは、確かにフレンチな感じかもしれませんね。特にパスカル・トマの作品は、原作はイギリスの小説だけれど、あの映画の中で繰り広げられる世界はとてもフランスっぽい。今は無いような、ひと昔前のフランスらしい雰囲気ですからね。

──バラ園を経営するバラ育種家の役を演じたわけですが、もともと花に関心があるのですか?
正直、監督ほど花に関して知識があったわけではないのですが、もともと自然は好きですよ。女優の仕事は、詳しくなくてもスペシャリストを演じることができるところが面白いんです。これまでも、料理を学んで料理人を演じ、音楽を学んで歌手を演じてきました。他の仕事を学ぶのが「仕事」というか、いろいろな仕事を学んでいます。今回はバラの育種家を演じるために、バラについて学べたこともとても楽しかったです。

──有名なローズメイカーの下で学ばれたんですよね?
そうです。数日間、ドリュ社のバラ園でバラ作りを学びました。撮影もその近くで行いました。まずは、花を扱うときの所作を学びました。新種のバラを交配するときに、どれだけデリケートに扱わなければいけないのか、どれだけ正確な動作で花を扱わないといけないかも学びました。花を扱うことで、ある種マジカルなものやポエティックなものを感じられるのですが、それが具体的にはどういう動作なのかを学べたのが楽しかったです。

──あなたから見て、エヴはどのような女性ですか?
まず、演じるのが興味深い人物ですね。映画の冒頭では、彼女はすべてを失って落ち込んでいます。父親は既に他界していて家族はおらず、孤独で、仕事も上手くいきません。けれど、やがて建設的に物事が進むようになり、彼女の人生は再生へと向かっていきます。きっかけになるのは、社会から疎外された3人との出会い。一緒に仕事をすることにより、彼女が物事を人と分かち合うように変わっていけたことで、上手くいくようになる。希望を描いている映画だと思います。

──孤独なエヴや、社会から疎外されたような3人が集まって何かを成し遂げる。それによって絆ができる。このように、もうひとつの家族というか、血が繋がっていない家族についての映画は増えていると思いますが、現実を反映していると思いますか?
確かにそうかもしれませんね。でも、人の人生とはそういうものだと思います。私たちの人生にはふたつの家族があります。血のつながりによる“選べない家族”と、“自分で選ぶ家族”。しかも自分で選びとった家族のほうが、往々にして繋がりが強いと思います。それはまさにこの映画が描いているところですけどね。それから、社会的格差についての映画も増えていると思います。社会的に格差のある人々同士は理解し合えないと思っているけれど、実は理解できるんだとを描く映画が増えているように思います。

──毎日花に囲まれて撮影していた経験はいかがでしたか?
はい、撮影中はバラに囲まれていました。本当のバラ園で撮影したし、本物のバラもたくさんありましたが、技術チームがつくった人工のバラも一部使っています。技術チームはとても優れていて、偽物とわからないくらいよく出来ているんですよ。バラ園で撮影している時は、バラの香りがすごかったですね。バラがあんなに香るとは、私にとっての発見でした。”香り部屋”で撮影しているという感じでした。そうした中で6、7人の俳優がいつも一緒にいたので、撮影しているうちにどんどん親しくなって、アドリブなども結構ありましたね。

──エヴは、父親から受け継いだ小さなバラ園を守ろうとします。この構図は、資本主義社会における合理主義や生産性重視の考え方へのアンチテーゼのように思います。
お金を稼ぐことに主眼をおいた商業主義に対するアンチテーゼはありますね。映画にも登場するような大会社が大量生産したバラは、寿命が短いといわれています。主人公が作っているのは、それとは真逆のクラフトマンシップによるもの。アーティスティックなバラ作りです。そんなヒロインのポートレイト、そして彼女を助ける3人が描かれているのがこの映画です。

──コロナ禍において、この映画で主人公と仲間たちが直面するような危機はさらに顕在化しているように思います。
確かに、合理性をより追求するようになっていたり、映画界でもさまざまなプラットフォームが出てきて、急速な変化がありますね。おっしゃるようにクラフトマンシップがなくなりつつあるようにも感じます。それは寂しいことだし、失われて欲しくない、守りたいというのが私の希望です。でも、いま世界で起きていることは、結果的には何かしらの教訓を私たちに与えてくれると思います。

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『ローズメイカー 奇跡のバラ』(原題:La Fine fleur)

監督・脚本/ピエール・ピノー
脚本/ファデット・ドゥルアール、フィリップ・ル・ゲイ
エグゼクティブ・プロデューサー/デヴィッド・ジョルダノ
プロデューサー/ステファニー・カレーラス、フィリップ・プジョ
撮影監督/ギョーム・デフォンテーヌ
編集/ヴァレリー・ドゥセーヌ、ロイック・ラレマン
美術/フィリップ・シフル
出演/カトリーヌ・フロ、メラン・オメルタ、マリー・プショー、オリヴィア・コート、ファツァー・ブヤメッド
2020年/フランス/フランス語/96分

日本公開/2021年5月28日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国ロードショー
配給/松竹
公式サイト
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