Column

2021.05.15 9:00

【単独インタビュー】『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』監督が描きたかった伝説のミュージシャンの矛盾

  • Atsuko Tatsuta

ドイツ映画賞で6部門を制覇した音楽映画の傑作『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』が、待望の日本公開となります。

ベルリンの壁崩壊後の旧東ドイツにおいて最も重要と言われる実在のシンガーソングライター、ゲアハルト・グンダーマン。1955年生まれの彼は、昼間は褐炭採掘場でパワーショベルを扱う労働者だが、仕事が終わると音楽活動に勤しんだ。希望や夢、理想を歌う彼の音楽は人気となり、“東ドイツのボブ・ティラン”と呼ばれるようになった。だが一方で、当時の秘密警察(シュタージ)に協力するスパイとして、友人や仲間たちをも裏切っていた。1990年の東西ドイツ統一後、自らも友人にスパイされていたことを知ったグンダーマンは、自らが抱えた矛盾と向き合うことになる──。

監督は、現在ドイツで注目を浴びる気鋭のアンドレアス・ドレーゼン。自らも東ドイツ出身の監督は、脚本家のライラ・シュティーラーととも10年がかりで脚本を執筆し、映画化にこぎつけ、母国の複雑な歴史に翻弄された社会派ミュージシャンの素顔に迫ります。

日本公開に際して、アンドレアス・ドレーゼン監督が、オンラインインタビューに応じてくれました。

アンドレアス・ドレーゼン監督

──10年前から脚本家のライラ・シュティーラーと構想を練り始めたとのことですが、そもそもグンダーマンの伝記映画を撮ろうと思ったきっかけはなんですか?
グンダーマンのことは、かなり前から知っていました。東ドイツ時代からの彼のファンで、90年代には彼のライブにもよく行っていました。グンダーマンは東ドイツで生まれ育った人ですが、私も東ドイツ出身なので、彼の歌にとても共感を覚えました。特に歌詞が興味深く、政治的な要素もありますが、彼の人間的な葛藤や矛盾、複雑な性格が現れていて。徐々に彼の人となりにも興味を持つようになり、彼についての映画を撮りたいと思うようになったんです。

──ライブに通っていた頃は、彼がスパイだったことをご存知だったのですか?
90年代の前半は知りませんでした。この映画の中でも描いていますが、彼は1995年にステージ上でスパイであることを自ら告白しました。そのコンサートに私は行っていなかったのですが、告白の後、旧東ドイツではグンダーマンが秘密警察(シュタージ)に協力していたことはあっという間に広まりました。ファンの多くは彼が正直に罪を告白したことを尊敬の念を持って受け入れ、彼から離れていくことはありませんでした。

──そのニュースを知った時、あなた自身はどう思いましたか?
最初は大きなショックを受けました。ファンとしては複雑で、当初は神経質になってピリピリしていました。実は90年代中頃は、毎週のように有名人がシュタージに協力していたことを告白したり、あるいは告発されたりしていたので、慣れてきた時期ではありましたけれど。魔女裁判のように、シュタージに協力した人たちを批判するという空気はありましたが、グンダーマンのファンは彼の人間性をよく知っていたこともあり、彼がステージ上で自らの口で告白したという誠実な態度や、人生においては間違いを犯すものだという彼の言葉を受け入れました。私も同様でした。

──本作ではグンダーマンのかなりプライベートな面にも踏み込んでいますが、私的な生活についてはどのようにリサーチしたのでしょうか?
グンダーマンの人間性やプライベートな生活について知るためになくてはならなかったのは、彼と結婚していたコニー・グンダーマンの協力です。彼女はかなり早い段階から協力してくれて、撮影現場にもほぼ毎日のように来てくれました。大きな助けになりました。たとえ43歳と短くても、ひとりの人生に踏み込むためには、本当に親しい人からでないと細かい情報は集められませんでした。彼女の協力があってこそ出来た作品だといえます。

また、グンダーマンと一緒に曲を作りステージに立っていた人たちが、グンダーマンの没後20年を記念してアーカイブを作ったのですが、彼らがグンダーマンの音楽活動や曲づくりにおけるリサーチに協力してくれたことも、とても大きなことでした。

──あなたがおっしゃったように、グンダーマンは43歳の若さで亡くなられました。彼の死は、ファンとして当時はどのように受け止めたのですか?
43歳という若さでの急死でしたので、とにかくショックでした。脳梗塞が原因で、前触れもなかった。彼は二重生活を送っていました。日中は褐炭採石場で労働者として働き、夜に仕事が終わると、仲間と一緒に曲を作ったりライブに出たりと、音楽活動をしていた。日によっては2、3時間しか眠らず、そういう生活が身体に負担をかけていたのだろうと、彼の身近な人たちは受け止めているようです。過労が死を招いたのですね。

──映画中の歌は、主演のアレクサンダー・シェーアが見事にカバーしていますが、どのように選曲したのですか?
彼は劇中で15曲歌っています。この選曲のプロセスはとても長かったですね。まず、脚本段階で自分たちが好きな曲を入れていきました。でも、好きな曲でもストーリーにそぐわないものは入れられず、ドラマツルギー的に必要な曲を入れた場合もあります。重要だと思ったのは、映画を観た人が、グンダーマンの歌を聴きたくなること。なので、彼のことを知らなかった若い観客層に訴えかけるような曲を選び、映像に組み込んだつもりです。

──あなたが好きなグンダーマンの曲は?
たくさんあるのですが、映画中で使われている曲だとしたら、「Linda(リンダ)」ですね。彼の娘が生まれた時に作られた曲です。映画の最後の方でアレクサンダー・シェーアがソロで歌う「Vater(お父さん)」という曲も素晴らしい。アメリカのシンガーソングライターの曲に、グンダーマンがドイツ語でまったく違う歌詞をつけた曲です。とても感傷的だけど、好きな曲です。それから映画には登場しませんが、亡くなる直前に作った曲で、まだCDなどの音源としては発表されていなかった曲があります。それは私とアレクサンダー・シェーアがコンサートで演奏しています。

──「東ドイツ出身者として共感した」とおっしゃられましたが、当時の東ドイツ出身の方々が背負ったものとは?
難しい問題です。それぞれの人生があるので、一般論で話すことはできません。政治的なこともあります。ただこの映画を通して、東ドイツの、特にグンダーマンが直面していた複雑な状況を正しく伝えたいという意図は、最初からありました。グンダーマンは東ドイツで自分の理想を実現しようとしていました。政治的には当初は東ドイツに賛同していました。自分の社会主義の下に理想の国を作っていくという信念を持っていたのですが、社会主義統一党と次第に意見が合わなくなってきた。自由で平等な社会、抑圧のない社会を作るという彼の夢は壊れてしまった。政治的にも非常に複雑な東ドイツ時代の生活を描くことは、たやすいことではありませんでした。それに東ドイツだけではなく、他の東ヨーロッパの国ではスパイ活動などはよくあったのですが、それでもグンダーマンの状況はとても特別だったと思います。

──映画の中でグンダーマンが働く褐炭採掘場に大きな重機が出てきます。重機でありながら、オブジェのようでもあり、美しいシーンでもあります。
実際にある場所で、重機も現実に近いものです。このシーンで描きたかったのは、グンダーマン自身には政治的な矛盾があるだけでなく、彼の生活そのものも矛盾しているという点です。彼は労働で生活を立てていますが、その仕事は褐炭を掘って環境を破壊するというもの。でも一方で、彼は美しい自然を守るという曲もたくさん作って、歌っています。それから、荒れた褐炭鉱の露天堀の風景の中で、グンダーマンがうずくまっていると、人間がいかにちっぽけな存在なのかを感じます。彼のアーティストとしての矛盾、それから彼が矛盾した存在であることも、このシーンで表現したかったことです。

──背景に何度か映り込むのは、発電所ですか?
火力発電所です。グンダーマンが働いていた褐炭鉱から、すぐ近くの火力発電所へ石炭を運んでいたわけです。そこで作られた電力が、東ドイツの一般家庭に送られていました。あの建物は意図的に映り込ませています。

──若い方に観ていただきたいとのことでしたが、この作品はドイツで高く評価され、多くの観客が観たわけですが、若い世代はどのような反応を示したんでしょうか。
ドイツでは若い観客も多く観てくれましたし、サントラも若い世代に売れました。彼らにとってグンダーマンは、新しい発見だったのです。サントラを聴いて、彼のオリジナルの曲を聴き始めた人も多かった。また、若い世代には東ドイツの歴史を知らない人も多いので、この映画を通して、無意識のうちにグンダーマンのような罪を犯すことは世界中どこでも起こり得ることだと、学んでくれたと思います。

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『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(原題:Gundermann)

監督/アンドレアス・ドレーゼン
脚本/ライラ・シュティーラー
音楽/イェンス・クヴァント
出演/アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー
提供/太秦、マクザム、シンカ
後援/ゲーテ・インスティトゥート大阪・京都
配給/太秦
2018年/HD/シネマスコープ/5.1ch/128分/ドイツ/字幕・資料監修:山根恵子

日本公開/2021年5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開!
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