Column

2021.04.16 12:00

【単独インタビュー】『約束の宇宙』アリス・ウィンクール監督が描きたかったリアルなスーパーヒーロー

  • Fan's Voice Staff

第45回セザール賞主演女優賞にノミネートされ注目された『約束の宇宙』は、宇宙飛行士の女性とその娘の絆を描いた、フランスの気鋭アリス・ウィンクール監督の最新作です。

ドイツの欧州宇宙機関(ESA)で訓練中の宇宙飛行士サラ(エヴァ・グリーン)は、「プロキシマ」というミッションのクルーに選ばれます。念願の宇宙行きが決まり喜ぶサラでしたが、7歳のひとり娘ステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)を、別れた夫トマス(ラース・アイディンガー)に預け、約1年もの間離れ離れになることに不安を感じていました。旅立つまで2ヶ月、過酷な訓練の間に「打ち上げまでにふたりでロケットを見る」という約束をステラと交わしますが──。

主人公サラを演じたのは、『007/カジノ・ロワイヤル』(06年)でボンドガールを演じ世界的スターとなり、『ダーク・シャドウ』(12年)、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(16年)などティム・バートン監督作品のミューズともいわれるフランス女優エヴァ・グリーン。本作ではフランスで最も権威ある映画賞のセザール賞で主演女優賞にノミネートされました。

娘ステラ役には、大規模なオーディションにより300人の中から抜擢された新星ゼリー・ブーラン・レメル。サラの仕事仲間の宇宙飛行士マイク役には、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた『クラッシュ』(04年)や、デンマークの鬼才ラース・フォン・トリアーの『ハウス・ジャック・ビルト』(18年)など幅広いジャンルで活躍するハリウッドスターのマット・ディロン、カウンセラーのウェンディ役には『ありがとう、トニ・エルドマン』(16年)で知られるドイツを代表する女優ザンドラ・ヒュラー、サラの別れた夫で物理学者のトマス・アッカーマン役には、オリヴィエ・アサイヤス監督の『アクトレス〜女たちの舞台〜』(14年)でも知られるドイツ人俳優のラース・アイディンガーと、インターナショナルな実力派がキャスティングされました。

監督は、アカデミー賞フランス代表にもなりセザール賞最優秀脚本賞を受賞した『裸足の季節』(15年)で共同脚本を務めるなど、脚本家として活躍するアリス・ウィンクール。オリジナルで脚本を書き下ろし、自らメガホンをとりました。

日本公開に先立ち、ウィンクール監督がFan’s Voiceのオンラインインタビューに応じてくれました。

──今回は監督・脚本を手掛けられていますが、別のインタビューで、ハリウッドで描かれているようなスーパーヒーロー的な女性宇宙飛行士ではない姿を描きたかったとお話されているのを読みました。
はい。女性宇宙飛行士はスーパーヒーロー的な存在なので、“スーパーヒーロー”は描きたいとは思っていたのですが、“子どものいるスーパーヒーロー”を描きたかったんです。アメリカ映画だと、女性のスーパーヒーローは子どもがいないという前提で描かれることが多いと思います。子どもを描き込む余地がないというか、物語のどこにも脚本家が描き込める子どもの居場所がないかのような印象を受けます。でも現実では、多くの女性は仕事もするし、子育てもしています。なので、子どもがいる、子どもの存在感のある女性宇宙飛行士を描きたく思いました。

──実際の宇宙飛行士の方ともお会いになったということですが、サラ役のキャラクターは、出会った方々からインスパイアされたのですか?
はい。脚本を書いている最中に、ドイツのケルンにある欧州宇宙機関に行き、その後モスクワ郊外にあるスターシティにも行きました。女性の宇宙飛行士にも男性の宇宙飛行士にもたくさん会い、彼らからインスパイアされて、サラという人物を作り上げていきました。それに、自分自身を投影している部分もあります。私には、この映画のステラと同じくらいの娘がいます。私も仕事のために、子どもと離れなければならないということが多いので、サラの葛藤がよくわかります。私の場合は、宇宙ほど遠くではありませんが、撮影やプロモーションのために家を留守にするときは、かなり長く離れ離れになりますから。今はコロナなので、家に居られますけれど、これは珍しいことなんです。

──出会った中で、特に印象に残った宇宙飛行士はいらっしゃいましたか?
カナダの女性宇宙飛行士ジュリー・ペイエットは、私が書いていた主人公サラと自分が重なると言ってくれました。彼女は離婚していて、ひとりで子どもを育てていたのですが、母親は仕事や子どもの世話などいろんなことを同時にしなければならならないので、“同時にものごとをこなす”能力を伸ばすのに良い訓練になると言っていたのが興味深かったですね。

──あなた自身は子どもを置いて仕事をする際にどのように対処しているのでしょうか。
実はこれは自分の娘のために作った映画でもあります。でも、この映画を作ること自体が、子どもたちと離れることになるので、このテーマを考えるとちょっと矛盾があるように感じるかもしれませんね。この映画を作るために8ヶ月離れていたので、娘からは「宇宙に行くより長いね」と言われました。当初は、娘にこの映画に出演して欲しいと言ったのですが、断られました。ステラ役の小さい女の子を探していて、「オーディションを受けてみない?試すだけでいいから」と言ったのですが、「絶対に採用しないと約束するなら受けてもいい」と言われました。

──娘さんが断った理由は?
映画に出演するのなら、他の監督の作品に出演したいのだそうです。正しいと思います。彼女は自分なりの世界を持っていて、私には私の世界がある。ただ、娘と一緒に観に行ける作品を作れたので、私としては一応良かったと思っています。

──ステラ役のゼリー・ブーラン・レメルは、オーディションで選ばれたそうですね。決め手はなんだったのですか?
そもそも自分の娘に似ている子を探していたのですが、ゼリーに会ったときに、すぐに私自身に近いものを感じました。彼女は役の通り失読症なのですが、私は幼い頃、片方の目が不自由で、障害を抱えて育ちました。言ってみれば、私はこの物語を通してふたつの自分を重ねようとしていたんです。自分自身のアイデンティティを追求しようとする母親と、母親から自由になろうとしている娘ですね。

──この物語は、母と娘の絆の物語であると同時に、母親と娘それぞれの自立の物語でもあるのですね。
その通りです。娘ステラは、当初は母親であるサラの夢に閉じ込められています。その後、母親の宇宙行きが決まり、父親に預けられます。それまで父親のことをよく知らなかったけれど、一緒にいたら、そんなに悪い人じゃなさそうだとわかってくるし、それはそれで幸せなんです。物語の終盤、ステラの乗った車の窓から馬が走っているのが見えますよね。マスタング(=野生の馬。『裸足の季節』の原題でもある)みたいですよね。あのシーンは、母親の庇護から開放されて自由になっていくという開放感を表しています。宇宙を見るために母親が買ってくれた望遠鏡を、ステラは地球上の男の子を見るために使っています。娘は徐々に母親の夢や生活から離れて、自分の生活を見出していくのですね。

──ゼリー・ブーラン・レメルはまだ幼いですが、この母と娘の関係をどのように理解してもらったのでしょうか。
理解をしてもらうために、たくさん練習しましたね。特にエヴァ・グリーンは子どもがおらず、自分が母親に見えるか心配だとずっと言っていたので、ふたりが一緒に過ごす時間を作りました。父親役のドイツの俳優(ラース・アイディンガー)にもフランスに来てもらって、スーパーに行ったりとか、ゼリーと一緒に過ごす時間をたくさん作りました。

──エヴァに子どもがいないことは、キャスティングする上で影響はあったのですか?
子どもがいないからこそ、エヴァを選びました。エヴァはある種の脆さのようなものを持っているし、一方で、宇宙飛行士らしい強さも持っています。アマゾネスのような強い母親のようにも見えます。ティム・バートンの女神ともいわれていますが、どこかの惑星に住んでいるような、地球人ではないような雰囲気もあります。ちょっと不思議というか。映画の冒頭では、機械のように冷たい感じの宇宙飛行士になろうとしている雰囲気がありますが、徐々に人間らしさが現れてきて、宇宙に飛び立つときには、一番地球人らしい感情に溢れているのです。

──子どもがいないからこそエヴァ・グリーンを選んだというのは?
実際のところ、映画で描かれるような典型的な母親像とまったく違う母親は世の中にたくさんいて、この物語はそういう方たちへの投げかけでもあるからです。いわゆる“母親”とは違う母親を演じるにあたって、子どもがいないエヴァなら何か違うものをもたらしてくれると思いました。

──本作は、男性社会で女性が仕事をしていく難しさも描いています。このところ映画界で起こっているジェンダーギャップ是正の運動についてはどう感じていますか?
「女性の解放」は、私の中では以前からずっと持ち続けているテーマで、初期の監督作品『博士と私の危険な関係』(12年)でも扱っています。その作品では、主人公が精神科医の前で裸になるというシーンがありました。ネクタイを締めた男性と裸の女性の対比は、女性の解放を示す象徴的なシーンでした。

今日の映画界では、女性に機会やポジションを与えるといった動きが進みつつあると思いますが、それらは決して確立されたものではなく、先はまだまだ長い道のりです。世界を見れば、東側の諸国ではむしろ後戻りしているところもあるし、世界中でポピュリズムの台頭によって、女性の地位が疎まれている国もあります。フランス映画界はかなり恵まれていると思います。アニエス・ヴァルダやデルフィーヌ・セイリグら先達たちが、私たち女性のために道を拓いてくれましたから。でも、映画学校での男女比率は50%ずつにも関わらず、映画監督で女性が占める割合は25〜30%です。希望はあるし恵まれてはいるけれど、まだ男女平等とは言えません。

──音楽に坂本龍一を起用していますが、彼の音楽がこの作品にもたらしたものは?
この質問をしていただいて、心から嬉しいです。彼の音楽は大好きなので、今回引き受けてくれて本当に幸運でした。彼がもたらしてくれたものは、まず彼の音楽の純粋さですね。ドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto: CODA』(17年)の中で彼は、ロシアの宇宙飛行士が宇宙に持って行くために、地球の音を録音しています。坂本さんも地球の音を使って音楽を作っている、と感動しました。『約束の宇宙』は宇宙を賛美する映画ではなく、人間、そして人生を賛美する映画です。なので、坂本さんのそうした活動とか、彼自身の脆さ、力強さなども、地球そのものと重なるところがあると思いました。コロナ禍のため直接お会いしていませんが、メールなどで連絡を取り合いました。彼はとても懐が深く、快く協力してくれました。

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『約束の宇宙』(原題:Proxima)

フランス人宇宙飛行士のサラ(エヴァ・グリーン)は、欧州宇宙機関(ESA)で、長年の夢だった宇宙へ行く事を目指して、日々訓練に励んでいる。物理学者の夫とは離婚し、まだ7歳の娘ステラと二人で暮らしている彼女は、“Proxima(プロキシマ)”と名付けられたミッションのクルーに選ばれる。大喜びの彼女だったが、このミッションに旅立てば、約1年もの間、娘と離れ離れになる。過酷な訓練の合間に、娘は母と一つの約束をする。「打ち上げ前に、2人でロケットを見たい」と。母は約束を果たし、無事に宇宙へ飛び立てるのか。

監督&脚本/アリス・ウィンクール
出演/エヴァ・グリーン、マット・ディロン、ザンドラ・ヒュラー
音楽/坂本龍一
2019年/フランス/107分/フランス語・英語・ロシア語・ドイツ語

日本公開/2021年4月16日(金)TOHOシネマズ シャンテ ほか全国ロードショー!
配給/ツイン
後援/JAXA
協力/Vixen
公式サイト
©Carole BETHUEL CDHARAMSALA & DARIUS FILMS