Column

2021.04.15 8:00

【単独インタビュー】さとうほなみが『彼女』で見せる心の旅

  • Atsuko Tatsuta

中村珍の人気コミック「羣青」を原作とするNetflixオリジナル映画『彼女』。恋愛映画の名手として知られる廣木隆一監督が、水原希子とさとうほなみを主演に迎えて撮ったロードムービーです。

裕福な家に生まれ育った美容整形外科医の永澤レイ(水原希子)は、バーである男を誘い、彼のマンションへ向かう。ふたりがベッドに入ったのも束の間、彼女は男の首に隠し持っていたメスを突き立てる──。その前日、パートナーの美夏(真木よう子)の誕生日を祝っていたレイに、高校時代の同級生・篠田七恵(さとうほなみ)から電話がかってくる。かつて七恵に想いを寄せていたレイは、呼び出しに応じて10年ぶりに再会するが、夫からのDVを受け、死を覚悟するほど心身ともに疲れ果てていた七恵を見て愕然とする。「殺してくれる?」という七恵の言葉に、レイは彼女の夫を殺害。その後、ふたりは行くあてのない逃避行に出たが……。

激しい暴力や性描写を盛り込む映像作品としての実現は難しいと噂された「羣青」の実写映画化を、今後の日本映画界で活躍が期待される旬の俳優二人を迎えて実現したのは、Netflixオリジナルシリーズ『火花』の総監督を務めた廣木隆一。

『あのこは貴族』(21年)の演技も高く評価されている水原希子が演じる永澤レイとは正反対に、過酷な家庭環境に育ち、結婚してからは夫のDVに悩まされている篠田七恵役には、さとうほなみが抜擢。TVドラマ、舞台などで俳優としてキャリアを積む一方、ほな・いこか名義で、2012年に結成されたバンド「ゲスの極み乙女。」のドラマーとしても活躍。昨年公開された『窮鼠はチーズの夢を見る』でスクリーンデビューを果たし、映画界でも活躍が期待されています。

配信開始に先立ち、精神的にも肉体的にも追い詰められる難役を見事に演じきったさとうほなみに、その撮影の裏側を訊きました。

Photo: Takahiro Idenoshita

──原作のファンと伺っていますが、どのような経緯でこの映画に出演することになったのですか?
原作の中村珍さんの「羣青」のファンで、もし実写映画化されるなら、ぜひ出演させていただきたいとずっと思っていました。実は映画化が決まる前に偶然、中村珍さんとお会いする機会があったんです。その時も、「本当にこのコミックが好きです」とお伝えしたんですが、それとはまったく関係なく、偶然に出演のお話をいただきました。本当に嬉しかったですね。でも同時に、原作が素晴らしいので、ちゃんと演じられるのか不安な気持ちもありました。

──脚本を読んだ感想は?最初から七恵役でのオファーだったのですか?
おそらく七恵になるだろうとは伺っていたのですが、決定していたわけではありませんでした。

脚本を読んだときの感想は……レイも七恵も素敵な女性なのですが、どちらもどうしようもない孤独感を持っています。ふたりの女性の気持ちが相容れないというか、ひとりが上がったら、もうひとりが下がるというか、ジェットコースターのようにふたりの気持ちが入れ違って。原作にもあるそのふたりの感情が、映画のレイと七恵にも受け継がれているのが、魅力的だと思いました。そんなふたりなのにお互いを必要としていて、その複雑な感情が脚本にも再現されていて素晴らしいと思いました。

Photo: Takahiro Idenoshita

──ふたりは同級生といっても親友だったわけではありませんね。むしろ育ちも違うし、気が合わない。七恵はどういうつもりでレイに会いに行ったのだと思いますか?
七恵には信頼できる家族も友達もいません。学生時代に打ち込めたのは陸上のハードルだけで、結婚しても夫から暴力を受けていて、これまでの人生で心を開ける人がゼロという孤独な女性なんです。そんな七恵を好いてくれて、弱みも知っているのが唯一レイだったのだと思います。追い詰められ、もう人生を終えたいと思った時にレイの顔が浮かんで、何も考えずに連絡してみたのではないか。だから、レイに何か特別なことを望んでいたわけでもないと思います。会いたいという気持ちもあったかもしれないし、会いたくなかったという気持ちもあったと思います。複雑な感情の中で、レイの顔だけしか浮かばなかったのが、連絡した理由じゃないでしょうか。

──そのふたりの関係は逃避行の中で変わっていきますが……ひと言では表しにくいですよね。
七恵はレイに恋愛感情を持っていたわけでもないし、もっといえば、友人と思っていたわけでもありません。でも、(高校生時代の出来事に対して)くやしいと思う気持ちも含め、なにか特別な感情を持っていた相手ではあったと思いますね。

──七恵は夫からのDVに悩まされていたわけですが、DVに関するリサーチはされましたか?
はい。DVに関しては本を読んだり、その類の映画を観たりしました。でも、七恵の役作りという点では、原作で描かれていることを参考にしました。

──水原希子さんとはこの作品でお会いしたのが初対面だったのですか?
はい。この作品で「はじめまして」でした。顔合わせの段階ではほとんど話さなかった記憶があります。撮影の前に監督がお稽古する機会を用意してくれて、序盤のシーンを何回もリハーサルしました。その時点では、まだまだ上手くできているのか不安な部分がありましたね。でも撮影は順撮りだったので、自然に生まれてくる感情をそのままお芝居で表現していきました。

──さとうさんから見て水原さんは、どういう女優さんですか?どのようにふたりでシーンを作り上げていったのですか?
水原さんは、本当に太陽みたいな人。すごく明るいし、周りに気を使ってくれるし、キラキラしているし。お会いしてから今まで、その印象はずっと変わりませんね。レイと七恵との関係は、特別な話し合いをして作り上げていったわけではありません。自然にふたりの感情が変化していった、という感じです。撮り進めていく上でレイと七恵が、お互いがかけがえのない存在になっていくのと同じように、私にとっても希子ちゃんが必要な存在になっていきました。映画が完成して、また最近取材とかで久々に会って話している中で、希子ちゃんも同じように思っていてくれたと聞きました。本当にレイと七恵のようなスピード感で、私たちふたりの関係も深まっていった感じでした。

──廣木監督とお仕事をした印象は?
役者ファーストで考えてくれている監督さんなんだな、と思いました。リハーサルからずっと私たちがやることを見守ってくれていたし、導いてくれた。別荘で落ち込んでいたときも、周りにも気を使って、私にも気を使って、私がやりやすいように別の部屋に隔離してくださいました。

Photo: Takahiro Idenoshita

──撮影中、難しかったところはありますか?
七恵の役は、基本的に難しいと思っていたんですが…映画の後半、レイの家の別荘に行ったあたりのシーンですね。お互いが必要としていると実感するところ。レイの家族が現れて、急に七恵が精神的に「ひとり」になるんですが、あの別荘のシーンを撮影をしている間、私もずっと孤独でした。レイには七恵しかいないわけじゃなかったという現実を突きつけられ、天国から地獄に落とされたようで、演じていても辛かったですね。

──そういうときのメンタルケアはどうしていたんですか?
ずっとどん底におりました。

──あえて明るくしようとは思わなかったんですね?
私は人ってどん底にいるときも笑ったり出来るというか、笑おうとしてしまう生き物だと思うんです。でも、撮影中はあえて無理に明るくしようと思っていませんでしたね。実は、その撮影期間中に私の誕生日があって、「おめでとう!」ってみなさんがケーキを用意してお祝いしてくれました。でも、大変申し訳なかったんですけど、私は笑えなかったんです。すごく嬉しかったんですけど──ここは声を大にして言いたいんですけど、その時は気持ちがどん底にいっていたので。

Photo: Takahiro Idenoshita

──本作はレイがレズビアンという設定です。こうした映画を通して、同性愛への理解が深まることについてどう思われますか?
理解が深まる以前に、同性愛のこと自体をよく知らない人がまだ多くいると感じますね。私も詳しいわけではないですし。でも、まず知る、ということが大事なんだと思います。

──本作には、女性同士が助け合うシスターフッド的な要素もあります。さとうさんも、同性の友人や知人に実生活でも助けられた経験はありますか?
私が3歳くらいから知っている女性がいるんですが、彼女とは人生の半分以上を一緒に過ごしていて、毎度助けてもらっています。一緒に役者をやりたいと言っていた仲でもあったので。私が役者や音楽の仕事をしている時でも理解のある反応をしてくれる人なので、助けられた部分もあります。

Photo: Takahiro Idenoshita

──そもそも演技に興味をお持ちになったきっかけは?
もともと小学生の時からTVドラマっ子で、ドラマばっかり観ていましたのですが、そのうちに、「私、これに出たい」と泣きながら訴えていました。そこから自分でできる場所を探して、お芝居をやりたいといつの間にか決めていました。

──ロールモデルにしている女優はいますか?
いないというか、あまり決めないようにしています。

──出演する作品を決める基準はなんですか?
企画を聞いたときにぐっとくる部分があるかないか、ですかね。自分の役に対してというより、その作品に対して。本当に素敵な作品だと思ったら、出演したいですよね。

Photo: Takahiro Idenoshita

──好きな映画やドラマはありますか?
何度も観てしまうのは、『マリッジ・ストーリー』と『パターソン』です。

──ノア・バームバック監督とジム・ジャームッシュ監督。二本ともニューヨークの監督の作品ですね。
そうですね。『パターソン』に関しては、何もない日常が色づいて見えるのが良かった。ずっと同じテンションなのに、すごく色気のある作品。『マリッジ・ストーリー』はある意味『彼女』と同じように、感情のジェットコースターというか、登場人物の感情の起伏が激しいところが面白かったです。観ていて痛々しいところと愛くるしいところが共存しているところが良いですね。

Photo: Takahiro Idenoshita

──ミュージシャンとしても活躍されていますが、仕事とのバランスはどんな風にとっているのですか?
たまに「二足のわらじ」と言われることがあるのですが、私自身はそんな風に考えたことはなくて。役者がいろいろな役を演じるように、音楽も芝居も、違ったことをやっているという感覚がなく。自分の中ではそんなに違いがないんです。両方ともすごく楽しいから。私は楽しいことだけをやっていたい、というだけですね。

Photo: Takahiro Idenoshita

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Netflix映画『彼女

裕福な家庭に生まれ育ち、何不自由ない生活を送ってきたレイ(水原希子)はある日、高校時代に思いを寄せていた七恵(さとうほなみ)から連絡を受け、10年ぶりの再会を果たす。しかし喜びも束の間、夫からのDVで全身あざだらけな姿を目の当たりにし愕然とする。追い詰められ死を口にする七恵に「それならば夫が消えるべきだ」と諭すレイ。そして「だったら殺してくれる?」と呟く七恵。彼女が生きるためにレイは、七恵の夫を殺す。そして行くあても、戻る場所もないふたりは共に逃避行に出る……。

監督/廣木隆一
原作/中村珍「羣青」(小学館IKKIコミックス)
脚本/吉川菜美
出演/水原希子、さとうほなみ、新納慎也、田中俊介、鳥丸せつこ、南沙良、鈴木杏、田中哲司、真木よう子
テーマ曲/細野晴臣
音楽/森山公稀(odol)
エグゼクティブ・プロデューサー/坂本和隆
プロデューサー/梅川治男
企画・制作プロダクション/ステューディオスリー

2021年4月15日、Netflixにて全世界同時独占配信