Column

2021.04.10 9:00

【単独インタビュー】松山ケンイチが共感した『BLUE/ブルー』主人公・瓜田の生き方

  • Atsuko Tatsuta

人間の光と影を表現し続けてきた吉田恵輔監督の最新作『BLUE/ブルー』は、30年以上ボクシングを続けている監督が長年の構想を実らせた渾身の人間ドラマです。

大牧ボクシングジムにボクサー兼トレーナーとして所属している瓜田(松山ケンイチ)は、一度も試合に勝ったことがなく、後輩たちからも軽んじられていた。一方、瓜田の勧めでボクシングを始めた高校の後輩・小川(東出昌大)は、今やジムで20年ぶりの日本チャンピオンを狙う天才肌のボクサーで、瓜田が想いを寄せる千佳(木村文乃)とも恋人同士。また、ゲームセンターに勤務している楢崎(柄本時生)は、不純な動機で始めたものの、やがてボクシングにのめり込んでいく。そんなある日、小川に日本タイトルマッチの話が舞い込む。ボクシングによる影響で脳に障害が現れ、ボクシングを続けることを医師から止められている小川だが──。

厳しい現実に向き合う3人のボクサーを通して、人生の機微を描く『BLUE/ブルー』。主役の瓜田を演じたのは、『聖の青春』(16年)で第40回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、第59回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞した実力派・松山ケンイチ。作品ごとに役作りを徹底して行うため“憑依型”俳優の異名をもつ彼が、“勝てないボクサー”役にどのように挑んだのか、公開に先立ちインタビューで訊きました。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──ボクサー兼トレーナーの瓜田を演じるため、どのように役作りをしたのですか?
ボクサー兼トレーナーの瓜田は、ボクシングを仕事としていて、ずっとジムにいます。小川みたいにトラック運転手をやりながら、仕事が終わってからジムに来て練習するというボクサーではありません。ボクシングジムには必ずトレーナーさんがいるので、僕も行けるときはジムに行って練習をする傍ら、トレーナーさんがどういう風に人と話したりしているのか、どういう風にミット打ちで受けているのかとか、ずっと観察していました。また、周りにいるプロの方やプロデビュー前の方の行動も観察していました。

──この役は難しいという理由で、当初はオファーを断ろうかと思ったともお聞きしました。
ジャブとかストレート、ボディだとか…(素人だと)バレると思ったんですよ。(観客には)プロの試合を観ている、ボクシングが好きな人もいるでしょうから。関西弁とかもそうじゃないですか。本当は関西弁も訛りのうちの一つでしかないのだけど、みんなに認知されている。でも僕(※青森出身)が地元の言葉で喋ると、「訛ってんな」って言われるんですよ。誰も関西に人には「訛ってる」なんて言わないでしょ。そういう感じですね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──本作には数々の日本映画でボクシング指導をされている松浦慎一郎さんも参加していますが、どのような練習をしたのですか?
基本的には、普段ボクシングジムでするのと同じような練習ですね。例えばパンチングボールだったり、スパーリングだったりとか。練習していないと、ガードが下がるんですよね。ガンガン打ち合う感じじゃなくて、ちゃんと当てるんだけどそんなにガッツリ当てない、という感じでマスボクシング(※力を入れずに打ち合うスパーリングのこと)をしょっちゅうやっていましたね。

──本物らしく見せるポイントなどはあったのですか?
さっき言った”落ちちゃってる”ところも大事。またステップは、戻すのを早くするんですよね。そういうのはビデオを撮ってチェックしました。吉田監督はずっとボクシングをやってきて、見てきた方だから、「ここで腕が下がってる」とか「フックが届いてない。距離が短すぎる。もうちょっと遠く打って」とか、そういう感じのアドバイスをしてくれました。それを改めて頭に入れて、やってみてチェックする。その繰り返しでしたね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──これまでもボクシングを題材にした名作はたくさんありますが、映画人のひとりとして、ボクシングが映画的な主題として良い理由はどこにあると思いますか?
あまりそういうことは考えていないですね。

──観てきた中で面白いと思うボクシング映画はありますか?
一番最後に観たのって何だろうな……『サウスポー』かな。あれは(ボクサーが)再起していく話ですよね。うーん、特にボクシング映画が好き、という感じではないかもしれません。一度挫折してまた這い上がっていくという話は好きですけどね。

 

小川(東出昌大)、瓜田(松山ケンイチ)

──『BLUE/ブルー』は、主人公が困難を乗り越えて最後には勝つという『ロッキー』的なカタルシスはなく、むしろ反対の方向に向かっていく作品です。“勝てないボクサー”である主人公・瓜田の生き方をどう思いましたか?
最近、老子(の本を)を改めて読んでいるのですが、似たものを感じるんですよね。勝つことや成功することを一番としていない。どれだけ平穏に生きていけるかという価値観から言うと、瓜田ってすごい良いところを行っているんですよね。チャンピオンになりたい、勝ちたいという欲が前面に出ない。むしろ、人に対してアドバイスをすることに長けていたりするじゃないですか。そういったことって、もしかするとこれからの時代に重要になっていくのではないかな。

──そういう部分で瓜田に人間的にも共感するということですね?
すごく感じますね。ああ、良いなって思いますね。

──松山さん自身にもそういうところはあるのですか?
よく考えてみると、そうですね。自分自身がこの仕事で成功しているとか失敗しているとか、少し前まではたぶんどこかで考えていたと思うんです。でも、自分が成功したことって実はほとんどないんじゃないかなと思ったんですよね。少なくとも、目標としたところまで至っていないという思いは、常にあったような気がします。それは自分に負けているということかもしれないけど、でももしかしたら、今までほとんど勝ったことがないからいろんなものを捨てて、こうやって頑張って頑張って頑張って、この仕事を続けているのかもしれない。今後はどうなるかわからないですが、ずっと達成できていないなという気持ちはすごくあるんです。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──タイトルの『BLUE/ブルー』は、ボクシングの挑戦者のコーナーである青コーナーに由来していると聞いていますが、松山さんも、挑戦者の側にいつも立っていたいと思いますか?
そこしかないですからね。俳優にとってチャンピオンの椅子はありませんから。演じる役は全部、一から始めているわけで、全部挑戦だと思います。

──この映画を観た方は、瓜田は試合でも恋愛でも”勝っていない”、”負け犬”と表現するかもしれませんが、松山さんから見て、彼は負け犬ではないということでしょうか?
そう思いますね。

──彼のような生き方がこれからは重要視されていくと思うのは、時代が変わってきていると感じているということでしょうか?
そうですね。一番になるとか、お金を稼ぐとか、出世するとか、それって荷物を背負っていくみたいな感じだと思うんですよね。そうだとしたら、好きなように走れないし、好きなように飛べないし、それって幸せなのかなって考えるようになったんですよね。

──それは年齢を経て感じるようになったのですか?
今、そう思うんです。年齢的なこともあるのかもしれませんし、いろんな状況で変わったのかもしれないですね。子どもを持ったことも理由の一つかも知れません。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──東出さんが演じた小川は、医者に止められてもリングに立ちたいという、また違った意味で自分を追い詰めながらも筋を通す人物ですが、このキャラクターに対してはどのように見ていますか?
瓜田にとって小川は尊敬する存在だし、羨ましい存在でもあるんですが、僕自身は、不幸だな、可愛そうだなって思いますね。老子の本の中では、いちばん真っ直ぐな木が真っ先に切られるんですよね。”良い木”って言われて。曲がりくねった木が、何千年も生きているんです。もし人間をこの木だと考えたら、まず切り落とされるのは嫌だなと思ってしまうんですよね。

──ちなみに老子を読むようになったきっかけは?
たぶん以前は、競争して勝って1番にならなきゃとか、登っていかなきゃいけないという思いが自分の中であったのだと思うんですよね。でもどこかでそれに疑問を抱いた時があったんだと思います。老子は、勝つための本ではなくて…負けるための本というわけでもないですが、負けがまた一つの平和に繋がっていくというか、自分にとってそういう価値観を教えてくれた本でした。20代後半頃だったか、なにかのタイミングで読んだのですが、衝撃でした。最近改めて読み返していて、ああそうだよな、と思っていたんです。

楢崎(柄本時生)、瓜田(松山ケンイチ)

──本作のテーマやキャラクターについて、吉田監督とは話し合ったりしたのですか?
いや、吉田監督はそういった理論の人じゃないんです。でも、だからこそこの映画や、これまでの数々の作品を撮ってこられたと思うんですよね。理論で『ヒメアノ~ル』だとか『愛しのアイリーン』って撮れないんじゃないかと思います。もっと感覚的というか。僕はそこにすごく感動するんですよね。

──吉田組の面白さというのは?
監督が空き時間にポケモン探しに行っちゃうところ(笑) 。そういう監督は初めて見ましたね。

──みなさん、その間はどうしているんですか?
待っていますね。まあ監督も、スタッフの皆さんが照明を調整している時とかに行くだけで、ポケモンのための“待ち”というのは、もちろんありません(笑) 。

──吉田監督ならではの、現場での演出や演技指導で面白かったところはありますか?
ポケモンを探しに行くこと自体が、一つの演出だと思いました。すごくフラットな方なんですよ。(だから)自分も瓜田の役柄をああだこうだって理論的に組み立てず、もっと感覚的に演じたいと思いました。まず感性でやって、感じたままやって、ポケモン探しに行って帰ってくる監督に何か言われたいなと思ったんですよね。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──『BLUE/ブルー』でいちばん好きなシーンはどこですか?
(楢崎を演じた)時生くんが、自販機をしゅっと押すシーンですね。あれ、すごく面白かったですよね。(そのシーンは現場で)見ていないので。自分が関わっているシーンは、こんな感じだろうっていうのはわかっている。だけど時生くんのゲームセンターのくだりとかはほとんどわからないので、時生くんのくだりには面白いところがたくさんありましたね。

──完成した作品を観た最初の感想は?
いやー、自分はボクシングちゃんと出来てたのかな…というのが最初の感想でしたね。いろいろ考えさせられるところがありました。

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『BLUE/ブルー』

出演/松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大
監督・脚本・殺陣指導/吉田恵輔
製作/「BLUE/ブルー」製作委員会
製作幹事/東映ビデオ
2021年/カラー/ビスタ/5.1ch/107分
※撮影期間2019年10月〜11月

日本公開/2021年4月9日(金)より新宿バルト9他、全国ロードショー
配給/ファントム・フィルム
公式サイト
©2021「BLUE/ブルー」製作委員会
※吉田恵輔の「吉」は”つちよし”が正式表記