Column

2021.04.10 11:00

【インタビュー】ケイト・ウィンスレットが『アンモナイトの目覚め』を今語るべきストーリーだと確信した理由

  • Fan's Voice Staff

ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンというふたりのオスカー女優が共演した『アンモナイトの目覚め』は、『ゴッズ・オウン・カントリー』(17年)で鮮烈なデビューを果たした英国の秀英フランシス・リーの待望の第2作目です。

1840年代、イギリス南西部の海辺の町ライム・レジス。母親とふたりで暮すメアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、独学ながらも古生物学者として業界では知られる存在だが、生計を立てるため、観光客用の土産物店で化石を売っている。ある日、ロンドンから化石収集家のロデリック・マーチソン(ジェームズ・マッカードル)が妻のシャーロット(シアーシャ・ローナン)を伴ってやってくる。町を去るマーチンソンから、流産のショックから立ち直れないシャーロットを数週間預かって欲しいと頼まれ、メアリーは渋々引き受ける。別世界に住むふたりは反発し合うが、高熱を出したシャーロットをメアリーが看病したことがきっかけで、ふたりの間に親密な感情が芽生える──。

フランシス・リー監督が化石や鉱物が好きな恋人へのプレゼントを探してる中で、何度も名前を耳にした実在の古生物学者メアリー・アニングの人生にインスパイアされ、脚本を書き上げた本作。11歳で一家の大黒柱となり、男性優位の社会の中で独学で古生物学を学び、13歳のときには、魚竜イクチオサウルスの化石という大発見をしたアニングですが、大英博物館に展示されたその化石の発掘者名は、他の男性にされていました。

女性の社会的地位がまだ低かった時代に、自らの生き方を貫いた孤高の学者。リー監督は、そんな歴史に埋もれたメアリー・アニングという女性に敬意を表し、女たちのラブストーリーを紡ぎ出しました。封建的な社会の中で感情を押し殺して生きているふたりの女性が出会い、自らの人生を見出していく──。前作『ゴッズ・オウン・カントリー』にも通じるリー監督の、尊厳のある弱者の生き方への眼差しは、静かな感動を呼び覚まします。

メアリー・アニングを演じたのは、アカデミー賞に7度ノミネート、『愛を読む人』(08年)では主演女優賞を受賞している英国の大女優ケイト・ウィンスレット、また、シャーロット役を、弱冠26歳にして『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19年)など4度のアカデミー賞候補となったシアーシャ・ローナンと、ふたりの実力派女優が圧巻の演技を披露します。

コロナ禍のため現地開催を断念した第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「Cannes 2020」にも選出された『アンモナイトの目覚め』の日本公開に先立ち、主演のケイト・ウィンスレットにインタビューしました。

──メアリー・アニングは19世紀に実在した人物ですが、彼女をどのような女性だと解釈して演じたのでしょうか?
非常に厳格な人。貧乏な家庭に生まれ、男性優位の階級社会から疎外されて生きてきたし、彼女が発掘したものは男性の同僚に横取りされました。でも、意志が強く、頑固で自分を見失うことは一度もなく。彼女は本当に好奇心が旺盛で、博識でした。すべて独学で学び、 生涯学び続けた。こういう彼女を心から尊敬します。彼女に関する文献は少ないので、個人的なことはほとんど知られていませんが、唯一分かっているのは、自身も切り詰めて生活していたにもかかわらず、貧乏な人たちに手を差し伸べていたということ。

──本作は女性が自分の声を持つということがテーマになっています。キャラクターを通して、女性として声を上げたいと思ったのでしょうか?
私もシアーシャも、俳優としてとてもラッキーだと思っています。主演や物語に大きく関わる助演として数多くの面白い役柄に恵まれ、素晴らしい監督たちと一緒にコラボレーションしながら仕事が出来、俳優として自信が持てました。

でも確実に今は時代が変わり、耳を傾ける必要のある意見は女性も持っていることが期待されるようになりました。女性からも意見があるかもしれないことに対し、男性の方がより敏感になり、それがコラボレーションにつながるわけです。ですから、意識の変化が求められるのは、男性の方なのだと思います。女性は以前からずっと力強く声をあげ続けているわけで。そして女性も貢献する環境を作り上げることで、本当の意味で世界を変えることが出来るのだと思います。

──本作のラブシーンの描かれ方は、絶賛されていますね。
女性2人の非常に親密なラブシーンです。以前に演じたLGBTQ役の時も、ここまでではなかった。今回はキャラクター2人が同じ立場で、安心して繋がりを持てたので、すごく良かったと思います。このシーンを撮って、ヘテロセクシャルのラブシーンを演じる時に、自分の中にステレオタイプがあったことに初めて気が付きました。というのは、色気を出したり誘ったりするのは女性の方で、男性がそれをリードするというステレオタイプを、私はこれまで自然に受け入れてしまっていたのではないかと、葛藤と疑問、そして怒りが湧きました。

本作の撮影前にHBOのとあるTVシリーズでラブシーンを演じたのですが、この映画の撮影で「自分がステレオタイプに陥っていた」と気付いたので、撮り直してもらいました。男女が初めてのデートでベッドに行き着くシーンなのですが、当初は男の部屋のベッドに二人でなだれ込むという流れでした。でも、私が演じた役はそこそこ人生経験を重ねた中年の女性だし、よく知らない男のベッドルームにいきなり入っていくわけがない、と考えるようになりました。なので、下の階にあるリビングのソファで話が盛り上がっていくうちに──という流れに変更してもらいました。また”彼の部屋”からリビングへと場所を変えたことにより、私が演じた女性がより対等なパートナーとして見えるようになりました。結果、この変更は物語にとっても私が演じた役にとっても圧倒的に良かったと、皆が同意しました。

『アンモナイトの目覚め』では本当に多くのことを学んだし、撮影している時は、そのことに十分に気がついていなかったように思います。今でも学びは続いていますが、撮影が終わったあとでも学び続けていますが、それでもまだ足りないと感じています。皆が共生できる、もっと思いやりのあるインクルーシブな社会に向けて変化が進む中で、この作品を通じて貢献できることは光栄に思います。

──コリン・ファースとスタンリー・トゥッチがゲイカップルを演じた『Supernova』では、ストレートの俳優がゲイを演じることに関して批判が出ていました。そのことについて、どう思いますか?
私たちはもっとインクルーシブで、もっと思いやりがあって、もっと平等にいたいと思っている時代に生きていると思います。そういった意味で。人種や性的指向に関わらずポジティブな貢献ができるよう、誰もが自由に意見を述べ、誰も排除されることのない世界になれば嬉しいです。

さらにもう一つ付け加えるとすると、私が一番最初に出演したピーター・ジャクソン監督の映画『乙女の祈り』では、レズビアンの役を演じました。その映画に出ていなかったら、キャリアを築けていなかったと思うほど大事な作品なのですが、もしキャスティングされた当時、16歳の私が「この役をやってほしいのだけど、レズビアンでないといけません。あなたはレズビアンですか?」と聞かれていたら、困っていたと思います。感受性の強い思春期の頃にそんなプライベートな質問を投げかけられていたら、どんな影響を受けたかもわからないし、そんなプライベートなことを誰にも話す準備は出来ていなかったと思います。そして、この仕事を続けていいのか自問自答したかもしれません。

LGBTQコミュニティに対する理解は進んできてはいますが、ためらいや恐怖心といったものがさらに取り除かれるよう、『アンモナイトの目覚め』ではそうした意味での前進に貢献したいと思っています。

左:フランシス・リー監督

──この作品は、愛だけでなく、ダイバーシティについても深い考察を促す作品です。男女間のジェンダーギャップの是正に限らず、ダイバーシティは映画界でも大きな問題です。LGBTQ映画も多く作られるようになってきました。この作品がLGBTQ文脈で語られることについてはどう思いますか?
もっとLGBTQの映画が作られて、メインストリームの中に入ってくることを願っています。少ない作品同士で比較する必要もなくなるくらいに。この映画は、自分のことを”クィアフィルムメーカー”と呼ぶフランシス・リーが作った、女性同士の同性愛のラブストーリーです。私たちがこの映画を作る意図は、女性が性的快感を得られる器官を持っていることを認められてすらいなかったほど女性がないがしろにされた時代に関係を持った二人の女性を描くこと。もちろん女性が性的快感を得られる器官を持っていないという考えは馬鹿げたものですし、歴史的にもそれを実証する証拠も数多くあります。

今回演じるにあたり、私とシアーシャは当時の既婚女性同士が書いた手紙をいくつも読みました。男性との結婚生活を送りながらも、当時の姉妹や母娘、女性の友人同士の絆は、現代の女性同士の関係とはまた違うとても強いもので、繋がりや愛情、さらにはサバイバルのために頼るものだったが、手紙からは見て取れました。当時の女性の役割とは、お金持ちの男性と結婚して支えられ、子どもを産むというものでしたからね。

一方でこの映画は、そんな時代に男と一度も結婚しなかった女性の物語です。異性や同性と関係があったという記録も残っていません。私がメアリー・アニングに感銘を受けたのは、労働者階級の女性にも関わらず独学で古生物学を学び、自分の仕事に強い信念を持ち、その分野のパイオニアとして大発見も遂げたことです。その功績は、金持ちの男性によって奪われてしまわれましたがね。でも彼女はそんな男性優位社会を受け入れ、自分の仕事を愛しながら生涯続けました。そしてその仕事があることで、またその仕事を一緒にすることで他の女性と関係を構築できたというのは、非常にパワフルで重要な物語だと思います。

──ご自分の子どもたちに愛やダイバーシティについて教えたりするのですか?
それは私にとって非常に大切なことなので、聞いてくれて嬉しいです。ちょうど今朝、6歳の息子に人の絵の描き方の話をしていました。幼いうちは、丸い頭から棒の体と手足が出ているような描き方をすると思いますが、今朝話していたのは、頭があったらその下には首があり、首の下には肩があって、手が生えているよね、と。それから顔の色にも違いがあるよね、と。そのことを息子も知ってはいますが、事あるごとに、人それぞれの違いがあることを触れるようにしています。

それから私たちの周りにも、LGBTQの友人知人がいます。息子のベッドルームには、以前私が一緒に仕事をしたトランスジェンダーノンバイナリーの俳優ベックス・テイラー=クラウスの写真が飾られています。ベックスは日によって男性になったり女性になったりと、日によって「自分」の感じ方が異なるんだと息子に教えると、それを「クール!」と言っています。

私は、子どもたちに様々な”違い”に敏感になってほしいわけではなく、どんな違いがあっても私たちはみな同じ人間だと教えたくて、こうした話をしています。また6才の息子のエピソードですが、彼は学校のプールで更衣室が男子用と女子用”しか”なくて、”まだ決めていない人”のための部屋が無いことに驚いていました。「部屋が1つ足りない」と。そして「おかしいから手紙を書いた方がいい」と言う息子に、私は「その通りだね」と言ってあげました。そうした穏やかなやり方で、私が住みたい世界、そして彼らに住んで欲しい世界を示し、それが自分たちの日々の中にあることを伝えています。

 

──2017年の#MeTooムーブメント以来、女性たちが声を上げたことにより、映画業界は変わりつつあると思いますが、今のハリウッドで、女性に対する差別やジェンダーギャップを感じることはありますか?
おっしゃるように、ハリウッドも変わってきていると思います。女性にも面白い役があてられるようになってきたし、素晴らしい仕事をする女性の監督や脚本家、カメラマンも増えてきました。男女比が50:50の、バランスの良い現場も出てくるようになりました。最近参加したテレビシリーズの現場もそうでしたし。そういう意味では非常に変わってきているのですが、やはりそうした作品の製作スピードは遅いと思います。男性が主人公のお話にはすぐに資金が集まるのに、女性が主人公だとなかなか集まらない。予算が少ないために、「お願いだから…」とプロデューサーが俳優の好意に頼らなくてはいけないこともよくあります。『アンモナイトの目覚め』も女性のラブストーリーだから、非常に予算が少ないんです。もしこれが男性のラブストーリーだったら、もっと大きな予算があったでしょう。

というように、ハリウッドでも変化は進んでいるけれども、改善の余地はまだまだたくさんあります。ただ私たちが今取り組んでいることが、次の世代の女性たちの助けになればと思っています。彼女たちも声を上げやすくなって、より自信を持って変化の旗を掲げやすくなるような時代に、なるべく早くなってほしいと願います。

──娘のミアさんが俳優になったそうですが、そうなることは前からわかっていたのですか?
もちろん!彼女が5歳の頃からわかっていました。でも彼女自身は、自分がすごくラッキーなの境遇であることもわかっています。今の時代、特に若い俳優志望の女性が演劇学校を出て、エージェントを見つけて、自分を演技を売り込んでいくというのは、本当に本当に難しいんです。彼女は幼い頃に映画に出演しましたが、つい先日、テレビシリーズの役がもらえてとても喜んでいました。でも同時に、恐怖も感じています。私自身もその頃、それから今でも感じていることですがね。大事なのは仕事でのパフォーマンス、それからその仕事に対する敬意と、挑戦に向き合い打ち勝つこと。それを娘が理解していることが、母親として最も嬉しいです。

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『アンモナイトの目覚め』(原題:Ammonite)

時は1840年代、舞台はイギリス南西部の海沿いの町ライム・レジス。主人公は、人間嫌いで、世間とのつながりを絶ち暮らす古生物学者メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)。かつて彼女の発掘した化石は大発見として一世を風靡し、大英博物館に展示されるに至ったが、女性であるメアリーの名はすぐに世の中から忘れ去られ、今は土産物用のアンモナイトを発掘しては細々と生計をたてている。そんな彼女は、ひょんなことから裕福な化石収集家の妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を数週間預かることとなる。美しく可憐、何もかもが正反対のシャーロットに苛立ち、冷たく突き放すメアリー。だが、次第にメアリーは自分とはあまりにかけ離れたシャーロットに惹かれていき──。

監督/フランシス・リー
出演/ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン
R-15

日本公開/2021年4月9日(金)TOHO シネマズ シャンテ他 全国順次ロードショー
配給/ギャガ
© The British Film Institute, The British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limited 2019