Column

2021.04.08 18:00

【単独インタビュー】東出昌大が『BLUE/ブルー』で出会った、人生を賭ける半端じゃない世界

  • Atsuko Tatsuta

30年もの間ボクシングを続けてきた気鋭・吉田恵輔監督の思い入れが詰まった『BULE/ブルー』は、困難にも負けず、何度でも立ち上がる男たちの姿が胸に迫る珠玉の青春映画です。

大牧ボクシングジムのトレーナー兼選手の瓜田(松山ケンイチ)は、試合には勝てないがボクシングを愛し、毎日練習に励んでいる。瓜田に勧められてボクシングを始めた高校時代の後輩・小川(東出昌大)は、ジムで20年ぶりの日本チャンピオンを狙う才能溢れるボクサー。瓜田がずっと想いを寄せている千佳(木村文乃)は、今では瓜田を介して知り合った小川の恋人である。一方、ゲームセンターに勤務している楢崎(柄本時生)は不純な動機でジムに入ってくるが、いつしか本気でボクシングに取り組み始めていた。ある日、小川に日本タイトルマッチの話が舞い込む。試合に勝ったら千佳との結婚を決めている小川は、ボクシングによる脳障害のため医師から止められるにも関わらず、試合に挑む決心をするが──。

吉田監督が、実在の知人のボクサーの姿にインスパイアされて書いたという脚本を元にした『BLUE/ブルー』は、「流した涙や汗、すべての報われなかった努力に花束を渡したい気持ちで作った」という渾身の一作。松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生といった実力派が顔を揃え、見事なアンサンブルを見せる中、チャンピオンの座を目前に病に襲われる天才肌のボクサーを演じたのは、東出昌大。ベネチア国際映画祭監督賞を受賞した『スパイの妻』(20年)、『おらおらでひとりいぐも』(20年)などでの演技も高く評価されましたが、本作では「キャリア最高の演技」といった絶賛の声が上がっています。

公開に先立ち、半年以上訓練を重ねてボクサー役に挑んだ東出に、本作への思いを単独インタビューで訊きました。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──まず、『BLUE/ブルー』への出演を決めた理由を教えてください。
一番には、すでに松山(ケンイチ)さんが出ると伺っていたので、ぜひ共演したいと思ったことですね。あと、吉田監督とこの脚本なら素晴らしくなる予感がすると事務所の方と話をする中で思えたので、それで決めました。

──松山さんとは『聖の青春』で共演していますが、再び一緒に仕事がしたかった理由は?
実年齢は松山さんがちょっと上なのですが、『聖の青春』でご一緒した時に、なんというか…敬愛という言葉が近いと思いますが、そういう考えを抱いた大先輩なので。映画は、個々のパフォーマンスではなくみんなの総合芸術だと思うので、松山さんとご一緒に何かものづくりが出来るというのは、すごい腕の良い大工の棟梁と一緒に寺院の建設に携わるみたいな、そういうワクワクする思いがあるんです。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──東出さんには、ボクシングに対する興味もあったのですか?
それまでは、あまりなかったです。ボクシング業界の友だちも全然いなかったですし、詳しくなかったので、一番最初に台本を読んだ時は、この物語は幸福なのか不幸なのかというのもよくわからず、ぼやっとした印象でした。しかし、ボクシングの練習をすると共にボクシング関係の方々と交友を深めていったら、みなさんの思うところや葛藤、現実がいろいろと垣間見えてきて、なんて深くまで掘り下げられた台本なんだろうと、どんどん台本の奥行きを知って、のめり込んでいった感じです。

──ボクシングは他のスポーツと比べてもストイックな、まさに命を削るような部分があると思いますが、実際に鍛えて練習もして、ボクシングについて発見したことはありますか?
男の子はみんな、子どもの頃から強い人になりたいと思ったりしますが、大人になってもその選択をし続ける、ボクサーという生き方は相当な覚悟が必要だと思います。それでいて、世界チャンピオンになっても、一生食っていけるかといったらそうではない。それでも世界一に世界一にと言って上へ上へと目指すのは、相当きつい。いろいろなボクサーの方からお話を伺ったのですが、一番きつかったのは、16歳でパンチドランカーになってしまった方の話。ご自身で言ったことも忘れてしまうので、何回も自己紹介をされたり……。パンチドランカーは基本的には治らないと言われているんです。ボクシングの世界は、そういう人が当たり前のようにいる。危険性があるとわかっていながらも、20代、30代のうちに人生を賭けるというか…人生というものに資本金があるとしたならその全額を賭けてしまう、そういう生き方をみなさんなさっている。魂の削り方とか命の賭け方が半端じゃない世界だと思いました。

──小川もそれに似たところがあって、パンチドランカーになっていることに自分でも気がついているけど、やめない。なぜだと思いますか?
一つには、パンチドランカーの傾向として、自分がパンチドランカーだと認めたがらないという性格の変容があると伺いました。自分だけは大丈夫だといった過度な自信というか、でもそれは不安の裏返しで、もうのっぴきならないところまで来ているんだと追い込まれてしまっている部分も、たぶんあるのだと思います。先ほど(プレス用の)資料を見ていたのですが、その中で「千佳に尊敬してもらえるようにボクシングを頑張るしかないと思って打ち込んでいた」と僕は言っているんです。たぶん(その取材を受けた)当時は、僕はそういう役の感情になっていたんですけど、でも今思うと、千佳が小川を好きな理由はきっとそこじゃない。小川はもう追い込まれて、やるしかないようになっちゃっているのだと思います。頑張らないと全てを失う、と。だからボクシングに全部賭けているんじゃないか。やめられないんじゃないか、と思います。

──その資料にあるインタビューを受けたのはいつだったのですか?
いつだったんですかね…撮影中だったのかな。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──千佳のような守る相手がいる時は、安全策をとって危険なことはしないでおこうと考える人もいると思いますが、それでもボクシングを続けたいと思った理由は何だと思いますか?
もちろん生計を立てるためには、日本チャンピオンになって世界チャンピオンになってと、上を上をという気持ちもあるように思います。それでいてもう一つ、儚さと言うのか愚かさと言うのか、決まりきった社会のシステムの中に生きるということが、本当に自分が生きてるって実感できるのかっていうところもあるんだと思います。冒険家や登山家の方は、命をかけて何をやってんだ、狂人なんじゃないかって思われたりするけど、目の前を自動車がばっと通過した瞬間に、”あっ危なかった、自分生きてた”って生を実感できるように、ボクサーの方って、ボクシングの中に人生だったり命の輝きみたいなのを見出している瞬間もあるのだと思います。だからなかなか辞められないんじゃないかと思います。

──小川は瓜田とは友だちで、瓜田の気持ちにも気付いていながらも千佳を奪うというのは、東出さんの中でどのように解釈して演じていたのでしょうか?
瓜田から”奪う”ということも思わなかったように思います。基本的に瓜田と小川は、女性関係とかその機微には疎い方だと思うので、「あ、千佳は自分のことを好いてくれているんだ。じゃあ僕も」ってなっていただろうし。ただ、千佳の存在というのは…千佳のことを愛しいと思っているとは思うんですけれども、小川にとってはずっと瓜田さんがより大きな存在だったのでしょう。

──上へ上へと上がろうとする小川に対して瓜田はある意味で正反対で、負けても負けてもボクシングを辞めない。周りからは”なんでやってるんだ”と思われる。そういう生き方に対してはどう思いますか?
先日、ダルビッシュ投手のYouTubeを見ていたら、斎藤佑樹投手の話が出てきたんです。斎藤投手がトレーニング方法だったり投球フォームを改良しながら、それでも結果が出ない。で、甲子園の優勝投手なのにって、ネットで誹謗中傷されたりしている。でも、ダルビッシュ投手は、「俺は斎藤の生き方を馬鹿にできるような生き方をしていない」っておっしゃっていて。ボクシングは白黒がはっきりする世界ですが、小川は自分も努力しているし、(ダルビッシュ選手のように)努力している瓜田を素直に尊敬していると思います。瓜田を決して下に見たりはしていないように思います。

──瓜田のどの部分を尊敬しているのでしょうか?
やっぱり、強さだと思います。優しさという強さ。たまにふざけて、「いや、これしかやりたいことないんすよね」とか言ってるけど、ボクシングに向き合う姿勢は真剣。ミット持ってくれたり、「飲みに行きません?」って言うと「今日千佳の誕生日だろ、そっち行けよ」って促す優しさも。いろいろ優しい人。優しさは強さだということを、小川は知っているんじゃないかと思います。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──松山さんの中に瓜田的なものはあると思いますか?
わからないですね。『聖の青春』でご一緒した時には、全然現場でお話しなかったですし。そもそも僕と松山さんってあまり喋らないんです。

──松山さんとほとんど話さないということは、小川とはどういう人だとか、瓜田はどういう人といった話もしなかったんですか?
しないです(笑)。

──ご飯とかも一緒に行かず?
各々お弁当で減量メニューを作ってきて、食べていたので、外食の余裕もなかったし。ひとつ教えていただいたのは、餃子は万能食ということ。キャベツがいっぱい入っているし、炭水化物は少しで、タンパク質は多くて、「餃子は減量に良いよ」とおっしゃっていたのを覚えています(笑)。

──それは採用したのですか?
はい。採用しました。水餃子が良いらしいです。焼きだと油が多いので(笑)。

──松山さんとお話をした時、一番じゃなくてもいいんだという瓜田の生き方が今の時代に合っているといった話を伺ったのですが、それについてどう思いますか?
うーん、そうだと思います。最初に台本を読んだ時は、もしかしたら不幸な話なんじゃないかなとも思ったんですけれども、全部のお芝居が終わって完成したものを観て、僕としてはみんな幸福に映ったんです。瓜田の最後のシャドーは希望だなと僕は思ったので。彼はそれしか選べなかったし。でもいろいろあっても、すべてをひっくるめて彼は前を向いているので。

──瓜田はちょっと年上という設定で、ある意味では瓜田が青春に決別をした話とも言えると思いますが、この中に描かれている青春とはどんなものだとお考えですか?
ボクシング業界は、辞めると言って戻ってくる方も非常に多いので、もしかしたら瓜田はまた戻ってくるかもしれないし、ジムでトレーナーさんを目指すかもしれないと僕は思いました。(ポスターには)「くそったれな青春」と書いてありますけれども…、なんでしょう、ボクサーの寿命が20代〜30代前半だとしたら、そのすべてを通してボクシングに打ち込んだというのは、まさに青春だったのだろうと思います。生きがい、生き様。本人たちは上ばっかり見ているのじゃないかなと思います。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──吉田監督とのお仕事はいかがでしたか?
吉田監督は、感覚の人なんじゃないかなと思うんです。小川はパンチドランカーなので、それを表現するためにセリフをごにゃっと躓いたりした。そういうのって結局、”狙いに行って当てに行く”みたいな、テクニカルな話なんです。感情でお芝居していくのとは違う。でももちろんそこにも感情も人物も乗せないといけないんですけど。ただ、OKはOKなんだけど、でも自分の中でテクニックの部分でちょっとハマらなかったなと思った瞬間に、それがなんだとも言わずに、「はい、もう一回」って監督は言う。自分の中でも別に完成図があるわけではないけれど、「あっ、今の上手くいった」という時には、もう直ぐにOKが出されている。言語化しづらいんですけれども、この感性、感覚というのは、天才肌の方なんだなと思いました。

──今までそういうタイプの監督と出会ったことは?
映画の監督には多いように思います。ドラマでのお芝居も、舞台でのお芝居にも悩みとか挑戦はありますが、映画は非常に繊細にやらないといけないので、その判断がとにかく早く瞬時につく監督というのは、天才的だなと思います。映画の監督でも、「今のどう?」って聞きに来て、「じゃあもう一回お願いします」と俳優部が言う場合もあれば、「こっちはOKだと思ってるんだけど」っておっしゃる方もいる。ただ吉田監督の場合は、取捨選択、瞬間的なものが非常に早く、かつ気持ち良いところに答えがある。

──吉田監督と同じタイプの方は思いつきますか?
黒沢(清)監督とかは、感覚的ではない、もうちょっと数学的なイメージがあります。僕がお仕事をご一緒した中で挙げるとしたら、石井岳龍監督かな。あと、『菊とギロチン』を撮ってた時の瀬々(敬久)監督もそういう感じでした。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──ボクシングにはもともと興味がなかったということですが、この作品にあたってボクシング映画などはご覧になったのですか?
もともと観たことがあったものもひっくるめて観ました。まず『ロッキー』と『クリード』。あと、デ・ニーロの『レイジング・ブル』も観たし、晩年のボクサーの『リベンジ・マッチ』。あと、『ミリオンダラー・ベイビー』、『百円の恋』、『あゝ荒野』。いろいろ観ました。

──参考になった作品はありますか?
あります。視覚的に、(『百円の恋』の)安藤サクラさんのシャドーボクシングが非常に美しく見えたのは、他のボクシング映画と比較したときに、すごく足を使っていらしたからだと思うんです。くるくる回って。それってもちろんサクラさんがお上手だというのもあるのですが、ボクシングの素人には、「うおっ!できてる!」というように見える。ただ、小川の場合はもともと台本上、足を使うシャドーがなかったので、あまり使わなかったのですが。

──プロっぽく見せるポイントというのはあったのですか?
難しいですね…。”ガードを下に下げない”とかはあるんですけど。後楽園ホールで撮ったところは、同録の音が使えないんですよ。だからボクシングのことで言うと、感情とか生き様と言うよりも、アクションっぽさや見え方を意識して演る機会のほうが多くて。具体的なところは様々ありすぎて挙げられないですね。

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『BLUE/ブルー』

出演/松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大
監督・脚本・殺陣指導/吉田恵輔
製作/「BLUE/ブルー」製作委員会
製作幹事/東映ビデオ
2021年/カラー/ビスタ/5.1ch/107分
※撮影期間2019年10月〜11月

日本公開/2021年4月9日(金)より新宿バルト9他、全国ロードショー
配給/ファントム・フィルム
公式サイト
©2021「BLUE/ブルー」製作委員会
※吉田恵輔の「吉」は”つちよし”が正式表記