Column

2021.03.26 21:00

アメリカのNetflixで連日1位!犯罪ドキュメンタリー『事件現場から:セシルホテル失踪事件』が人気を集める理由

  • Itsuko Hirai

2021年2月10日の配信開始から7日間にわたり、US版Netflixのテレビシリーズ・映画をあわせた総合ランキングで1位をほぼ独占したミニドキュメンタリーシリーズがある。『事件現場から:セシルホテル失踪事件』だ。

世界のストリーミング・サービスのランキングを集計している統計サイトFlixPatrolによると、全世界におけるテレビシリーズのランキングでも、『事件現場から:セシルホテル失踪事件』は2月12日から16日まで1位を記録、79ヵ国でTOP 10入りしているが、現時点では日本で一度もTOP 10に入っていない。全4話から成るNetflixオリジナルシリーズの本作は、2013年にロサンゼルスのダウンタウンにあるセシルホテルで起きた奇妙な失踪事件を軸に、ロサンゼルスが抱えるホームレス問題から薬物問題、精神疾患と承認欲求、そして事件をもとに加熱するSNSの狂騒やネット陰謀論などを多面的に紐解いていく。

昨年2月よりNetflixがTOP 10リストを公開し始めて、1年余りが経つ。その間に世界中を震撼させるパンデミックが起き、人々は自己隔離を余儀なくされ、映画館が閉鎖され、ストリーミングサービスの存在が巨大化した。世界190カ国以上で同時にオリジナル作品を配信するNetflixのチャートは、データ企業の重要な運営指針であり、各国の流行や嗜好を測る文化学の視点から見ても興味深い。TOP 10リストは、視聴傾向との関連性によってユーザー毎に表示される位置が変わる。上段に表示されると、TOP 10に近い作品を視聴しているということだ。以前は作品の7割を視聴したアカウント数を視聴率として計算していたが、2019年度の年間視聴トップ作品の測定からは、直近24時間以内に2分間以上視聴したアカウント数の集計に変更されている。

日本のTOP 10チャートを見ると、韓国ドラマやアニメの人気作品が長期に渡りランクインする傾向がある。一方、2007年にそれまでのDVDレンタル郵送サービスからストリーミングサービスへと移行し、今年で15年目となるアメリカのNetflix視聴者は、配信開始と同時に新作に飛びつき、人気作品は瞬時にバイラル的に広まっていく。2020年にアメリカで多くの視聴者数を集めた作品は、配信開始直後から1週間〜10日間程度1位にランキングされた。昨年アメリカで人気を博した『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!』(2020年3月20日配信開始)は3月23日から27日間、『クイーンズ・ギャンビット』(2020年10月23日配信開始)は10月25日から22日間にわたり1位となっている。一方日本では、『愛の不時着』(2020年2月23日より配信開始)が5月1日に初めて1位となり、2020年には計115日間で1位を記録。2021年に入ってからも主演俳優と女優の恋のニュースで再び火がつき、計11日間で1位を獲得している。

このランキング傾向の違いは、Netflixのサービスの歴史と会員数の違いからくると思われる。現在サービス開始から15年目のアメリカの会員数はおよそ7,400万人。2015年にサービスを開始した日本の会員数は、2020年9月に「500万人突破」と報道されている。3倍の歴史と約15倍の会員数では、視聴傾向が異なるのは当然のこと。歴史の長さと会員数の違いが如実に現れているのがトップ画面の信頼度で、各ユーザーのアルゴリズムに即した新作がトップ画面に現れたら、思わずクリックしてしまうのは火を見るより明らかだ。アメリカにおけるSNSなどでの宣伝はNetflixのアプリを開かせるためのきっかけに過ぎず、すでにトップ画面がメディア化していると言える。

さて、アメリカおよび世界各国で1位となった『事件現場から:セシルホテル失踪事件』に話を戻す。本作は、ロサンゼルスを一人で旅していたカナダ・バンクーバー出身の中国系女性エリサ・ラムの失踪事件の謎を追うドキュメンタリー。彼女が宿泊していたダウンタウンの繁華街にあるセシルホテルは、外観や共有スペースこそ美しく飾られているが、客室は年季が入り、すぐ隣のブロック以東に広がるスキッド・ロウ(ホームレスや薬物中毒者が多いエリア)の影響を受け、犯罪が多発していた。失踪から数日経ち、事件事故双方の可能性を探っていたロサンゼルス市警もお手上げ状態のところで、捜査班がセシルホテルのエレベーターに備え付けられていた定点観測カメラの映像を一般に公開する。そこに映されていたエリサの姿に人々は衝撃を受ける。まるで、彼女が映っていない“誰か”と会話しているように見えたからだ。映像に残された謎の解明に乗り出すYouTuberやブロガーが続出し、さまざまな考察がネットを賑わせていった。中には、エリサの失踪時の服装や状況から、鈴木光司の小説「浮遊する水」を映画化した日本映画『仄暗い水の底から』(02年、中田秀夫監督)のアメリカ版リメイク『ダーク・ウォーター』(05年/ウォルター・サレス監督)との関連を疑う推理も飛び出した。事件は“事故死”というロサンゼルス市警の発表で幕引きとなったが、真相究明に真骨を砕いていたネット民たちは納得がいかない。謎だらけの失踪事件を2021年の今、再び解き明かそうというドキュメンタリーである。

本作のような犯罪ドキュメンタリーは、アメリカのNetflixの人気ジャンルだ。猫虐待動画の犯人を追うために集結したネット民が猟奇殺人事件捜査にも関与していく『猫いじめに断固NO!:虐待動画の犯人を追え』や、米国史上最悪のシリアルキラーを追った『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』、前述の『タイガーキング』など、このジャンルにはヒット作が多い。ロサンゼルス住民だけでなく、世界中で「エリサ・ラム失踪事件」のドキュメンタリーがヒットしたことで、この事件は時や場所を超えて人々を夢中にさせることを証明した。Netflixアメリカのアカウントによる予告編のツイートに対しても、数百件のコメントや引用リツイートがあり、いまだにこの事件に関心が寄せられ続けていることがわかる。

だが、全4話からなるドキュメンタリーシリーズで描かれている内容は、事件を知っている者から見ると目新しいものはあまりなく、インターネットで少し調べれば手に入る程度の情報しか開示していない。事件発生当初から、亡くなったエリサのブログやSNS発信の不可解な点、歯に物が挟まったようなロサンゼルス市警の捜査状況会見などがネット上で推察を呼び、「呪われたセシル・ホテル」としてセンセーションを巻き起こしていた。実際、この事件をもとにしたフィクション映画『The Bringing(原題)』をソニー・ピクチャーズが企画開発している。マイケル・ペーニャが捜査官役を演じ、『ドライヴ』のニコラス・ウィンディング・レフンが監督を務めるというニュースも流れていたが、のちにレフンは降板し、『新クライモリ デッド・フィーバー』を手がけたジェレミー・ラバーリングや、『セーラ 少女のめざめ』のケビン・コルシュ&デニス・ウィドマイヤーにメガホンが引き渡されていった。だが2014年以降は、映画企画について耳にすることもなくなってしまった。

ジョー・バリンジャー監督

『事件現場から:セシルホテル失踪事件』を監督したジョー・バリンジャーは、前述のドキュメンタリー『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』、そしてザック・エフロンとリリー・コリンズを主演に迎え映画化した『テッド・バンディ』の両作品で監督を務めている。さらに、製作会社は有名プロデューサーのブライアン・グレイザーとロン・ハワードが設立したImagine Entertainmentで、このままドキュメンタリーだけで完結するようなプロジェクトには思えない。『タイガーキング』もドキュメンタリー配信から2週間後に複数の二次プロジェクトが始動している。ドキュメンタリーの歯切れの悪さと、いまだに尽きない視聴者の興味の様子を見るに、一度は頓挫した二次プロジェクトが再熱しているのではないかと勘ぐってしまう。この熱狂的なランキングを見れば、Netflixのコンテンツ担当者も新たなプロジェクトにゴーサインを出すかもしれない。

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Netflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ『事件現場から:セシルホテル失踪事件』

Netflixにて全世界独占配信中