Column

2021.03.19 22:00

【インタビュー】『ミナリ』韓国の大女優 ユン・ヨジョンが毒舌&破天荒な祖母役を演じた理由

  • Atsuko Tatsuta

リー・アイザック・チョン監督による『ミナリ』は、第93回アカデミー賞6部門にノミネートされた話題作です。

1980年代のアメリカ・アーカンソー州。10年前に韓国からカリフォルニアに移住したジェイコブ(スティーヴン・ユァン)とモニカ(ハン・イェリ)の夫婦は、韓国からの移民が増えていることに目をつけ、韓国野菜を栽培する農園を持つために、高原の町に幼いふたりの子どもとともに引っ越してきます。モニカは心臓に痔病をもつ7歳の息子デビッド(アラン・キム)の面倒を見てもらうために、韓国から母親スンジャ(ユン・ヨジュン)を呼び寄せます。けれど、毒舌で料理も苦手な祖母はおばあちゃんらしくないと、デビッドはなつこうとしません──。

韓国系アメリカ人である気鋭リー・アイザック・チョン監督が半自伝的なストーリーを基に脚本を書き監督した『ミナリ』。ブラッド・ピット率いるプランBと気鋭の映画会社A24という『ムーンライト』でアカデミー賞作品賞を受賞したゴーデンコンビが手掛けた作品としても注目されています。サンダンス映画祭でのグランプリ&観客賞のダブル受賞以来、世界の映画祭で絶賛され、ゴールデン・グローブ賞では外国語映画賞を受賞、本年度アカデミー賞では作品賞を筆頭に計6部門でノミネートされています。

アメリカ映画ながらも、ほとんどの会話が韓国語で展開する本作。キャストも韓国系、あるいは韓国人俳優がキャスティングされました。ジェイコブ役にはソウル生まれアメリカ育ちのスティーヴン・ユァン。人気TVドラマシリーズ『ウォーキング・デッド』でブレイクし、村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を原作に韓国のイ・チャンドンが映画化した『バーニング 劇場版』(18年)では第44回ロサンゼルス映画批評家協会賞・助演男優賞を受賞するなど、その演技力が高く評価されています。本作では、アジア系俳優として初のアカデミー賞主演男優賞候補となりました。

モニカ役には、『海にかかる霧』(14年)や『春の夢』(16年)、『緑豆の花』(19年)などの演技派ハン・イェリ。また、破天荒なおばあちゃんのスンジャ役を、『ハウスメイド』(10年)、ホン・サンス監督の『3人のアンヌ』(12年)などで知られる韓国の大女優ユン・ヨジョンが演じています。

アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ注目度が高まるユン・ヨジョンが、Apple TV+オリジナルドラマ『パチンコ』を撮影中のアメリカから、オンラインインタビューに応じてくれました。

──脚本を読んで惹かれたところはどこですか? あなたは70年代にアメリカに住んでいたということですが。
私はこのように真実を描いた映画が大好きです。脚本を読み始めてすぐに、(この脚本の中に)真実、真心、誠意があると思いました。最後まで読む前に、お引き受けしますと返事をしました。私の場合は、夫が留学することになり、一緒に学生ビザでアメリカに渡りました。当時、アメリカでたくさんの韓国人に会いましたし、彼らの暮らしも見ていたので、それも影響しているといえますね。

──この物語は、チョン監督の親世代の話ですね。監督とは彼の両親の話はしましたか?
チョン監督のご両親と私は同じ世代なんです。監督は口数が少ない方で、どちらかというと聞き上手。彼のそういうところが大好きなんですけど。ご両親のことはあまり話さず、おばあさんの話をしていましたね。脚本にリアリティがあったので、いろいろ聞かなくても、脚本通りに自然に演じることができました。

──家族の雰囲気が素晴らしいと絶賛されていますね。デビッド役のアラン・キムは演技初めてということですが、どうやって家族らしい雰囲気を作っていったのでしょうか。
私たちが本当の家族のように見えるということは、インタビューを重ねる上でわかってきたことで、撮影している時は思ってみませんでした。低予算映画だったので、制作費を削るため、(撮影中)私はハン・イェリさんと一緒にAirbnbで借りた同じ部屋に泊まっていたんです。ホテルよりも生活の面で便利だろうということで、そうしたんです。この映画の脚本を私に紹介してくれた親友がいるのですが、私がひとりでアメリカに行って撮影をするというのを心配して、私たちの部屋に来てごはんを作ってくれたんです。そのごはんが美味しかったですね。それで、みんなが私たちの部屋に集まってきました。スティーヴン・ユァンさんも、監督も来ましたよ。そうした中で、私たちは、人生のことや脚本のことについても、いろいろ話をするようになりました。一緒に過ごす時間が長かったことで、チームワークが良くなったのだと思います。

デビッド(アラン・キム)

アラン・キムに関しては、当初、私も心配していたんです。彼はお母さんと来ていたのですが、演技の経験がありませんでしたから。でも杞憂でしたね。いつもセリフも全部覚えてしっかりと準備して、撮影に臨んでいました。私は長い間俳優をしていることもあり、ある意味マンネリズムに陥ってしまうことがあります。勝手に予想し、こう演技すればこうなるだろうと思ってしまう。でも子どもの彼は、まるでスポンジのようにいろんなものを吸収していきました。私がセリフを言うと、素直に返したり。とても見事でしたよ。クロースアップを撮るときも、上手く演じていたと思います。チョウ監督はとても賢明な監督で、私の下の息子と同じくらいの年齢なのですが、息子と比較してもとても成熟していると思います。ここを見て笑ってくださいねと丁寧に指示を出して、キム君を演出していました。そんな風にして、ワンシーン、ワンシーンを作りあげていったので、なんの問題もありませんでした。映画の中では、おばあちゃんのことを本当に嫌っているようなリアクションも見せていました。彼から見習うところはたくさんありましたね。

──本作では、典型的な“優しいおばあちゃん”とは違う、魅力的でパワフルな祖母を演じていらっしゃいました。あなた自身は、どのように年齢を重ねてきたのでしょうか。
年をとることは抗えないことです。誰もがどうせ年をとるのですから、自然に老いていきたい、美しく年を重ねたいと思っています。けれど、特にどんな風に生きていけばいいのかという答えはわからないですね。私は現在74歳(満73歳)。でも、74歳として今日の日を生きるのは初めての経験です。人は長く生きてきても失敗することもあるし、後悔もする。私もその繰り返しで生きてきました。職業がたまたま俳優だったのでこの年齢でも仕事をしていますが、私としては、いかにもおばあちゃんらしいおばあちゃんにならないように、戦っているところもあります。

この映画で私が演じた祖母ですが、映画では描かれていないバックグラウンドがあるんです。彼女はシングルマザーで、一人でハン・イェリさん演じるモニカを育ててきました。商売をしながらだったので、料理など専業主婦のようなことが出来なかったんです。ですから、娘が人生のすべてでした。その娘をすべての財産をかけても守りたいと思い、すべての財産を処分してお金を工面し、孫のデビッドに手術を受けさせるために、アメリカに来たんです。そういうことをチョウ監督と話しました。監督は、“このおばあちゃんは苦労してきた人だけれど、それを悲しんでいるわけではない。孫の面倒をみて、楽しくしようと盛り上げようとしている”と。そんな話をしながら、キャラクターを作り上げていきました。

──それぞれのキャラクターが素晴らしいですが、一番共感したキャラクターは?
すべてのキャラクターに共感しましたね。ジェイコブは、私が若い頃アメリカに住んでいたときの友達の夫を見ているようでした。子どものために夢に向かって進んでいる父親の姿です。モニカにも、忍耐力を持って夫や子どもを理解しようとしていた母親の姿を見ました。当時は、子どもの身の回りの世話をしているおばあちゃんもたくさん見ました。それに、子どもたちの振る舞いも。私は70年代、アメリカの南部に7〜9年住んでいたのですが、(この映画に登場するような)人たちをたくさん見ましたよ。

──本作は、低予算の小さな作品だったので、撮影が大変だったとおっしゃいましたが、韓国での撮影との違いは感じましたか?
アメリカのシステムを全部知っているわけではありませんのでなんとも言えませんが、多少の違いはありながらも、ほとんど同じだったような気がします。韓国でも、監督によってそれぞれ違いますしね。韓国ではキャリアが長いので、映画業界のみんなが私のことを知っています。でも、(今回の経験を通して)韓国では私のことを知っているから、良い待遇で接してくれていたんだなと改めて思いました。東洋の人々は年配の人に尊重するところがありますからね。アメリカではそれはありません。私は韓国に長くいることで、だいぶ悪いクセがついたようです(笑)。

──『ミナリ』のような小さな作品が、高く評価されていることについてはどう思いますか?
俳優としては、脚本を読んで、これは純粋な良い映画になると思って出演を決めました。撮影は大変でした。先ほども言ったように、予算が少なく、5週間で撮らなければならなかったからです。苦労しながら撮影したので、撮影が終わったときには、やっとミッションが終了したとホッとしました。撮影後は韓国に戻っていたのですが、初めて『ミナリ』についての反応を肌で感じたのは、サンダンス映画祭の時でした。『ミナリ』を観た観客たちは、泣いたり笑ったりしていたんです。その姿を見て、私たちが作ったこの映画にみなさん共感してくれているのだと、確信することができました。サンダンスに滞在中、チョン監督がずっと称賛されていたので、私も嬉しかったです。監督は私の息子みたいな存在ですので、自分の息子が監督として認められたような気持ちになりました。

その後韓国に戻ったのですが、この映画がこれほど注目されていることに、いまだに驚いている状態です。誠意を込めて真実の物語をつくれば、みなさんにわかってもらえるんだなと思います。この映画は、チョン監督自身を投影した7歳の子どもの目を通して描かれています。子どもには、人種差別や偏見がない。なので、見たままの世界が描かれています。そういうところが、私がチョン監督が好きな理由なんですけど。監督はブレずに、最初から最後までこのアプローチを貫きました。しかも、観客が自由に解釈できるようオープンにしてくれたところが良かったと思います。“この映画をこう観てください”というような描き方ではありません。その結果、こんな美しい映画ができたんです。監督はとてもオープンマインドな人なんです。

第78回ゴールデン・グローブ賞で受賞の喜びを語るリー・アイザック・チョン監督 Photo by NBC/NBCU Photo Bank via Getty Images

もうひとつ言えるのは、今、パンデミックで世の中が辛い状況になっていますよね。『ミナリ』は恋愛映画でもおしゃれな映画でもなく、ありのままの真実を見せている映画です。今、こういう状況だからこそ、みなさんがこういう物語を求めているのではないかと思います。ただし、私は評論家ではないので、私が思っているだけですが。

──あなたは国際的な作品にも出演していますが、どのように仕事を選んでいるのですか?映画賞などの評価に関しては、どう受け止めているのでしょうか。
仕事は私にとってミッションなんですね。そのミッションがひとつ終わったときに、喜びを感じます。賞に関しては──これは長く俳優をやっているのでわかるのですが──賞をいただく瞬間はとても嬉しいんです。でも、賞に酔っていると前に進むことはできません。ですから私にとっては、次の仕事があるということが一番嬉しい“賞”なんです。作品の話をいただくと、私自身がやりたいか、やりたくないかなということだけを考えて決めます。とても単純な人間なんです。

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『ミナリ』(原題:Minari)

脚本&監督/リー・アイザック・チョン
出演/スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ ほか
全米公開:2021年2月12日/上映時間:116分

日本公開/2021年3月19日(金)TOHOシネマズ シャンテ ほか全国ロードショー
配給/ギャガ
公式サイト
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