Column

2021.02.13 12:00

【単独インタビュー】『マーメイド・イン・パリ』マチアス・マルジウ監督が信じる創造力とレジスタンス

  • Atsuko Tatsuta

失恋の傷を抱える心優しいガスパールと、美しい声で男たちの命を奪う人魚ルラの切ないラブストーリー『マーメイド・イン・パリ』。

記録的な大洪水後、セーヌ川に浮かぶ老舗バー“フラワーバーガー”のオーナーの息子ガスパール(ニコラ・デュヴォシェル)は、傷を負って倒れていた人魚のルラ(マリリン・リマ)を発見。病院では受け入れを拒まれ、自身のアパルトマンに連れ帰ります。ルラの美しい歌声は、彼女に恋に落ちた男性の心臓を爆発させ死に至らしめますが、恋をする心を失ってしまったガスパールには効きません。ガスパールの献身的な看病で回復したルラでしたが、2日目の朝日が昇る前に海に帰らなければ命を落としてしまう運命にありました──。

この独創的でファンタジックなラブストーリーを手掛けたのは、フランスのロックバンド・ディオニソスのボーカルも務める、マチアス・マルジウ。自らが執筆したグラフィック小説を原作に、初めて監督を務めたダークファンタジーアニメーション映画『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年』(13年)では、主人公ジャックの声優や音楽も手掛けるなどの多才ぶりで注目され、本作で待望の実写長編映画デビューを果たしました。

クラフトマンシップ溢れるビジュアルセンスと世界観でミシェル・ゴンドリーやティム・バートンらの名前も引き合いに出されるフランスの新鋭マルジウが、『マーメイド・イン・パリ』の日本公開に先立ち、Fan’s Voiceの単独インタビューに応じてくれました。

Photo by Daria Nelson

──映画監督デビュー作はアニメーションでしたが、初の実写映画で人魚と人間のラブストーリーを描こうと思った理由はなんですか?
この作品のアイディアが出たのは、かなり前のことです。骨髄の手術をするために入院したのですが、ずっと滅菌室に閉じ込められていたこともあって、退院したときには、小説を書いたり、映画を作ったりといった素晴らしいクリエーションの時間をもう一度取り戻したいと思いました。2015年にはシャルリー・エブド襲撃事件やパリの同時多発テロ事件があったこともあり、もう少しファンタジックなアプローチでパリを見直したい、パリの街に魔法をかけたいと思いました。つまり、これはポエティックなやり方でのレジスタンス(抵抗)でもあったんです。

──入院されていたのはいつ頃ですか?
2013年からですね。退院したのは、2015年の初め。シャルリー・エブド襲撃事件の直前でした。あの事件はとてもショックでした。手術の際、私の命を救うために、へその尾の血液を提供してくれた人がいたり、入院中は、まるでSFのような世界に生きていました。ところが実生活に戻ってきたら、私にとって重要な人だった風刺画家のカビュが殺されるとか、理解し難い酷い出来事が起きたのです。しかも、シャルリー・エブドのオフィスは私の家から100メートルほどの近所でしたしね。で、このままならない世の中で、今生きていることを楽しむべきだと実感し、この映画の元となる小説を書き始めたのです。

またもうひとつ作品のきっかけとなったのは、2016年のセーヌ川の氾濫です。溢れた水は、信号も無視して自由に街へ溢れ出ていました。繰り返すようですが、私にとって重要なのは、闘い続けることです。個人的な自由への闘いでもあるし、フランス社会の闘いでもあります。私はこの映画のように、ユーモアを持ってポエティックかつファンタジックなやり方で闘うことは、シリアスなやり方で闘うことと比べて、同じくらい力があることだと信じています。時にはより効果的であると思うんです。

──人魚の物語といえば、日本ではアンデルセンの童話やディズニーの『リトル・マーメイド』などがよく知られています。ヨーロッパにはさまざまな人魚伝説があると聞いていますが、あなたが影響を受けた人魚伝説は?
私は、メタファーとしての人魚に興味を持っています。でも、人魚のファンタジー映画を作るつもりはありませんでした。本物の感情に基づいた物語を作りたいと思いました。ガスパールは私の分身です。私が今回インスパイアされたのは、ホメロスのオデュッセイアのセイレーン(人魚)ですね。『マーメイド・イン・パリ』の基本のストーリーはとてもシンプルです。ひとりの男性がもう誰も愛せなくなる。自我が傷ついてしまい、あまりにも苦しすぎるから、もう何も感じなくなってしまっているんです。そういう男性が自分自身を取り戻し、生きる歓びを取り戻すという物語です。大切な誰かが亡くなり喪に伏した後、あるいは失恋の後でも、もう一度始めるということはリスクを伴います。これをリアリズムで描くこともできるでしょう。美しい女性と出会い心を取り戻すことができるとか。でも私は、相手を人間の女性でなく人魚にしました。

物語のツールとして、セイレーンはポエティックであると同時に、魔法のような部分があります。セイレーンという存在は、主人公にとって最高であると同時に、最悪の存在です。なぜなら、女性という意味で欲望の対象として最も素晴らしい対象であると同時に、最も危険な人物であるから。セイレーンが声によって人間を殺すという設定は、とても逆説的で興味深いと思いました。現実とファンタジーがいわば象徴的な形で重なり合う。主人公のガスパールにとっても人魚のルラにとっても、お互い”E.T.”のような異星人のような存在です。彼にとって人魚は命を脅かす危険な存在ですが、人魚にとっても、パリのアパルトマンの浴室にいるのは、火星に行くのと同じような奇妙なこと。でも最終的には危険だと思っていた人魚が、人間と同じくらい人間的な存在になるのです。

──ガスパールとルラのデュエットシーンが印象的ですね。
私はセルジュ・ゲンスブールやシャルル・アズナヴールのような、女性とのデュエットが好きなんです。しかもガスパールが一緒に歌うのは、とてつもなく歌が上手く、しかも決して手が届かない存在ですから。

──ガスパールとルラは、同じ場所では生きられないという運命を背負って惹かれ合ったわけですが、あなたはこれは悲恋だと思いますか。
大変良い質問ですね。これはまさに不可能な愛の物語ですが、私にとっては悲劇ではありません。この愛の冒険のおかげで、ガスパールは自分自身に戻ることができたのですから。ニーチェは、”自分自身になるには一生かかる。一生、かけなければいけない”と言いました。ガスパールは失恋により心が引き裂かれて、自分自身を失っていました。けれども、人魚とともに生きることはできないとしても、彼自身の奥底にある一番大事なもの、つまり“サプライザー”に戻ることができた。サプライザーは、多いなる想像力によって世界を変える人です。リスクを侵す存在であり、愛においても何においても、濃密に生きる。確かにラブストーリーとしてハッピーエンドではないかもしれませんが、ガスパールは自分自身を取り戻すという成功を収めました。失敗ではありません。再び愛すること、また、苦しみさえ生きていることのひとつだと受け入れられるようになった。生きているのを感じることが一番重なのです。

──ガスパールの親が経営しているバー“フラワーバーガー”の名前はどこから来たものですか?
ビート・ジェネレーション後期のアメリカの作家リチャード・ブローティガンの詩の名前からきています。彼は詩の中で、ボードレールはサンフランシスコの店で花の入ったハンバーガーを出していた、と書いています。ハンバーガーを作る時もボードレールは、詩人であることをやめられなかったんですね。そういう設定が気に入って、祖母から譲り受けたレジスタンスの隠れ家だった船のレストランを、”フラワーバーガー”にしようと思いました。本や映画では描いていませんが、実際に1960年代にリチャード・ブローティガンは、アメリカのフラワーバーガーという名の場所に出入りしていました。ブローティガンは面白いし、創造力のある大好きな作家です。余談ですが、ブローティガンの「ホークライン家の怪物」という小説をティム・バートン監督がジャック・ニコルソン主演で映画化しようとしていたのですが、残念ながら頓挫してしまいました。

──ガスパールが留守の間、ルラがアニメを見ているシーンがありますね?あのアニメにはどんな意味があるのでしょうか?
このシーンについて質問していただいてありがとうございます。小説の時点では、あのアニメは、ディズニーの『リトル・マーメイド』でした。人魚が人魚の物語を見るという入れ子構造が面白いと思って。ルラと『リトル・マーメイド』のアリエルとでは、置かれている状況は正反対です。アリエルは人間の脚を手に入れ、恋に落ちた王子との再会を望む。ルラは、人間の男には興味はなく、水の中に帰りたい。でも映画化にあたって、ディズニーから使用許可が下りませんでした。金銭的な問題だけでなく、使用許可を得るのは大変なんです。

そこでこのシーンでは、私の前作『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年』の一部を見せることにしました。映画の発明者でもあるジョルジュ・メリエスが作った人魚の絵が登場します。あまり意識はしていませんでしたが、当時から私の中では、人魚はオブセッションになっていたんですね。メリエスの人魚の映画は、ロミオとジュリエットのようでもあります。人魚と漁夫との引き裂かれた恋。結果的に、『ジャック&クロックハート』を用いる方が、ディズニーアニメよりも自分の世界に合っていると思いました。しかもモノクロで作ったストップモーションアニメなので、私が考える“サプライザー”の精神に合っているとも思いました。本作の最後と最初のクレジットにも、ストップモーションアニメを採用しました。映画作りはいつもそうですが、不可能なことにぶち当たって、その解決作を考える。その繰り返しです。

──バスタブの水棲生物といえば、ギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』を思い浮かべる映画ファンも多いと思います。この偶然をどう思いますか。
あの映画は私にとって悲劇でした。私は手術から生還し、この映画の元となる小説の執筆や作曲に取りかかりました。小説が完成し、シナリオも半分くらい書き、ガスパールが歌う曲も7、8曲書いたところで、『シェイプ・オブ・ウォーター』のトレーラーをインターネットで観たんです。倒れるほどの大ショックでした。大災害が起きたと思いました。デル・トロは世界的に名前も売れていますし、予算も一桁多いですからね。でも、完成した映画を観て安心しました。

『シェイプ・オブ・ウォーター』は素晴らしい作品ですし、水中で生きる生物と人間との不可能な愛といった共通点はいくつかありますが、ストーリーはまったく違います。最初は、似ていると思われないように注意を払っていましたが、それも段々どうでもいいと思えるようになってきました。キャラクターもスタイルも違いますし、バジェットが低いこともあり、この映画のほうが手作り感があります。3つの和音を使っても全く異なる曲が生まれるように、全く異なる映画になることは明らかだったからです。

──ありがとうございました。
私は日本文化が大好きです。こうしてオンラインでも日本の方とお話できて嬉しかったです。中国に行った帰りに、日本に寄りたかったのですが、できませんでした。コロナ禍が終息したら、日本には必ず行きたいと思います。

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『マーメイド・イン・パリ』(原題:Une sirène à Paris)

出演/ニコラ・デュヴォシェル、マリリン・リマ、ロッシ・デ・パルマ、ロマーヌ・ボーランジェ、チェッキー・カリョ
監督/マチアス・マルジウ
2020/仏/102分/G

日本公開/2021年2月11日(木・祝)新宿ピカデリーほか全国公開!
提供・配給/ハピネット
配給協力/リージェンツ
後援/在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
公式サイト
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