Column

2021.01.25 21:00

【単独インタビュー】『スタントウーマン』の監督が語る、陰のヒーローたちが切り拓いてきた道とこれから

  • Atsuko Tatsuta

『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』は、アクション映画の陰の功労者である女性スタントパフォーマーに焦点を当てた画期的なドキュメンタリーです。

俳優たちに代わって危険なアクションシーンを演じるスタントパフォーマーは、ハリウッド映画において欠かせない存在です。CGが発達した今日でも、生身の人間にしか表現できない迫力あるシーンを表現するために、多くのスタントパフォーマーが活躍しています。2005年には、アカデミー賞にスタント部門を新設する嘆願書が出されるなど、映画界ではその重要性が再認識され、また近年では『ワンダーウーマン』や『キャプテン・マーベル』など女性ヒーローが活躍するアクション大作が数多く作られ始めたこともあり、女性スタントウーマンの活躍の場も増えつつあります。

女性スタントパフォーマーは1960年代にはすでに活躍していましたが、当時設立されたスタントマンズ・アソシエーションには所属させてもらえませんでした。男性中心だったハリウッドで、彼女たちが地位や権利を守るためにいかに戦ってきたかのか。本作では、関係者のインタビューや、『ワイルド・スピード』、『トゥルーライズ』、『ワンダーウーマン』、『チャーリーズ・エンジェル』、『キル・ビル』といった映画史に残るアクションシーンの裏側に迫り、プロ中のプロであるスタントウーマンたちの仕事ぶりと生き様を炙り出します。

監督を手掛けたのは『パニック・ウォーター』(06年)の脚本家・プロデューサーで、『Layover』(原題、09年)で監督デビューを飾ったエイプリル・ライト。日本公開に際し、その製作の裏側をFan’s Voiceの単独インタビューで語ってくれました。

エイプリル・ライト監督

──女性のスタントパフォーマーに注目したきっかけは何ですか?
この映画は、ハリウッドの歴史に関する本を多数執筆しているモリー・グレゴリーによる同名作が基になっています。映画化の際には、退屈なものにならないよう、”アクションドキュメンタリー”にしたいと考えていました。本には2007年までの事が書かれていたので、映画ではそうした先代たちの歴史を学びつつ、現在最前線で活躍するスタントウーマンの話も加えました。

──『ワイルド・スピード』のスターであるミシェル・ロドリゲスが製作総指揮に名を連ねていますが、彼女とはどのようにこのプロジェクトを進めていったのでしょうか?
ミシェルはこれまでもスタントパフォーマーについて声を上げていました。『ワイルド・スピード』シリーズのとある作品で、製作側がスタントパフォーマーたちをレッドカーペットやプレミアに招かず、クレジットにも載せたがらないという出来事がありました。その事についてミシェルは、いかにスタントパフォーマーたちが俳優たちを引き立てるために危険に晒されているか、そしてクレジットされるべきだと強く主張しました。

デビー・エヴァンス、ミシェル・ロドリゲス

そうしたことから、この映画のプロデューサーがエージェント経由でミシェルに声をかけ、直接FaceTimeで話しました。ミシェルはこの映画にとても乗り気で、「必要な事はなんでもする」と答え、実際にそうしてくれました。最初から最後まで、素晴らしい仕事相手でした。

撮影で一番楽しかったのは、『ワイルド・スピード』でミシェルのカースタントを担当したデビー(・エヴァンス)の助手席に彼女を乗せて、ドリフトしたシーンですね。実は二人が同じ現場で仕事をしたのは、まだ予算が少なかった1作目の時だけでした。その後は規模が大きくなって、二人は別のユニットに分かれて撮影していたので、一緒に仕事ができていませんでした。だから今回、業界のトップを走る二人が一緒に車に乗ってカーチェイスするなんて最高でした。

──ミシェル・ロドリゲスは自分でスタントをやりたがっているのですか?
彼女はいつも、自分でスタントもできたらと思っています。でも俳優として、自分がすべき仕事も理解しています。だから彼女は、スタントパフォーマーのことを本当に尊敬しているんですね。

──スタントコーディネーターとしても活躍しているメリッサ・スタッブスは、スタントウーマンを目指す若手たちにとって、希望を与える存在ですね。
スタントウーマンにとって、スタントコーディネーターになることはステップアップを意味します。スタントパフォーマーとして働いて、もう身体が持たなくなったり、そろそろランクアップしたいとなると、パフォーマーを雇ったりアクション設計を手助けしたりするスタントコーディネーターになるわけですね。そこからさらにステップアップすると、アクションシークエンスを撮影するセカンドユニットの監督(アクション監督)になります。このキャリアパスはもともと(白人)男性が占める割合が非常に多く、女性や有色人種にはほとんど機会がありませんでしたが、少しずつ変わり始めており、この映画ではその道を進む女性の例として、メリッサを紹介したいと思いました。

メリッサ・スタッブス

──この映画の中で、ウィッグをつけて女優の代わりにスタントをする男性スタントマンの存在は、スタントウーマンの仕事を奪うという話が出てきます。今、映画界では、ジェンダーギャップを是正しようという運動が急速に進んでいますが、実際にスタントウーマンの世界でも変化はあると感じますか?
スタント界における女性や有色人種の状況というのは、ハリウッド全体の状況と変わらないと思います。統計的に見ると、メジャーな作品の監督に女性が起用される割合は70年代からほぼ変わらず、たったの4%で、これは構造的な問題なわけです。今は意識が高まり、これまで閉ざされていた門戸を開こうという動きもありますが、私も女性監督として苦難を経験しており、この映画の制作中はずっとスタントウーマンたちに共感するところばかりでした。こうした苦労は、スタントウーマンに限らずハリウッド全体に共通するものなのです。

ただ、こうしたことに対する意識は以前よりずっと高まり、前なら単に女性の一人や二人が文句を言っているだけと思われがちでしたが、ここ数年でデータに基づいた分析が行われ、数字やファクトを基に問題点を指摘し、解決に向けた議論が多く行われるようになりました。ギャップの是正に向けて、今後もこの動きが続くことを期待しています。

『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(14年)でスカーレット・ヨハンソンのスタントをするハイディ・マニーメイカー

──スタントウーマンをテーマにした2004年のドキュメンタリー映画『Double Dare』でジーニー・エッパーと共演しているゾーイ・ベルは、クエンティン・タランティーノ映画の常連です。タランティーノの『デス・プルーフ in グラインドハウス』にキャストとして出演したことで、映画ファンの間でも優れたスタントウーマンとして知られるようになりましたが、本作で彼女に取材しなかった理由は?
実はゾーイの撮影もしていました。ですが映画の撮影ではなく、スタントウーマンたちが登場するファッションショーの監督をしているところでした。ファッションブランドのPRイベントで、ショーの途中でモデルたちの中に混ざったスタントウーマンたちが殴り合いを始めるという内容でした。とてもクールなイベントで、全て撮影してあったのですが、映画というテーマとは直接関連がなかったため、残念ながら最終的にはカットしてしまいました。でも彼女のことはぜひ紹介したいと思っていたので、ゾーイの映像を入れたり、一緒に仕事をしたことのあるスタントウーマンが彼女について話すシーンを入れました。

ゾーイ・ベル(左)

──タランティーノは、スタントウーマンを一般に知らせようとした監督でもあります。あなたから見て、女性スタントパフォーマーを上手く使っている男性監督や作品はありますか?
うーん、良い質問ですね。確かにタランティーノはスタントウーマンたちの大ファンで、ゾーイの他にも、この映画に出演しているアンジェラ・メリルやアリマ・ドーシーを起用しています。アリマは元々はタランティーノのパーソナルトレーナーで、それがきっかけでスタントを始めたんです。確かタランティーノがルイジアナで『ジャンゴ 繋がれざる者』の撮影をしていた時、アリマは彼のアシスタントとして現場にいて、スタントパフォーマーたちがトレーニングをしたりリハーサルする様子を見ていたんです。そして彼女は、「Q(=タランティーノ)、私にもできると思う。私もスタントをやりたい」と言って、「僕もそう思うよ」と彼は返答したんです。それから彼女は、スタントパフォーマーの道に進みました。それからゾーイ・ベルは最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でスタントコーディネーターを務めています。少し出演もしていますが。先ほども話しましたが、ハリウッド大作ではまだ女性のスタントコーディネーターを起用することは本当に稀です。タランティーノは女性スタントパフォーマーたちを本当に応援し、後押ししてくれる存在ですね。

アリマ・ドーシー

またポール・フェイグもその一人です。彼の作品は女性が物語を牽引することが多く、『ゴーストバスターズ』(16年)で20人以上ものスタントウーマンを起用していて、この映画ではその点を紹介したく思いました。これほど多くのスタントウーマンを使う作品はなかなかありません。でもその後、パティ・ジェンキンスは『ワンダーウーマン』でさらに多くのスタントウーマンを、続編の『ワンダーウーマン 1984』では1作目よりも多くを起用していて、記録を更新しています。パティ・ジェンキンスにも取材をオファーしていたのですが、撮影のためスケジュールが合いませんでした。

ポール・バーホーベンは私が好きな昔ながらの監督で、アクション監督を起用せず、自らスタントパフォーマーと仕事をしています。セカンドユニットも使うポール・フェイグのような監督とは異なる視点で見ることができるため、様々なやり方がある事を示すために紹介しました。

──70年代のTVシリーズの『ワンダーウーマン』や『チャーリーズ・エンジェル』などのジーニー・エッパー、『ワンダーウーマン』などで活躍したジュール・アン・ジョンソンといったベテランのスタントウーマンの方々のシーンは、特に印象的でした。
本の中でも言及されていた彼女たちが歳を重ねていく中で、カメラの前で話してもらう事はとても重要でした。彼女たちが経験したこと、立ち向かわなければならなかったことを実際に生の声で聞き、そして若い世代のスタントウーマンたちが彼女たちから教訓を得るという作りにしました。ベテランのスタントウーマンたちを取材するだけでも良かったわけですが、彼女たちがどんなことをしてスタントウーマンの道を作り上げてきたのか、若手に知ってもらうという構成の方が深みが出ると思いました。若手のスタントウーマンたちは、昔から話に聞いていた”生きるレジェンド”たちと実際に会うことが出来て、本当に興奮したと思います。私も感激したし、特にこの場面は私にとって本当に特別でした。苦労してスタントの世界を生き延びてきたベテランたちが語る話は、本当に素晴らしいと思います。

──彼女たちと若いスタントウーマンたちに違いはありますか?
はい。まず若手は皆そうしたベテランのスタントウーマンに対して尊敬の念を持っています。ただ、そうしたレジェンドと称えられる相手と直接会う機会がある人は限られているし、また実際に会う時は、謙遜もするし非常に特別な瞬間となります。

それから多くのベテランたちは、昔からメンターとして若手を指導しています。例えば、ゾーイ・ベルの駆け出しの頃は、ジーニー・エッパーがメンターとなりました。そうすることでベテランたちも若さを保ち、業界に関わりを持ち続けているわけですね。

ジーニー・エッパー

──そうした次世代を育成するためのメンター関係はよくある事なのでしょうか?
スタントウーマンたちには一種の家族のような仲間意識があり、一緒にトレーニングをしたり、互いを刺激し高め合うことが多いです。一方で、スタントの機材は昔と異なるし、安全性も高まっています。そうした意味でもこの映画では、過去から現在、未来への架け橋になるよう、様々な世代のスタントウーマンに集まってもらい、若手がベテランから直接学ぶ作りにしました。スタントの過去についてしっかり考えたことがなかった若手にとっては、非常に大きなインパクトのある体験になったと思います。

──男性と女性のスタントパフォーマーに、違いはあると思いますか?
スタントに対する姿勢や気概は同じです。女性は機会を求めているだけ。これまで、比較的大掛かりで危険なスタントや、特に衝突シーンなどのカースタントは男性がやるのが一般的でした。でも必要なスキルさえあれば、女性だからといってやらせてもらえない理由はないはずです。もちろん男女の間で身体的な違いはありますが、スタントウーマンたちはそれが障壁だと思わないというのが、この映画を見ればわかると思います。それからこの映画では、女性にはスタントに限らずハリウッドの様々な仕事を担うだけの実力もあるし、その準備も出来ていると業界全体にメッセージを送っていると思います。

──取材の中で、個人的に特に印象に残ったエピソードは?
この映画で取材をした人は皆印象に残っています。それぞれの物語を正しく伝える事を、私に委ねてくれた方たちですからね。本当のどの話も気に入っています。観客の反応として最も印象に残っているのは、50年以上のキャリアのあるジーニー・エッパーが、もうスタントをできない事を悲しみ、感傷に浸る場面ではないでしょうか。まさかジーニーがあんな感情的になるとは思っていなかったので、現場ではとても心を揺さぶられました。

それから彼女の友人であるジュール・アン・ジョンソンがハリウッドのブラックリストに載っていたことについて話していた時、ジーニーが「私もブラックリストに載せられた」と話したのには、本当に驚きました。誰も聞いたことのない話でしたし、彼女のような最も尊敬を集める業界最高峰のスタントパフォーマーですらブラックリストに載ってしまうとは、本当に誰にでも起こるかもしれないことなのだと思いました。

──映画の中にもっと入れたかったと思うシーンやトピックはありますか?
この映画を作り始める頃は、スタントウーマンたちの撮影現場も多く撮りたいと思っていたのですが、大作映画やヒーロー映画は物語に関する秘密主義が厳しく、困難でした。例えばマニーメイカー姉妹のインタビューは、アトランタのマーベルのスタジオで撮影したのですが、後ろに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の宇宙船があって、それを映さない様にしなければなりませんでした。ハイディは『アベンジャーズ/エンドゲーム』でスカーレット・ヨハンソンのボディダブルを、レネーは『アントマン&ワスプ』の撮影をしている時期でした。隣のスタジオでは『アベンジャーズ/エンドゲーム』の撮影があったのですが、もちろんその様子は撮影させてもらえませんでした。こうしたシーンをもっと入れられたらと思うところもありますが、完成した映画には、ほかの良いシーンがたくさん入った思います。

ハイディ&レネー・マニーメイカー

──スタントパフォーマーに対する評価は今後高まっていくと思いますか?
今のハリウッドでは、アカデミー賞にスタントに関する賞が存在していないため、創設を求める動きがありますね。エミー賞や、スタントパフォーマーも所属するSAG賞(全米映画俳優組合賞)ではスタントパフォーマンスに対する賞があって、主だった賞でスタント部門が無いのは、アカデミー賞だけですから。

それから、スタントコーディネーターになってキャリアアップしたいという女性パフォーマーが増えています。この点ではテレビ業界の方が進んでいて、シャウナ・ダギンズというスタントウーマンはエミー賞でスタントコーディネーター部門を2回受賞しました。映画界は遅れを取り戻さなければなりません。

──近い将来アカデミー賞にスタント部門が設けられると思いますか?
何年もずっと働きかけていますが、今年も叶いませんでしたね。実現するまで努力し続けていくつもりです。

──ところで、あなたはドライブインシアターを追ったドキュメンタリー『Going Attractions: The Definitive Story of the Movie Palace』も制作されていますが、残念ながら日本ではまだ公開されていませんね。
そうですね。日本での公開はまだ決まっていないと思いますが、観てもらえると良いですね。

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『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』(原題:Stuntwomen: The Untold Hollywood Story)

監督/エイプリル・ライト
製作総指揮/ミシェル・ロドリゲス
2020/アメリカ/84分/日本語字幕:岡田壯平

日本公開/2021年1月8日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給/イオンエンターテイメント
配給協力/REGENTS
公式サイト
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