Column

2020.11.20 17:00

【単独インタビュー】『エイブのキッチンストーリー』フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督

  • Mitsuo

人気シリーズ『ストレンジャー・シングス』のノア・シュナップの初主演作『エイブのキッチンストーリー』は、ニューヨークに住む少年が手作り料理で家族の絆をつなぐ感動の物語です。

ブルックリンに生まれ育った、食べるのも料理するのも大好きなエイブ(ノア・シュナップ)は、パレスチナ系の父とイスラエル系の母を持ち、文化や宗教の違いから両親の家族が対立することに頭を悩ませていました。ある日、世界各地の味を取り入れ“フュージョン料理”を作るブラジル人シェフのチコと出会い触発されたエイブは、自分にしか作れない料理を作って、バラバラな家族を繋ごうと決心します──。

監督を務めたフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデは、ユダヤ人とカトリック系ブラジル移民の三世で、ブラジル・サンパウロ出身の映像作家。映画監督以外でも、凶悪犯罪者の囚人たちによる劇団の再開に尽力したり、ブラジルの雑誌や日刊紙で記事を執筆するなど幅広く活動し、2011年にはGQブラジルの「Men of the Year」に選出されています。

『エイブのキッチンストーリー』の日本公開に先立ち、少年が料理を通じてアイデンティティを見つける成長物語に込めた思いを、グロスタイン・アンドラーデ監督がFan’s Voiceの単独インタビューで語ってくれました。

フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督

──現在はLA在住との事ですが、ブラジルと比べていかがですか?
LAには1年半前に引っ越したのですが、とても気に入っています。映画や音楽業界に携わる人が多くて、そうした人たちに出会う度に、素晴らしいアイディアを聞くことができて、本当に楽しいです。

──本作はどのような経緯で制作しようと思ったのでしょうか?
僕は10歳の時に父を亡くし、義父の下で、兄と一緒に育ちました。甥が生まれた時、兄からはユダヤ教のお祝いをテーマにしたDVDを作ってはどうかと提案されたのですが、宗教は今日の多くの戦争の原因になっているわけですし、心配になりました。甥にはもっと良いものを残したいと思い、やる気になれませんでした。

友人からジョセフ・キャンベルの「Thou Art that: Transforming Religious Metaphor」という本をもらったのですが、その本には、問題なのは宗教自体ではなく、人々が宗教を概念として捉えずにそのまま文字通り受け止めてしまうことだと書かれていました。”約束の地”が実在すると信じてしまうと、人を殺めてでもそれを追い求めようする人も出てくる。一方で、約束の地を比喩的なものとして捉えると、行き着くために精神を高めることができます。アイデンティティや自分らしくいることをテーマにしつつ、宗教自体に衝突や問題があるのではなく、その見方であることを伝える映画を作ろうというアイディアになりました。

僕の祖父母は、ホロコーストを逃れてロシアとポーランドからやって来たのですが、ホロコーストで命を落としてしまった親族もいます。そのため、祖父母のもとで家族が集まる時はいつも、神聖な祝日を祝うだけでなく、命自体を祝福していました。これは非常に大切なことです。

ということで僕は、食べ物を自身のアイデンティティの軌跡やその複雑性を比喩的に表現するものとして使い、その物語を通して、どんなことがあってもあるがままの自分でいるように、またそうあることは家族や伝統に対する侮辱ではなく、懸命に努力することで実現できることであると、特に若い世代に向けて伝えようと思いました。

──イスラエルとパレスチナは複雑な事情を抱えている地域ですが、本作の制作にあたり、実際にエルサレムへ足を運ばれたそうですね。
はい。実際に中東へ行かずにこの映画を作ることは、無責任に思えました。パレスチナとイスラエルへは2回行き、農家やレストラン経営者、商店の人など、多くの人をインタビューしました。彼らの置かれた現実と苦しみをなるべく感じるために。映画ではニューヨークに住む家族を描いていますが、彼らが象徴する人々が持つ怒りや情熱、愛というものを僕自身が知るのは大切なことでした。現地で撮影した映像は、『Flavors』というドキュメンタリーとして近々公開する予定です。まずは編集作業を終えなければなりませんけれど。

──移民も多く住むブルックリンは、多様性の象徴でもあり、この映画にぴったりな場所ですが、この映画の舞台にしようと始めから考えていたのですが?
いろいろと調べたのですが、パレスチナ系とユダヤ系の夫婦というのは非常にレアで、イスラエルへ行った時も1組だけ出会うことができました。Majdaという素晴らしいレストランを開いた夫妻で、ここは本当にオススメなのですが、妻がユダヤ系で夫がイスラム系です。

ブルックリンは多様な文化の一大メルティングポットで、ポーランド人が多く住む地区やロシア人が多く住む地区もあれば、イスラム教徒が多く住む地区もあり、本作に出てくるようなカップルが実際にいてもおかしくありません。こんな場所は世界中でも珍しく、ダイバーシティやアイデンティティをテーマに、異なる文化の出会いは美しいカオスを生み出せることを表現するこの映画にはピッタリの場所でした。

──ブルックリンへはこの映画のために訪れたのですか?
ニューヨークには親族が住んでいるので、子どもの頃から何度も行っています。

──脚本にはパレスチナ系の方を、クルーにはフードスタイリストの方も起用されたとのことですが、この映画をいろいろな面でリアルなものとして作り上げるのは、あなたにとって大切なことだったのですか?
リアルであることは非常に大切だと思います。その文化を理解しようと努力することは、その文化をリスペクトをすることでもあります。例えば、ラスベガスで行ったとあるレストランでは、ブラジル料理店なのに、メニューにあったのはハンバーガーとフライドポテトでした(笑)。他の文化を単純化、ステレオタイプ化して、その中にあるアイデンティティやニュアンスを消してしまうのは、非常に侮辱的なことだと思います。

本作の脚本を担当した二人はパレスチナ系が混じった血筋で、ラミース・イサックはパレスチナ系カトリック、ジェイク(ジェイコブ・カデル)はイスラム、パレスチナ、それからモルモンも少し混じっています。これだけでもかなりのダイバーシティですよね。さらに、ガストロノミーコンサルタントがそれぞれの具材や料理が持つ意味やその背景を調べ、フードスタイリストがその”見せ方”を考えました。

フードスタイリストの存在は、料理を美味しそうに見せる上で非常に重要でした。日本の方にはこの点はご理解いただけると思います。日本料理のコースの一品一品がアート作品のようなものですからね。日本料理店に行って、雑に盛り付けられた不味そうな料理を目にすることは非常に稀です。料理の見せ方を考えることは、相手への気遣いであり、愛情を注ぐこと、食文化を守ることでもあります。またそうした習慣があることは、その文化が乱用されることを防ぐ効果もあると思います。例えば、アメリカでいま僕が住んでいる場所の周りはファーストフード店ばかりなのですが、そこでは盛り付けといった概念はなく、食べ物がぞんざいに扱われています。そうした食べ物に人々は”毒されて”病みつきになっていますが、これは食べるという行為、休憩をとるという行為、そして健康的な食生活を送るという行為から尊厳を奪うものだと思います。この映画では、日本のコース料理でも見られるように、きちんとした盛り付けで料理を提示するようにしました。

──本作はあなたにとって初めての英語での長編劇映画となりましたが、なぜ英語で撮ろうと思ったのですか?
ポルトガル語は、特に音楽において世界で最も美しい言語だと思っていますが、現実として、ポルトガル語の映画を観る人は、世界でそんなに多くいないと思います。ブラジル人の僕としては、コミニケーションをとる対象を自分と同じ言語を話す人に限定したくもないし、アメリカ人じゃないからといって世界に語りかける権利がないわけでもありません。共通語となった英語で本作を撮っていなかったら、今こうしてこのインタビューを行うこともなかったでしょう。

実は僕は20年ほど前に日本でも撮影したことがあります。『Wandering Heart』というタイトルの、ブラジルの音楽家カエターノ・ヴェローゾのドキュメンタリーで、コスモポリタニズム(世界市民主義)がテーマとして登場します。カエターノが教えてくれたのは、コスモポリタン(世界市民)になるためには、自分なりの道を歩み世界へ羽ばたいていくということ。自分のルーツを決して忘れずに、壁を打ち破り外に出て、人とふれあい成長し、学ぶこと。それこそが、この映画で僕がやろうとしたことです。この映画はニューヨークが舞台で言語も英語ですが、非常にブラジル映画らしくもあります。チコはまさにブラジルのイメージを反映したキャラクターだし、ブラジル音楽も満載です。

例えば、“アカラジェ”というブラジル料理があるのですが、”ファラフェルの兄弟”と言われます。それからポルトガル語ではパンのことを“パオ”と呼ぶのですが、確か日本にパンを持ち込んだのがポルトガル人だったので、日本では「パン」という呼ばれるようになったと聞いています。僕はこうしたエピソードが大好きなんですが、映画でも、英語でブラジル映画を作れば良いんじゃないかと思いました。監督を務める僕がブラジル人で、多くのクルーもブラジル人。ブラジル音楽もたくさん使って、僕たちの文化を世界に紹介する機会になるんじゃないかと思いました。この映画をポルトガル語で作っていたら、同様の効果は期待できなかったでしょう。

フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督

──あなたは、ブラジルで凶悪犯罪を犯した服役囚たちによる劇団活動を支援したと伺いましたが、その体験が本作に与えた影響について語っていただけますか。
この劇団は元々は刑務官が立ち上げたものですが、その後活動が停止していたので、再開させる手助けをしました。服役囚は数多くの映画や演劇に参加したのですが、面白かったのは、僕が服役囚を支援するんだという気持ちで臨んだのに、終わってみると、彼らの方が僕の世界が広げてくれたという実感を持てたことです。相手の感情を理解する訓練となり、服役囚から本当に多くのことを学びました。この体験を経て、僕自身が以前よりもずっとアーティストとして成長したと感じました。パレスチナやイスラエルで戦争体験者と話していた時も、彼らの苦しみに耳を傾けながら、思慮深く受け止めることができたと思います。

──英語での制作で特に難しかったことありますか?
とても大きなチャレンジでしたね。資金も少なかったので、撮影は18日間で行いました。ニューヨーカーは、時にはアグレッシブな態度で愛情を示すことがありますが、僕はとても繊細な性格です。この違いがとても大変でした。ニューヨーカーはニューヨーカーらしく振る舞っていただけなのに、僕は自分が何か悪い事をしてしまったかのよう感じたことが何度もありました。

また、アメリカでは映画はビジネスとして扱われますが、ブラジルで撮影する時は、そうしたビジネス的な思考をなるべく排除しようとします。映画作りとは、まさに情熱を捧げる行為であり、何が何でも実現させてやろうという心持ちで向き合います。アメリカの現場では、それぞれが仕事として雇われた役割のみを務めますが、ブラジルでは、リソースが足りない時は役割に関係なく、全員が最大限努力して実現させようとします。こうした文化的なぶつかり合いが常にありました。無事に生還して、こうしてあなたと話すことが出来て本当に良かったと思います(笑)。

メイキング写真

──現場のクルーとは食べ物を通して関係づくりをしたのですか?
それが最も残念な点で、現場でクルーに出された食事は酷いものばかりでした。そうならないようプロデューサーにはお願いしてあったのですが、誰も僕の話を聞き入れてくれず…。美味しそうな食べ物を撮影しながら、クルーは不味いものを食べていました。

──撮影に使った料理はどうしたのですか?
撮影に使った料理のほとんどは、食べるのには向かないものばかりでした。見栄えを良くするための添加剤が入っていたり、撮影が長引いて腐ってしまったりして、実際に食べられたのはほんの数回でしたね。それから撮影用の料理を食べてしまうと、美術スタッフにとっては各シーンの整合性をとる上で大問題になります。例えば感謝祭の七面鳥は、調理段階に合わせて3羽ずつ用意していました。調理前の生の状態のもの、ちょうど良く焼いたのもの、それから焼きすぎたもの。撮影が続き見栄えが悪くなってくると、すぐに次の差し替えなければなりません。ゆっくり食べている暇は無いんですよ。

メイキング写真

──ノア・シュナップは、あなたが『ストレンジャー・シングス』を観てキャスティングをしたとのことですが、この役に向けてどのような準備を行ったのですか?
はい、『ストレンジャー・シングス』での彼の演技を観て、オーディションに来てもらいました。彼はとにかく素晴らしかったです。セリフを間違えることもなく、常に集中していて、一緒に仕事ができて本当に良かったです。料理教室を受けてもらったのですが、面白かったのは、料理の仕方を習うだけではなく、どうやったら料理ができないように見えるかも学んでもらいました。映画では彼が上達していく姿を見せなければならないのでね。人柄も本当に良く、非常に努力していました。

──チコ役のセウ・ジョルジとは以前から面識があったのですか?
はい、以前から知っていました。ブラジル出身の”ヒーロー”はそれほど大勢いませんが、彼はその一人だと思います。本当に素晴らしい人です。彼はブラジルの非常に厳しい境遇の出身なのですが、音楽で道を切り開きました。非常に努力家で、寛大で、いつも笑っていて、彼の音楽は本当に素晴らしい。確か日本でも何度もコンサートを開いていますよね。今回は一緒に仕事ができて素晴らしい機会となりました。

──映画に限らず、広告制作やYouTubeでの発信、ソーシャルワークなど幅広くで活躍されていますが、その中で一貫して大切にしているものはありますか?今後のプロジェクトも教えてください。
はい、あります。僕の作品はどれも、暗いものと戦う光を扱ったものだと思います。実は広告はもう作っておらず、YouTubeチャンネルも再開したいと思っていますが、今のところ更新していません。今は雑誌に寄稿したり、ドキュメンタリーの制作、本を書いたりしています。ドキュメンタリーは、ジャイール・ボルソナーロというブラジルの酷い現大統領を描いたシリーズです。本は僕のパートナーとの共著なのですが、ホモフォビアの起源をテーマとしたフィクションで、僕たち同様に年齢の離れたゲイカップルの物語です。おそらくこれが次のプロジェクトになると思います。

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『エイブのキッチンストーリー』(原題:Abe)

ブルックリン生まれの12歳の少年エイブが大好きな料理を通して家族や自分自身を見つめ直す成長ストーリー。イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持つエイブは、文化や宗教の違いから対立する家族に悩まされるなか、料理を作ることが唯一の心の拠りどころだった。誰にも自分のことは理解してもらえないと感じていたある日、世界各地の味を掛け合わせた「フュージョン料理」を作るブラジル人シェフのチコと出会う。フュージョン料理を自身の複雑な背景と重ね合わせたエイブは、自分にしか作れない料理で家族を一つにしようと決意する。果たしてエイブは、家族の絆を取り戻すことができるのかー?食欲の秋に贈る、心もお腹も満たされる感動ストーリーを召し上がれ!

監督/フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ
出演/ノア・シュナップ、セウ・ジョルジ ほか
2019年/アメリカ・ブラジル/カラー/シネマスコープ/英語/原題:ABE/85分/字幕翻訳:平井かおり/PG-12

日本公開/2020年11月20日(金)より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー!
配給/ポニーキャニオン
特別協力/味の素
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