Column

2020.11.06 8:00

【単独インタビュー】『ストックホルム・ケース』ロバート・バドロー監督が描き出す現代人の不安と闇

  • Atsuko Tatsuta

イーサン・ホークの最新主演作『ストックホルム・ケース』は、1970年代に起こった実在の銀行強盗事件をモチーフにしたクライム・エンターテイメントです。

何をやっても上手くいかないラース(イーサン・ホーク)は、アメリカ人に扮装してストックホルムの銀行を襲い、銀行員のブリジッタ(ノオミ・ラパス)を含む3人を人質にとって立て籠もります。服役中の犯罪仲間のクラーク(マーク・ストロング)を釈放させることに成功しますが、警察側は、逃走用の車と資金の提供には応じず、銀行内に彼らを封じ込める作戦に打って出ます。長期戦となる中、ラースとブリジッタの間には、不思議な共感が芽生え始めます──。

犯人と長い時間を共にすることにより、犯人に連帯感や好意的な感情を抱いてしまう心理学用語“ストックホルム症候群”の語源となった、スウェーデン史上最も有名な事件を映画化したのは、伝説のジャズ・トランペット奏者チェット・ベイカーの伝記映画『ブルーに生まれついて』のロバート・バドロー。音楽に精通していることでも知られている彼らしく、本作でも「新しい夜明け」、「今宵はきみと」、「明日は遠く」、「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」などボブ・ディランの名曲を引用し、アメリカに憧れるラースの心情や70年代の雰囲気を演出しています。

日本公開に先立ち、母国カナダで新作を準備中というバドロー監督にオンラインインタビューを実施。制作の意図や裏側を伺いました。

ロバート・バドロー監督、イーサン・ホーク

──今日はカナダからですか?
トロントに住んでいるのですが、今は新作の準備で同じ州の北の方にいます。

──まずこの映画の起点から伺いたいと思います。1973年にスウェーデンで起こった実際の銀行強盗事件が下敷きになっていますが、この事件に惹かれた理由を教えてください。
元々は、この事件を題材にした「The Bank Drama」という1974年のニューヨーカー誌の記事でこの事件について知り、人物だったり事件の世界観に惹かれていました。それからこの映画の脚本と監督に起用されたのが、僕にとってのこのプロジェクトの始まりでした。

──実際に事件についてリサーチしてみて、人質が犯人と感情的に繋がっていくという奇妙な現象について、あなたなりの答えのようなものは見つかったのでしょうか?
ストックホルム症候群がより起きやすくなる展開や状況に関しては、理解できました。もちろんその仕組自体はまだミステリーですが、例えば、警察が正しい行動をしなかったり、犯人が物理的な危害を及ぼそうとしなかったり、あるいは贖罪みたいなものを求めている場合に、ストックホルム症候群がより起こりやすい環境になることが、今回の映画作りで学びました。ストックホルム症候群の語源となった今回のスウェーデンの事件は、比較的クレイジーな結果になっていますが、同じようなことは今でも、世界中で日々起きているんじゃないかと思っています。

──イーサン・ホークとは前作(『ブルーに生まれついて』)でも一緒に仕事をされていますが、今回映画化するにあたり、あなたが新たに付け加えたラースのキャラクター像などはありますか?
現実のラースはアメリカのポップカルチャーに夢中でした。ただ、イーサン自身がアメリカ人ということもあるので、そのアメリカへの憧れをさらに強めた演出にしています。『イージー・ライダー』を思わせる衣装や、ボブ・ディランの音楽などですね。そうした点をより濃くする一方で、スウェーデン訛りのアクセントはあまり意識しないようにしました。イーサンにはとにかくこの役を自然に演じて欲しかったのでね。

──ラースのアメリカ文化への憧れとして、なぜ音楽をボブ・ディランにしたのですか?
僕自身が昔からボブ・ディランの大ファンだということもあって、常に彼の楽曲を使いたいと思っているところがありました。それから、この作品では60年代後半〜70年代前半の空気感を喚起させたく、ディランの音楽はその点でもピッタリでした。特に今回選んだ楽曲の多くは、ちょっと軽妙でハツラツとしたトーンを持っていて、それが作品に合っていると思ったんです。

──使用権は簡単にとれたのですか?
ボブ・ディラン側のマネージメントとは以前から繋がりがあったので、コンタクトをとるのも他より簡単だったし、非常に寛大な形で使用を許可してもらえました。もともと彼のマネージメントは権利使用に関して寛大なことが多いのですが、私に対しては非常に良くしてくれました。

──マーク・ストロングは『キングスマン』で日本ですごく人気がありますが、キャスティングの経緯について教えていただけますか。
僕自身がずっとマークの大ファンだったんです。イギリスで『ブルーに生まれついて』の編集をしていた時、ウエストエンドで観たアーサー・ミラーの戯曲『A View from the Bridge』のマークが、生涯で観た最高のパフォーマンスの一つだと思いました。ロンドンに住んでいたノオミ・ラパスがたまたまマークの友だちで、キャスティングの話をしていた時に、「マークのファンなら、聞いてみようか?」と言ってくれて、彼女を通して声をかけてもらいました。すぐに返答が来て、マークとイーサンは一緒に仕事をしたことはないけど作品を通じて互いのことを知っていて、マークはイーサンと仕事をしたいと思っていました。マークとノオミが知り合いで、マークとイーサンはお互いのファンという、最高の3人に恵まれたと思います。

──銀行強盗モノというジャンルは昔から映画監督に人気ですが、オリジナリティを出そうとしたのはどの部分ですか?
この作品のトーンとしては、軽妙さとシリアスなドラマがミックスされたダークコメディ的なものを目指していました。舞台がスウェーデンということも合わさり、ユニークなものになれば良いなと思っていました。銀行強盗モノの映画では『狼たちの午後』などがアイコン的な存在で、とても太刀打ちできるようなものは作れないと思うけど、トーンと、スウェーデンという場所の設定で、この作品がユニークなものになっていればというのが願いです。

──本作は銀行という密室で行われるドラマですが、密室劇であることの面白さ、難しさはありますか。
挑戦となったのは、視覚的に興味を惹きつけ続けるところですね。でもそこが醍醐味でもありました。役者たちのパフォーマンスやドラマに完全に頼った演劇のように感じる時もありましたが、最も私が楽しんだ挑戦の一つでしたね。走り回ったりせず、キャストとじっくり時間を過ごし、演技に重点を置くことが出来たのが良かったです。

──観客から見てもイーサンが演じるラースは、憎めないキャラクターだと思いますが、その理由の一つには、行き場のない人物像というのがあると思います。行き場のない人たちがどこに行っていいかわからないというのは、今日ではたくさん描かれていると思いますが、約50年前のストーリーと今日の社会との結びつきをどのように考えていらっしゃいますか?
今の社会に通じる部分はいくつかあると思っています。一つは、ストックホルム症候群は、今でも頻繁に起きているということ。人質が関わる事件もそうですし、家庭内暴力でも。そうした意味で、ストックホルム症候群は、常に関連があるものだと思います。それから、北米の今の状況を見ていると、このトランプの時代というのは、70年代に戻ってしまったかのような感じがします。僕にとって70年代の映画といえば、パラノイアだったり、ウォーターゲート事件、政府に対する不信感といったものを扱っているように思います。この事件はウォーターゲート事件の時代のもので、当時のスウェーデンのオロフ・パルメ首相は、ニクソンやウォーターゲート事件に対して強い反感を持った人物でした。一方で、この事件は選挙の目前に起きたのですが、首相自らが人質や犯人と直接連絡をとったことを、スウェーデン国民は懐疑的に思っている部分もありました。今日の政治に通じる点があるような気がします。

──『アス』や『透明人間』のジェイソン・ブラムが製作総指揮を務めていますが、彼がこのプロジェクトに関わった経緯はどんなものでしょうか?
ジェイソンはイーサン・ホークの古くからの大親友の一人なんです。イーサンと撮った『ブルーに生まれついて』のファンになってくれて、それで僕も彼とちょっとした知り合いになりました。私が『ストックホルム・ケース』をイーサンと作ると聞いて、彼はどんな形でも協力すると言ってくれて、それで製作総指揮として参加してくれて、裏で少々手伝ってくれました。

──北米での映画製作の状況は、今どのようになっていますか?次の作品はどんなものですか?
映画は徐々にまた作り始められている、というのが今の状況です。保険がひとつの問題になっています。どこも同じだと思いますがね。私は今、『Delia’s Gone』という新作の準備を進めていて、数週間後にクラインクインする予定です。上手くいけばいいなと思っていますが、もちろん今というのは、これまで経験したことのない、映画を作るのもとても困難な時代です。でも結局のところ、皆が賢くシンプルに、小規模なチームで取り組めば映画作りは可能だと思っているので、希望があると思います。

──最後に、日本には『ブルーに生まれついて』のファンもたくさんいますが、ひと言お願いします。
『ブルーに生まれついて』が好きな方、またあの時のイーサンの演技を良いと思ってくださったファンの方には、今回イーサンが演じているキャラクターを観て、すごく楽しんでいただきつつ、驚いていただけると嬉しいですね。『ブルーに生まれついて』と比べると、本作は軽めで楽しい映画で、時代設定も異なりますが、似たところもあって、音楽も満載です。皆さんにとって、学びがありつつも楽しんでもらえる映画になれば嬉しいです。

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『ストックホルム・ケース』(原題:Stockholm)

何をやっても上手くいかない悪党のラース(イーサン・ホーク)は自由の国アメリカに逃れるために、アメリカ人に扮装してストックホルムの銀行強盗を実行する。彼は幼い娘を持つブリジッタ(ノオミ・ラパス)を含む3人を人質に取り、犯罪仲間であるクラーク(マーク・ストロング)を刑務所から釈放させることに成功。続いてラースは人質と交換に金と逃走車を要求し、クラークと共に逃走する計画だったが、警察は彼らを銀行の中に封じ込める作戦に打って出る。現場には報道陣が押し寄せ、事件は長期戦となっていく。すると犯人と人質の関係だったラースとブリジッタたちの間に、不思議な共感が芽生え始める……。

監督・脚本/ロバート・バドロー
製作総指揮/ジェイソン・ブラム
劇中歌/ボブ・ディラン 
劇伴/スティーブ・ロンドン
出演/イーサン・ホーク、ノオミ・ラパス、マーク・ストロング ほか
2018年/カナダ・スウェーデン/英語・スウェーデン語/92分/シネスコ/カラー/日本語字幕:安藤里絵

日本公開/2020年11月6日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿、UPLINK吉祥寺ほか
配給/トランスフォーマー
提供/ハピネット、トランスフォーマー
公式サイト
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