Column

2020.11.06 13:00

【単独インタビュー】『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』養女ケイト・ハリントンが証言する天才作家の素顔

  • Atsuko Tatsuta

20世紀アメリカ文学界を代表する作家トルーマン・カポーティの栄光から転落までを追い、その素顔に迫る文芸ドキュメンタリー『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』が11月6日(金)に公開されます。

「ティファニーで朝食を」(58年)、「冷血」(66年)などで知られる文豪トルーマン・カポーティは、マリリン・モンローやアンディ・ウォーホールを始めとする著名人との交流も多く、彼自身も戦後アメリカを代表するセレブリティのひとりでした。ノンフィクション・ノベル「冷血」の大成功後に取り掛かった、ニューヨークのハイソサエティの実態を描いた「叶えられた祈り」は、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の現代版ともいうべき野心作で、彼の最高傑作となるはずでした。ところが、エスクァイア誌に章の一部が発表されるや否や、そのスキャンダラスな内容によって激しい論争を巻き起こし、彼は社交界から追放されました。その後、アルコールと薬物中毒に苦しみ、作品の完成を待たずして60歳を目前にこの世を去りました。なぜ彼は、こんなにも多くの人を傷つけるような本を執筆したのか?死後36年を経て、その真実を追求するドキュメンタリーが、イーブス・バーノー監督による『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』です。

1997年に出版された評伝「トルーマン・カポーティ」の著者ジャーナリストのジョージ・プリンプトンの取材テープを基本に、作家のジェイ・マキナニーやファッションジャーナリストのアンドレ・レオン・タリーなどの新たなインタビューを加え、謎に包まれたカポーティの素顔を浮き彫りにする本作。日本公開を前に、映画中のインタビューにも登場している、トルーマン・カポーティの養女であるケイト・ハリントンが、オンラインインタビューに応じてくれました。

──ジョージ・プリンプトンが書いた伝記にはあなたも登場し、ヴァニティ・フェア誌の編集者として紹介されていましたが、今の肩書とキャリアについて教えていただけますか?
トルーマンに紹介されて、17歳でダイアナ・ヴリーランドのアシスタントとしてメトロポリタン美術館の衣裳部でリサーチなどをしました。それがファッションに興味を持ち始めたきっかけです。そこで、ファッション・スタイリングなども学びました。その後、アンディ・ウォーホールの「インタビュー・マガジン」でも5年間働きました。写真に興味があったので、そこで写真について学ぶことができました。それからロサンゼルスに移って、ハーブ・リッツのところで11年間働きました。そこでは本やミュージックビデオやアート関連など、いろいろな仕事をしました。その後、1年ほど(ニューヨークの)ヴァニティ・フェア誌で働いたのですが、母がニューヨークに住みたくないというので、(ロサンゼルスの)ハーブ・リッツのところに1年戻りました。リッツは、マイケル・ジャクソンなどセレブリティも多く撮っているのですが、その関係で衣装を頼まれるようになり、5本の映画で衣装を担当しました。その時に知り合ったアントニオ・バンデラスから、「ワイオミングに来たら?」という誘いを受け、37歳のときにワイオミングに移り、そこで子どもももうけました。私は基本的には映画に興味がなく、写真の方にずっと力を入れてきたといえるでしょうね。今はニューオリンズ在住です。

──あなたも出演しているドキュメンタリー『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』は、ジョージ・プリンプトンが書いた伝記の取材テープがべースとなっていますが、今、このストーリーを映画化することのどこにあなたは魅力を感じたのでしょうか。
ジョージは友人で、私も当時インタビューを受けていました。彼のテープに出てくる多くの人は亡くなられているので、彼らがトルーマンのことをどう思っているのか知りたいと思いました。こういう形で作られるのは、良いことだと思います。突然、昔が戻ってきたような気がしますね。伝記は古い本だし、本には当時、人々が話したことがすべて書かれているわけではないので、この映画で新しいトルーマンを観てもらえると思いました。

──この映画で新たに表現されていることは何だと思いますか?
本に掲載されているのは編集された後のほんの一部ですが、(インタビュー)テープには、すべてが残されています。良い意味でのトルーマンの真実が描かれているんです。社交界でいろいろ言われた後も、彼に背を向けなかった人のことも紹介できます。みんなのトルーマンに対するコメントを“声”として、映画では紹介されていると思います。

──イーブス・バーノー監督とはどのようなやりとりがあったのですか?
今では週に何回も話をするほど仲の良い友人になりました。彼のプロ意識が高いところや、ユーモアのセンスがとても好きです。最初、ロンドンにいた彼が私に電話をしてきたんです。話していて、ユーモアがあるところも好ましかったし、信用できる人だと思わせてくれました。ご存知のように、彼はミシェル・オバマの報道官だったこともあります。映画業界の人ではないから、違う部分を持っているところが気に入っています。

──一般的には「叶えられた祈り」でセレブリティのゴシップを書いたことが引き金となって、ハイソサエティの人々から総スカンになり、カポーティはドラッグやアルコールにさらに溺れ、自滅するように60歳を前にして亡くなってしまいました。あなたは、「叶えられた祈り」はカポーティにとって、どんな作品だったと思いますか。
「失われた時を求めて」の現代版を書こうとしていたのだと思います。自分がいた世界のことを自分が書けば、みんな読んでくれると思っていた。私が知っている限りは、彼はいろいろ書いていたはずです。その一部を読み聞かせてくれたこともありました。でも正直、私はまだ若くてよくわからなかった。読んでくれたときに、細かいことも説明してくれなかったので、それがどれほど価値のあるものを聞いているのかというのもわからなかった。文学としては素晴らしく書けていたと私は思います。だから、当時、「モハーベ砂漠」に続いて「ラ・コート・バスク」がエスクァイア誌に掲載され、みんなに背を向けられて、アル中になり……とどんどん堕ちていった。中でも、友だちだと思っていた社交界の花形だったベイブ・ペイリーに背を向けられてしまったことが耐えられなくて、どんどん悲惨になっていったんです。

──あなたにとって、彼の最高傑作はなんですか?
「冷血」ですね。

──やっぱりそうなのですね。彼は「冷血」の取材である意味すべてを出し尽くし、神経もすり減らしたことで、その後、書けなくなったと思いますが、あなたから見ても、そうでしょうか。
その通りだと思います。

──雑誌に掲載された3作品を集めた「叶えられた祈り」の単行本が日本で出版されたとき、編集者のジョセフ・M・フォックスが後書きで、「叶えられた祈り」の未発表原稿の行方について、元彼が持ち出した、実は書いていなかったなどのいくつかの可能性について言及しています。彼は書き溜めた小説は存在すると信じていたようですが、あなたは未発表の原稿の行方について、どう考えていますか?
私は、彼が自分で破棄したと思っています。本人から聞いたわけではありませんけれどね。

──あなたがカポーティの養女となって幸せだったことは、なんですか?
一番素晴らしかった彼との時間は、彼のニューヨークのアパルトマンで、窓辺にふたりで座って、彼はご存知のようにタイプライターを使わずいわゆる黄色いノートパッドを持っていたので、私が1行書いて、そこに彼が1行足して、それをひとつの物語にして……といった、静かな時間を過ごしました。彼は人生はこういうものだとか、話を聞かせてくれた。それが私にとって幸せなことでした。もうひとつは、彼から学んだことです。彼の家に初めて行ったとき、“TVは、どこにあるの?”と私が彼に尋ねると(カポーティの家にはTVがなかった)、彼は私を図書館に連れていって、ジェーン・オースティンの分厚い本をドンと渡してくれて、ここに(人生は)あるんだよ、と話してくれました。またキャリアの面で言うと、ハーブ・リッツなどと働いたことにより、質の高い仕事とはどういうものかを教えてもらったし、いろいろな面で、興味深いチャレンジができた。トルーマンと出会ったことによって学ぶことができた。最後に、子どもが出来て家庭を築くことができたのも、トルーマンがいたおかげだと思っています。

──養女になって大変だったことは?
自滅していく彼をただ見ているしかなかったことですね。

──カポーティが「冷血」を書いた後、彼は自滅へと向かっていくわけですが、当時のあなたと彼はどういう関係だったんですか?
実は、彼が「冷血」を書いた5年後に再会したんです。その間には、有名な黒と白の舞踏会とか開かれたわけですが、私はその頃、彼のそばにいなかったんですね。私は、彼が短編を書いてエスクァイアなどに投稿していたことは聞いていましたけどね。彼の全盛期だけが、私の記憶の中にあるんです。

──ベネット・ミラー監督の伝記映画『カポーティ』は、アカデミー賞でフィリップ・シーモア・ホフマンが主演男優賞を受賞するなど高く評価されましたが、あの映画をあなたはどう観ましたか?
それは大きな質問ですね。あの作品はカンザスをとても良く描いているし、シンプルな映像もとても好きです。でも正直に言えば、演技に関しては好きではありませんね。フィリップ・シーモア・ホフマンが素晴らしい役者であることは認めますが。彼が決めたのか、監督が決めたのかわかりませんが、トルーマンに関していちばん重要な部分は、ユーモアとウィットだと思うのですが、それが完全に欠落していた。それはおかしいと思いました。それなしで彼の人間性は描いているとは言えません。

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『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(原題:The Capote Tapes)

監督・製作/イーブス・バーノー
出演/トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントン、ノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー、アンドレ・レオン・タリー
2019年/アメリカ=イギリス/英語/98分/カラー・モノクロ/ビスタ/5.1ch /字幕:大西公子/字幕監修:川本三郎

日本公開/2020年11月6日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
後援/ブリティッシュ・カウンシル
配給/ミモザフィルムズ
公式サイト
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