Column

2020.10.17 8:00

【インタビュー】蒼井優 × 高橋一生『スパイの妻』で演じた夫婦の絆

  • Atsuko Tatsuta

第77回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した『スパイの妻』は、黒沢清監督にとって初の歴史劇でもあるミステリードラマです。

1940年、神戸で貿易会社を営む優作(高橋一生)は、赴いた満州で恐ろしい国家機密を偶然知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとします。事情を知らない妻の聡子(蒼井優)はそんな夫に不安を抱き、その秘密を探ろうしますが、聡子に思いを寄せる憲兵・泰治(東出昌大)が、ふたりに疑いの目を向けはじめます。正義、欺瞞、裏切り、信頼、嫉妬、幸福が入り混じり、物語は疑心暗鬼に渦巻いていきます──。

主演は実力派女優・蒼井優。儚げでいて芯の強さを持ち、夫を愛し抜く聡子を圧倒的な存在感で演じています。夫・優作を演じた高橋一生は、正義の遂行のために手段を選ばぬ気骨のある男を、魅力的に体現しました。

待望の日本公開に先立ち、『ロマンスドール』に続いて夫婦役を演じた蒼井優と高橋一生がインタビューに応じてくれました。

 

Photo: Kisshomaru Shimamura

──『スパイの妻』のベネチア国際映画祭での受賞、おめでとうございます。出演した俳優として、どのように受け止めていますか。
高橋 ありがたいなと思います。こういった静かに燃えているような映画は今はあまりないと思うので、それが国を超えて評価されるのは嬉しいとしみじみ感じました。

蒼井 もちろん銀獅子賞を受賞したのは監督ですが、この作品のテーマが国内だけじゃなく、海外の方にも伝わったのはとても嬉しいですね。監督の受賞はすごいことですが、同時に、当たり前のような気もします。ベネチア国際映画祭で賞をとってもとらなくても、黒沢監督の素晴らしさは変わらない。ひと言でいうと、純粋に嬉しいです。

──黒沢監督、濱口竜介さん、野原位さんが手がけた脚本も素晴らしいと思いますが、最初に脚本を読んだときの感想はどんなものでしたか?
高橋 非常に作り込まれた、緻密な脚本だなと思いました。テクニカルな面での挑戦があることも、それだけでもないこともわかりました。こういう作品に俳優部としてお声をかけていただけたことは嬉しかったですね。

蒼井 この企画が通るんだ!という喜びがありました。もちろん、私は映画を諦めているわけでもないし、映画のいろいろな広がりを信じていますが、それでもこのタイプの企画が映画化できること、このセリフを崩さずにやらせてもらえることは、すごいと思いました。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──第二次世界大戦を背景としたサスペンスですが、リサーチや役作りはどのようにされたのでしょうか?
高橋 最初に顔合わせした時点では、こういうものを観るのも良いと監督がおっしゃった作品がありました(小津安二郎監督『風の中の牝雞』1948年)。また、昔の名優の方々が演じたクラシックな映画を観てきた蓄積から、きっとこういうことなのだろうという思いを、自分の肉体を使って再現したところもあります。所作やセリフの抑揚だとか、ある現実感を超えなければならない瞬間があって、そうした作品は非常に役立ったように思いました。

蒼井 私もその作品を観させていただきました。(脚本に)書かれていたあの文章を発する難しさと面白さ、それに怖さがありました。口語体なのに、口語体とは思えないというか、違和感のあるセリフをできるだけ楽しもうと現場では思っていました。ただ、聡子が置かれている状況があまりにもヘビーなので、そこは自分自身で感じながらやれたらと思っていました。私自身、あんなプレッシャーの中で生きたことがないので、想像するだけで何度か潰されそうになったんです。でもあきらめずに、丁寧に葛藤を重ねていこうと思っていました。

──黒沢監督とは、蒼井さんは3度目、高橋さんは初めてのお仕事ですね。おふたりにとってはどんな監督ですか?
高橋 僕たちのお芝居と監督の演出で、その場で会話ができる方だと思いました。つまり、ここはこうしたいとか、こうしてみて欲しいとか、あまり多く語らない。けれど、監督がここはこうして欲しいとひとつ決めたら、俳優部としてそこに合わせていくことがとてもスムーズにできるんです。普段は寡黙な方で、僕は“穏やかな緊張感”と呼んでいるんですけれど、そうした映画的な時間を過ごせている感覚は、とても心地良いんです。なので、非常に楽しく撮影できました。

Photo: Kisshomaru Shimamura

蒼井 物静かであまり多くは語らないのかな、というイメージを持っていたんですけど、本当にそういう方でした。他の監督と違うのは、最初に完璧に動きを付けてくださるところ。“ここで動いたらカメラが来ますから、そのときセリフを言ってください”と動きがまず決まり、その動きをするための内面を埋めていく作業は役者がやってください、というタイプの方。それは特徴的ですね。毎回、(黒沢監督の)完成した映画を観て凄いと思うのは、自分が想像していた何百キロも先を見据えているんだな、と感動すること。同じ現場にいさせていただいているのに、私が“こうなるんだろうな”と思っていた通りの映像になったことがない。もっともっと先の映像表現をされる方なんです。今回は、社会の中の個人を描きたいとおっしゃっていました。その表現をするのに、今まで監督が培われてきた技術をすべて注ぎ込まれているんじゃないかと思いました。

──舞台である神戸にインスパイアされたところもありますか?
高橋 場所がそうさせるものって結構あると思うんです。エキストラの方々もその土地の方言を話したりしますし、否が応でもエフェクトがかかってくる。演出部の方がその場所ごとに細かく環境を用意してくださっていて、俳優部としては、その中で自由にお芝居をさせていただいたと思います。

蒼井 旧グッゲンハイム邸でロケができたのがすごく良かったと思います。あの建物に生活感が残っていて、味わうことができました。

──『スパイの妻』は、ラブサスペンスでもありますが、聡子のしなやかでタフな女性像を見ても、黒沢監督が撮った“女性映画”とも感じました。
蒼井 監督がどこまでそれを考えていたかはよくわからないんですが、今、世界的に考えていかなければならない、社会と女性との関わり合いが確実に描かれていたと思います。もちろん聡子は、ただ自分を生きる女性でしかないわけですが、聡子のその変化を演じさせていただいたのは、本当に嬉しいこと。本当に多面的で、どの角度から見ても素晴らしい映画だと思います。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──高橋さんは、聡子というキャラクターをどう見ました?
高橋
 聡子の成長が良かったです。事実を知った聡子は、愛が故に劇的に変わっていく。優作の目線から見て、そういう聡子がすごく美しく見える瞬間がありました。そうしたことを感じながらお芝居ができたのは、とても良かったと思います。

──『ロマンスドール』に続き再び夫婦役を演じるにあたり、前回と変わったところはありますか?
高橋
 (蒼井さんと)まったくお芝居の話はしないんですよ。ああしようとか、こうしようとか。

蒼井 照れちゃうというか。

高橋 言っていたことが実際にできなかったらどうしようかと思うので(笑)。

蒼井 ああ言っていたのに、やってなくない?みたいな(笑)。

高橋 『ロマンスドール』の時からそういう話はしないでいて、自然とお芝居で会話しているというか。カットが終わったら、まったく違う話をしていました。

蒼井 あれが美味しい、これが美味しいとか(笑)。

高橋 非常に心地よくお芝居ができるフィールドを作ってくださっている感じがしました。そうした印象は、なにも変わっていません。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──自然と撮影に向けて高め合うという感じでしょうか。他の俳優さんとは違いますか?
高橋
 蒼井さんとはすごくスムーズにお芝居ができて、僕としては幸せな時間なんです。またご一緒できたらいいと思うばかりです。

蒼井 一生さんは先輩なので、私がなにか言うのはおこがましいんですけど、雑な言い方をしてしまうと、本当に楽なんです(笑)。この仕事していて怖いのは、一回目が上手くいったからといって、二回目がどうなるのかわからない。でも一生さんとは、作品に対する距離感がお互いに似ているのかなと思います。『ロマンスドール』の時にこの作品が決まったのですが、なんの心配もしていなかったですね。演じ分ける必要さえなかった。なので、次は何でご一緒できるのかが楽しみです。すごく性格の悪い夫婦とかやりたいですね(笑)。ずっと悪口とか言っている。

高橋 やりたいね(笑)。

Photo: Kisshomaru Shimamura

──『スパイの妻』はコロナ禍でも無事に公開にこぎつけましたが、公開を迎える心境は、今までの作品と違いますか?
蒼井
 毎回どの作品でも、公開されて良かったと思います。出演した映画でお蔵入りしかけた作品もあり、映画が公開されることは、当たり前のことじゃないこともわかっているので。(コロナ禍という)味わったことのない状況になる前に撮ったこの作品が、この状況で公開されることで、どの時代にも通用する強い映画だと証明できたことは誇らしいですね。

高橋 蒼井さんがおっしゃった通り、作品が公開されて良かったと思うのはいつも同じです。舞台も映画も、みなさんに観てもらえることが嬉しい。この作品は、力強さや普遍性のある作品だと思います。コロナ禍を受ける前に、こういう作品を作れていたことに感動します。素晴らしい作品にお声をかけていただけたなと思うばかりです。

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『スパイの妻<劇場版>』(英題:Wife of a Spy)

1940年、神戸で貿易商を営む優作は、赴いた満州で偶然恐ろしい国家機密を知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。聡子は反逆者と疑われる夫を信じ、スパイの妻と罵られようとも、その身が破滅することも厭わず、ただ愛する夫とともに生きることを心に誓う。太平洋戦争開戦間近の日本で、夫婦の運命は時代の荒波に飲まれていく……。

出演/蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
監督/黒沢清
脚本/濱口竜介、野原位、黒沢清
音楽/長岡亮介
撮影/佐々木達之介
エグゼクティブプロデューサー/篠原圭、土橋圭介、澤田隆司、岡本英之、高田聡、久保田修
プロデューサー/山本晃久
アソシエイトプロデューサー/京田光広、山口永
制作著作/NHK、NHKエンタープライズ、Incline、C&Iエンタテインメント
制作プロダクション/C&Iエンタテインメント 
2020/日本/115分/1:1.85

日本公開/2020年10月16日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー!
配給/ビターズ・エンド
配給協力/『スパイの妻』プロモーションパートナーズ
公式サイト
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