Column

2020.09.29 21:00

【単独インタビュー】『フェアウェル』ルル・ワン監督

  • Mitsuo

10月2日(金)に日本公開されるA24の話題作『フェアウェル』は、中国系アメリカ人として活躍するルル・ワン監督と家族が、余命宣告を受けた祖母に実際についた〈嘘〉から生まれた実話を元にした、心温まる家族ドラマです。

両親とともにアメリカへ移住し、ニューヨークで暮らす主人公ビリー(オークワフィナ)は、ある日、中国に住む大好きな祖母ナイナイの命がいくばくもないことを知りショックを受けます。ビリーの家族や親族は、病のことを知らないナイナイに悟られないよう、いとこの結婚式をでっち上げて久しぶりに集まります。真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、明るく愛情深いナイナイから生きる力を受け取っていきます──。

祖母を愛してやまない孫娘ビリー役を演じたオークワフィナは、『オーシャンズ8』、『クレイジー・リッチ!』で注目を浴びた新進女優。本作では、第77回ゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門でアジア系女優初の主演女優賞を受賞し、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いです。ビリーの父親ハイヤン役を演じたのは、『ラッシュアワー』シリーズや実写版『ムーラン』にも参加したツィ・マー、祖母ナイナイ役を中国で最高レベルの演技者だけに授与される「国家一級演員」にも選ばれた実力派女優チャオ・シュウチェンが演じています。

脚本も手掛けたルル・ワン監督は、中国・北京に生まれてアメリカのマイアミで育ち、ボストンで教育を受けた37歳。クラシックのピアニストを目指していましたが、大学時代に映画監督に転向し、『Posthumous』(14年)で長編監督デビュー。『フェアウェル』は第35回インディペンデント・スピリット賞で最優秀作品賞を受賞、米バラエティ誌では“2019 年に注目すべき監督10人”に選ばれました。

本記事では、2020年3月に実施されたルル・ワン監督のオンラインインタビューをお届けします。

ルル・ワン監督

──コロナ禍で、中国にいるご家族の皆さんはお元気にお過ごしですか?
無事だと思います。隔離した生活が続いているようですが、ニュースから知る限り、状況は良くなっているようですし、無事を願っています。

──あなたの人生で起きたこの出来事を、映画にしたいと思ったのはいつのことですか?
起きたその時ですね。ずっと前から、自分の家族についてや、アメリカでの移民としての関係性を探求したいと思っていました。そうしたテーマを牽引できるだけの物語が見出だせずにいたところ、祖母の出来事があって、家族や親戚間の様々な違いを探求する素晴らしい機会になると、すぐに思いました。

──この映画を作ることで、お祖母さんが病気のことを知ってしまう可能性について、他の家族の方と事前に相談したのですか?
はい、その可能性はもちろん話しました。でも、私はとても小規模なインディ映画ばかり撮っていたので、この映画が注目を集めるような作品になるとも、成功するとも誰も思っていなかったのですね。もし私が脚本を書くのにお金を出してくれる人がいるのならもちろんやりなさい、ニーズがあるならもちろん撮るべきだし、それがあなたのキャリアなのだから、という感じでした。それから一歩ずつステップを踏んでいったわけですが、こんなにも各国で人気を集める映画になるとは誰も予想していませんでした。

──お祖母さんとの思い出で一番大切にしているものを教えていただけますか?
ああ、それは難しい質問ですね……。そうですね、いつも祖母が口にしている話といえば、私の弟がまだ赤ちゃんの時、子守をするために祖母はマイアミに来て、2年ほど一緒に暮らしました。二段ベッドの、祖母は下で私が上で寝ていました。私が上からぶら下がって枕で彼女を叩いて、彼女も枕で私のことを叩き返したりして、遊んだりしました。そのことを祖母はいつも思い出しているようでしたね。

──この映画にある通り、お祖母さんはあなたの成功を常に信じていたようですね。この映画はあなたの成功をお祖母さんに示すものとなりましたか?
そうですね。特に彼女は、私がオバマ大統領とお会いしたことをとても喜んでいました。この映画の成功にすごく興奮していましたね。

──あなたはもともとピアニストになる教育を受けていたわけですが、なぜそのキャリアを追わなかったのですか?映画の中でも、ビリーが演奏するシーンが出てきますね。
ピアニストにならなかったことは全く後悔していません。そのシーンを映画に入れたのは、個人 vs. 集団というものの象徴としてです。この映画の大きなテーマですからね。個人という面では、私はピアノを全く弾きたくなかった。もちろんピアノを弾くのは楽しかったのですが、ピアニストとしてのキャリアは一切求めていませんでした。でも両親は私がピアニストになることを本気で望み、それが私がピアノを弾かなくなった理由の1つです。大きなプレッシャーを感じていたんです。私の望みではなく、両親の望みだったわけです。映画にそのシーンを入れたのも、その複雑な関係性というのを示すためで、ビリーは本当に上手にピアノを弾きますが、それは彼女が望んでいることではなく、受け入れるのが難しいわけですね。

──この映画の出来事のほとんどが実際にあったことのようですが、事実と異なるフィクション的な部分はあるのですか。
厳密に線を引いて区別するのは難しいのですが、例えば登場人物の名前も、実際の名前をそのまま使ったものもあれば、変えたものもありました。時系列や、出来事の順番も同様です。でもそれはたいした事ではないと思っています。この物語の”心”となる部分、それから私が伝えたかった事や私が探求したかった事こそが大切で、感情的な面において忠実であるようにしています。一方で、構成や人の名前を変えたりするのはロジスティクス的な小さな変更と言うか、変えてしまった方が物語が伝わりやすくなったりするところもありますからね。それから、親族の中には名前を出してほしくないという人もいたので、その方たちの名前も変えました。このように様々な理由で、細かい変更点がありました。

──この映画の制作を通じて過去を振り返ることで、新たな発見や学びといった事はありましたか?
ワオ、それも本当に難しい質問ですね。たくさんありますが、例えば、この映画のマーケティングで、本作をアメリカ映画として見せるようにすることを通じて、自分がアメリカ人で、アメリカの映画監督であると自信を持って宣言できるようになりました。なぜなら以前は、アジア人というレッテルを貼ったような見方をされることもあれば、逆に私をアジア人と思わないような人もいました。私自身、本当に自分がこの国に属しているのか疑問に思うことがありました。本作のような映画にしたって、アメリカの劇場で観たことはありませんでしたからね。でも今回の映画作りを通じて、本当に私はここに属しているという実感が湧き、アメリカでの私の人生やこの国の現状を物語で表現していくのが私の仕事だと感じられるようになりました。

──そのプロセスにおいて、この作品を白人映画化したり、いわゆるハリウッド的な映画にしないことは、大切にした部分なのでしょうか?
はい。この映画は私の家族に基づいた、非常にパーソナルなものです。そのため、私なりのやり方で進めるのが大事だというのはわかっていました。予算が限られてしまうことになってもね。私にクリエイティブコントロールがなかったら、完全に別の物語、別の映画になっていたでしょうね。本作にあるような結婚式だったり祖母といった民族的なテーマは、一般化されてハリウッドスタジオっぽい映画にされてしまう傾向がありますからね。映画では、万人に共通する大きなテーマにした方が成功するという考え方がありますが、私はその逆で、非常に明確で独特なテーマを描いた映画にしたことによって、成功したのだと思います。

──実現のためには、いろいろなところで戦う必要があったのですか?
はい、本当にたくさん戦いました。でも、どの映画にも戦いはつきもので、映画作りとは非常に難しいものです。そのためこの映画が他と比較して特に難しかったかはちょっとわからないのですが、この映画のキャスティングや字幕をつけること、それから様々な文化的ニュアンスを守るという意味では、常に戦いがありました。

──オークワフィナのどんなところが、この映画での”あなた”を演じるのにふさわしいと思ったのですか?
私に似ているからという理由でキャスティングしたわけではないのですが、彼女はこの役に最もふさわしい人物でした。彼女と会って、本作の脚本を本当に気に入ってくれていたことがわかったし、それから彼女は典型的なアメリカ人で、ニューヨーカーだともわかりました。ビリーを演じる役者に求めていた点です。ビリーは根本ではアメリカ人のような感じがする人物で、中国へ行くと顔はアジア人ながら、ボディランゲージや話し方といった他のあらゆるところが現地人とは異なり、中国人的ではないのです。これがオークワフィナをキャスティングした理由です。彼女は表現の幅も本当に広くて、ちょっとした目の動きだけでユーモアを作り出すこともできる。本当に些細なジェスチャーでね。彼女のオーディションテープからは、ドラマを演じられることもわかったし、彼女の演技はとてもありのままな感じがしました。

──ナイナイ役を演じたチャオ・シュウチェンは、あなたのお祖母さんとお会いになったのですか?
はい。でも私はその場にいませんでした。確か二人はブランチに行ったのですが、いたって普通の会話をしたのだと思いますよ。お互いの過去だったり、写真を見せて家族の話をしたり。

──チャオ・シュウチェンをナイナイ役に起用したポイントは?
実はキャスティングの前にお会いしたことがなかったのですが、彼女の出演した作品は観ていたし、写真等も見て、なんというか、彼女には普遍的なおばあさんらしいところがあるように感じました。ナイナイは強さと温かさを兼ね備えた一家の長で、それがチャオから伝わってくると思います。ナイナイは本当に優しい目をしていて、口では厳しいことを言っていても、面白く見えてきたりします。非常にチャーミングで、奥底では本当に優しい人物ですからね。チャオのそうした特徴は、写真を見ただけでもわかりました。

──この映画が、アメリカを始めとした西洋圏の観客にこれだけ共感されたことについては、どのように感じましたか?
アメリカでの反応にはとても驚かされました。特にこの映画を作っている時は本当に苦難の連続で、こんな映画を作りたがる人はいないよと言われ続けましたからね。上手くいくと良いなとは思っていましたが、まさかサンダンスの映画になり、興行的にもこんなに良い成績を収めるとは、全く想定外でした。賞レースの間もずっと文化現象となっていましたからね。

──当初はNetflixも本作の権利獲得に興味を持っていたと聞きましたが、なぜA24を配給会社に選び、通常の劇場公開を選んだのですか?
劇場で公開したいと強く思っていたのですが、A24も自分たちこそがその役を引き受けるべきだと信じ、劇場公開に向けた企画を私に提案してくれました。他の買い手とも劇場公開に関する話をしたのですが、特に配信サービス各社が提案してきた企画はよくなかった。そのため今回は、正しい判断が出来たと思っています。

──撮影は実際に長春で行われたそうですが、特に結婚式の会場は、あなたのいとこが実際に結婚式を行ったところだったそうですね。
はい、現地で撮影したいとはずっと思っていたのですが、まさかいとこの結婚式場でまで撮影することになるとは思っていませんでしたね(笑)。撮影監督には、最も画的に良い場所、最も映画的な場所で撮りたいと伝えてありました。実際に出来事が起きた場所にこだわる必要は無い、とね。別にドキュメンタリーを作っているわけでは無いですから、どの場所で撮るかはそこまで重要ではありません。ところが最も画的に良い結婚式場というのが、いとこが結婚式に使った場所と偶然一致したわけです。

──あなたの大叔母さんは本人役で出演されていますが、出演してもらうことや、親族を演出する点で難しかったところはありますか?
家族と一緒に仕事をするのは難しくなかったのですが、彼女はひどく不安そうで、”自分は俳優じゃない”と何度も言って、映画に出るべきではないと思っていました。私は彼女には自然な魅力があるので、絶対に上手くいくと私は思っていましたがね。困難だったのは、彼女が自分を信じようとせず、初めの頃は現場に来ても本当に不安そうだった点ですね。でも他の俳優たちの助けもあって安心できるようになっていき、その後はとても楽に進みました。

──この映画では、アメリカ的な価値観と中国的な価値観や、アメリカにおける”外者”と中国における”外者”など、様々なアイディアや概念が対比されています。こうした違いを提示しながらもはっきりとした答えや結論を示さないことは、大切だったのですか?
はい、おっしゃる通り本当に複雑ですよね。私が描きたいと思う物語は、ニュアンスを提示するもの、様々な側面を提示するもの、複雑なものを示しながらも皆それぞれに視点があることを提示するものです。私はそうした問題を解こうとしたり、答えを提示しようとはしません。中には簡単に答えが出ないものもありますしね。結局のところ、愛する相手とどのようにして異なる意見を持つかを学ぶことですね。もっと尊敬を持ったやり方はないか。意見が合わない時に喧嘩をすることもできますが、相手を理解することもできるし、1つの正しい答えがあるわけでも無いかもしれない。最終的にはそうしたことをこの映画で伝えたかったのだと思います。

──ナイナイについた嘘が正しかったか間違っていたかというのも、結局のところ重要ではないと言う事ですね。
はい、その質問は観客に考えて欲しいところではありますが、おっしゃる通り、答えを見つけるのは大事ではありませんでした。それよりも、答えはたくさんあって、真実というものもたくさんある事を提示する方が大事でした。似たような経験のある人は大勢いるでしょうし、また異なった経験や異なった視点を持つ人も多くいるでしょう。この映画はナイナイに”言うか言わないか”という映画ではありませんね。世代や文化、言葉や海で隔てられた中で生きる家族と愛を描いたものです。

──タイトルの『フェアウェル』とは別れの意味ですが、実際のところ何に対して”さようなら”と言っているのでしょうか。
まずこのタイトルは、映画を最後までご覧になれば”嘘”であることがわかると思います。でもその代わりに、ビリーの幼少期、またその頃のイノセンスを象徴した中国への、彼女なりのお別れを告げるものだと思います。

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『フェアウェル』(原題:The Farewell)

ニューヨークに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、明るく愛情深いナイナイから生きる力を受け取っていく。ついに訪れた帰国の朝、彼女たちが辿り着いた答えとは──?

監督・脚本/ルル・ワン
出演/オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン
2019/カラー/5.1ch/アメリカ・中国/スコープ/100分/字幕翻訳:稲田嵯裕里

日本公開/2020年10月2日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給/ショウゲート
公式サイト
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